剪定
「剪定」を行うのは今日が初めてだった。葉狗田の球堂は三日に一度か、そのぐらいのペースで伸びてきた根を刈ってやらねばならない。生意気にもコイツは生きているらしく放っておけば絡みあった太い根を横目に別の方向に向かって成長を始める。球堂だけで生活させれば健やかに成育することだろうが人間の持ち物となった以上美しい球体で居てもらわないと困る。
今日の当番は私と他数名だった。頂上から繊維を括りつけて上から下へと刈り進めていく。
「ンアアァァァァやってられるかァ」
突如隣にいたやつが大きな鋏を放り投げた。
晃だった。
「ねぇ見て見て!切った傍からもう若葉が生えてる!!芽吹いちゃってる!気が狂ってしまいそうでゃああああぁぁぁ」
晃はこちらに向かって目を細め、口を尖らせ、皺だらけになった顔を見せた。この世のものとは思えない邪悪なものだった。こめかみの辺りが物凄い早さで痙攣している。
「代わって…?」
「なんでよ、って私もやってるじゃない」
「クソッ…俺にこんな無駄なことをやらせるとは、陰謀、計略の類いに違いない。これも彼らの意志が見え隠れしている。俺にはそう思えてならない」
目の前の若葉を拳ですり潰していた。
「変わった植物なことには違いないと思うけど」
「こんな不気味な生き物人間の身には余るぜ…分かるか千宏」
「うーん、多分宿り木の一種だと思う」
私は目の前の根っこを持ち上げる。
「こことかほら、根っこの先端が違う根っこに刺さってる。これは多分球堂自身で養分回してるんじゃないかな。同じ植物が寄り集まって養分を奪いあってるのか、身体の構造が自己完結するような形態なのか」
「じゃあコイツの元々のエネルギー源はなんだよ?」
「今度晃掘ってみてよ、私横で見てるから」
「なるほど、お前それが狙いだったのか。良いだろう!俺が今から試してやる。この世界の陰謀は一つに収束するッ!!ハァーーーーーーーッッ」
晃は頭上に大量の繊維を放出した。と思えばそれは巨大なスコップとなり、地面に向かっていった。
「おい
晃を挟んで私の向かい側には灰庭がいた。
灰庭は私と晃と同じ綿の一族、同郷の仲間だ。ここひと月で徐々に名を挙げている、秀才だった。幼い時から何をやらせても非凡な才能を発揮する。それはここに来てからも同じだった。人目を惹くことに関しては晃と灰庭、この二人が一族で頭一つ抜けていた。
「…おい、灰庭」
灰庭は黙々と作業をしていた。そこまで二人の距離は離れてはいない。晃の声が届いていない筈はなかった。
「どうやら俺らより気味悪い根っこのほうに愛を感じているらしい。お前への愛は俺の方が上だがな、灰庭よ。愛の剪定はお前を待っている」
灰庭は未だ晃に反応しようとしない。灰庭の髪はいつも右目が隠れているから、こちらからは目が見えない。なんとなく口角が下がっている気がした。
「お前よりはこいつのほうが好きだよ」
ようやく灰庭が口を開いた。奥歯にものが詰まったような言い方で続ける。
「お前の一言一言が不愉快だ。どうにかしてくれよ、キチガイ」
「なぁ灰庭よ。俺にとってその罵倒が養分となることを知らない訳ではあるまい。もっと責め立ててくれ!俺は“どっちもいける”からな」
「勝手にやってろ」
灰庭の振る鎌がどんどん雑になっていった。晃は全く気にしていないようだ。
「“どっちもいける”ということは即ち“どっちも楽しめる”ということだ。一応解説しておくと身体的な苦痛と精神的な苦痛、そのどちらも俺にとって“悦び”の対象だ。俺としてはその矛先がまっすぐ向いているほど良い。行為そのもので俺は満足出来ない。そそり立っているほどに俺の“悦び”も嬉しそうにそそり立つ。言葉責めの場合は特にな」
灰庭は大きく舌打ちをした。鎌が根っこに通らなかったようだ。
「これ以上構うなら、お前をバラしてやる」
そういうと灰庭は球堂の上へと登っていった。最後までこちらを見やることはなかった。
私が聞きたかったことを晃が自分で口にした。
「あんなあからさまに毛嫌いされるとはな」
「なんかあったの?」
明らかに入学前と様子が違っていた。灰庭は端整な顔立ちで穏やかな人間だったし、どんな人間にも分け隔てなく接していた。
「さぁ、そもそもアイツと最近つるまないからな。入学してから付き合い変わったんだよ。アイツの場合、自分から変えまくったんだけどな。人間によってまるっきり態度違うし今まで仲良かった野郎にもいきなり冷たくあしらい始めるし。残ってるのはほんの一人か二人だぜ」
言われてみれば、灰庭の隣にはいつも知らない誰かの姿があった。
「そんで鼻につくのが羊毛に媚び売ってるってことだ。アイツらの前ではへらへら笑いやがって俺らにはキチガイ呼ばわりかよ。訳が分かんねぇ」
私は俄に信じられなかった。
私自身には関わりがなくても、晃たちが仲違いしてる事実がショックだった。遠目に見てる彼らがなんだかんだで近くにいる、付かず離れずを繰り返しても断ち切られることはない。その姿を訳もなくイメージして、勝手に自分の一部分になっていた。それは私の思い出であり故郷だった。
「千宏、上見ろよ、上」
晃が顎で指した先には、灰庭ともう一人見知らぬ人が立っていた。
私は一瞬目を奪われた。
その人があまりにも美しかったからだ。
身体は宝石のように七色に煌めいて、辺りに光子を降らせている。長い髪は後ろに一つ、白い花簪で纏められていた。首のあたりで尾のように揺れている。
灰庭が笑うたびに、彼女も笑っている。仲睦まじいというか、ぼーっと見てしまうような二人だった。灰庭は喜色に溢れていた。
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