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 矢継ぎ早に、着ていた寝間着を布団の上へと脱ぎ捨てると、私は動きやすい私服へと大急ぎで着替えた。


巫月みつきさんは残っていてください。」


 と、基兄には言われたが、「女は足手まといっていうの?こういう時は、人手は少しでも多いほうがいいでしょ?」と、半ば強引に押し切ってやった。私のことを心配してくれての発言だということは重々承知しているのだが、どういうわけか、今日に限っては、こうしなくてはいけないような気がしたのだ。


 ボディーバックの中に最低限の医療道具を詰める。忘れ物はないか確認し支度を済ませると外へと出た。丁度村長さんと村の人達との話し合いが終えたところだったようで、懐中電灯やヘッドライトなどを点けた20人ほどの大人達は、四方八方へと散開していった。


「では、我々も行きましょう。」


 基兄がそう促すと、私達を含め10人ほどの大人達も各々の車へと乗り込んでいく。


「先生……裕太は、本当にあの針のことを信じているのでしょうか……」


 車に乗り込みエンジンをかけた村長さんは、基兄に尋ねた。


「信じていなかったら、あれだけの執着心は生まれないと思いますよ?」


「で、でも! たかが昔話ですよ!? どうしてそこまで。」


「ここまで来ると、もしかしたら、夢見小僧というお話は、伝説だったのかもしれませんね。」


 走り出す車。それと一緒に始まる、基兄の悪い癖。


「えっと……言っている意味がまったくわからないんですけど……」


 後部座席に座る私の顔を、バックミラー越しに基兄がチラリと見た。


「現在、日本にある物語というのは、大きく4つのカテゴリーに分けることができます。聞いたことはあると思いますが、『神話』『伝説』『昔話』『童話』、この4つです。」


「あれ?民話は?」


私は誰しもが思うような疑問を投げかけた。日本の昔話といったら、民話ではないのだろうか?


「現在では伝説や昔話など、すべてを総じて『民話』と呼ぶ風潮があります。ですが、そもそも民話というものは、日本の昔話を研究対象として扱うようになった戦後に誕生した言葉で、歴史は他のものと比べると比較的浅いになります。ですから、「これは民話だ」と、定義をする明確な基準もありません。ですので、皆さんが民話民話と呼んで語り合っているものをよくよく精査してみると、それは、伝説話だったり、昔話だったり、神話だったりするわけです。」


 私も村長さんも「へぇー」と声を漏らす。


「昔話と定義される基準は、と、明示されているのが特徴です。ですから、時系列も場所も人物も殆どが架空です。「むかーしむかし」や「これはあったことか、なかったことか」などで始まり「お爺さんとお婆さんが住んでいました。」と続くようなものですね。御伽噺も昔話と系統は似ていますので、ほぼおなじものと考えても良いかもしれません。」


「伝説と言うのは、昔話とどう違うのでしょう?」


 背後の車のライトに照らされ、バックミラー越しに見えた村長さんの目が、助手席の基兄のほうをチラリとみたのがわかった。


「伝説は「いつ・どこで・誰が」ということがはっきりとしているです。例を挙げるなら、『文化九年、今の千葉県勝浦市に、お松という少女在り』といったような、始まり方をするものです。鬼や天狗など、妖怪と分類されるようなものも伝説話の中に登場しますが、これらは、未知の現象や存在を、鬼や天狗などに置き換えたと考えられていますね。」


ここまでの話を聞いて、私は反論をする。


「だったら、やっぱり、あの針は偽物だってことになるんじゃないの?夢見小僧って、昔話なんでしょ?」


 なにか大きな凹凸にタイヤが入ったのか車が大きく跳ねあがった。私は咄嗟に助手席の背もたれの部分を掴み衝撃に耐えた。


「僕も、今までそう思っていました。しかし、この村に限って言えばそうではなかった。なぜなら、この村の語り部達は、夢見小僧という物語に合わせ、その中で重要な鍵となっている鬼の針をセットで語り継いで来ているのです。もちろん、カッパ伝説のそれのように、針はまったくの偽物だという可能性も十分あります。それに、しっかり文献などがあるわけではないですから、それが事実だったのか? という確証もありません。ですが、物的証拠がある以上、単なる昔話で片付けるのは些か問題があると考えます。」


 確かにそうかもしれない。カッパ伝説で語り継がれているミイラとかそういうものも、実際のところは猿とか魚とかを合わせて作ったものだと言われている。けれど、そういったものを作ってまで、語り継がなくては行けない理由が当時にはあったのだ。しかし夢見小僧という話が実際にあった話だとして、万物の生死を操ることのできる針などという、現代の医療を根底から覆すようなものがこの世に存在したというのだろうか?


「もうすぐ着きますよ。」


 私達の前を走っていた車は停車し、フロントライトが廃寺へと続く道を照らしていた。


「兎にも角にも、まずは、裕太君を見つけることが先決です。この暗闇です。足を滑らせ、滑落している可能性だってありますからね。」


 後続の車も、廃寺へと続く上り坂への入り口の広場に到着した。皆、車から降りると、持ってきた道具や荷物を手に持ち、ありったけの灯りを点け、廃寺へと歩みを進めるのであった。


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 廃寺まで残り1/3と言ったところだろうか。


 いつもならとうの昔に着いているはずなのに、足が鉛の様に重く感じる。もしかして、自分が思っている以上に、あの先生にやられたダメージが大きかったのか?いやいやそんなことはない、きっと夜道で、慎重になっているだけだ。


 切り株に腰掛けると、晩御飯として冷蔵庫の中に用意されていたサンドイッチを食べる。サランラップに包んであったとは言え、昨晩、父ちゃんが仕事の帰りにスーパーで買ってきたものだ。水分はすっかり抜けてしまってかなりパサパサになっている。道中の振動ですっかり気の抜けてしまったコーラがすごい勢いで減っていく。


 崖下を見ると、木々の隙間から、いくつもの光が登ってくるのが確認できる。


 夢の中でも、村の奴らは俺を追いかけて来た。しかし、夢の中では、針をすでに入手したあとだったので、登ってくるあいつらをあざ笑うかのように、猛スピードで下り坂を駆けていっていた。


 この状況は明らかに夢とは違う。このままだと、夢の通りにならないかもしれない。そうなると、この数ヶ月、ずーっと我慢していたことは無駄だったというのか?


 いや、そんなことはない。だったら、婆ちゃんもそのまた婆ちゃんも、あの針を大事に守ってきた理由がないじゃないか。俺の遠いとおーい婆ちゃんは、あの針で


語り部としてこの村で生きてきた婆ちゃん達を、俺が信用しなくてどうする。婆ちゃんがあの昔話を話してくれるときの目は、嘘をついている目じゃなかった。


「急がないと」


 父ちゃんからお下がりでもらったスマートフォン。出かける前は充電も100%だったが、簡易照明として使ってきただからなのか、もう、残量が半分くらいしか無い。

 万が一は、恥を忍んで助けを求めなくてはいけない。そのときに使い物にならなくなっていたら大変だ。


 風邪を引いたときのようにけだるい体に喝をいれ、廃寺へと向かって俺は歩みを進める。


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