君の声をきかせて

みー

第1話



「あなたのことが気になっていました。

付き合ってください」


なんて言うか今日1日中考えて、口に出した言葉。自分でも驚くくらい冷めた声に俺自身も内心ひやりとした。

ついさっきまで降っていた雨があがり、空にはきれいな虹が出ている。

人気がないからか、昼間よりだいぶ蒸し暑さが無くなった、放課後の教室。窓からは夕日の光がが差し込んで、この教室中をオレンジ色に照らしている。

俺の中ではすごくありふれた告白風景だと思う。少女漫画の中とかでも、よくあるパターンだ。

そういう俺はあまり少女漫画というものに詳しくはないから、姉が話しているのを聞くくらいしか知らないのだけれど。

窓の外からは笛の音や、カキン、というバットの音、わーわー、と上手く聞き取れないが、部活動に勤しんでいるであろう生徒達の声がしている。

この教室にいるのは俺と彼女の二人だけで、彼女の綺麗な黒髪を教室と同じオレンジの色が包んでいた。思わず、きれいだな、と思う。

髪で隠れていて、あまりはっきりは見ることができないが、彼女の耳にはイヤフォンが付けられていて、その耳から延びる電子的なコードは彼女の制服のポケットの中、携帯電話か音楽プレーヤーに繋がっているんだろう。

両手でカバーのかかった分厚そうな本を握り、時折、文字を追うように視線が動く。無表情で伏せられた目が、より端正な顔立ちを際立たせていた。

しばらく彼女を眺めていた俺だが、予想通り彼女が俺の言葉に反応を示すことはなかった。







「どうだった ?どうだった ?」


翌日の朝。

昨日、彼女と二人でいた教室には、既にたくさんの人がいる。衣替えの時期だからか、長袖の白いシャツにブレザーを羽織っている者もいれば、半袖の白いシャツ1枚で楽しそうに話している者もいる。まだ6月の中旬で、梅雨の時期真っ盛りという感じだ。外に出れば、半袖でいたらまだ肌寒いだろう。それでも、室内は締め切った窓のおかげでむあっ、とした熱気に包まれていて、汗をかく、というよりは気分が悪くなりそうな天気が続いている。


「どうだったってなにが ?」


「とぼけんなって!関谷さんだよ!」


「あぁ」


教室に入ってきた途端、肩に腕をまわし、顔を近づけ、内緒話でもするかのように口元に手を当てながら、園崎夏也が話しかけてきた。話題は昨日俺が告白というものをして、見事に玉砕した関谷咲笑のことで、俺は彼女がいる方に視線を向けた。

俺はまだブレザーを着ている派で、話題に上っている彼女もまだセーターを着用している。他の女子生徒がリボンをゆるめ、第一ボタンをあけ、萌え袖だの言いながら長めの袖からお洒落な爪を見せている中、彼女は彼女学校の指定通りきれいに制服を着て、席に座っていた。スカート丈もみんな短くしすぎてどれが本当の長さなのかわからないが、彼女は膝がぎりぎり見えるくらいの丈で細い足を見せている。


「何もなかったよ」


昨日の情景を思い出すまでもなく、口からその言葉がでてくる。そりゃあそうだ。本当に何もなかったんだから。

昨日彼女は、ほとんど棒読みに近く、ありふれたような言葉で告白をした俺の方に視線をむけることもなく、何も無いかのように、誰もいないかのように、本を読み続けた。俺はしばらくその場にいたけれど、「用事がない生徒は帰宅しなさい」という内容の放課後の校内放送が流れ出したため、潔く、彼女の方を振り返ることもなく、その教室を出ていった。

その後のことは知らないが、彼女の反応からいって、振り向いたりはしていないだろう。


「やっぱりぃ?」


語尾を伸ばし、脱力感漂う感じを出しながらあからさまに肩を落とす園崎。肩に回した腕はそのままに顔だけ伏せた。いつもより近い距離にいる園崎から甘酸っぱい香りがする。不思議に思うのと同時に園崎の口元から、コロン、という何かを転がす音が聞こえたため、あぁ、飴でも食べてるのか、と納得した。


「お前ならいけるとおもったんだけどなぁ。

さすが関谷さんだぜ 」


俺の耳のそばでごちゃごちゃ言っている園崎の腕を放し、解放された首に自分の手を重ねる。今まで人の腕が絡んでいただけに、そこはだいぶ暖かく、後から重ねた自分の手の方が冷たく感じた。


「なんで俺ならいけると思ったのかすごく気になるけど、俺がよく知りもしない相手に告白させた理由くらいは話していいんじゃないか」


「特に深い理由はないんだけどさ」


深い理由もなく、友達を好きでもない相手に告白させたのか。

もし彼女が俺の言葉に反応を示して、了承の返事を返したらどうするつもりだったんだ。そうじゃなくても、断られて言い広められたりしたら、俺の学校生活に支障がでないか。

あまり他人に関心のなさそうな関谷さんにしたら、どちらも限りなくありえないことではあるが、そのもしもがあるのが世の中である。

それに想ってもいないのに、その気にさせるような言葉を言うなんて、彼女に対しても失礼だ。

本当に言いに行ったのは俺だが、言い出したのは園崎だったので、心の中で園崎に悪態をつくことにした。

眉間の皺を深くした俺に「悪い、わるい」ととぼけながら、園崎は言葉を続けた。


「関谷さん、時々お前のこと見てるみたいだったから、お前ならいけるんじゃないかと思ったんだよ」


頬を指でかきながら、真剣な顔でおかしなことを告げた園崎。

その言葉は俺の眉間皺をもっと深くした。

彼女が俺を見ている?そんなはずはない。現に一度だって目があったことがなければ、昨日だって目の前にいた俺に反応すら示さなかった。

はぁ、と小さく溜息を吐いた俺は、園崎から視線をはずして、昨日と同じように、自分の席で静かに本を読んでいる彼女を盗み見た。

表情の変わらない彼女の横顔はとてもきれいで、どこか寂しげだった。俺は彼女の表情が変わるのを1回だけ目にしたことがある。


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