ブサイク

カエデ

ブサイク

 ギトギトピエロ。それが私の小学時代のあだ名だ。

 顔の種類は二種類ある。即ち薄い塩顔と濃いソース顔。

 美人ならどちらでも良い。だが不細工は圧倒的にソース顔の方が辛い。まず薄顔は化粧映えしやすい。

 濃い顔は誤魔化せないし、目立つ上印象に残りやすい。自分のような不細工など、誰の記憶にも残りたく無いのに、周りがそれを許してくれない。

 ギョロリとした飛び出したような目玉と流木でもくっついたような鼻、ガマガマエルような口と、イボイボした肌。出来れば鏡など一生見たくない。

 中学に上がった頃、愛想だけも良くしようと思い笑顔を絶やさずいたら「強欲な壷」と呼ばれるようになった。

 どういう意味か分からずインターネットで調べ後悔した。

 男子達はクスクス笑いながら言っているそれを、何故私が聞こえないと思うのだろう。

 高校になると「ドーンさん」と面と向かって呼ばれるようになった。これも意味が分からなかったが、三年の卒業間近になって「喪黒福造」の事だと教えて貰った。私が何か指さした時にしょっちゅう笑いが起きてた意味が分かった。

 どこへ行ってもバカにされ、それを怒ると嫌われる。私の価値は他人からの悪意を受ける以外になにも無い。

「何回言ったら分かるんだよ!」

 バサッと書類の束を投げつられた。眼がねで痩せ男の課長が高い声で怒鳴る。

「すみません」

「なんで同じミス何回もするんだよ!」

「ごめんなさい」

「いや、だから何でこのミスしたか聞いてるの?」

「……すみません、不注意でした」

「違うでしょ。ここ一番大事な欄じゃん。ここ不注意だったら、もうどこにも注意してないでしょ」

「……ごめんなさい」

「話になんねーなっ!」

 後ろの席で同僚達は誰もこちらを見ていない。だが意識だけはこちらに向いている事は明白だ。この怒声が聞こえてない筈が無い。

 容姿が不味くとも能力があればまた違ってだろう。だが悲しい事に私は無能だった。

 要領も覚えも悪い不細工な役立たずだった。

「いつまでも出来ないようなら仕事渡せないから! 分かる? これは言ってる意味分かる?」

 我慢する事だけは長けていたが、もう限界だった。涙のダムが決壊し、ボロボロ零れはじめた。

「やめてくれよ。俺が悪いみたいじゃん」

「……すみません」

 ズズッと鼻をすする。私だって泣きたくて泣いてる訳じゃない。三十も過ぎる大人が皆の前で叱られ、泣いている姿など見せたく無い。

「女はすぐ泣く」

 シッシッと手で席へ戻るよう促された。くるり、と背を向けた時聞こえないと思ったのか小さな声で 「っとにキモチわりーな……」と言っているのが聞こえた。

 


「あのカマキリまじムカつきますよね」

 帰り際、ロッカールームで後輩の女の子がそう言った。七つも下の新人さん。明るい髪の毛にバサバサの付け睫、こんな容姿なら化粧するのが楽しくてしょうが無いだろう。打てば響く、という事がどれだけ恵まれている事か。

「て言うか完全にパワハラですよアレ」

 随分と怒った口調だが、では何故それをあの時言ってくれなかったんだろう。結局課長にムカついてるだけで、私を可愛そうとは思っていないからだ。

「次、何か言われたら上に報告した方が良いですよ!」

「そうだね」

 無責任な発言だ。課長のパワハラ対象は私だけだ。本部に報告し、注意されたとしても私が言った事などバレバレだ。

「私、先輩の味方ですよ」

 キラキラした表情に悪意は一つも無い。自分でも気づいていないのだろう。その瞳に不細工が映り、哀れみの優越感を得ている事に。

「ありがとう。頼りない先輩でごめんね」

 私にこんな事言わせる彼女は良い人なのだろうか。私が卑屈過ぎるクズなのだろうか。分からない。



 帰宅路の途中、大通りを一本外れた道にある居酒屋「のれん」が私の行きつけだ。

 ムッスリとした大将と、にこにこした奥さん二人だけでやっている小さな店。

 人が少なく静かな事、客同士の距離が近く無い事、店員が話しかけて来ない事。

 どれも私のような人間にはありがたい。純和風なメニューも好みだった。

「たこわさと揚げ出し豆腐ください」

「はい」

 2杯目のハイボールへ口をつける。枝豆から入り、揚げ物に進み冷やしトマトか冷や奴で締める。いつもの飲み方。そして先ほど注文した揚げ出し豆腐が絶品だ。

 仕事で落ち込んだ時はいつもこの揚げ出し豆腐を食べる。

 それだけが私が生きている唯一の理由だ。

 我ながら苦笑が漏れた。なんて哀れな人生だ。

「いや違うわ! バカ!」

 突然背後で大声と割れるような爆笑が聞こえた。

 一つしか無い四人がけテーブル席に、大学生らしき男の子が三人座り、店に合わない飲み方をしていた。

 いつもは他の客が居たとしても一人酒のおじさんや、文庫本片手のOLばかりなのに。

 唐揚げや焼き鳥を乱雑に食い散らかし、グビグビビールで流し込む飲み方は、お世辞にも上品とは言えない。

 そういう飲み方はもっと安い大衆居酒屋でやれば良いのに……。

 話している内容は誰とセックスしただの、学校の誰が気持ち悪いだの、悪意の塊だ。

 無視しだ、無視。

 私はすぐに出てきたたこわさをつまみながら、携帯を取り出した。

(あ、PV少し伸びてる)

 登録してある小説投稿サイト、自作が読まれているのは嬉しい。人気は全く無い底辺ユーザーだが、それでも人生の慰めにはなる。

 楽しみ、という程では無い。余りに無趣味過ぎるのでやっているに過ぎない。絵も多少載せているが、昨今の中学生の方が余程上手だ。

 そう自覚しているのに閲覧数が増えれば嬉しく、誰にも見られないのは落ち込む。その喜びと悲しみの対比は、やらない方が健全な程バカバカしい。

 自分でも余りおもしろく無い事を自覚しているのに、どうやったら人気が出るのかを苦心し、なけなしのプライドを捨て続けている。

 年齢を取れば取る程、情けないという感情ばかり強まる。私はどうすれば良いのだろう。 

「やらんって! お前ドラクエモンスターズじゃないんだから!」

「集めろ集めろ! コンプリートめざせ!」

 気にしたくなど無いのに、耳障りな声が脳へ浸食する。

 五月蠅い。ゴン、と少し音を立ててグラスを置いた。

 ピタッと一瞬会話が止まった。背後でチラチラ目配せしている大学生たちの姿が目に浮かぶ。

 少しばかり声のトーンが落ちたが、まだ五月蠅かった。そして内容変わらず低俗な、他人の悪口ばかり。どんな不細工とやった、やってないだの。

 聞きたくも無い。イライラが募り、今度はその気も無いのに再びゴン! とグラスを力強く置いてしまった。

 またも会話が止まると、今度はヒソヒソ声になった。不愉快極まり無いが静かになったので良かった。

 そろそろ揚げ出し豆腐が来るだろうか。枝豆もモソモソ食べていると、突然すぐ隣に顔がニョキと出てきてひっくり返りそうになった。

 後ろの大学生、その一人だった。金の短髪と左耳にピアスを開けている。

 ニヤニヤとした見下した目つきで私を見ている。

「ねえ、その顔で生きてて楽しい?」

 衝撃的過ぎて言葉が頭に入って来なかった。後ろではドッ! と大きな笑いが起きて「やべー!」とか「本当に言った!」という声が聞こえる。

 何が何やら頭の中が真っ白になってしまった。バッと伝票を取り、三千円を越えない会計なのを確認し、千円札三枚置いて逃げるように店を出た。

「ありがとうございましたー」

 という奥さんの声が聞こえた。




 息を短く吐きながら夜の道を足早に抜けていく。あんまりな事にもしかして、私の聞き間違えじゃないだろうかとすら思った。

 だが違う。確かにそう言われた。 

 気がつくと家の近くの公園まで来ていた。ようやく鼓動が収まって来る。

 何故……何故自分があんな事言われなければいけないのだろう。どうして店の人は大学生の方を注意してくれないのだろう。もうあの店には行けない。どのツラ下げて行けるというのか。二度とあの揚げ出し豆腐を食べる事は出来ない。

 その時、揚げ出し豆腐を食べていなかった事にようやく気付いた。

 私が一体あの揚げ出し豆腐にどれだけ救われていたと思うのか。あの若くてキラキラした大学生達が今まで、そしてこれからどれだけの幸せがあると思っているのか。

 お前らが何気なく食い散らかしたような物が、私にとって唯一の生きる理由だというのに。

 悔しかった。言われた事も、他人が丸めて捨ててしまうような事が唯一の幸せな事も、自分の人生そのものが悔しかった。

 涙がこみ上げて来るのを耐える。住宅街の閑静な通りだが、人は通る。美人なら良い、だが醜いブスの泣き顔など嘲笑や嫌悪の的だ。

 家までだ。家まで耐えるんだ。

 目元へ力を入れたままワンルームの自宅へ歩みを進めた。


 玄関の扉を開け、電気をつけるとベランダのガラス戸に自分の姿が反射した。

 顔だけじゃない。短く太い脚や、ずんぐりとした肩や妊婦のような腹やとにかく全てが醜い。不細工だ。

「その顔で生きてて楽しい?」

 あの見下した顔と台詞がフラッシュバックする。

「……楽しい訳無いだろっ!」

 鞄を投げ入れて、膝から崩れ落ちた。声を上げて泣いてしまった瞬間「騒音で文句を言われる」と思い、もぞもぞと敷き放しの布団へ潜り込む。

 枕を噛みボロボロと涙をこぼす。声を上げられないから唸り声だけ出す。

 時刻は一時を過ぎようとしている。シャワーを浴びて無駄な肌のケアをして寝られるのは二時頃か。睡眠時間がまた足りない。朝眠いのに無理矢理起きて、バカだと言われ不細工だと思われ役立たずだと叱られる仕事へ行かなければならない。みじめだ。本当にみじめだ。 

 こんな風に嗚咽を漏らしながら泣いている時、ふと想う事がある。

「きっとお話ならこんな惨めな人生も完結するのだろうな」という事だ。

 小説など書いているせいだろうか、人生を物語に想ってしまう時がある。例え不幸の塊のような人生でバッドエンドだとしても、ドラマティックな何かが起きて、お話が完結する。醜い私の人生を綺麗に終わらせてくれる。

 だけどグズグズ腐った現実は明日が来る。自殺する勇気の無い私には人生がまだまだ続く。何年も何十年も、この醜い顔で他人の悪意を真っ向に受けて生きていく。

 やがて段々と気が狂っていき、目に写る全てのものへ怒り散らすおかしなバアさんになる。

 自分でも何がなんだか分からない思考、感情になって訳も分からないまま死ぬ。

 そうなるために今日のような不幸を何十年も味わっていく。

 消えてなくなりたい、と思いながらウトウトして来ていた。このまま寝てスーツがしわになって朝また自己嫌悪に陥って……。不幸の連鎖が永遠に続くのだろう。

 ああ、本当に。

 ブサイクって、かわいそう。

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ブサイク カエデ @kaede_mlp

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