轆轤平原
「ねぇ
「いや、あれぐらいで良いのさ。あれが俺のテンションだし、俺は卒業までアイツと殴り合うつもりだぜ」
今日の講義を一通り終えた私は、隠れて繊維の扱い一般、
「あれじゃただ敵を増やすだけよ」
「ハッ!分かってないな千宏。俺がやりたいのは寧ろそれだ」
晃は周囲に繊維を放出している。形を帯びることなく、放散していた。
「これは戦争だッ!俺vs世界ッ!敵は至る所にいる。人間であることは間違いないが、隠れられてちゃ戦争にならん。だからこうやって俺が叫んでやる。そうすりゃ敵は必ず見つかるからな。」
その繊維は徐々に晃に集まっていく。一つ一つの繊維は生き物のように先端をうねらせながら近付いてくる。やがて、晃の身体に飛びつくと、身体をグルグル巻きにしていった。みるみる厚みを増すそれは鞣した革のようだった。
「千宏、試しにぶっ刺してくれ」
「えっ、いいの?」
「思いっきり頼む」
何だか久々だな。晃の頭をぶっ刺すのは。
最後にぶっ刺したのはいつだったか、そうだ、晃が圧縮した繊維に小動物を閉じ込めて「お前の潜在意識の覚醒を、俺は待つ。」とか言ってた時だったな。
そんな事もあったな、すごく懐かしい。
私が発見して良かった。
「さぁ、始めようか…」
愛用の頭から結紐したうねうね動く針を準備した。
晃の脳天目掛けて、突き刺す。
切っ先が鎧に触れる。
沈み込む針。
プリッと破れる。
柔らかい部分に達した。
「ああああああああぁぁぁん!!」
「千宏!!やっぱりお前は素敵だ!もっと激しく!!」
さらに強く捩じ込む。ミチミチと晃が鳴っている。
「ヒグッ」
「いいぞ!もっとだ!もっとください!!」
「やっぱり自分でやるのとは違う、全然違う…ッ」
私は一度針を抜いた。
晃が物欲しそうな顔で見つめる。
「はァ、はァ」
晃は何も言わず四つん這いになった。
頭は向こうに、尻はこちらを向いている。
もうひとつ、お願いします
目で訴えていた。
私は針を成型し直した。手を広げてもまだ足りない長さでありながら、側面にはまるで大きな波が連なるように尖った先端が続く。「かえし」だ。
「はふッはふッはふッ」
晃が昇天するまで事は続いた。
◇
人類の生存圏『洛山』、虫喰いの領域『門外』。この二つを隔てる境界は無い。故に日夜人類と虫喰いによる“縄張り争い”が繰り広げられる。人類は領域における虫喰いの殲滅を、虫喰いは布陣した人類の捕食を行う。
一帯を小高い丘に囲まれた草原地帯。円形に縁取られた地形は多様な生物が訪れる豊かな土地であったが、度重なる戦闘によって動物は姿を消し、植物は人間に都合の良い形で不自然に生え揃っていた。通称“
ここ十数年で領地が大きく侵されている。前衛部隊の壊滅は旅団にとって致命的だった。 これまで培った兵法を持ってしても純然たる物量差に為す術もなく、後退を迫られている。
緩やかに、双方のバランスが崩壊していた。
轆轤平原には巨大な壁が築かれた。優に60メートルを超える。高密度に結紐された壁は繊維と言うより鋼に近い。巨大な鋼板は静かにその時を待った。
鋼板の頂上には二十人からなる小隊が二つ。横一列に整然と並んだ。四十人中三十八人は固く口を引き結び前方を注視する。練兵を重ねた兵士の身体は吹き付ける強風に乱されることはない。
隊列の中央では二人の長が言葉を交わしていた。
「これでダメなら、人類にも諦めがつくってもんだろ」
旅団副長の
「その時はその時だ。ヤツらを掃除するまではここに居なければならない。全ての人間が良しと言うまで、働け」
旅団長、
「それに俺は含まれちゃうの?」
「含まれたいなら、そうしても構わんぞ」
「どうせお前が良いっていうまで働かされるんだろうなぁ。首から下喰われれば全部忘れる?観念するか?」
「どうかな」
「前方距離八千、規模四百!真っ直ぐこちらに侵攻中です!!」
「行くぞ」
木々の奥から波のように押し寄せる、異形の集団。虫喰いの群れがその姿を見せた。唾液と毛が混ざりあった特有の鳴き声を辺りに響かせる。
彼らの巨大な複眼が人間を捉えた。
「やれェお前等ァ!!!」
背中がパックりと割れ、透明で巨大な羽根を広げる。
約半数が空へと飛翔した。
「「「いただきまーす!」」」
鋼板の上を目掛けて風を切る。
紫吹は静かに語った。
「俺思うんだよ…前衛とかあのゴリラ一匹居れば成り立つんじゃねえかって…だからよ、お前らが戦犯かましたら俺は積極的に粛清しようと思う。俺より殺せなかったヤツ、全員除隊な」
「…正気ですか」
「…うん」
例のごとく薄ら笑いを浮かべている。
「ロクな戦果の無いやつは俺の目に留まる。ただそれだけの話だ」
紫吹はひたすらに隊員を緊張させる。通例だった。
「さて、今日の目標は「個人技」だ。今日において人類は死者を弔ってる余裕はないです。自分が生きることだけ考えましょう。」
紫吹は身体を組み替える。下半身は鋼板と同化し、上半身は肩周りが肥大、彼の正面には長弓が現れた。彼はそれをゆっくりと手に取る。隊員もそれに倣った。
紫吹は矢をつがえる。弓に負けず劣らずの巨大な矢だ。
「味方を盾にしなさい。お前らは一人だ。背中に気をつけなさい。」
肥大した肩周りが窮屈になるほど弦を引く。対して、引き尺はそれ程大きくない。
「敵が前だけだと思うな。」
引き絞り、一矢を放つ。
音だけが響く。
遥か彼方で四匹が脱落した。
「盾にされたくなかったら、殺せ。以上」
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