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「それじゃ、わしらはこの辺りを重点に捜索するで。」


「わがっだ。足元暗いで、きいつけて探してくれよ。」


「わがっでるって、何かあったら携帯さ連絡いれるで、上は頼んだぞぉ。」


 このような会話をし、私達は二組目の捜索隊に別れを告げ、廃寺への道のりを急いだ。


裕太君の捜索に関する決め事はこうだ。


 1)全長がそれほど長いわけではないので、まず、廃寺までの道のりを4つの区分に分ける。

 2)それに合わせ、捜索メンバーも4つの班に分ける。

 3)探索をしながら各ポイントへと向かう。

 4)ポイントに到達したら、決められた班がそこに残り、周辺を重点的に捜索する。

 5)廃寺に到達しても、手がかりが見つからない場合、一度、廃寺に全員で集まり、全員で捜索しながら下っていく。


 廃寺までの道のりを、人海戦術を展開して捜索するのが一番いい方法なのかもしれないが、いかんせんここは村の集落。ここだけに大人数を注力するだけの人員的余力はない。あくまでも、廃寺に向かっている可能性が高い。という、確率論の話であって、実際に、裕太君が廃寺へ向かっているという保証はまったくない。かといって、少人数で下から丁寧に探していくのもリスクがある。滑落などして、一刻を争うような状態になっていることだって考えられるからだ。


 あとで聞いた話だが、「迅速に、且つ、広範囲に捜索していくためには、こういう方法はいかがでしょうか?」と、基兄が入れ知恵をした作戦らしい。


 日中は、汗ばむくらいの春の陽気であったが、流石にこの時間ともなると、息が白くなる程冷え込むということはないが、少し肌寒く感じる。空を見上げると、雲が空一面を覆っており、月灯りどころか、その存在すらわからない。この暗闇の中、視界を照らす灯りは懐中電灯だけ。しかし、廃寺に近づくにつれ、捜索班は1班、また1班と離脱していくので、それに合わせて照らせる範囲も明るさも狭く弱くなっていく。光がなくなっていくということが、これほどまでに心細いものだということを生まれて初めて痛感している。


2班の人と別れてから幾分か経ち、そろそろ第三チェックポイントに到着する少し前。


「 村長! 見ろ! 切り株のそばになにかあるぞ!」


 基兄の側を付かず離れず歩いていた私は、その声にビックリして、少し飛び上がってしまった。照らされた灯りのほうへと目をやると、なにやら半透明のキラキラするものが落ちている。私達は急いでそれの側へ駆け寄った。


「これは、ビニールか? こんなもの昼間にはなかったと思ったが……」


 不思議そうに首をかしげている村長さんの横で、それを拾い上げるとなんの躊躇もなく指で触り、匂いをかぎ始める基兄。


「おそらくこれはサランラップですね。クシャクシャにされた内側は少し湿っていて、マヨネーズのような匂いがします。もしかしたら、サンドイッチでも包んであったのかもしれませんね。」


「もしかして、裕太が捨てていったものですか!?」


 村の人が基兄に尋ねる。


「かもしれませんね。ここで何かを食べながら休憩していた可能性は大いにありますね。」


 背負ったリュックサックのサイドポケットから、基兄はペットボトルを取り出すと、中に入っていた水で手を洗いはじめた。それを見て、私はリュックの外ポケットに入っているタオルハンカチを取り出してあげ、基兄に渡してあげる。


「だったら、うちらはこの辺りを重点的に捜索しながら、予定の場所に行ったほうが良さそうだな。」


「そうしてくれたほうが、ええがもしれんな。」


 当初の予定である第三ポイントはもう少し先なのだが、誰かが居たという痕跡を発見したため、第三捜索隊とはここで別れを告げた。廃寺の鍵を持っている村長さんと一緒に私達は最終第四ポイントである廃寺へと向かった。


「先生の読み通り。裕太のバカはあの寺に向かっているようですね。」


 まったく手がかりの無い、まさに暗中模索状態の中、裕太君の足取りと思われるものが見つかり、村長さんの声にもほんの少し力強さが戻ったような感じを受ける。


「そうですね。しかし、見つかったのは痕跡でしかありませんので、まだまだ油断はできません。兎に角先を急ぎましょう。」


 初めはあれだけ沢山いたのに、等々私達三人だけになってしまった。進む先を照らし出す灯りも寂しくなり、心細さは更に強くなる。


と、どこかで聞いたことがあるが、まさか、自分の足元が出すちょっとした音(枯れ木を踏んだ音や、石を蹴飛ばしてしまった音)にもビクビクするとは思わなかった。


 『ギャ〜ギャ〜、グワァ〜グワァ〜』


 突然、けたたましい鳴き声が聞こえてきた。


「きゃ!! え!? なになに!?」


 空を見上げると、大小大きさの違う何十もの鳥達が、どこかへ飛び去っていくところだった。


「なんだ、鳥かぁ……。驚かさないでよぉ。」


 安心して、ふっと、我に返ると、基兄に抱きついている事に気づいた。私はぱっと離れた。鳥達がどこかへと飛び去っていったため、再び、辺りに静寂が戻った。


「こんな時間に一体なにがあったんだ? 猟銃の音が鳴ったでもないのに、あんなに沢山、鳥が飛んで行くなんて。」


 村長さんのその言葉に、険しい表情で空を眺めていた基兄が答える。


「急ぎましょう。もしかしたら、廃寺の方で何かあったのかもしれません。」


 ────────────────────────────────────────


 ボロボロのように見えて、この廃寺は見た目以上に頑丈だった。


 本堂へ上がる階段の木材などは、それこそ勢いよく踏みつけたら簡単に踏み抜けそうな程傷んでいるというのに、こと、本堂の扉はどれだけ体当たりしてもびくともしなかった。まぁ、それは夢でも一緒だったので問題ないのだけれども。


「どうしてだよ!! なんで壊れないんだよ! 早く開けよ!!」


 俺は、近くに落ちていた尖った石を握りしめ、扉に取り付けられている南京錠に向かって、何度も何度も打ち付けていく。


『ここもだ。ここも夢と違う。夢の中じゃ、数回殴りつけただけで簡単に壊れたのに。壊れろ! 早く壊れろ!! 』


 焦る気持ちとは裏腹に、思い通りにならない現実にイライラが募る。まるで、ここ数ヶ月の自分を見ているようだ。どうして俺だけがこんなに不幸に合わなきゃいけないんだ。平凡に、普通に、特別なことなどいらない、友達と同じような生活をしたかっただけなのだ。


 その思いが一気に瓦解したのは去年の暮れだ。お母さんが救急車で運ばれ、余命わずかとお医者さんから宣告された。それなのに父ちゃんは、毎日毎日「仕事だ。」とか言って、まったく家には帰ってこなくなった。そんなある日、「お母さんの故郷に引っ越す」といって、この村に連れてこられた。父ちゃんは、今まで以上にその姿を見ることはなくなった。


クソ不便な田舎だから、学校に行くにも、毎日巡回バスに乗らなきゃいけない。友達ともっと遊びたいのに、バスは日に数本しか無いから、否が応でも帰らざるをえない。コンビニはもちろんのことだが、スーパーすらここにはない。自販機だってないのだから、ジュースが飲みたくなったら、自転車で往復1時間以上かけて買いに出かけなきゃいけない。


 なによりも我慢できないのは、俺の気持ちをわかってくれるやつが誰もいないことだ。村のやつらは、俺のことを悪ガキと呼ぶ。好き好んで悪さをしているわけではない、だれも相手をしてくれないから、気を引かせているんだ。それなのに、あいつらは分かろうともしない。頭ごなしに怒鳴りつけるだけだ。


 早くこんな村から出たいと思っていたある日、お母さんから、この村に伝わる昔話を教えてもらった。それは、お母さんの遠いお母さんが、不思議な針の力によって不治の病を治し、その針を持っていた人と結婚して幸せに暮らしたというものだった。正直、昔話にはよくあるタイプだな。と、その時は思った。


 その話を聞いたからなのかは分からないが、今年の初夢に、俺がその針を使って、お母さんの病を治す。という夢を見た。目覚めた時、その夢の一部始終をはっきりと覚えていたのだが正直言って半信半疑だった。そんな非現実的なことがあるはずがない。お医者さんですら、手術もできないし、痛みを緩和してあげることしかできないと言っていたのに、針を挿すだけでいいなんてゲームの世界でもありえない。


 それからしばらく経って、夢のことなんかすっかり忘れていた頃。この寺を取り壊すからと、村のやつらと一緒に片付けの手伝いをさせられていた時、薄汚れた仏像の台座の下から『鬼の針』と書かれた箱が出てきた。「そんなまさか」と、思いながら、恐る恐る中を開けてみると、長短長さの違う針が一本ずつ入っていた。正直、雷に撃たれたような衝撃だった。夢でみたものと全く一緒だったからだ。


『お母さんのご先祖様は、この針で不治の病を完治させたんだ。だったら、子孫であるお母さんも本当に治るんじゃないか。』


 こっそりその針を持ち出そうとしたが、すぐに村長じいさんに見つかり、取り上げられてしまった。実際のところは、盗み出すチャンスはいくらでもあった。いや、元々は婆ちゃんの、そのまた婆ちゃんの婆ちゃんのものなのだ。どういうわけでここにあるかわからないが、それをだけなのだ。


 それなのに、どういうわけか、あの日に見た夢と、同じようにしなくてはいけないような気がして、ずっと待っていた。


 そして、ついにその日が来た。今日、ここで、俺がすべて変えてやるんだ。母ちゃんの病気を俺が治して、もう一度、以前住んでいた場所に帰るんだ。こんな不便なクソ田舎から早く引っ越して、友達と一緒にゲームをして、お菓子を食べて、勉強して、母ちゃんと父ちゃんと、一緒に遊園地に、動物園に遊びに行くんだ


「こんな生活、俺が終わりにしてやるんだ!!」


 渾身の力を込めた一撃により、南京錠は「ガキンッ」という音をたて、その役目を終えた。


「ハァハァハァハァ……やっと……開いた……」


 想像以上に手間取ってしまった。しかし、これでやっと本堂の中に入ることができる。もう少しだ。もう少しで、あの針を手に入れることができる。


 一つ大きく深呼吸をすると、俺は、真っ暗な本堂の中へと足を踏み入れた。懐中電灯の光が照らす堂内は、日中のそれとは違い、不思議な恐怖感を与えてくる。


「どこだ……。どこにあるんだ。」


 机の上に置かれているボロボロの本に巻物や、どんな価値があるかわからない茶碗に皿に古道具を、机の上から投げ落とすかのようにして、目当ての箱を探していく。


「あった! これだ。」


 表書きに「鬼の針」と書かれた箱をついに見つけた。俺は、震える手で箱の蓋を開けて中身を確認する。懐中電灯に照らされ、銀色に鈍く光る長短長さの違う針が一本ずつしっかりとそこにはあった。


「早く逃げないと……。あいつらが来たらすべてが無駄になっちゃう。」


 自分の足元に転がる、価値のまったくわからないモノたちを足で蹴飛ばしながら、入り口の方へ向かう。


 ミシッ……


 揺れた。地震か?


『ギャ〜ギャ〜、グワァ〜グワァ〜』


 外から、野鳥の鳴き声と羽ばたく音が聞こえる。ちょっとやそっとのことじゃ微動だにしない鳥達が一斉に飛び立っていった。以前、テレビかなにかで言っていた、動物達は大きな災害が起きる前に、いち早く危険を察知してその場から居なくなるのだと。もしかしたら、大きな地震か何かが起きる前震なのかもしれない。だったら、こんなオンボロ寺にいたら危険だ。


 箱を鞄の中に押し込め、俺は本堂の入り口から顔を覗かせ、村の奴らが来ていないか外の様子を確認する。


 ── コゾウ ドコ 二 イル ──


 !?


 慌てて本堂の中へ振り返ると、小さく震える手で握られた懐中電灯の灯りで、堂内をくまなく調べるが、誰もいない。きっと今のは気のせいだと言い聞かせ、改めて外の様子を伺う。


 ── オマエ ガ ミタ ユメ ヲ オシエロ ──


 空耳じゃない。はっきり、確かに、聞こえた。


 まだ春だと言うのに、首筋にねちゃりとするような油汗が滲み出てきた。得体の知れない恐怖が、足の先から背筋を通り脳天へと突き抜け、それが、スタートの合図かのように、俺は逃げるようにして、廃寺を全速力で飛び出した。


 ── ソコ 二 イタノカ コゾウ ──


 もう少しで下り坂の入り口というところまで来て、再び聞こえた声に反応してしまった。振り返ってはいけないと、頭ではわかっているはずなのに、どういうわけか、俺は立ち止まり振り返ってしまった。


 そこには、全身を黒い湯気のようなものをたぎらせ、両の目を赤く光らせた、身長3mはあるであろう2本の角を生やした巨大なが、今まさに両の手を前に突き出して、こちらに疾走してくるところだった。


 


 反射的に頭に浮かんだのが、それだった。


 この世のものではないものがこちらに迫ってきている。逃げなくてはいけないはずなのに、全身が震え上がり、かなしばりにでもあったかのように動かない。それこそ、ツバを飲み込むことすらできないくらいに。


『やっぱり、あの夢は、偽物だったんだ。こんな化物、夢の中で出てこなかった。』


 死というものを身近に感じると、人は走馬灯のようなものを見ると、学校の道徳の授業で習った気がするが、脳が処理していることは全く違った。眼球は迫りくるその化物の姿を捉え、それをスローモーションのように映し出すことだけだった。


『お母さんゴメン。俺、先に天国に行ってるよ。』


 化物の歩幅で、残り十数歩というところまで距離が縮まったとき、目から涙が溢れ出し、視界が霞む。俺は、この後起きることに備えるため、グッっと体を強張ら、両目をギュッと瞑った。


 その瞬間、全く予想していないことが起きた。本来であれば正面から来るであろう衝撃ではなく、斜め後ろから、突き飛ばされるような衝撃があった後、何かの中に包まれような形でゴロゴロと転がりはじめたのだ。


 何が起きているのかわからなくて、なすがまま身を委ねていると、回転運動は止まった。「生きてる?」俺は、恐る恐る目を開ける。


「間に合ってよかった……裕太君。大丈夫ですか?」


 そこには、昼間見たあのヒョロガリの先生の顔があった。

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