プロローグ4
十字路を曲がった先には、依頼の通り、骨董店らしき店があった。その3軒右には小さいが一人暮らしには十分な家が建っていた。
とりあえず突撃してみよう。
……なあに、出会い頭に殺す訳じゃない。ただの情報収集だ。
トントン。
軽く2回扉を叩く。
(そういえば、ジュース置いて来ちゃったな。)
そんなどうでもいい事を考えていると、中から「はーい」と低い声がした。
「どちら様でしょうか」
扉が開き、自分より少し年上位の若い男の人が出て来た。
「こんにちは、リーフィと申します。仕事が忙しいので、代わりにここの主人の様子を見てきて欲しいという依頼があったので、お伺いしました。ここに来る途中に依頼を確認しながら来たのですが、ここの場所までの道筋しか書いておらず、本人かどうかの確認が出来ないので、名前とご職業だけ伺ってもよろしいですか? 依頼主に報告する際にお伝えして、確認しますので」
勿論嘘だ。情報を盗み出すためだけの嘘だ。
依頼として簡単なものだが、友人や親族の安否確認の依頼は少なくない。今回はそれを利用してもらった。
「はい、勿論いいですよ。名前はクリットーレで、職業は服屋ですね。今日は休業日だったので。珍しい名前なので、言えば多分判ると思いますよ」
「協力ありがとうございます。では、元気そうでしたと伝えておきますね」
「はい、ありがとうございますね」
パタン。
とりあえず、役に立ちそうな情報はある程度手に入った。
メモに書いておこう。
――服屋なら、深夜には家で寝てるだろ。
メモを取りながら、ここへ来た道を戻る。
――酒場前。
まだ野郎の騒ぎ声が聴こえる。
少女は溜め息を1つこぼし、酒場のドアベルを鳴らす。
……葡萄くせぇ。なんだよ……今、昼間だぞ?
酒場はまるで休日前日の夜のように葡萄くさかった。
「マスター、いつ――」
「おいおい! どうだったんだ?」
うわ、加齢臭! と思ったらアレイだった。
肩に回された邪魔な腕を払う。
「マスター、いつもの」
「あいよ」
「お前さん、本当にブレないな」
再び肩に腕が回される。
払う。
そして、銀貨を1枚ポケットから取り出し、オレンジジュースと干し肉と交換する。
そのまま流れるように干し肉を咥える。
「うるはいへろ、はんかはったほ?」
「咥えたまま喋るな! 食ってから話せ!」
言われた通り、干し肉を引き千切り、オレンジジュースで流し込む。
「うるさいけど、なんかあったのか? 落ち着いて酒も飲めない」
そう言い、干し肉を再び齧る。
今日は特別何か行事がある訳でもなかったはずだが……。
「酒飲まないだろ、リーフィ。――あの暗殺依頼だよ。皆気になっているんだ、明らかに異様だからな。――で、どうなった?」
「どうなったも何も、暗殺依頼がそんなに早く終わらないのは知っているだろ? それも、言い値なんて報酬なら、尚更失敗しないように注意しながらやるだろ。今回はただの情報収集だけだ。別にそれ以外は何もない」
話をしながら、近くの椅子に座る。次いでアレイも隣に座る。
「まあ、そっか……。ま、頑張れよ」バシン!
背中を思いっきり叩かれた……。明日は背もたれがある椅子に座ろ……。
リーフィは左手で叩かれた部分を擦りながら、オレンジジュースを飲み干した。
◇◆◇◆◇
「何ですか、マスター?」
昼食を頼んで来ようとしたら、マスターがアイサインを送って来た。
料理も接客も無駄のないマスターの事だ、意味がなくそんな事はしないだろう。付き合いの長い私には判る。
「ああ、ちょっといいか?」
年季の入った声帯が生み出す渋い声が、少女に言葉以上の意味を与えた。
少女は微笑を浮かべると、マスターの目の前の席に座り、左の肘を突き、さっきより更に大きな笑みを浮かべ、
「川を作った魔女でも知りたくなったのかな~?」
と、誰かが言い始めた慣用句を口にした。
◇◆◇◆◇
――――。
昔々、あるところに、1人の魔女がいました。
魔女は孤独でした。悪魔の力を持つとされる魔女は、みんなの嫌われ者で、他の魔女は魔女狩りと称して人間に殺されました。
本当は悪魔の力なんて、魔女は持っていませんでした。魔女は、人を幸せにする魔法しか使えませんでした。
ある日魔女は、農家の1人が困っている様子を見かけました。
「どうしたの、そんなに困った顔をして?」
と魔女がその農民に話しかけました。
農民は、雨が降らなくて作物が育たないからみんな困っている、と言いました。
「せめて近くに川でも流れていればなぁ……」
それを聞いた魔女は、困っている農家たちを助けてあげたいと思いました。
けれど、目の前で魔法を使ってしまえば、みんなに魔女だとバレてしまうので、夜遅くに農地の近くに川を作ってあげました。
翌日、日が昇るより早く農地に訪れた農家の少年が川を見つけ、魔女が川を作ったと考え、川を作った魔女を探しました。感謝を伝えるためでした。
しかし、魔女は見つかりませんでした。少年は他の農家たちにも探すようお願いしました。
しかし、魔女は見つかりませんでした。少年は商人たちにも探すようお願いしました。
しかし、魔女は見つかりませんでした。少年は王族たちにも探すようお願いしました。
しかし、魔女は見つかりませんでした。
おしまい
◇◆◇◆◇
「悪い」
「いえいえ、大丈夫ですよ。これも仕事の内だと思っていますので」
「そうか……。あそこの奥のテーブルの奴だ」
マスターの指す方向には、この辺りでは珍しい金髪の少年がいた。見た目は、リーフィよりも少し上程度の酒場には似合わない少年だった。
「金髪ですか……それに、若いですね」
「リーフィと気が合いそうだ」
「冗談は止して下さいよ、あの暗殺依頼の依頼主ですよ? 気が合ったらショックですよ」
「似たもんだ」
マスターが笑った。
え? マスターが笑った? え?
――え?
「ほら、行け。依頼主を待たせるな」
俄かに信じ難い光景に頭を抱えながら、金髪の少年の元へ向かう。
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