第28話

一応、時間と山下の動向を見計らって。

授業中なので、教室に静かに戻る。

だが、俺達2人は厳しい数学教師に怒鳴りつけられ、廊下に立っとけ!と怒られた。

そして立っている。

早坂は嬉しそうだったが、俺はしまった、な。

という頭を抱える感じで。

懲罰を受けていた。

早坂が俺を見ながら、柔和な感じで話す。


「.....何だか.....新鮮な気持ち。私.....こういうの初めてだから.....」


「.....お前、キッチリの、真面目だったんだな」


「.....うん。カイちゃんと会うまではとっても真面目に勉強してたよ。女磨きもしてたからね。カイちゃんの為に」


全ては俺の為に、と。

俺を見つめて、その様に話して。

早坂は紅潮させ微笑んだ。

特に早坂に思い入れは無いが、本当にドキッとする。

それは多分、早坂に告白って言うか。

直球で婚約者と言われたからだろうけど。

俺は頬を掻いて、そして前を見る。

すると、早坂が意を決した様に胸に手を当てた。

そして真正面を見て話す。


「.....カイちゃん。私ね、負けないよ」


「.....負けないっちゃどういう事だ?」


「.....カイちゃんとの約束を果たすの。私はカイちゃんのお嫁さんになる」


その言葉に。

俺はボッと思いっきり赤面した。

そして静かに俯く。

早坂は赤くなりながら、はにかんだ。

俺はその早坂に顔を上げて、聞く。

紅潮を隠しながら、だ。


「.....どうしてそこまで.....俺は.....早坂。申し訳無いぐらいに.....お前の事をあまり覚えてないのに.....」


「うん。簡単だよ。私ね、昔.....カイちゃんに命がけで救ってもらったりしたんだ。それで好きになって。おばあちゃんになってもこの人が側に居てくれたら良いなぁって」


「.....命がけだと?」


俺がクエスチョンマークを浮かべる。

すると、早坂は己のスカートをたくし上げ始めた。

ちょい!?

俺は赤面で横を向こうとしたのを、早坂が俺の頬に自らの手を当てて静止する。

太ももを見ろと言わんばかりに。

早坂も真っ赤である。


「.....これはその時の傷だよ。この傷に砂が付いて、放ったらかしにしていたから.....ばい菌が入って私、病弱になったんだけど.....」


「.....何だこの傷は.....」


早坂の右の太もも。

横に深い、縫った様な傷があった。

数十センチぐらいの。

明らかに深く負った様な、痛そうな傷だ。

だがちょっと待て。

俺は何処で早坂を救ったのだ?

どういう事なのか。

それすらも覚えてないのか?

俺は!?


「.....何処で救ったんだ?俺はお前を.....」


「.....私ね、山で滑落して遭難していた時に.....お父さんと、私の.....お父さんと山登りしていた君に救われたんだよ。救ってくれた時にね、手に傷を負ってた。カイちゃんは」


手に傷。

そんな馬鹿な。

これは確か、俺自身が幼い頃転けて傷を負った筈なのだが。

そう言えば、栞も何だか救ってもらった時に傷を。

と言われて、確かに俺は額に傷を負っていた。

どういう事だ?

何がどうなっている。


「.....」


「.....カイちゃん?」


「.....手の何処に傷を負っていたか覚えているか?早坂」


うんとね。

と、少し悩んでから。

早坂は俺の手に触れた。

ち、近い!

俺は赤面する。

早坂は気にせずに手の甲を見ている。


「.....えっとね、右の手.....そう、これだと思う。あの出血だったから.....」


「でも.....これは俺が転けた時に.....負った筈なんだけど.....」


「え.....そうかなぁ?違うと思うけど.....私を救ってくれた時、血まみれだったからあまり覚えてないけど.....右手だったよ。私、ショックを受けてたけど、それでも間違い無いと思う」


右手の甲の中央。

そこに3センチの縦の傷。

だがこれは転けた時に付いたはずの傷だ。

しかし、額にしても、手の甲にしても。

俺が転んだ事を栞も、早坂も。

完全否定した。


『川で負った傷だと思います。額のそれは.....』


『カイちゃんが山で救ってくれた時の傷だよ。右手のそれは.....』


その様に、だ。

でも確かに俺は昔、山登りを親父としてたし。

川で俺は遊んだりしていた。

なので、ここから考えられる事は。

俺は栞か早坂か。

救ってない事になるな。

だが逆に。

早坂も栞も俺は救ってない事だってあり得る。

独りでに付いた傷だって事もあり得る。

どうなってやがるのだ。

俺は顎に手を添えて、考え込む。

すると、早坂が顎に人差し指を立てて、言った。


「.....カイちゃん.....そう言えば、記憶が無いって.....言ってたね」


「.....そうだ。俺は早坂。君と出会った記憶が無いんだ。いや.....それ以外にも。どういう事だ.....」


マジでどういう事だ?

何がどうなっているのだ。

もしかして、親父なら何か知っているのか?

なんでここで親父が出てくるのか全く分からんが。

うーむ。



結局、悶々とした時間を過ごして。

悩みが多いまま。

桜と共に自宅に帰ってきた。

それから俺は直ぐに少しギシギシ鳴る階段を降りて。

一階で仕込みを行なっている、親父に申し訳無いが、聞いた。

昔の俺の事を、だ。


「.....親父。俺って記憶喪失とかになった可能性って有るか?それか、パニックで混乱していたとか.....」


その言葉を聞いた親父は。

直ぐに反応を見せた。

手を止めて、だ。


「.....有る.....」


「え?」


親父は。

仕込む手を止めて。

両手に付いた、もち米の粉を叩き落としながら。

俺を見据える様な、目で見てきた。


「.....お前は.....母さんが亡くなった時に.....一度、記憶喪失になっている。ショック性だとされたが.....そうだな.....そろそろ話しても良いだろうな。この事を.....」


「.....?」


クエスチョンマークを俺は浮かべる。

親父は、叩き終えた手を片っぽポケットに突っ込んで。

俺に申し訳無さそうな顔をした。

そして話し出す。


「.....記憶喪失になる前に関わっていた、近所に住んでいた俺達家族と同じ様な.....2人の女の子との婚約の約束の話を.....」


何だって?

俺は見開いて。

そして硬直した。

俺を好きだと言う女の子が2人居て。

そして両方共に婚約の約束をしたのか?

早坂が1人と考えて。

では、もう1人は。

まさか。


「.....お前はこの前.....偶然かも知れないが、栞という女の子を引き連れてこの家に来ていたな。あの女の子は.....本名は確か、山本栞だった筈だ。そして、義妹の女の子の名前が山本ひなた、だった筈だ」


「.....!!!!!」


ちょっと待ってくれ。

何がどうなって?

え?じゃあ例えば、何であいつらは。

知らない感じとかになってんだ?

何故、婚約の話になっているのだ。

そして、何故、今頃?

ヤバイ。

訳が分からないぞ。


「.....ちょっと待ってくれ.....なら、なんであいつら、名前が変わったりしてんだよ.....!?」


「.....それは.....山本栞さんは溺れて低酸素状態になって、そして山本ひなたさんは傷口からのウイルス感染の脳機能低下によって。それぞれが偶然にも記憶が無くなったからだ。その後にその原因は全てお前という事になって、お前との関係、全ては破談になったんだ。俺も原因が有るんだろうけどな.....無力だったよ」


姉妹が似てないのはそのせいなのか。

ってか、嘘だろオイ。

マジで?

だがちょっと待ってくれ。

まだ解決してない問題が有る。

どの様にして、その関係になったのだ?


「.....親父.....何故、その様な事に.....」


「.....それは.....お前が良かれと思っての行動だったのだが.....逆だったな」


親父はパイプイスに腰掛けて。

その様に複雑な面持ちで話した。

全ては.....俺の為に。

俺のせいって。

何なんだ?

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