終章に代わる記憶
僕は質問部屋に入るとまず預言者に礼を述べた。
「本日は貴重な十分間を、私を含む九人もの質問者の問に充てて頂き感謝します。最後に私の質問にも幾つか答えて下さい」
預言者は「いいでしょう」と機械的に答えたのみであった。「ではまず、現在私の鞄に入っている小説は?」
予め決めておいた一つ目の質問をした。
「鈴木光司の『ループ』である」
その通りだった。これは、僕がここに来るまでに誰にも言っていない事実である。
「ではその私が持っている小説の発行年月日は」
「平成十二年九月十日の初版である」
すぐに奥付を確認した。ピタリと合っている。これは僕自身が今この場で初めて確認し知った事実であった。トリックの介在する余地などなかった。
「最後に一つ」
僕は一瞬迷った。問うべき問なのか否か。だが、僕はどうしてもその質問をせずにはいられなかった。
「死んだ恋人に、いつかまた会えますか」
笑いながら尋ねた。答は解っていた。
その刹那、扉が勢いよく開かれ、余りに狼狽した様子の哲学者――辺見剛志が現れたため僕は預言者の答を聞き逃してしまった。
「この世界を創ったのは誰だ? 本当に、本当に神なのか?」
哲学者らしい問だ。この男はきっと、一度目の質問に納得ができず、ここに来たのだ。しかし、まさか創造の神なんてものが実在したとは。
「この世界を創ったのは人間である」
――人間? 預言者の言っている意味が解らなかった。僕は一瞬で数通りの解釈を頭に巡らせたが、詩的表現でも比喩でもない機械的な真実だとすると――。
辺見は混乱した様子で預言者の回答の真偽を問おうとした。しかし預言者は一言「時間です」とだけ呟き、部屋を出てしまった。
その時、すぐに辺見は時計を見た。僕も同時に自分の腕時計を見る。時刻は零時十一分五秒。この時計は正確に合わせてある。辺見は僕に言い訳のように言う。
「さっき私は同じ質問をして、その時預言者は世界を創ったのは神だと答えたんだ。きっと時間切れで質問に対する解答が変わってしまったのだ、君の時間を奪って申し訳ない」
僕は辺見が一つ勘違いをしているのだと気づいた。彼は約束の時間を過ぎてから質問をして預言者の答が変わったと思っている。しかし、それはあり得ない。零時一分の十分後は零時十一分なのだから。
脳内を様々な推理が埋め尽くす。時間内に同じ問をして解答が変わった。もしどちらも真実ならば、変わったのは「この世界」という言葉の指す場所の方だ。つまり――――
――――神の創った世界はたった五分程前に人によって神の創った世界と全く同じ状態で人工的に再構築された?
気がつくと、辺見はその場に嘔吐していた。そうか、この男は僕と同じ結論に至ったんだ。そして絶望した。
あの預言者は何者なのだろう? 今更になって思う。
アレは人間なのだろうか?
預言者は一度目の回答で第一の世界に言及した。その「記憶」を持ったまま世界ごと再構築され今度は第二の世界に言及した。もし預言者が第一の世界の「記憶」を元に真実を答えるならば二度目の回答もコピー元である第一世界の真実と一致していなければならない。預言者が世界の「記憶」を介さずに更に上の次元から「この世界」の創造者に言及できるならば、それはただ真実だけを返す「機能」ということになるのではないか。
この「人工世界五分前仮説」とでもいえるような説が真実ならば、生まれたてのこの世界で、この異常に気付いたのは預言者と僕、そしてこの情けない姿で絶望し嘔吐している哲学者の三人だけだ。
そう思い至った瞬間、僕は何か得体の知れない視線を感じた気がした。
これを見る〈
僕の脳内に閃光のように先程の質問が過ぎった。
――――死んだ恋人に、いつかまた会えますか――――
僕はその瞬間、悪魔の実験に魅入られたのだ。預言者という異物が、世界の仕組に触れられるのならば、僕も異物になろう。この世界が神ではなく〈人〉に創られたオムファロスの密室ならば。手の届かない神などではなく〈人〉であるのならば。気付いてくれ、僕という存在に。そして、どうか彼女にもう一度――――――
了
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