第7話 亡霊と鉄砲魚

前回のあらすじ

映像が乱れておりました。深くお詫びいたします。






 貰いゲロはしなかった。


 何の話かと言えば乙女のピンチを通り越して乙女塊大決壊を果たしてしまったリリオの話だけれど、まあこの話は誰も得しないから水に流してしまおう。ちょうど川のすぐそばだったから後処理も楽だったし。


 後処理が楽ではなかったのは、事務所に帰ってからだった。


 《青い大きなボム》で大量ゲットした鉄砲魚サジタリフィーソ射星魚ステロファリロ、そしてその他の雑魚を回収して事務所に帰ってきたら、まず呆れられ、次に怒られた。


「誰が自然破壊しろと言った誰が!」

「するなとは言われていない」

「世の中はネガティブリスト制じゃねえんだよぉ!」


 半分泣きが入ったガチのお説教を喰らってしまった。

 まあ自分でもさすがにやり過ぎたとは思ったので反省はしている。二度はやらない。しかし後悔もしていない。あれはあれで貴重な実験だった。


 自分は関係ないといった顔で余裕かましていたトルンペートだったが、お説教の矛先が自分にも向いて焦っていた。


「わたくしはきちんと依頼を達成いたしました! 試験は合格でしょう!」

「お前らは仮とはいえパーティだ。パーティメンバーの暴走を止められない奴を合格にできるわけねえだろ」

「でしたらこのトンチキをクビにすればいいではないですか!」

「そうしてえのはやまやまだが」

「やまやまなんだ」

「実力は申し分ないし、なにより組合規則で、このくらいのことじゃクビにできねえんだ」


 組合にも一応労働者を守る規則はあるらしい。助かった。

 前の会社の労働組合は何の役にも立たない組合費だけ持っていく組織だったからな。そしてその組合費は飲み会費になるわけだ。おかしいよな。参加者は毎回飲み会費だしてた気がするんだけどな。


「とにかく、試験は不合格だ。とはいえ原因が原因だから、次の奴もすぐに見繕ってやる」


 一応依頼は達成という形にしてくれたが、依頼料はすべて天引きになった。生態系の破壊っぷりがひどいので、依頼者や関係者に頭を下げなければならないらしい。

 メザーガは黙っていれば渋いオジサマだが、へつらいの笑みばかりうまくなっていくようでなんだか申し訳ない。だからと言ってできることはないので早々に退散するが。


「まったく、あなたのせいでひどい目に遭いましたわ」

「ほんとだよリリオ」

「私ですか!?」

「うーがー! あんたよあんた! ん、んっ、あなたですわ!」


 からかうとほんとにすぐ反応するなこいつは。

 ともあれ、一応は仕事も終わった。


「リリオ、お腹は」

「出しちゃいましたけど、まだ大丈夫です」

「じゃあ先に行こうか」

「ええ」

「え、どちらに行かれますの?」


 首をかしげるチビに、私は黙って先を歩きだす。

 ちょっとー! とうるさいチビを、リリオがのんびり引き連れていく。


「お風呂ですよお風呂」

「お風呂?」

「ウルウは綺麗好きでして、お仕事の後は必ず入りますし、お仕事なくても一日一回必ず入ります」

「君らが不衛生なんだ」

「よくお金が持ちますわね……」

「冒険屋ってのは小金持ちでね」

「ウルウが稼ぎすぎなんですよ……そのくせお金使わないし」

「君は食費に消え過ぎだ」


 今どきはある程度の街にはどこも必ず風呂屋があって、例の風呂の神官とやらが公務員として勤めているらしい。風呂の神官、食っていくのに困らなそうでいいよな。交代制とはいえ仕事中はずっと入浴していないといけないそうだから、のぼせそうで怖いけど。


 すっかり顔なじみといった具合で受付であいさつを交わし、鍵を受け取って脱衣所へ。

 ふふん。コミュ障の私と言えど顔なじみ相手にはきちんと喋れるのさ。


「ウルウ、いつも決まったあいさつしかしませんよね」

「うっさい」


 手早く服を脱いでいくのも、肌をさらすのも、一か月もすればもう慣れた。

 以前はこの時点で結構気がめいっていたのだが、人間慣れれば慣れるし、開き直れば開き直るものだ。


 人の視線はやっぱり気になるし、こそこそしてしまうけれど、それはもうどうしようもない性だ。


 洗い場でいつものように、お願いしますとふてぶてしくもねだってくるリリオにお湯をぶっかけ、最近は収入もあるので気兼ねなく使えるようになってきた石鹸を泡立ててわしゃわしゃと洗い出す。


「……いつもそのように?」

「大型犬洗ってるものと思えば慣れてきた」

「一応その方私の主なんですけれど」

「洗う?」

「……お任せしますわ」


 トルンペートはできた娘で、放っておいてもきちんと体を洗えるようだった。よかった。さすがにこんなでかい子供二人も相手にできるほど私はよくできたお母さんではないのだ。そんな年でもないし。でも考えてみたらリリオが十四歳ということは、私とは一回り違うのか。十二歳差という数字がなんだか地味にダメージだ。


 リリオを洗い終えて、私も体を洗い始めると、今度はリリオが後ろに回って、私の髪を洗い始める。

 最初は本当に心の底から嫌悪感がひどくてやめてくれと土下座しそうな勢いだったけれど、家を離れて寂しさもあるだろうと我慢しているうちに、身体はまだ本気で嫌だが、髪くらいは任せられるようになった。

 手つきが丁寧で邪魔にならないというのもあるかもしれない。


 それに、無駄に伸ばしてたけど、自分で洗うと面倒くさいんだよね、髪って。

 そのうちバッサリ切ってしまおうかと思っているのだが、リリオがもったいないというので控えている。髪には魔力が宿るという話もあるし、もしかしたら役に立つ日が来るかもしれない。そう言って集め続けた紙袋とか包装紙とかは二度と使わないままだったが。


 髪を洗い終えて、今度はお手製の柑橘汁を髪に刷り込んでペーハー調整をする。《目覚まし檸檬》は在庫の不安もあるので、市場で買ってきた酸っぱい柑橘を使ったものだが、効果は悪くない。

 トルンペートが不思議そうに見てくるので使わせてみたが、髪がつやつやとすると驚いて詳しく聞いてきたので、なかなか好評のようだ。

 とはいえ、多分ある程度お金がある人はもう少し手の込んだものを使っていると思われるし、事実トルンペートもこんなに手軽な方法があるなんて、などと言っていたので、売り出すにはちょっとしょぼい手法だ。


 泡を流して、足先からゆっくりと入浴すると、じんわりと熱がしみ込んできて、たまらない。

 不特定多数が入浴していると思うと以前は鳥肌物の気色悪さだったが、泥水でさえ飲用可能にするという浄化の法術が常に湯を浄化していると聞いて、いくらかましな気分になった。

 少なくとも他の客を意識しないようにすればゆっくり楽しめる程度には。

 或いは私も異世界の作法に慣れて、図太くなってきたのか。


「いいですか、トルンペート。ウルウはとんでもなく潔癖症なのであんまりべたべたしてはいけませんよ。吐きそうな顔しますから」

「お嬢様は大分べたべたなさっているようですが……」

「ここまで来るのに私がどれだけ頑張ったと思ってるんですか!」

「……なんでそんな面倒くさい方とパーティを」

「…………成り行きって怖いですよねえ」

「お嬢様のその『考えてなかった』みたいなおつむの軽さの方が怖いですとも」

「あれれー? 私お嬢様なんですけどー?」

「はいはい」


 この二人はなんだかんだ仲がよさそうだ。

 多分幼馴染なんだろうな。ある程度の貴族家に入ってるメイドさんって、いくらか落ちる家の子女がやっていることがあるって聞いたし、多分トルンペートもそうなんだろう。田舎貴族の娘さん同士で、昔から仲が良かったとか。


 トルンペートの方が少しお姉さんのようだけれど、仕事もあってかきちんと敬語も使ってわきまえたようなのが、リリオと比べてやはりいくらか大人びている。わきまえた上できちんとからかいを入れたりする当たりの器用さも含めて。


「そういえば、トルンペートは綺麗だったよね」

「何ですその失敗した口説き文句みたいなのは」

「いや、事務所であった時、小奇麗にしてたでしょ。リリオなんかは洗ってない犬みたいな匂いしてたのに」

「腐った玉ねぎみたいな?」

「そうそれそれ」

「本人の前でそこまで言いますかあなたたち」


 お風呂で体を清めたことで思い出したのだが、旅をして森を出た後のリリオはあんなに汚かったのに、トルンペートは実にこざっぱりとしていたし、においもなかった。お嬢様に会う前ということで一応入浴を済ませていたんだろうかと思って尋ねてみたのだが、予想外の答えが返ってきた。


「それは浄化の術ですわね」

「なんだって?」

「武装女中のたしなみとして、最低限身体を綺麗にする浄化の術くらいは覚えていますの。お嬢様だって一緒に旅をしている間はそんなひどいことに」

「教えて」

「は?」

「その術、教えて」


 私にとっては死活問題となる術だったので土下座も辞さない思いで頼み込んでみたのだが、習得には結構時間がかかるし、なにより教えを授けられるほどの身ではないからと断られてしまった。これは意地悪からではなく、ちゃんとした人から教わらないと変な癖がついてしまうからだそうだ。


「わたくしもそこまでお願いされると心苦しいんですけれど、学び舎でも半端な知識で教えてはならないと戒められていますの」


 もっともな話だった。


 仕方がないので、今後行動するうえでいくら払えば浄化の術をかけてくれるかの交渉をしたところ、ものの見事にドン引きされた上、かなりの割安で応じてくれた。本当はただでいいといってくれたのだが、術を使うのには魔力を消費するらしいので、結構な頻度で頼むだろう私としては対価は支払う所存である。


 さて、風呂上りにさらに感動したのだが、武装女中というものは実に細かな所まで気が利くようだった。


 というのも、今まではタオルで水気を拭ってあとは自然乾燥か、金を払って火精晶ファヰロクリステロ風精晶ヴェントクリステロを組み合わせたドライヤー的なものを借りていたのだが、このチビ、実に便利なことにそれと同じことを術でできるらしい。


「お嬢様に髪を痛ませるわけにはいきませんもの。さあさ、こちらへ」


 こちらも有料でお願いしたらドン引きされた上でやってもらえた。お前たち異世界人にはわかるまい。文明の利器に散々甘やかされた生き物の渇望がな。


 さて。

 事務所に戻って厨房を借り、採れたての鉄砲魚サジタリフィーソ射星魚ステロファリロをいくらかさばいて食べることにしたのだが、ここでも武装女中大活躍である。

 私もほどほどに包丁は使えるし、リリオも料理はできる方だが、三等とは言え女中は女中、我々に手出しはさせぬとばかりの手際でてきぱきと料理を仕上げてしまうのである。


 魚出汁ポワソンで炊いた、香草を効かせた塩味の煮物と、甘辛いたれを絡めた焼き物、それに我々二人なら適当に済ませてしまいそうなところをおしゃれに盛り付けたサラダと、女子力の高さを見せつけてくる。しかも給仕までしてくれる。


「…………」

「いかがです? これが三等武装女中の実力ですわ」

「こりゃあリリオも逃げ出すよ」

「なんでさ!?」


 美味しいし、気も利くし、至れり尽くせりなんだけど、リリオがしたかった旅ってそういうのじゃないんだよね、きっと。


「リリオの苦労もリリオの頑張りも、全部全部君が肩代わりしちゃったら、別にリリオが旅に出る必要ないじゃない」

「なっ」

「そして君である必要もない。二等なり一等なり、もっと上等の人で完璧なお守りをすればいい。三等である君が旅のお目付けを任された理由は、君自身の成長も目的なんじゃないの」


 適当な事を言ってみたが、黙って目をつぶって煮物の出汁を味わっているリリオは、否定はしなかった。


 トルンペートはしばらくの間、何かを考えこむようにしていた。


 私はいくらか気まずくなった食卓で、西京焼きが食べたいなとほんのり思うのだった。







用語解説


・ネガティブリスト制

 リストに並べたことをしてはいけない、という制度。並べていないんだからやってもいいよねと言うことでは本来ないはず。


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