メンバンサの街

 どうにかこうにか雑魚敵を倒しつつ、レベルを上げつつ、やくそうを飲み干しつつ、何度か教会に戻りつつ、ワンダはメンバンサの街へとやってきた。


「ゆ、勇者さまなら、南のダンジョンに……。魔法のアイテムがあるとか言って……」

 街の人をしばきあげて、勇者の居場所を聞き出す。またしても、一歩遅い。仕方なく南へと向かった。


 ところが、レベルが上がったというのに、これがちっとも進まない。敵がわんさか出てくる上に、その強さが今までと段違いなのだ。


 どうやら話によると、勇者は二人連れだったらしい。ここはもうメンバンサ。三番目の街なのだ。タイミング的に、そろそろ仲間が増えないとおかしいのだ。当然、それに合わせて難易度も上がっているのだろう。それがきっと、この南のダンジョンの存在意義なのだ。これまでダンジョンらしいダンジョンというものはなかった。仲間も増えて、そろそろ本格的に冒険が始まるというときに、ボスが待ちうけるダンジョンへと行くことになる。冒険的には、なるほど、これは楽しいものなのだろう。


 だが、ワンダは一人旅なのだ。おまけに勇者と違って仲間になってくれる当てもない。ストーリーは、彼には味方してくれないのだ。

 だからと言って、ここで悠長にレベル上げなどしていられない。勇者は仲間も増えて、これからどんどん先へ進むのが早くなるだろう。今のうちに追いつかないと、取り返しのつかないことになりそうだ。もしかしたら、次に会うのは勇者が魔王を倒した後、世界が平和になったあとかもしれない。それではダメなのだ。

 早く、とにかく早く、ダンジョンへ向かわなくてはならない。

 作戦が必要だった。



 ワンダはひとまず武器屋へと足を運んだ。

 まずは剣を売る。防具も売る。いらない持ち物もすべて売る。代わりに持っている金で買える最高の防具と盾を買う。そして大量の薬草。ダンジョンへ向かう。


 作戦はそこそこ好調のようだった。

 敵を倒す必要などないのだ。出会った敵からはすべて逃げる。逃げるまでに受けたダメージは薬草でとにかく回復する。



 強力な攻撃で体力をごっそり持っていかれることも何度かあったが、どうにかワンダは生きのびていた。これなら、うまくすれば勇者達にも追いつけるかもしれない。

 ダンジョンの全行程の中間ほどで、ワンダは一息ついていた。

「ああ、しまった」

 薬草を飲んだ後で、ワンダは苦い顔をした。予想以上に体力の消耗が激しい。今のが最後の薬草だったのだ。


 あたりに薬草が落ちていないか、ワンダはあちこちを見てまわった。だが、ダンジョンの中にそういくつも落ちているわけもない。どれもこれも、先に来た勇者達が摘みとった後のようだった。


 それでも必死に探し回っていると、ワンダは何やら冷たい風を感じた。右手の方から吹いてくる。なんだろうと思ってそちらへ向かうと、壁の一部に奇妙な亀裂を見つけた。


 手で押すと、壁はゴトリと口を開けた。しめた。隠し通路だ!

 隠し通路の奥には、小さな部屋があった。そして、その真ん中には見事な宝箱が置いてあった。まだ、開けられてはいない。勇者達は、この道を見つけられなかったのだ。


 ワンダはドキドキしながら宝箱を開けた。宝箱を開くのは初めてだ。どこへ行っても、勇者達が全部あけてしまっていたからだ。

「おおっ」

 中から出てきたのは、鋼の剣だった。メンバンサの街にも売っていない、高い攻撃力の武器だ。まさに僥倖ぎょうこう。天からの贈り物だった。これがあれば、少しはここの敵とも戦えるかもしれない。

 ワンダは剣を腰に刺し、意気揚々と駆け出した。


「待てい」

 部屋から出るところで、後ろからしわがれた声が聞こえた。振り返ると、部屋の中央には、先ほどまでいなかった骸骨の剣士が立っていた。


「俺の剣を勝手に持ち去ろうとは、許さんぞ」

 どうやら、トラップモンスターらしい。宝箱を開くと、襲ってくる仕掛けのようだった。言うなれば、この宝箱の番人と言ったところだろう。

 だが、こちらには今持てる最高の防具と最高の武器がある。負ける要素など、ひとつもないのだ。

 ワンダは手に入れたばかりの剣をかまえて、飛びかかった。

「とおーっ!」


 教会。

「君ねえ、気持ちは分からないでもないけれど、あんまり無茶をしちゃ……」

 ワンダは、ぶうたれながら神父の話を聞いていた。

 どうしてこう、どこの神父も、同じ事ばかりいうのだか。



 ようやくたどり着いたダンジョンの最深部では、ボスモンスターが無残にも倒され、気を失っていた。蛇の大きくなったような奴だ。


「おい、大丈夫か」

「なんだ、また人間か……。今日は客の多いことだ。うう……」

「しっかりしろ。お前には聞かなくちゃいけない事があるんだ」

「聞かなくてはならん、だと……?」

「そうだ。勇者が来たのか?」

「そう、我は水の秘宝の守護者。我は勇者が来るのを待っていた。おお、幾百年に渡る守護の役目も、これにて終わりだ。これでようやく眠りにつける……」

 そう言って、大蛇はゆっくり目を閉じた。


「こら、眠るんじゃねえ」

 ワンダは蛇の頭を剣の鞘で殴り起こした。

「一体なんだというのだ。我に一体なんの用があるというのだ。我は水の秘宝の守護者。我はもはや役目を果たした」


「勇者はどこだ。あいつらはどこに行った」

「おそらくは、火の秘宝がある北の砂漠だろう……。秘宝は、四つ集めてはじめて……」

「ああもう、んなこたどうでもいい。北の砂漠だな? よし、とっとと寝ろ!」

 ワンダは蛇を蹴り飛ばし、すぐさまダンジョンを抜けるべく駆け出した。


「まったく、なんだ、あいつは」

 大蛇は去り行くワンダの背中を見ながらひとりごちた。

 まあいい、とにかく寝るとしよう。蛇はもう一度目を閉じた。だが、どうも今の一発で、すっかり眠気が覚めてしまったようだった。


 眠りにつくのは、またしばらく先になりそうだ。大きなとぐろを巻きながら、大蛇はひとつ、息を吐いた。

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