第33話 世界が華やかに見える時
改札から降りて、俺と桜はゆっくりと並木道を歩く。
でも何だろう。
ただ、数駅先なのに。
あの老夫婦のお陰も有るのだろうか。
世界が違って見える。
いや、違うか。
かなり違って見えるんだ。
ただ、桜を楽しませるだけの筈だった。
だけど、俺も何だか悩みがスウッと消えて。
今だけだろうけど、笑みが出る。
そうだ、今だけは。
桜を全力で楽しませよう。
全てを忘れて。
俺は決意して、目の前を見据える。
その時だった。
俺の袖が揺れたのだ。
横を見ると、桜が赤くなって恥じらいながら。
俺に手をゆっくりと差し出して、グーパーと動かして。
ただ握ってほしい。
その様な、仕草をしてきていた。
俺は驚きながらも。
赤くなりながら、その女の子独特の華奢な手を握る。
そして再び歩き出した。
桜は嬉しそうに反応する。
「えへへ。有難う。兄貴」
「.....どういたしまして、だ」
桜に笑みを浮かべる。
さて、今から。
俺達はこのショッピングウインドウが多くある、道で。
買い物をする。
勿論、全ては今日の日の為に貯めたわけじゃ無いが、それなりに貯まったお金で。
全て俺の奢りだ。
じゃ無いと男が廃るだろ。
☆
「何でもあるね。コンビニと商店街しか無い様な地元とは大違い。凄い」
有名ブランドや、ペットショップ、カフェ、雑貨屋。
そういうのが大多数ある。
その中で、俺達はペットショップのウィンドウで。
ミニチュアピンシャーと呼ばれる、ドイツ産まれの犬を見ていた。
カンガルーそっくりで。
茶色の毛並みをしている。
更に、目はクリッとしており。
尻尾が切られている。
可哀想に。
「可愛いなあ。ウチがもし食べ物屋さんじゃ無かったら飼うんだけどなぁ」
桜は。
その様に話しながら。
指をクルクル動かして、ミニピンの反応を見る。
恐らく、産まれてからそう経ってないな。
体が小さいから。
ミニピンはガラスの壁を舐める。
その仕草がまた可愛らしい。
「犬を飼うとなると、排泄のお世話もしないといけないし、逆に言えば散歩も。生き物だから、全部を責任持ってしないといけないな」
「.....そうだね。それが買う事を決めた飼い主に課せられた運命だからね。.....もし兄貴と.....その.....」
「.....?」
モジモジしながら、俺を上目遣いで見てくる。
うん?何だ?
俺はクエスチョンマークを浮かべて。
首をひねる。
「その.....将来、一緒に住んで、飼えそうだったら飼おうね」
「.....!!!」
俺は赤面する。
通行人が俺達を見て。
チッと舌打ちしている様に見えた。
そりゃそうだろうな。
こんな可愛い子と一緒に居ればそうなるわ。
って言うか、本気で俺の事を好いている子が居るなんて事が信じられない。
「.....い、行くか.....」
「.....そ、そうだね.....」
その姿は。
初々しい、バカップルの様に見えた。
いかん、コイツは義妹。
義妹なんだ。
付き合っている訳じゃ無いから。
うん。
☆
暫く歩くと、海が見えた。
この場所の観光名所の目玉。
綺麗な海だ。
だけど、まだ季節的に入れないので。
客はほとんど居らずだった。
だけど、桜は喜んで、駆け出す。
「きっれいな海だねー!!!!!」
靴を両手に持ち。
そして駆け出して行く。
それから、海水に接触して。
冷たい!とキャッキャッしながら桜は言う。
「やっぱり冷たい。今の時期が時期だしね」
「.....そうだな。夏になったらこの場所に来るか。また」
「そうだね。今度は先輩達と一緒に来ても良いかも」
桜はその様に話して。
遠くにヨットが見える、先の方を見つめた。
そして、呟く。
「.....お父さんもこの先に居るのかな」
「.....」
桜は。
静かに涙目になっていた。
俺はそんな桜から目を離し。
そして俺も母親の事を考える。
あの日。
母さんが最後に言った言葉が。
忘れられない。
『すぐ帰って来るからね』
その言葉を言い残し。
次に会った時は。
白い布が顔に被さっていた。
そして、何一つとして。
喋ろうとしなかった。
その光景は。
生涯忘れる事は、無い。
「.....お互いにキツイな」
「.....でも兄貴ほどじゃ無いよ。兄貴.....辛そうな顔をいつもしてる。そんなに辛い人間じゃ無いから。私」
俺か。
そんな辛そうに見えるか俺は。
確かに辛いのかも知れない。
それは栞とひなた。
そういうのを考えているからだろうな。
今も表情に出ているとは。
情けないな。
デートを楽しめてない。
クソッ。
思っていると、桜が足で海水を蹴った。
「.....えっと、私ね、信じてる。兄貴が以前、話してくれたよね。お星様の話。私ね、それから色々調べたんだ。天国ってどうしたら行けるのかって。.....あ、勘違いしないでね。死にたいって訳じゃ無いから」
「.....」
俺は静かに、桜を見つめる。
桜は海水を両手ですくう。
そして見つめた。
「.....そしたらね、天国って.....強く信じる人が一番に行けるって出たんだよ。兄貴との話も合わせて、私は全てを強く信じる事にしたの。でも、お父さんに気づいてもらえるか不安なんだけどね。おばあさんになってから死ぬつもりだから、老衰でね。だから.....」
「.....桜.....お前.....やっぱり.....強いな.....」
震える、桜。
振動で、海水が落ちて、ミルククラウンの様になる。
それを静かに見つめる。
そして、俺を涙顔で見てきた。
「.....強く無いんだよ。私は。あくまで、みんなが居てくれるから.....兄貴が居てくれるか.....だから強いんだよ。お父さんが居ないのは.....寂しいんだよ.....とっても.....ね.....だから.....うん、あはは、ダメだ.....涙が止まらないや.....」
そんな桜の頬に。
俺は手を添えて、涙を拭った。
そして、抱きしめる。
「.....お前は一生守る。どんな事があったとしても.....俺はお前を守ってみせる。こんな弱い俺でも一心不乱に守ってやるからな」
桜は。
されるがままになって居た。
そんな桜の華奢な体を。
力強く抱きしめる。
周りから視線を感じたが。
知った事か。
「.....兄貴.....有難う.....」
「.....最後に、祐介さんの墓にお参りに行くか。桜」
浅い海水の中に両足で立ち尽くす桜に。
俺は両肩を掴んで、その様に告げた。
桜は反応する様に頷く。
そして、俺を静かに見てきた。
「.....兄貴のお陰で世界が輝くよ。有難う。兄貴」
「.....俺もお前の存在があるから世界が輝いて見えるんだ。有難う。桜」
暫く俺達は見つめ合い。
そして、笑みを浮かべあった。
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