『詩集・「高校生」「春のこと」』 / 常 紫衣

~高校生~


 【学校】


あの子の髪が作る虹が、とても、好きだった


グラウンドに伸びる影が、僕らの寿命だったら

皆こぞって、真昼のグラウンドに駆けて行ったろう


チョークの粉が風に舞って、記憶を染める


放課後の保健室は、屋上よりも危険


ここに来ないと、あの子に会えないなんて

何とも不自由な僕


校内放送で、「愛していました、さようなら」と

告げて欲しかったです


 【飾り】


飾りの制服(女子高生とは)

飾りの教科書(進学校は自称)

飾りの友達いじめられてはいない

飾りの家族(衣住食に困らない)

飾りの笑顔(時にバレる)

飾りの生活(人間は面倒だ)

飾りの命(価値なんてない)


お飾りの全てが私の全て


 【洗剤】


ボトルを詰め替える時

「ただいま」と思った


高校三年生の

ひたすらに息苦しい

教室と制服と保健室と

薄青くずっと寂しい

自分の部屋を思い出した


嫌いだった

さっさと逃げたかった

けれど逃げた先にも

良い事は無かった


洗剤の香りが

記憶を連れ戻す

私は嫌いだったあの頃に

帰りたいのかもしれない


不安定で繊細な

あの頃の香りを買い溜めて

押し入れに眠らせている


 【青春】


青春なんて何も甘酸っぱくなかった

無味無臭で知らん間に終わってた

青春を舐めてたら一人取り残された

あれもこれも知らないのに大人だと言われた


「制服」という特権を剝奪された

名残惜しいと言い訳して黒髪のままだ

屋上からの景色は叶わない夢になった

古い校舎にあの頃の私がまだ彷徨っていた


味を占める前に青春は食い尽くされた

レモンもさくらんぼもただの果物だった

自転車の二人乗りは夢物語だった

私の為には二度と青くなってくれない春だ


~春のこと~


 【四月の話】


それでもまだ眠りが僕らを誘う

遠くの光があまりに眩しい


桜の花弁の弾丸が次々降り注ぐ中

僕らは記念撮影をする

いつかセピア色になる一枚


雪がブランコを漕いでいた記憶も

裸の木々が身を寄せ合った記憶も

忘れ去った顔をして


今から飛び立つ君へ

いつか未来の四月に

また僕を思い出して下さい


 【さよならの春】


逃げる様に足早に

春は私を迎えに来る


さよならの季節に

私はちゃんと別れられるだろうか

無感情で頬をなぞる風に

慣れなくてはならない


今更ながら

君に会いたい


さよなら

春と逃げて行きます


 【一人の部屋】


一人の部屋は

物音がやけに大きくて

本当にひとりぼっちだ


外の喧騒が羨ましくなる

街頭のざわめきが懐かしくなる


白湯ですら幸せになる深夜

一人は感覚が狂う


望んだのだ

一人になることを

それを忘れちゃいけない


 【桜の花弁】


あの子の唇に触れた

桜の花弁を下さい


忙しない人の群れ

自我を道の真ん中に

落としてしまった


名も知らぬ高校生の

真新しい革靴に

桜の花弁はひたと

張り付いていた


もう戻れはしない

懐かしい静けさにも

吐き気のする若さにも

何も知らないと共に

全てを知っていた自分にも


桜に降られて

今にも死にたいのです


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