5

 友達ができた。


 きっかけは確か、些細なことだったと思う。いや、些細と言うよりもしょうもないことだった。ある日クラスで、隣の席のやつが「うだるような暑さのうだるってどういう意味?」なんてことを聞いた。周りにいたやつらは皆「さあ?」と口を揃えるばかりで、そんなわけで近くにいた僕に白羽の矢が立てられたわけだった。いつか千夏が言っていたことを思い出し、それをそのまま説明したらどうも随分と感心されてしまって、他にも色々な話をした。そのどれもが、彼女との会話で知ったくだらない知識で、そんなくだらないことを沢山知っている僕はきっと凄く頭のいいやつなのだと、勝手に勘違いされてしまった。


 そんな、本当にしょうもないきっかけだったけれど、嬉しかった。本当に、単純に。


 以来僕はクラスに居場所ができたような気がして、無理に席を立つようなことはなくなった。今まで感じていた疎外感も嘘のように雲散霧消し、それが自分勝手な被害妄想であったことを知った。


 おかげで昼休みも放課後も、図書室へ足を運ぶことはなくなったが、同時に彼女に会うこともなくなってしまった。彼女は今日も図書室にいるのだろうか。僕が行かなくなり、完全に一人になってしまったその部屋で、誰かが来るのを待っているのだろうか。


 授業中も、昼休みに教室で騒いでいるときも、放課後に友達と街で遊んでいるときも。ずっと彼女のことが頭にちらついていた。何故だろう、自分だけが抜け駆けして幸せになったような、そんな罪悪感を感じていた。「何故そんなものを感じなければならないんだ」という理不尽極まりない感情に憤る自分がいたが、同時に「罪を感じて当然だ」と思う自分もいた。


 今思えば、何よりも不思議だった。どうして僕は彼女に「友達になろう」と。そんな簡単なことさえ言えなかったのだろうか。





 しばらくして、彼女にお礼が言いたいと思った。どういう因果か偶然かは分からないけれど、彼女に聞いた話のおかげで友達をつくることができたのだ。向こうからしてみればお礼を言われるのはあまりにお門違いというものだろうが、少なくとも僕は、感謝している。偶然だろうがなんだろうが、僕は彼女に感謝を伝えるべきだろう。それに、散々くだらない話だと馬鹿にしていたことも、謝りたい。


 そんな、彼女に会うための口実をつくって自分を正当化し、僕は一週間振りに図書室へとやってきた。相変わらず閑散としたその部屋は、何を置いても寂しいの一言だ。無駄に低い室温も、その寂しさに拍車をかける。


 あの頃・・・と言ってもまだ一週間前だが、兎に角あの頃、いつも座っていた席に座る。だけど、たった一週間のはずなのに、既にその席は僕の存在を否定しているように思えた。僕がここに座る資格はもうないと、そう言っているかのように、酷い疎外感を感じた。それは、今まで教室で感じていた疎外感と同じ。まるで、教室と図書室とで、僕の居場所が入れ替わったかのようだった。


 それでもその席に座って、じっと、彼女が来るのを待った。またあの時のように、くだらない話を吹っかけてくれるのを、待ち続けた。


 しかし、何時間待っても。


 彼女は訪れなかった。


 次の日も次の日も、さらにその次の日も待ってみたが、それでも彼女は、現れなかった。





 後日、先生にお願いして在学生の名簿を見せてもらった。向こうが来ないならこっちから出向いてやろうという、半ば意地のようなものだった。


 目を皿にして全ての学年、クラスに千夏の名前を探す。


 だけど、この学校に。


 千夏という名前の生徒は、一人もいなかった。

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