第二話 白百合と行く行く雪道

前回のあらすじ


竜車をつなぎ直した一行。

これからは地上の旅だ。





 フロント辺境伯領にぎりぎり辿り着いて一夜を明かした私たちは、竜車をつなぎ直して、キューちゃんピーちゃんに牽いてもらってここから先を進んでいくことになります。

 二頭とも、慣れない装具をつけられたことや、竜車を牽いて歩くこと、また尻尾のやりどころなどかなり不満がある様でしたけれど、お母様になだめられてしぶしぶといった感じで歩き始めてくれました。


 最初はなんだか落ち着かず、歩く速度もゆっくりとしたものでしたけれど、段々と馴れてきてコツをつかんだのか、雪道もなんのそのと速度を上げていきます。飛竜は見かけより軽いですし、空踏みのように風精で足元に見えない足場を作っているのか、沈み込むこともなく軽快な足取りです。


 滑らかな雪道の上ですし、車輪に履かせたそりで滑っていくので、揺れはもうだいぶおとなしい具合で、空を飛んでいる時と比べたらほとんどないものといっていいくらいでしょう。

 ウルウも実に穏やかな表情で、モンテート要塞で据え付けてもらった椅子にゆったりと身を預けて、広々とした窓越しに景色を楽しむ余裕もある様で何よりです。


 私たちからすると冬場の辺境の景色なんて言うのは雪しかない退屈極まりないものでしかないのですけれど、雪自体になじみのないウルウにはそれさえも面白いようでした。


 ウルウが久しぶりに心安らかに旅を楽しめているようですのでそっとしておくことにして、私とトルンペートは揺れが少ないので気楽に遊戯版を広げられると、じじさまに貰った帝国将棋シャーコのモンテート版を早速楽しむことにしました。


 帝国将棋シャーコは地方ごとにいろいろな盤面や駒の種類があるので、それぞれに戦略や戦術が異なり、なかなか一筋縄ではいかない知的な遊戯です。つまり私にふさわしい遊戯ですねうそですすみません。


 モンテート版の帝国将棋シャーコは特徴として、辺境特有の飛竜の駒があることと、モンテート山を模した地形が真ん中に横たわっていることが挙げられます。

 この地形は歩兵や騎兵などの駒では渡るのが難しく、飛竜の駒でないと自由に行き来できません。

 しかし同時に重飛竜や大型石弓などの罠となる駒が伏せられますので、進路は慎重に選ばなければなりません。

 この伏せ駒は、事前に自分と審判だけが見られる用紙に伏せた場所を記しておき、攻撃するか、攻撃された時にはじめて盤面に駒を実際に置くようになっています。

 なのでどこに伏せ駒があるかを予想してこれを避けたり、またここにあるぞと確信を得た時に先に攻撃することで防いだりします。勿論、空振りした時はそのまま手番が終わってしまうので、よくよく考えなければなりません。

 伏せる側も、意味のなさそうな場所に配置したり、また伏せておきながらあえて攻撃を仕掛けないで相手を誤解させ、安心しきったところで仕掛けると言った、使い時も大事です。


 私とトルンペートの戦法を比べてみると、トルンペートはこの伏せ駒の配置がうまく、こちらの嫌がる位置というものをよくよく熟知して的確に嫌がらせしてきます。一方で私はといえばあまりそういった戦略は得意ではないのですけれど、思い切りがいいのでうまくかみ合うとこれらの罠をまっすぐに突き破る爆発力がある、と思います。

 勝率はやっぱりトルンペートの方が高いのですけれど、だからこそ勝ったときは実に気持ちのいい物です。

 私の飛竜がトルンペートの陣地を縦横無尽に荒らしまわるときなどまったくたまりません。

 逆にトルンペートが堅実に侵攻させた歩兵や騎兵が、すっかり留守になった私の陣地を切り崩していくさまなど悲しくてなりません。


 そのようにして私たちがしのぎを削り合っていると、ウルウが短く呼びかけてきました。

 これはいつもの「リリオ教えてくれるかな」っていう期待の眼差しですね。最近は割とトルンペートにお株奪われがちですけど。


 私が応じると、ウルウは窓の外を指さして言いました。


「道がきれいに踏み固められてるけど、誰かが雪かきしてるの?」


 成程。

 確かに、竜車はいつの間にか街道に入り、馬車がすれ違える程度の広さに雪が除けられ、押し固められています。

 私たちにとっては見慣れた冬の道ですけれど、他所の人には不思議に思えるかもしれませんね。


「これは街道整備の一環ですね。除雪車が頻繁に村や町の間を往復して、冬場でも最低限の往来ができるようにしてるんですよ」

「除雪車?」

「ええ、こう、なんていうんですかね。雪を押しのけるような形をした大きなそりを、雪むぐりネヂタルポが牽くんです」

雪むぐりネヂタルポ?」

「可愛いですよぉ、雪むぐりネヂタルポ。白くておっきくてふわふわのもこもこで、それが短くて太い脚で雪を掻いて、ぎゅむぎゅむって胴体で押し固めながら進んでいくんです」


 私の素晴らしい説明はしかし、ウルウにはうまく伝わらなかったようで首を傾げられました。

 あまつさえトルンペートに説明の引継ぎを頼まれてしまいました。


雪むぐりネヂタルポはあれよ、牛みたいな生き物よ」

「あー、あのでっかいモグラ」

「真っ白で、円匙ショベリロみたいな足で雪をザクザク横にかき分けながら進んでいくのよ。ほら、道のわきに雪の壁みたいのができてるでしょ。あれが雪むぐりネヂタルポが押しのけた雪。往復して左右に雪を分けてくか、二頭並べて一気に道をつくったりするわね」


 そうそう、それです。私が言いたかったのそれです。


「北部でも雪深いとこだと家畜化されてるわね。辺境もかなり。野生のは雪を掘り進んで雪の下の植物とか、木の根っことかかじってるって言うわね。飼われてるのはまあ、牛と一緒よ。牧草とか、埋め草とか食べさせてるわね」


 そうなんですよね。それも私が言いたかった奴です。


「それで、味は?」

「味」

「味」

「うーん……まあ、牛と同じような感じよね。ただ、食用じゃなくて、荷牽きとか除雪とかで働かせる家畜だから、肉は硬いし筋張ってるわね。年老いたやつとか、ケガして安楽死させた奴なんかを食べることはあるけど、そこまで美味しいもんでもないんじゃない?」

「まあそんなもんかあ」

「そんなもんよ」


 ええ、そうですね。それも私が言いたかった話です。


「……………」

「……………」

「……………」

「えーっと…………なんかまだある?」

「そうですね! 雪むぐりネヂタルポは、えーっと、あの、あれです。あー…………とても」

「とても?」

「とても、可愛い」

「トルンペート」

「そうね。牛はすっかり動かないけど、雪むぐりネヂタルポは実は泳ぐのも得意ね。夏場とかは水辺で過ごしてたり、まだ雪の残ってる山とかに移動したりするわ」

「……………」

「……………」

「……………」

「…………まだやる?」

「もういいですもん……」


 知ってました。

 わかってました。

 でもちょっと格好つけたかったんです。

 いやでも、私これでも生き物のこととか詳しい方ですからね。

 ただちょっと地元の有り触れた生き物過ぎてかえってそんなに良く知らなかっただけですからね。

 毒キノコとか扱わせたら私の右に出るものはそんなにいませんよ。多分。おそらく。きっと。


「そういう意地汚さを主張するエピソード以外になんかないの?」

「ウルウ、リリオよ?」

「だよねー」

「うーがー!」


 確かに、あれこれ拾い食いして自分の身体で毒性を確かめてしまったていう話はちょっと意地汚いかもしれませんけれど、でもでもこれ結構役に立ちますし。いざというとき見分けの難しいキノコを見極めて食料調達できますし。山で生き残るには最適の知識ですよ。


「キノコってあんまりカロリーないから食べても足しにならないらしいね」

「なによカロリーって」

「あー、熱量、っていうか、うーん、食べると太る度」

「食べると太る度」

「キノコは食べても太る度がとっても低いから、たらふく食べても実際には活力にならない」

「……だそうよ」

「美味しいですもん! キノコ美味しいですもん!」

「そうだね。キノコ美味しいね」

「ええ、うん。キノコ美味しいわね」

「優しさが辛い!」


 お昼にキノコ汁がそっと出されたのが、一層辛かったです。





用語解説


・モンテート版の帝国将棋シャーコ

 地方によって盤面や駒、ルールそのものに差異がある帝国将棋シャーコ

 その中でもモンテート版は、盤面を二分する山脈地帯と、それを飛んで渡れる飛竜の駒が特徴的。

 高価な駒は、飛竜の骨を削ったもので作られていたりする。


雪むぐりネヂタルポ(Neĝtalpo)

 魔獣。巨大なモグラの仲間。冬場は非常に軽く長い体毛を身にまとい、雪に沈まずに移動できる。

 夏場は換毛し、土中のミミズなどを食べる他、果物などを食べる。


・埋め草

 サイレージ、つまり牧草などを乳酸発酵させた飼料。

 サイロと呼ばれる貯蔵庫の中で嫌気発酵して作られる。

 これにより長期保存が可能となり、栄養価も高まるとか。


・食べると太る度

 余り的確な翻訳ではないが、女子がカロリーという単語を用いるときはもっぱらこの意味のことが多い、のではないかと思う。

 男子的にもおおむね同じ意味と思われるが、女子が厭う一方で男子は好む傾向もあるとかないとか。

 カロリーとキロカロリーの神にささげる供物は基本的に脂と塩が多い。

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