第2話

みんなが第一志望かどうかはわからないが、憧れていた高校に入学し、初めてのことばかりでそわそわしていたクラスメイトたちもだいぶ落ち着いてきて、俺自身も学校に慣れてきた頃。

入学式の時は満開だった桜ももう散っていて、落ちている花びらも、残っている枝も同じ茶色だけが見えている。それと同時に春の時期、桜のシーズンには「 桜だ 」、「 花見だ 」と騒ぎ立てていた世間も、テレビの中のアナウンサーさんたちも全く注目しなくなった。そして綺麗に咲く来年の春、また手のひらを返したかのように騒ぎ始めるんだろう。

よそよそしかったクラスの雰囲気はだいぶ明るくなり、もうクラスの中で、いわゆるグループなるものが出来上がっていた。

容姿がいい人や、コミニケーション能力が高い人なんかが、すでにクラスの中心で笑っている。そうじゃなくても話が合いそうな人たちだけで集まって話をしていたり、一緒に自販機に行ったり。1人でいる人はあまり見当たらない。というか、ひとりでいるということは、俺と同じで目立とうとはしないはずなので、探さないと見つかりはしないだろう。

自分でなんて言いたくないが、俺はあまり人付き合いが上手いほうではない。それを苦に思ったことも、コンプレックスだと思ったこともないが、周りは俺のことを可哀想だと思うらしい。

話しかけてくれる人もいるし、気を使ってくれる人もいるが、一人の時間も俺にとっては大事な時間だ。

そのため、グループなんてものに入っているはずもなく、仲のいい友達なんて呼べるのは中学の頃から一緒にいるようになった園崎くらいのものだ。園崎は、俺とは正反対で、一緒にいないときでも、色んなところでひっきりなしに名前を呼ばれている。

ついこの間も教室で呼び出しを受けているところを目撃したばかりだ。

「園崎くん」とちょこん、という効果音が似合いそうなくらい頭だけを扉から見せた状態で園崎を女の子が呼び出していた。教室の軽めの素材で作られていて、そこまで重くないであろう扉を両手を添えて、そこから見える細い指は、扉の色の白色と比べてもあまりかわらないくらい白かった。

中学の頃から見慣れた光景で、慣れたし、束縛の強い彼女なんかじゃないんだから 「ほかの人のところになんていかないでよ」 なんて口にはしないし、しようとも思わない。俺も好きな時に園崎といるし、園崎も好きな時に俺といればいいと思う。冷めてるねって言われたこともあるけど、そんなのは本人たちの自由だと思ってる。

みんなこの雰囲気に馴染み始めて、男子生徒は騒がしさを増し、女子生徒は、化粧などをして登校を始めた。この学校は普通校で、校則もそこまで厳しくないため、割とみんなやりたい放題だ。教師の方も、そういうのがめんどくさいのか、制服を着ているだけましか、という目で、髪を染めようと、化粧をしようと、あまり気にしている様子はない。

俺は園崎の影響で、女の子と絡む機会が増えた。

それでも、名前を覚えるのが苦手な俺はまだ誰ひとりとして、自分から話しかけたことはない。というか女の子と話したいという欲求が湧いてこないのも原因なんだけれど。健全な思春期の男子ならそれはない。と色んな人達に言われてきたが、本当にそうなんだから仕方が無い。

そんななかで、最初に名前を覚えた女子生徒がいた。

『関谷咲笑』

学校で噂になっている女子生徒。

とても整った容姿をしており、特に男子の中で注目を集めている。そんな生徒は他にも何人かいたが、彼女は特別だった。それは主にあとひとつの噂で。

彼女は人の心が読める、というもの。

彼女と同じ幼稚園、小学校だった子の証言らしいが、普通ならだれも信じることはないだろう。その通りで、最初は誰も信じてなどいなかった。でも、彼女が本当に無表情で、誰の言葉にも否定の言葉を述べようともしなかったため、その噂が定着してしまっているようだった。

そんな噂、信じてもいないが、それだけ言われても何も言い返してこない彼女には興味がわき、名前は割とすぐに覚えることが出来た。


四月の下旬。

教室の扉を開けることにもだいぶ慣れてきて、園崎もまだ登校してきていなかった朝の時間。俺は、誰とも挨拶を交わすことなくそのまま席につこうとした。その時だった。


──ガシャン


金属と何かがあたる音が教室中に響いた。


「やめろよー、あぶねぇだろー」


「投げたのお前じゃねぇか!」


教室の後ろの方でプロレスごっこのようなものをしていた、お調子者の男子生徒二人のうちの1人が椅子を後ろの棚目掛けて投げたようだった。投げたといっても軽いお遊び程度で、そんな大げさではなかったのだが、ものがものなため、大きな音が鳴る。俺も思わず声が漏れるくらいには驚いたけど、その後の衝撃でそんな驚きは消え去った。

お調子者の男子生徒たちに視線をやろうと、顔をずらした時。視界の端に『関谷咲笑』が映った。驚きもせずに無表情なんだろうな、なんの根拠もなく、その顔を視界の隅から真ん中に移し替える。でもそのときの彼女の表情は俺の予想を軽く飛び越えるものだった。

眉を寄せて、痛みや苦痛に耐えているかのような表情で目をぎゅっとつぶっている、『関谷咲笑』。

イヤフォンをはめている耳を、手で抑えながら肩は僅かに震えている。


「関谷さん。大丈夫?」


その表情を目にした瞬間、なぜか足がそちらに向かい、『関谷咲笑』に近づいて、そんな言葉を口にした。いつもの俺だったら絶対にありえないことだった。


「ごめんね、大丈夫、ちょっと驚いちゃって」


俺が声をかけたことで、『関谷咲笑』は伏せていた顔をばっ、とあげ、耳を抑えていた手をとっさに下げた。まるで何かを隠すかのように。

それから下げられた手が宙をさまよい、座っている足の部分にたどり着いた時、彼女と視線が絡んだ。

あ...... 、初めて目が合ったな。

そのときの俺の反応はそんな感じだったと思う。気まずそうに大きな目を細めながら、僅かにはにかんむように笑った彼女。作り笑いだということはすぐにわかったけど、俺がそれ以上聞くことはなかった。彼女にも、何か理由があるんだろう。


「そう、俺も少し驚いた」


それだけ言うと、彼女はきょとん、と大きな丸い目をもっと丸くして、「ふふっ」と笑った。今度はちゃんと笑ってくれたみたいだ。さっきスカートの上に落ちた手が口元まで上がり、軽く握ったこぶしみたいな形で指が当てられていた。

誰かが、「『関谷咲笑』が笑う時はお嬢様みたいに笑うんだろうな」と言っていたのを思い出す。

今、年相応に幼く笑っている彼女と想像の中の彼女を比較して、俺もなんとなく笑みがこぼれた。

彼女とはそれから接点はなかったけれど、このとき、彼女が無表情ではないことが判明した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君の声をきかせて みー @mi--sky

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ