プロローグ6

「とりあえず、この世界はこんな感じかな?」

 一通りの説明を終えた頃には、少女の曇った笑顔は、綺麗に晴れた笑顔になっていた。

 その笑顔を見て、無意識下で微笑が生まれた。


「さて、それで転生後の能力補正はどうする?」

 転生者には原則として、何かしら、生きていくために必要な能力を補正する能力、または能力そのものを必要以上に与える事となっている。

 ゲームなどで言う所の、『チート』という奴だ。

 必要かと言われると私自身は首肯出来ないが、それを与えられた者ですら、転生後の命はそうそう長くはなく、その国の平均寿命を遥に下回って死亡しているという事がこれまでのデータだ。どう願ってもその傾向が覆る事はなく、そのデータを見ると「仕方ない」と首肯する他ない。

 弱いのだ。皮肉だが、こいねがったって彼らは弱いのだ。――心の中の何物かによって思考が蝕まれ、正常な判断が出来なくなり、哀れな事に命を落とす。

 ……その名を何と言ったか。――ああ、『過信』だったな。それが転生者を喰った者の名だったな。

 ……まあ、今はそれは別にいい。今は目の前の少女だ。


「そうですねー、生きて稼げる位の力があれば十分ですかね。その程度でお願いできますか?」

「楽に稼げる程度の能力でいいの?」

「多少の苦労はあってもいいですけど、死なない程度の能力があれば十分ですよ」

 ……欲がないなぁ……。もう少し位欲張ったっていいのに……。

「世界最強とか興味ないの?」

「ないですね」


 あらま、奥さん、聞きましたか? なーんにも特別な能力要らないんですって。

 あら、それは驚いたわ。若者はそう言うのが欲しいと思っていたのに、違うんですわね?


 ――脳内でなんか言い始まったぞ。混乱中かな?


 酷くイレギュラーである事は確実である。

 まず、必要最低限とか言う奴がいない。例外なく、自然発生が有り得ない程の能力を要求して来る。

 勿論、その中には比較的小規模な能力から、それだけで世界を混沌に陥れられる様な能力もあるが、人智を遥に越している事には変わりない。

 もう一つ、死ぬ事を前提として、自衛出来る程度の能力を欲しいと言った。

 死なないという前提、不老不死などを願う事も出来ただろうに、彼女はそれをしなかった。

 そして、私の理想と幾つか被る部分がある。


 ――面白い。

 こんな事を転生者に感じるなんて、今まであっただろうか。


「判った。――生きていくためなら、魔法を憶えるのが一番いいと思う。能力値は人より少し高いくらいで、比較的成長しやすい感じにしておくね。――それと、今は防御系統の魔法は欲しい?」

「はい! 是非とも!」

「そっか。でも、今はまだ防御系の魔法が流行してないから、独学でしか覚えられないんだけど――今なら大サービス! 転生後にタダで教えに行っちゃいます!」

「おお!」

 一瞬テルが俯いたが、素で歓声を上げてしまうくらいの提案を出した。

 勿論、その裏には目的があった。

 暇つぶしの延長、彼女の思考や人格について深く知りたいと思った。

 ――管理者としてではなく、一個人として。


 もしかしたら、私が昔に謳った理想が叶うかもしれない。

 少なくとも、目の前の少女はそれを望んでいる。


 口角が上がる。

 いい出会いもあるもんだな、管理者愚者を生む職になってからはそんなのはないと思っていたのに。

 この感情を外に出したい衝動に駆られるが、何とか理性で身体を制した。


「それと、チュートリアルで判るかな? えーと、所謂初心者補助のために、同行していいかな? 強制じゃないけど、ここの世界の事なら誰よりも知っているから、魔法や何やら、何でも教えられるし、慣れるまではいいお供になると思うよ。それに、その間に防御魔法を教えるって事も出来るし」

「それいいですね! 是非ともお願いします!」

 よし、言質とった。

 心の中でガッツポーズをしながら、理性で制していた。

 ……もしかしたら、ちょっとガッツポーズしていたかもしれないが、気付かれていないのでセーフという事で。


「それじゃあ、転生の作業に移るけど、普通の――平民の元で生まれるって事で大丈夫かな?」

「はい」

 手先で転生に関するコードを書き、設定を進める。

「転生先も、なるべく自由に動ける感じの、王都から程よく近い所にしておくからね」

「え? 王政なんですか?」

「え? 別に珍しくないよね?」


 この世界では王政が普通であり、それ以外は基本的に認められていなかった。

 その理由は、魔法による強力な軍を王や貴族が握り、その力によって有無を言わせない、または言う奴を暗殺しているから。

 しかし、今はそんなに暴力的な政治は行っていないが。

 ……まあ、その話も今は置いておこう。


 そんな訳で現在、王政が中心であり、それを根本から変えるもの、所謂『革命』は今の所起こる気配すら見せない。きっと、当分はこのままだろう。

 それしか知らない管理者がそれ以外を知る術はないだろう。そうでなければ『革命』なんて大層な名前は付かないだろう。


「まあ、思っているよりは良心的だと思うから、特に気にする事はないと思うよ。一応、設定は終わったから、転生準備は完了ね。――尺もあと少ないから、もう転生させるね。必要になったら、後で調整するから」

「え? 尺って何です――――」

 最後にそんな事を問いかけられたが、答えを言うどころか、その文末まで声が届かずに、テルと名乗った少女は消えた。


 ――尺ってのは、あれだよ、そうそうあれあれ、作者の都合。

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