第八話 亡霊とわからない親心

前回のあらすじ


この実家には爆弾しか転がっていないのか?






 プルプラちゃん様ほんとクソみたいな仕事ばっかりするな。

 リリオ出生の秘密に、まあ正直げんなりする。よそ様の家のそう言った赤裸々な事情なんぞ知りたくもない。本人的にも大ショックみたいで口をあんぐり開けているけど、本筋的にはそれ言わなくても良かったよねっていう感じのサプリメントなんだよなあ。

 誰が得するんだよその情報。トルンペートなんか白目剥いてるし。

 ティグロ君は知ってたっぽいけど。

 あとマテンステロさんはそのてへぺろみたいな顔腹立つんで止めてもらえませんかねえ。


 しかし辺境、本当にとんでもないな。

 辺境だけじゃなくて、プルプラちゃん様に加護を祈ればどこでもできるらしいけど、他じゃあ最後の手段みたいな感じの扱いなのに、こっちじゃあ割とポンポン平気で加護を賜ってるらしい。

 女同士でも子供ができるようになるっていう話を聞いたときは、そりゃまた便利なもんだって暢気に考えてたけど、まさか男女の役割さえ入れ替えることができるとは。

 境界を司るとかいう神様だから、男女の境界なんぞ簡単にあやふやに出来るんだろうか。やることなすこと完全に邪神ムーブメントなんだけど。


 それにしても、女同士での件はどういうことなのか目で見て体で理解させられたけど、忘れたくても忘れられない自分が恨めしいくらいにはっきり見て感じちゃったけど、マジふざけんなプルプラちゃん様って感じだけど、男性が妊娠して出産もするってどういうことなんだろう。

 何かそう言う映画あったけど、観たことはないんだよね。私筋肉ってあんまり好きじゃないし。

 筋くらいは読んでおけばよかった。

 アラバストロさんのあのくびれありそうなほっそいお腹にリリオ入ってたの?

 百歩譲ってお腹の中でリリオが育ったとして、どうやって産んだんだ。いやそもそもどうやって入れたんだ。出入口どうした。増設したのか。それともなんかよくわからんマジカルファンタジーな出来事が起こったのか。

 ちらっと見てみたけどマテンステロさんはそのてへぺろみたいな顔腹立つんで止めてもらえませんかねえ。


 やめよう。これ以上考えても心を病みそうだ。

 そう言うの好きな知り合いはいたけど、私にはそう言う属性はないんだ。

 そう言う属性持ちに限ってこれくらいはまだ普通とかいうけど、それは世間一般で言うところの沼の底なんだよ。大分ディープなんだよ。

 どの層を狙ってるのか知らないけど引きずり込もうとするんじゃあない。


 氷の麗人、人のカタチをした竜、ヤンデレパパ、そして今度は二度の出産を経験した経産夫というタグ付けがなされてしまって、もう私はこの人をどんな顔で見ればいいのかわからない。


「ティグロもリリオも、私がお乳で育てた可愛い子供たちだ」


 やめろばか、真面目な顔でお子様の性癖が偏りそうなことを言うんじゃない。

 リリオが死にそうな顔してるし。そりゃ子供としては結構聞きたくない部類の話だろうさ。いや、父親から生まれて父親のお乳を吸ってたという話は同じカテゴリに入れていいのかどうか知らないけど。ティグロ君平気な顔してるように見えるけどこれさては遠い目してるな。

 こうして見てみると、マテンステロさんって、異国の地で一目ぼれしてきた美人の若い貴族を孕ませて二人も産ませて、黙って家出て生活費どころか連絡も入れずに年単位でぶらついて、子供が会いに来たからなんとなくくっついて帰ってきて、もうどこにもいかないでってすがってくるのを殴り飛ばして、しれっとした顔で朝ご飯がっついているとかいう、つくづく救いようのない人種に感じる。

 ついでに言えば、ティグロ君が漏らしたことには、なんか若い子ひっかけてたみたいだし。

 それにさっきもキスでアラバストロさん黙らせるとかいうこともしてるわけで。

 ちょっとジトッと見てしまうのも仕方ない。


 そう言う風に考えてしまうと、その血を引いてるリリオも大概だよな。

 割とちゃらんぽらんなところとか、冒険好きな所とか、絶対母親似だし。

 そもそも私がリリオの旅についていくことにしたのだって、あれリリオにナンパされたようなものなんじゃないのか。子供だし面倒見てやるか仕方ないなあみたいな気持ちもあったけど、うまいこと転がされていたのでは。妹気質というか、割と甘えるの得意だしなこいつ。

 それに私が最初に言い出したし、三人で納得してるからいいけど、このチビ、十四歳で二股かけて、安定性のない仕事と旅に付き合わせようとしてるんだよなあ。


 何かマイナスに考えこんじゃうとどんどんマイナスに行ってしまう。

 いやまあ別にマイナスでもないのか。全員納得尽くだし、全員楽しんでるし、私たち三人はまあこれで安定してるんだろう。

 なんかあってから考えよう。問題は見ないふりだ。

 そう言うのは得意だ。自分の命が削れる音まで聞かないふりしてたんだし。


 私が意外に結構おいしい蕎麦粥ファゴピラカーチョを意味もなくスプーンでかき混ぜていると、リリオパパ、アラバストロさんは大ダメージを受けたリリオを気にした風もなく話を進めている。


「リリオ。私はお前を心配しているんだ。遠い地でお前を失うようなことがあれば、どんなに悲しいだろうか」

「お父様、それでも竜殺しの免状は得たはずです」

「いささかの手違いとは言え、野生種の飛竜を目の当たりにしたはずだよ。それでもまだ竜殺しをうそぶけるかい」

「私を冒険屋としてお認めになったはずです!」

「一応の力量は認めただけだよ。リリオ。子を思う親の気持ちもわかっておくれ」


 うーん平行線。

 お互いの論点が違うんだもんなあ。

 リリオは短いとはいえいままで冒険屋やってきた実績があるし、自信もある。だから旅を続けたい。

 アラバストロさんはそう言うの関係なく心配だから家にいてほしい。私にはわかりかねる親子の情ってやつだね。

 お互い引かない、というかうまくかみ合ってない親子の言い合いを、私が聞いててもいいのかなあと何となく落ち着かない。嫁だなんだと言われてもうそれでいいやって開き直っちゃいるけど、それでもよその家の話って、なんだかねえ。


 せっかくの美味しさもなんだかぼやけてくる蕎麦粥ファゴピラカーチョをつついていると、同じように落ち着かない様子のマテンステロさんと目が合う。この人の場合どういう落ち着かなさなんだろう。嫁と娘が言い争っているのを聞いている出張がちで家に寄り付かないパパさんの気持ちかな。そんなもん私にもわからないけど。


「そういえばマテンステロさん、そっちの問題は解決したんですか?」

「うーん、まあ解決と言えば解決かしら」


 犬も食わないというか犬も恐れて近づかない夫婦喧嘩を繰り広げた件について聞いてみれば、朝から酒など飲みながら答えてくれる。


「アラーチョはちょっと束縛強いけど、でもそこが可愛いとこでもあるし、辺境も嫌いじゃないのよ。だから、雪が溶けてからは辺境にいて、雪が積もる前に南部に帰ることにしたの」

「よくそれでまとまりましたねえ」

「まあ、なんだかんだ言ってお互い惚れた弱みってやつよね」


 冬が長い辺境の春夏だけと言えば、一年の半分もないわけで、よくまあそれで妥協が成立したものだ。惚れたからこそアラバストロさんはあれだけ荒れたと思うんだけど、まあそう言う男女の機微は私にはよくわからない。人間って言うのは、私にはちょっと難しすぎる。


 しかしそれでいいんなら、リリオもそれでいいんじゃなかろうか。


「じゃあリリオもたまに里帰りするって形で認めればいいのでは?」


 私のつぶやきは食堂に間抜けに響いたのだった。






用語解説


・何かそう言う映画

 恐らくアーノルド・シュワルツェネッガー主演の『ジュニア』。


・そう言う属性

 男性の妊娠は実はそれほど珍しいテーマではない。

 前述の『ジュニア』のように映画になったものもあるし、SFのテーマとしてもしばしば扱われる。

 さらに身近な話としては、少なくとも名前くらいは知っているという方が多いだろう中国の古典伝奇小説『西遊記』においても、三蔵法師と猪八戒が妊娠するエピソードがある。

 映画『アヴェンジャーズ』でも知られるロキ(その元ネタである北欧神話のロキ)が、牡馬との間に子供をもうけたエピソードも知られている。その子が八本足の駿馬スレイプニルである。

 本邦においても小説、漫画、ドラマ等で扱われたことがある。

 また、この世界の考え方からすると、つまり人族主観ではなく隣人種全体の視点から見ると、男性が妊娠するのはそうおかしなことではない。

 一部の種族は男性が育児嚢で子供を育てることもあるし、そもそも人族のような陰茎などを持たない種族も多い。

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