第8話 鉄砲百合と鉄砲瓜
前回のあらすじ
自然破壊、ダメ、ゼッタイ。
まだ事務所に所属はしていないという理由で、あの不審極まる女性とお嬢様を一つ部屋に休ませて、わたくしはなくなく宿をとる羽目になったのですけれど、今日こそ、今日こそは汚名を返上するときです。
朝早くメザーガ冒険屋事務所を訪れた私は、待ち構えたように、実際待ち構えていたのでしょう、依頼票を手にしたメザーガ氏に出迎えられました。
「おう、早いな」
「おはようございます」
「あとの二人はまだだが、こんどはこいつだ」
「これは……」
「一応ぎりぎり乙種だ。そんでもって、多少なら多めにやっても睨まれん。むしろ多少焼き払ってもいいくらいだ」
「しかし……これは、それこそ火を放てば済んでしまうものでは?」
「果実が高く売れる。そこも評価に含めたい」
「フムン」
わたくしは依頼票をしばらく上から下まで何度か読み、問題がないことを確認して押し頂きました。
確かにこれならばあの非常識な女のやり口でも問題ないでしょうし、果実を得ようと思えば繊細さが必要とされます。実力を――もう十二分に見せては貰いましたけれど、常識的な範囲での実力を見せてもらうには都合がよいでしょう。
クナーボさんに淹れていただいた
「乙種魔獣って言っても、結構幅広いものなんだね」
人で賑わう朝の街を、墨を一滴ぽたりと垂らしたようにぞろりと黒いウルウ氏が、その見た目の不気味さとは裏腹に暢気な声でそんなことをつぶやきます。
「まあすべての生き物が同じように分類できるわけではないですからねえ。今回のも、魔獣というより、魔木と言った方がいいでしょうし」
「そうだねえ」
そのウルウ氏と平然と会話できるお嬢様がわたくしには少々理解しかねます。
まるで普通の人間のようにしゃべり、普通の人間のように笑い、普通の人間のように呼吸するこの生き物が、本当に人間なのか、いまだにわたくしには確信が持てないでいるほどだというのに。
朝の開門時間に当たる頃合で人ごみにもまれ、嫌そうな顔をしているのだって、それが人嫌いのせいだとは聞きますけれど、果たしてどうなのやら。
監視する気持ちで少し後ろから眺めていたわたくしは、その時、彼女自身ではなく、彼女に降りかかる不幸に気付きました。気づいてしまいました。
もし気付いていなかったら後で笑い物にもできたでしょうけれど、気づいてしまった以上、それを放置することはできませんでした。
ウルウ氏の腰にぶつかって、そのまま走り去ろうとした子供をすぐに追いかけ、その首根っこをひっつかみ押し倒します。暴れようとするその背中を膝で踏み、呼吸を奪い押さえつけます。
「おい!?」
わたくしの突然の行動に驚かれたのでしょう、ウルウ氏は慌てて駆け付け、そしてお嬢様は何となくお察しなのでしょう、頭を抱えるような顔です。
わたくしは押さえつけた小汚いなりの少年の手から革袋を取り上げ、ウルウ氏に投げつけます。
「ん、これは」
「あなた様のお財布でしょう」
この少年は、
それも魔がさしたというものではなく、その手際の良さから、恐らく常習犯。
町が大きくなれば、光り輝く場所も増える一方で、陰に沈む場所も増えるものです。
ウルウ氏はしばらく財布と少年とを眺めていましたが、おもむろに口を開きました。
「リリオ」
「はい。掏摸はふつうは被害者と犯人の間で始末をつけます。殴って済ませるような案件ですね。衛兵に引き渡してもいいです。その場合軽くて罰金。常習犯などは、指を切るなどの処罰があります」
「この子の場合は」
「恐らく常習犯ですから、指を切られるかと」
あまり世間の物事を知らないというウルウ氏は、度々こうしてお嬢様にものを尋ね、そして時には判断をゆだね、時には自分で判断をされます。
このときは後者だったようです。
「トルンペート、その子を放して」
「しかし」
「放して」
少年はすっかり観念したようでしたけれど、私は用心しながらこの子の上から離れ、立ち上がらせました。
ウルウ氏は静かに子供に近づき、目線を合わせるように屈みこみ、そして。
「トルンペート、
「………………
「私が上げたものをこの子がどうしようと自由だし、罪に問われることもない。そうだなリリオ」
「ええ、ええ、そうですよウルウ。仕方ないですねえ」
お嬢様は苦笑いしていましたし、少年は何が起こったのかわからないという顔ですし、わたくしはときたら、すっかりあきれ果てていましたし。
「何を言っているんですの? この子は確かにあなたの腰から」
「目の錯覚だ」
「この三等武装女中トルンペートがそのくらいのことがわからないとでも?」
別に、このとき掏摸の少年を見逃すことに特に問題はなかったのです。それはちっぽけな罪でしたし、被害者が
しかしわたくしはこのとき、なんだか無性に腹が立ったのでした。
わたくしが何とかしてこいつの本性を暴いてやろうと思っている時に、何でもないように偽善めいた行いをするこの女に、無性に腹が立っていたのでした。
「……やれやれ。
「何をおっしゃっていますの?」
「何でもないよ。そうだね、じゃあ、こうしよう」
ウルウ氏はゆっくりと立ち上がって、私に向き直りました。
「もしも私が君から財布を掏りとれて、そして君が気付かなかったら、君の目は節穴で、この子の掏摸も勘違いだったと、
かちん、ときました。
どこまで人を馬鹿にするのかと頭に来ました。
簡単に感情を爆発させてしまうのが自分の悪い癖だと前々から思っていましたし、人からも言われてきました。それが三等である理由だということもわかってはいました。しかしそれでも抑えきれないのが、わたくしがわたくしである所以でした。
「いいでしょう! できるものならやっ」
「じゃあ君は行っていいよ」
わたくしが啖呵を切ろうとするのを遮って、ウルウ氏は少年を逃がしてしまいます。
「ちょ、なにを」
「何をって……
ためらいがちに逃げる少年を見送るウルウ氏の手には、見覚えのある巾着袋が握られていました。
慌てて腰を見やれば、そこに先程まで確かにあったお財布が、忽然と消えているではありませんか。
「
「
ぽいと無造作に放り投げられた財布は、確かにわたくしのものでした。
「フムン、
呆然とする私を気にした風もなく、ウルウ氏はさっさと門へと向かってしまいます。
「ほら、早く行きましょう、トルンペート。
一人取り残されそうになって慌てて追いかけながら、私はいまだに自分がいつ掏り取られたのか全く分からないままなのでした。
用語解説
・スティール
ゲーム
この《
・
次回に登場。詳しくはそちらで。
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