第9話 白百合と鉄砲瓜

前回のあらすじ

波紋使いは登場しなかった。





 門を抜けて向かったのは森の中でした。


 森というものはどこだって、人里からほんの少しも離れていないところであっても、異界と言っていい程に常識の違う世界です。


 私たちが今回討伐、というより駆除を依頼された魔木鉄砲瓜エクスプロディククモが群生するあたりも、すっかり異界、或いは魔界と言っていい有様でした。


「……あれが鉄砲瓜エクスプロディククモ?」

「そうです」

「森の中が、あそこだけぽっかり開けちゃってるね」

鉄砲瓜エクスプロディククモは非常に侵襲的な植物でして、周囲の植物を駆逐してあのように群生域を広げてしまうのだそうです。だから早めに駆除しないといけないんですよ」


 私とウルウは声を潜めて、実際に目にした鉄砲瓜エクスプロディククモとやらについて語りました。

 というのも、声を大にすると危険だからです。


「どの程度危険なのか、実際に見ていただきます」


 トルンペートが地面から小石を取り上げて、少し離れた木立に向けて放り投げました。

 実に見事な投擲で木の幹に命中した小石が音を立て、そして次の瞬間には青々と茂った鉄砲瓜エクスプロディククモ畑から次々に破裂音がして、小石の当たった木の幹に何かが突き刺さりました。

 そして、突き刺さったなにかは次々とめり込んでいき、それなりの太さのある木をものの十数秒でめきめきと圧し折って倒してしまいます。

 そして木の倒れたその音にも反応して次々に何かが発射され、倒木をずたずたに引き裂いてしまいました。


「……なにあれ」

「あれが鉄砲瓜エクスプロディククモが乙種扱いされるゆえんですね」


 私たちは一度少し離れて、改めて作戦会議に移りました。


「トルンペート、お願いします」

「はい、お嬢様」


 トルンペートが木の枝を手に取り、地面にかりかりと鉄砲瓜エクスプロディククモの図解を書き記していきます。


鉄砲瓜エクスプロディククモはこのように、頂点に一つから二つの瓜状の実をつける魔木です。この実は非常にみずみずしく甘いのですけれど、問題は先程の攻撃です」

「攻撃」

「正確には、種ですわね」


 トルンペートが地面に螺旋状の絵をかきます。


鉄砲瓜エクスプロディククモは近くで起きた大き目の振動に反応して、実の先端から正確に種を射出いたします。そして種は命中すると、この螺旋状の部分が伸びることでより深く目標に食い込み、先ほど見たように木の幹でもしっかり食い込んで根付きます。場合によっては倒壊させて更なる振動を起こして他の個体から種を射出させます」


 木の幹に簡単に突き刺さるということは、人間の体などは簡単に射抜かれてしまうでしょう。


「このようにして周囲の植物を駆逐してしまう他、甘い匂いにつられてやってきた動物に種を打ち込み、驚いて逃げた先で発芽して苗床にして成長して生息域を広げるなど、かなり危険な植物です」

射星魚ステロファリロより危険度低いって聞いたけど嘘だよねこれ」

「いえ、本当です。駆除するだけなら火を放てば終わりますので」


 これは本当です。延焼の危険はありますけれど、鉄砲瓜エクスプロディククモが広がってしまう危険よりはよほどましなので、見つけたら焼いてしまうことが推奨されているほどです。


「しかし、この実なのですが、これがかなり希少です。味が美味しいだけでなく、貴重な薬剤の素材にもなるので、かなり高値で取引されます」

「そうは言っても……どうやって採るのさ、あんなの」

「これだけの規模ですので時間はかかりますけれど、どこか一か所で音を立てて種を射出させ、向こうが種切れになったところを採取する、と言うのが基本ですね」

「割と簡単そう」

「実際には種切れと見えて時間差で射出してくることもありますし、種を射出してしまった実は傷ついて傷みやすくなりますし、素材としての価値はかなり低くなります」

「なおさらどうしろと」


 トルンペートも少し困ったように小首を傾げます。


「そっと近づいて、そっと採ります」

「そっと近づいて、そっと採る」

「仕方がないでしょう。それ以外ないのです。一定以上の振動でなければ反応いたしませんから、できるだけ静かに近づいて、できるだけ刺激せずに切り取る。切り取ってしまえば種は射出しませんから、あとはそっと帰ってくる。これが事前に調べた採取法ですわ」


 理屈としてはまあ、これ以上ないくらい正論ではあります。


 問題としては。


「うっかり採取中に音を立てたら、包囲射撃を喰らう訳ですよねそれ」

「おまけに周りの実は全部台無しになる」

「だから厄介なんですわ」


 しかも喰らって倒れたら追い打ちまで喰らう訳ですから、死ねと言っているようなものの気がします。


「まず私そんなの無理なんですけど」

「……お嬢様が一番安全なのでは?」

「え?」

「え?」

「え?」


 数秒、三人でお見合いしてしまいました。


「そういえば鉄砲魚サジタリフィーソの時も使用されませんでしたけれど、飛竜鎧の矢避けの加護はどうなさいました?」

「……えっ?」

「え?」

「え?」


 数秒、三人でお見合いしてしまいました。


「矢避けの加護ですわ! 飛竜の革鎧は風精の助けを借りて、飛んでくる物体を弾く加護がありますでしょう!」

「あ、あー、そう、それですね。知ってます」


 名前だけは。


「まさか一度も使ってないんですの!?」

「いやー、使う機会が」

熊木菟ウルソストリゴのとき使えばよかったんじゃないの」

熊木菟ウルソストリゴ空爪からづめなんて矢避けの加護で無効化できるじゃないの! まさか使わなかったんじゃないでしょうねあんた!」

「使ってないです……」

「真正面から喰らって重傷だった」

「うーがー!」


 トルンペートが言葉を乱す勢いで怒りだしてしまいました。

 だってそんなの聞いてな……あー、いや、鎧貰った時に聞いたかもしれないですけど、舞い上がり過ぎて聞いてなかったかもしれません。


「とにかく、風精に魔力食わせるだけで発動するお手軽の加護なんですから、それを使えば種なんかくらいはしないんですから!」

「はい、二度としません」

「しろっつってんのよ!」


 怒られました。


 しかしこうしてみると私の鎧、と言うか武装ってかなり優秀なものなんですね。辺境では割と普通なのであんまり意識してませんでしたけど、ヴォーストでここまで加護の着いた武装って見たことないです。


 さて、お説教も済んだあたりで作戦が決まりました。


 まず、畑の規模が大きすぎるので、ある程度は素材を犠牲にして数を減らす。

 その後、危険の低い程度まで刈ってしまったら、何本かから実を綺麗にとる。

 そして最後は刈り取ったすべてを一か所にまとめて焼き払い、種を処分する。


 この三段階と決まりました。


「じゃあ、リリオ、頑張って」

「頑張ってくださいお嬢様」

「これ完全に折檻ですよね!?」


 どう考えても罰としか思えない、第一段階の担当、リリオです。

 これから畑に飛び込みます。








用語解説


鉄砲瓜エクスプロディククモ

 ウリ科の乙種魔木。頂点に一つか二つの実をつける。大きめの振動に反応して実の先端を素早く向け、その際に細胞壁が壊れることで液体魔力とメタ・エチルアルコールが混合・反応し、水分を一瞬で昇華させて螺旋状の種を高速で打ち出す。種は命中後螺旋を開いていき、対象内部に深くめり込み根付く。流れ弾や、動物に根付いたものが遠方まで届き、そこで繁殖し始めるなど、極めて侵襲性の高い植物で、見かけ次第駆除が推奨される。

 その身は非常に甘く美味な上、貴重な薬品の素材ともなるため、高値で取引される。


・矢避けの加護

 風精の宿った装備などに付与される加護。高速、または敵意をもって飛来する飛翔物に干渉し、その軌道を逸らすことで装備者を守る。飛竜の革は極めて高い親和性を持つため、矢避けの加護も強力である。使用さえすれば。


・加護

 精霊や神霊の力を借りて奇跡を起こす力を宿していること。主に装備に、たまに人に宿る。発動には魔力が必須で、魔力を食わせてやらないと宝の持ち腐れ。

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