徒労の歌
紫吹隊が対空を行う一方、蒜山隊は地上で迎撃を行った。
前方からは虫喰いの群勢が押し寄せる。蒜山隊が二十に対して向こうはその十倍。その数も然る事ながら一匹一匹の持つ質量がヒトとは比べ物にならない。運動エネルギーで言えば成育しきった牛を吹き飛ばす程だった。人間が正面からぶつかればひとたまりもない。
故に人類は敵を翻弄すること、それが生き抜く術であった。
「ッアア!!!ちょこまかしやがって!!!」
虫喰いの大顎は虚しくも空を切る。人間はあっという間に視界から消える。彼らは常に空を漂っていた。
地面に刺した杭を基点として、長大な繊維を出し入れしながら宙を舞う。ちょうど花をつけて垂れさがった植物のようにユラユラと頭をたれていた。
襲いかかる虫喰いをなんなく避けた人間は、宙で無防備となった虫喰いに狙いを定める。左手から放出した繊維は巨大な腕となり、虫喰いを握り潰した。指の間から体液があふれ出る。
「イマイチ感覚に乏しいのが良くねぇ」
搾り滓をみて、団員は吐き捨てるように言った。
「団長みたいならどんだけ楽しいかよ」
無駄口を叩くのも束の間、視界の端に杭を食い破ろうとする虫喰いを認めた。
「おっと」
ほぼ反射的に両腕をあげ、槍を生み出し、投擲した。二本の槍は頭部を撃ち抜き、虫喰いは動きを止めた。
「ったく、ちょこまかしやがって」
団員は飛茎を大きくしならせると、自切を行い天高く舞い上がった。
天を仰ぐ。雲との距離がハッキリと縮まった気がした。
「あぁ、鼻が軽い」
途端、鼻先を何かがかす掠めた。
ハッと自分が散漫になっていたことに気づき、周囲を警戒した。
目を細めると、鋼板の上で団員の一人がハッキリとこちらを睨んでいる。
どうやら味方の矢のようだ。
目配せをくれてやると気にもとめず、また射撃を始めた。そういえば、鋼板は紫吹隊だったか、と思い出して彼は苦笑した。
「上の人間が邪魔だァ!!!殺せ!!!」
鋼板上の弓兵が面倒だ、と感じた虫喰いは一斉に鋼板へと駆けた。約半数、百匹の虫喰いが鋼板に迫る。
「クソがッ!!!数が多すぎる!!」
ひとり頭十匹を相手取るのは明らかに分が悪い。せいぜい五匹程度が限界であった。平地という虫喰い有利の立地では人類の真価は発揮されない。彼らみずから立体物を作り出そうがこの数の差ではたちまち食い破られてしまう。飛茎を用いて攻撃と離脱をくり返すことが精々だった。
「正面から取り合うな!!!跳躍に気を張れ!!!」
宙を舞うのは人類だけではない。虫喰いの強靭な後ろ脚は脅威的な跳躍を見せる。飛茎をつかって地面を離れたところで安全は保証されない。
長大な槌を振り回す団員。背後から跳躍した虫喰いが迫る。
「うぉあああ」
間一髪反応したが、槌には虫喰いがガッチリと捕まっている。
これを見た他の虫喰いが一斉に飛茎に飛びつく。
飛茎は食い破られ、団員が地面へと落下する。下には待ってましたと蠢く顔、顔、顔。
何本もの前足に絡め取られる。結紐した針を闇雲に動かすも虫喰いの圧力には為す術もない。
歪んだ表情を下顎が引きちぎる。前頭部から頬にかけて繊維がぶちぶち音を立てて引き伸ばされる。
ああああああああぁぁぁ
おぞましい叫声が響き渡る。
五匹仲良く、胴を残して喰らい続ける。
虫喰いはヒトの味に夢中になっていた。
そして、遠くからやってくるものに気づかない。このような事は度々起こり得る。
虫喰いの隙間を縫って、瞬く間に飛び去る。
別の団員が彼の胴を回収した。
「新兵からやり直すんだな。半端者め」
端々に付着した体液を飛ばすと、虫喰いを一瞥した。
仲良く五匹で走り去る様はまるで人のようだった。
紫吹隊は窮地に立たされていた。空から押し寄せる大群は既に鋼板上部まで迫っており、全方位を虫喰いにとり囲まれていた。紫吹隊は矢をつがえることを止め、近接武器を構えた。槌、斧、鞭、槍、双剣、それぞれが違う武器を駆使していた。
一方その頃、紫吹は踊っていた。
「ハハ~ン、フンフフフフーン…ハラハンハンハハ~、ハンハラフラハナーン…」
指先にまで力のこもった、美しい踊りだった。つま先のみで体重を支えている。
「フハナハランララ~…ナハルルハンハラ~フンフフーン、ハハルンルンルンハ~…フララフンフン~」
「ルルハンハフフンフフ~ルルル~…フフンハハルーン、ルルルハルハハヌーン…」
「ルルルルルン、ハンハハンルル~…フフンフフ…ハハ~ンルルルフル~ン…………」
突如、全ての団員が飛茎を出した。
そして、強くしならせ、天高く飛翔する。
彼らはあっという間に戦場を離脱していた。
天空に放り出された紫吹、上昇と下降のちょうど狭間、身体が一瞬時間を止める。
地面に背を向け、紫吹が初めて快活に笑う。
「落とせェ!!!!」
彼が叫ぶと鋼板がズドンと轟いた。
鋼板は真っ二つとなり、巨大津波のように折り重なる。
「うわぁーお助けー」
壁に張りついていた虫喰いを木っ端微塵に叩き潰す。
凄まじい風圧が起こり、辺りの木々は根こそぎ吹き飛んだ。点在した水たまりは、水たまりでは無くなった。
鋼板の先端は地面に達し、地表を抉り続ける。脇に逃げる泥の山は色の濃さを増していく。
ズゥンと地響きが鳴って、ようやく動きを止めた。
地面を闊歩していた虫喰いは鋼板の谷間に吸い込まれ、殆どが絶命していた。陸に残った虫喰いの約半数である。
「能見隊、出ます」
鋼板の中には伏兵がいた。能見が裂け目となった部分に繊維を敷くと、その上に大量の繊維が放出された。
何人もの繊維が複雑にからみ合い、一枚の鋼が生まれる。それは徐々に高さを増していった。
「能見ィ、タイミングバッチリだ」
紫吹がゆっくりと鋼板に降り立つ。作業を続ける能見隊は紫吹隊によって護衛された。
「何なんですかあのおかしな歌は」
能見は苛立っていた。
「聞いてないですよ、あんな合図は。もう少し真面目にやって下さい」
「何…?文句あるの?」
紫吹は彼の目を覗き込んだ。
「大ありですよ」
能見はまっすぐ、凛と見つめ返した。
「次もやるぞぉー?」
「…勝手にしてください。僕が無視しても知りませんよ」
「大丈夫だってぇー、伊達に最年少マンやってないっしょ?」
「だから、その呼び名は止めてください。本気で怒りますよ」
「ははは、可愛い、めっちゃ好き」
能見は紫吹から目を背け、地上に目をやった。視界を覆っていた土煙は徐々に消えていく。
能見は、その中に異様な影を認めた。
他の虫喰いとは比べ物にならない、巨大な体躯。身体全体をぶ厚い極彩色の甲殻が覆っている。仲間の死骸を踏み潰しながらこちらに近づいている。
「なんかヤバそうなの来ましたよ、紫吹さん」
「ルルハンハフフンフフ~…」
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