【短編】村人Bの冒険

たはしかよきあし

「ここはジマリハの村だよ」


 伝えなければならない事がある。

 だというのに、彼らは一向に現れない。なぜだろう。


 ジマリハの村には、もう秋の風が吹いている。村の入り口で、村人Bと、村人Aは、茶色に変わりはじめた草原を眺めていた。


「俺たち、一体いつまでここで待ってりゃいいんだろうな」

 そうつぶやいたのは村人B、ワンダだ。布の服を装備して、普段は外で畑を耕しているのだろう、そんな日焼けた肌をしていた。ほんのちょい役の村人にしては運よく、顔だってそんなにまずくはない。


「なんだいワンダ。ここはジマリハの村だよ」

「んなこた知ってる。そうじゃなくて、勇者はいつになったらここにくるんだろうなって」

「なにを言ってるんだよ。勇者さまなら、とっくの昔に旅立っただろう? ここジマリハの村から」

 痛恨の一撃とは、こういったもののことだろうか。

 旅だった? とっくの昔に旅立っただって?


「う、嘘だろ? いつ、いつ旅立ったんだ」

「いつって言われてもなあ。けっこう前だよ。もうレベルも上がって、今はギーツの国にいるころじゃないかな。ここはジマリハの村だけど」

 再びの衝撃。ワンダはくらくらとめまいを感じた。

 そんな馬鹿な。俺はまだ、彼らにあのセリフを言っていないぞ。


「あ、おい、どこへ行くんだ。このジマリハの村は、まだ夜にはなってないぞ」

「ちょっと、行ってくる」

「行くってどこへ。ここはジマリハの村だぞ」

「決まってるだろ。勇者を追いかけるんだ」

 ワンダは、是非もなく駆け出していた。




 生まれたときからワンダの役割は「村人B」だ。

 それが何を意味するかは知っている。自分は主人公ではない、と言うことだ。

 それどころか、ワンダを含め、ここサクレータという世界の人々は誰もが知っている。このサクレータそのものが虚構なのだ。この世界を含め、この世界にあるすべての物が、プレイヤー達の一時の娯楽のために用意された物だということを知っている。世界を脅かすという魔王の存在も、所詮は倒されるために作られたものだ、ということも。魔王自身、その事は知っているのだろう。


 だがそれでも、魔王は決して侵攻の手を緩めたりはしない。魔王だけではない。ここに住む人々は自分に与えられた役割に誇りを持っていた。自分が、そのために作られたと言うことを知っているのだ。それはワンダも同じだ。自分に与えられた「村人B」の役割だけは、なんとしてでも果たさなければ、その一言を、必ず勇者に伝えなければ。幼いころから、いつか来るその日を待ち望んでいた。


 だが、せっかく魔王が復活して、勇者が現れたと言うのに、これである。勇者は村人Bを無視して、とっとと話を進めてしまったようなのだった。


 ジマリハの村は、大陸の東端にある。古くから勇者の伝説があり、魔王が復活したさいには、この街のはずれの洞窟に、異世界から勇者が召還される、のだという。


 要するに、物語の始まりの場所であり、本格的に旅が始まるギーツ国までの中間地点。ギーツまではそう苦労もせずにたどり着ける。あたりにはそう危険なモンスターもいない。

 ただしそれは、プレイヤーたる勇者にとっては、というものである。




「とおーっ!」

 気合一閃、最弱モンスターのスライムに切りかかるも、村人Bの攻撃はあえなく弾き返されるばかりだった。ひのきの棒では、何しろ分が悪い。そして、スライムは集団でワンダをボコボコにしてしまうのだ。

 ワンダは倒れてしまった! ワンダはもう戦えない!


 目を覚ましてみると、そこは決まって教会だ。死んでしまったキャラクターは、天使達が教会に運んでくれるのだ。目の前で、神父さまがいつものようにあきれた顔をしている。勇者を追いかけ、ギーツを目指してから、ワンダは何度この神父の世話になったか分からない。


「君ねえ、気持ちは分からないでもないけど、あんまり無茶をしちゃいけないよ」

「うるさいな。俺は勇者を追いかけなきゃいけないんだ。やらなきゃいけない事があるんだ」

「やらなきゃいけないことって言ったって、セリフを一言だけだろう? もしかしたら、勇者さまたちも、またここに戻ってくるかもしれないし」

「んなわけあるかよ。こんなへんぴな村に、何しに帰ってくるっていうんだよ」


 ジマリハの村は、まことに「物語の始まり」以外の役割を与えられなかった村である。武器屋などはなく、道具屋にも木の棒と鍋のフタがあるだけだ。一応、北の方に「細い剣」が入った宝箱があるのだが、そんなものは当然のように勇者が持ち去っていた後だった。

 それだから、ワンダはまともな装備もなく、ひたすらに

「とおーっ!」

 と叫んでは教会に舞い戻る。そんな事を繰り返すしかないのだった。



 そうして、ワンダがギーツの国にたどり着いたのは、もう三日もたっての事だった。モンスターからはひたすら逃げまわり、満身創痍である。ボロボロである。


 そのへんを歩く国民Aをとっつかまえる。なんど尋ねても「ここはギーツの国ですよ」としか言わないので胸ぐらを捕まえてむりやり聞き出した。


「俺は勇者がどこにいるか聞いてんだ」

「ゆ、勇者さまなら、も、もうとっくにメンバンサの街に、い、行ってしまったよ」


 遅かった。どうやら間に合わなかったようだ。しかし、立ち止まるわけには行くまい。

 ワンダは装備をととのえて、すぐさま旅立った。ここなら剣も鎧もちゃんと売っている。さすが城下町、一味ちがう。


 ぎらぎら光る銅の剣をたずさえて、ワンダはメンバンサへの道を急いだ。すぐに嗅ぎつけたように、モンスターたちが襲い掛かってきた。


「よおし、この剣の切れ味、お前たちで試してやろう」

 ワンダは剣をかまえて飛びかかった。

「とおーっ!」


 気がつくと、そこはギーツの教会。

「君ねえ、気持ちは分からないでもないけど……」

 剣を装備しようとも、所詮ワンダは村人Bなのである。

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