鏡花水月

星月蓮

鏡花水月

十六歳の僕は、毎日図書館に行くのが日課だった。その図書館は、山の上にある小さな図書館でいつも誰もいない。

今日もいつものように図書館に行くと窓際の席に誰かいる。

めずらしい、というかはじめてじゃないのか?誰かいたのは。僕は気になってその男の人を見ていたら、彼は本を読みながら微笑んだ。

綺麗だ。恋とかそういう訳ではなく、あんな顔で本を読む人をはじめて見た。僕は彼に声をかけてみた

「何をよんでるんですか?」

彼は少し驚いた顔をしたけど、すぐに本に目を向け

「鏡花水月」と言った。

「へぇー、鏡花水月かー。どういう意味でしたっけ?」とたずねると彼は

「儚い幻。また、目には見えるが、手に取ることができないもの」

と辞書に書いてある文をそのまま読んだような言い方で答えた。

翌日、図書館に行くと昨日話した彼がまた同じ席に座って、昨日とは違う本を昨日と同じ顔で読んでいた。

次の日も、その次の日も。僕は毎日

「何を読んでるんですか」ときいた。

僕達は、次第に仲良くなっていった。

ある日、

「そう言えばお前、名前何ていうの」

と彼がきいてきた。言われてみれば、これだけ話しているのに名前を知らない。

「桜田夢希。お前は?」

「青井薔。しゅうって呼んでいいよ」

「うん!俺のこともゆうきってよんでくれ!」

「うん。」

今日、はじめて薔の名前を知った。

次の日、薔は僕と出会ったときと同じ本を読んでいた。いつも違う本を読んでいる薔が同じ本を読むなんてめずらしいなと思い、僕は

「同じ本を読むなんてめずらしいね。どうしたの?」と聞くと

「この本好きなんだ」とだけ答えた。

沈黙が続いたので僕は

「前に薔が、鏡花水月は儚い幻っていってたけど、なんで鏡花水月って言うんだろな」

と何気に言ってみた。すると薔は

「鏡にうつる花とか、水にうつる月とかって見ることは出来るけど触れることは出来ないだろ。だから鏡に花、水に月で鏡花水月らしいよ」

と言った。

「へぇー幻ねー。あ!知ってる?青いバラって存在しないらしい。自然に咲くことはないんだって。だから花言葉が「不可能」とか「存在しないもの」なんだとー。鏡花水月ぽくね?」

と、僕は窓の外に咲く黄色のバラを見て言った。すると薔が

「夢希は青いバラ、存在しないと思う?」

と見たこともないくらい悲しい顔できいてきたので

「どうだろね」

としか答えられなかった。

どうしてそんなに悲しい顔をするんだろう。薔は時々、僕とは違う世界にいるよう思える。僕の知らない世界を知っているような顔をする。

また沈黙が続く。

その日以来薔は、図書館に来なくなった。

―どうして-

僕はいつも受付にいる女の人に

「あの、いつも来てる男の人知りませんか?青井薔って言うんですけど」

ときいた。すると女の人は

「いつも?いつも来られるのはお客様だけですけど」

―え?-

「青井薔ですよ?利用者カードとかにありませんでした?」

「はい。というか最近利用されているのはあなただけですよ」

―どういうことだ-

僕はいつもの窓際の席に座った。

カーテンがヒラヒラと風に揺られている。窓の方を見ると何かが窓のふちにおいてある。

それは、棘を丁寧にのけられた5本の黄色いバラと、紙切れだった。

棘のないバラの花言葉は「友情」

5本のバラの花言葉は「君に会えて本当によかった」

黄色いバラの花言葉は「一生君を忘れない。」

-どうして-

隣に置いてあった紙切れには

「枯らすなよ」とだけ書かれていた。

それから僕は、薔から聞いたことを頼りに薔を探した。

薔は、2年前に死んでいた。

じゃぁ僕はずっと幽霊と話していたのか? そういえば僕は、薔に触れたことがない。触れれば消えてしまいそうなくらい綺麗だったから。

薔は鏡花水月だった。

あれから10年。テレビのニュースで人工知能ロボットが人間を超えた!?

と騒いでいる。

実際、人工知能は人工知能とは呼べないほどに進化していた。まるで人間のような顔や体。人混みの中に混ざっていても誰もきずかないほどに。

そして遂にその人工知能は、青いバラを自然に咲くようにつくりあげた。

何だか変な気分だ。悔しい。悲しい。

僕はテレビを消し、布団を頭までかけ体をまるめて眠った。

起きると9時だった。僕は昨日の夜のニュースを思い出して久しぶりにあの図書館に行ってみることにした。

変わってない。

懐かしい本の匂いを嗅ぎながら「鏡花水月」という本を手に取りあの窓際の席に座った。本は、キレイなままで、ホコリをかぶっていた。

本をパラパラとめくり、窓の外の黄色いバラを見た。

カーテンがヒラヒラと風に揺られている。

すると、「ガチャ」というか音が静かな図書館に響いて、受付の女の人が「こんにちは」と言う。

僕は、こんな山の上の小さな図書館に来る人がいるんだなと思いながら、また本をパラパラとめくった。

「夢希」

聞き覚えのある声で誰かが僕の名前を背後から呼ぶ。

振り返るとそこには、存在しないはずの薔が手を後ろに組んで立っていた。

僕は目を疑った。薔。どうして。

薔は、後ろに隠していた青い薔薇の花束を僕に向けて差し出し、

「枯らすなよ」

と言った。

-どうして-

目の中で堪えていた涙が頬をつたって一気に流れていく。

「出来たぞ、青い薔薇」

薔はそう言っていつもの顔で微笑んだ。

僕は涙を服の袖で拭って青い薔薇を受け取った。そして、薔の顔に手を伸ばし触れた。

冷たい。

薔は少し驚いた顔をしたが、また優しく微笑んだ。

僕は青い薔薇に目を向ける。

青い薔薇は、棘が丁寧にのけられ13本束ねられていた。

13本の薔薇の花言葉。それは

「永遠の友情」

自然に咲く事ができるようになった青い薔薇は今、「夢叶う」や「希望」という意味がこめられている。

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鏡花水月 星月蓮 @suzuusa

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