ファースト・フレンズ8

「う、そ……こんな……」

「これは中々壮観ですね。百万ミリオンに届かないのは惜しいですが」

「「「「「この状況でよく強がりを言えるわね。九百六十八人の私とどう戦うつもり?」」」」」

 眉を潜めながら煽るフィアを、自称九百六十八人のミリオン達が、不愉快そうな声で煽り返してくる。千近い音源が四方八方から同時に語り掛けてくる違和感は凄まじく、たった一言聞いただけで花中は乗り物酔いに似た吐き気を催してしまった。

 いや、頭の中が酔ったように揺らめくのは、自分達の置かれた状況が過剰なまでに絶望的だからか。

 洞窟内にあるドーム型のこの場には幾つもの『穴』が開いていたが、その穴の全てに最低でも一人のミリオンが陣取っている。故に穴を通るにはミリオンを一人は倒さねばならないが、現状花中達にミリオンを倒せる手段はない。あったところで数秒も時間を掛ければ、他数百人のミリオンに襲われてあっさり終幕だ。勝ち目など、万に一つもあり得ない。

 否、弱気になってはダメだ。直接対決ではどうにもならないのなら、脱するための策を練らねば――――

「どうやって戦うつもりと訊かれましても答えようがありませんね。花中さんの助言もありましたし私はこの場からさっさと逃げ出すつもりなので」

 そんな思考を巡らせていた花中にとって、フィアの堂々とした物言いほど心強いものはなかった。

「「「「「逃げ出す? 一体何処に? 包囲されているのが、まだ分かっていないの?」」」」」

「分かっていないのはそちらの方です。ひーふーみーよー……四つお教えしてさしあげましょう。一つ私の能力は水を操る事ですがその応用で操っている水の周辺なら目視しなくとも把握出来るのです。手探りのようなものなので地形と材質しか分かりませんけどね」

 自慢げに語るフィアの手に力が籠るのを、抱かれている花中はふと感じる。この場から脱する策が思い付かない花中は、せめてフィアから離れないようしがみついた。

「二つ目はこの洞窟の状態。地下水の影響からかこの洞窟は何処もしっとりと濡れています。私は操っている水と連結している水なら何処までも操れましてね。既にこの洞窟内にある水の大半は支配下にあり地形の把握も済んでいます。私が今立っているこの真下に人が通れるだけの空洞がある事やこの洞窟から出るためのルートは判明しているのです」

 「出るための」とフィアが言った途端、ミリオン達が一斉に、一瞬ではあるが身体を震わせる。表情も強張らせたように見えた。

 そして花中もまた、ミリオン達と共に身体を震わせる。ただし表情は綻ばせて。

 フィアが本当にこの洞窟内の地形を把握しているのなら、逃げている最中うっかり袋小路に入ってしまう可能性が格段に下がる。洞窟から出るのも、ミリオンからの妨害がない限り容易となる筈。これから逃げようとする花中にとって、フィアの言葉は希望そのものだ。

 希望そのもの、だった。

「三つ目。あなたが全然本気を出していなかったように私もまだまだ本気ではない事。あまりたくさん水を集めると『身体』が重くなり過ぎて地面に沈んでしまい満足に歩けなくなってしまいますからね。あなたと初めて戦った時は全力の一パーセントも出せませんでしたよ」

「「「「「……なんですって?」」」」」

「そして四つ目。この洞窟の地質が非常に頑強だったために――――『三百トン』もの水を集めても歩くだけならなんの支障もなかった事ですっ!」

 希望は、力強く言い切ったフィアが跳んだのと同時に恐怖へと変貌した。

 フィアのジャンプは凄まじかった。何しろ跳ね上がる瞬間花中の耳に痛みを覚えるほどの爆音を轟かせ、その身を五メートル近い高さまで押し上げたのだ。正に人外の跳躍力。抱き抱えられている花中は当然驚いた。

 だが、問題の本質はそこではない。

 五メートルもの高さから重さ三百トンの物体が落ちる……その衝撃力たるや、一般道を走行する大型トラックとの衝突事故に匹敵する。真っ当な生物なら即死するほどのエネルギーであり、大抵の物体は原型を留めないほどに破壊されるだろう。

 そんな打撃を真下が空洞になっている、しかも跳び上がった際の衝撃でいくらか脆くなっている筈の地面に叩きつけたらどうなるか? 地面の厚さにも依るだろうが……崩落してもおかしくない。

 生身の人間は地面の崩落に巻き込まれたら死ぬ。とりあえず死ぬ。死なない方が変だ。

 生身の人間である花中は、フィアにそう伝えたかった。伝えたかったが、フィアはもう跳んでしまったので今更どうにも出来ず。

 着地した瞬間、フィアと花中の足元は悲しいほどあっさりと崩れ落ちた。

「それではさ「きゃわああああああああああああああああああああああああ!?」

 フィアは何か ― 恐らく勝ち誇った台詞を ― 言おうとしていたが、地面の崩落音と、それに負けない大声量で叫ばれた花中の悲鳴に掻き消された。何人かのミリオンが目を見開きながら花中に手を伸ばしてくるも、地の底へと落ちる花中の方が速くて届かない。

 破壊された足場は、花中達が落ちる穴目掛け流れ込むように崩落。無数の岩が押し寄せてきた。フィアが『身体』から大量の水を出し、自身と花中を包み込むほど巨大な『水球』を作り出して岩を跳ね返してくれたから良かったものの、そうでなければ花中は真っ赤なジャムに加工されていただろう。

 尤も、身を守ってくれている水の方も花中を頭まですっぽりと包んでおり、呼吸の妨げになっていたが。予め息を吸っていたならまだしも、花中は大絶叫で肺の中身が空っぽ。最早拷問のような状態だった。

「どっこいしょーっと!」

 苦しむ花中を余所に、フィアは悪びれるどころか楽しそうにはしゃいでいた。真下にあった空洞に無事着地するや、フィアは水球を『身体』に吸収。花中をお姫様抱っこしたまま駆け出す。大股走りという不格好なフォームなのに、ブレーキなしで坂を降りる自転車並みの速度があった。

「どうですか花中さん! ミリオンを出し抜いてやりましたよ!」

「ややややりましたじゃないよぅ!? 生きてる心地しなかった! 差し出されたミリオンさんの手を思わず掴もうとしちゃったよ!? それに息も出来なかった!」

「え? 息? ……………ぁ」

「忘れてたの!? わたしが肺呼吸って忘れてたの!? こ、このエラ呼吸っ!」

 あからさまにそっぽを向くフィアを両手でポカポカと叩きつつ、一先ずミリオンから逃げ出せた事に花中は安堵……しようとした。

 ふと、思う。

 此処は洞窟の奥深くで、太陽光も月明かりも届かない漆黒の世界である。そして今フィアが走っているのはその洞窟にある道の一本。先程まではミリオンが周囲を照らしていたので明るかったが、現在そのミリオンから逃げているので光源から遠ざかっていく状況だ。つまりフィアが走れば走るほど、ミリオンから離れれば離れるほど、周りはどんどん暗くなっていく筈である。

 だったら、何故そっぽを向くフィアの顔が見えている? それどころか時間が経つほど、フィアの顔がよく見える気がするのは気の所為か?

 ついでに……段々大きくなっている、何かを削るような轟音は何?

「「「「「逃がすかああああああああああああああああああああああああっ!」」」」」

 答えはフィアの背後から聞こえてくる、エコー掛かった怒声が教えてくれた。

 わざわざ見なくとも花中は悟る。大体何が起きているのか理解する。

 それでも見ないではいられず、花中はフィアの肩越しに後ろを覗き込んだ。

「え?」

 直後花中の口からぽつりと出たのは、理解不能を訴える声。

 花中は、背後に居るのはミリオンの大軍だと思っていた。聞こえてきたのはミリオンの声だったし、洞窟内を照らせるのもミリオン。そもそもこの洞窟に居るのは、フィアと自分を除けばミリオンだけの筈。ミリオン以外が自分達を追い駆けてくる訳がない。

 しかし覗いた先にミリオンの姿はない。代わりに居たのは――――『黒い手』。

 人のものと同じ姿形をしているが色は真っ黒で、指先は蛍光灯のように白く輝いていて……長身なフィアが悠々と走れる程度には広いこの道に、ぎゅうぎゅうに突っ込まれた巨大な手。

 そんな、周囲の岩を削り飛ばしながら自分達を追ってきている!

「うぇええええええええええええっ!?」

「はい? どうかしましぬおっ!?」

 花中の悲鳴に続き、フィアが驚きの声を漏らす。フィアは後ろを振り向いていないが、フィアの本体は『身体』の中を泳ぎ回っているフナの方。人間のような『身体』自体は作りものだ。どうやっているかは花中にも分からないが、外界の景色を取り込むための場所は『目』である必要などない。正面を向いたまま後ろの景色が見えていたとしても、なんら不思議ではなかった。

 尤も、そんな事を気に掛けられるほど今の花中に余裕はない。

「かかか花中さん!? なんですかアレは!?」

「お、おお、おそ、恐らく! みり、ミリオンさん!」

「「「「「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」」」」」

 殆ど憶測で言った花中の答えだったが、追い駆けてくる『手』が無数のミリオンの声で咆哮を上げた事で確信に変わる。

 サイズと岩を削り飛ばすほどの質量から考えて、ミリオン一体が変形した姿とは思えない。恐らく千近いミリオンが合体し、一つの巨体へと変貌したのだろう。狭い場所ではいくら大軍を用意しても、いざ戦う時には一対一となってしまう。これでは多勢に無勢のメリットを最大限に活かせない。反面千体分のパワーを持った怪物としてぶつかれば、狭い場所でも最大戦力で挑める。とても合理的な判断だ。

 しかしいくら合理的でも、花中は『手』がミリオンである事を認めたくなかった。

 恋とは、思い出とは、そこまで執着出来るものなのか。

 正気では直視も出来ないような姿になってでも、離したくないものなのか!?

「全く気色悪い奴ですね! あんなのと関わるなんてごめんですしさっさとこの洞窟から抜け出して振り切るとしましょう!」

 フィアがミリオンの心境を、「気色悪い」の一言で片付けてしまうのも仕方ない事だろう。花中にだってミリオンの心は理解出来ない。

 だが、

「だ、ダメっ!」

 花中は逃げる事を選ばなかった。

 ダメと言われてしまい、フィアは狼狽とも取れるほど困りきった顔になる。

「あの花中さん? さっきは逃げようと言ってたような……」

「逃げるけど、で、でも、洞窟から出ちゃダメ! 理由は、ふ、二つ! ミリオンさんは、自由に姿を、変えられるみたいだから……開けた場所で、複数に分離、されたら」

「……包囲攻撃を受けると。成程それは流石に面倒ですね。多少不自由でもこの洞窟内でケリを付けなければならないという訳ですか」

「う、うん。それから……」

 外に逃げてはダメな二つの理由。その二つの内で重要な理由を答えようとして、花中は言葉が詰まってしまう。

 これは、花中のワガママだ。

 言ったところでフィアに嫌われるとは思っていない。それでも言うのを躊躇うぐらい自分勝手な理由。勇気が持てなくて、言葉が喉の奥から出てきてくれない。

 だったらいっそ飲み込んでしまっても変わらない――――

 弱気になる花中。

 そして、自己嫌悪する。

「言い難い事なら相談する前にやってしまうのも一つの手ですよ?」

 弱さを見せた自分の背中は、何時だってフィアが押してくれたのだから。

「……ごめんなさい。ずるい、よね」

「何の事か分かりませんがずるくて結構。『生き物』なんてみんな身勝手なもんじゃないですか? 私もアイツも含めて。さぁ好きにやっちゃってください!」

「うんっ!」

 迷いのない返事をし、花中はフィアの肩から身を乗り出す。バランスは悪くて、ぐらぐらと身体が揺れる。走るフィアの速さを物語るように景色は目まぐるしく動いており、万一落ちれば全身がバラバラになってもおかしくないと感じた。

 けれどもフィアが腰の辺りを支えてくれるから怖くはない。

 身を乗り出した花中が見るのは、壁を削り、天井を抉り、地面を吹き飛ばして追い駆けてくる『手』の怪物。

 全身が震える。冷や汗が流れる。

 そんな不気味な怪物を前にして花中は大きく息を吸い、

「ミリオンさん! あ、あなたの不安は、わたしが、晴らしますっ!」

 精一杯の大声で、宣誓してやった。

「「「「「晴らす!? 私の不安を、思い出が消える恐怖をどうやって!? それとも命乞いで言ったの!? 私のあの人への気持ちを利用するなんて、許さない、許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないッ!」」」」」

 宣誓した途端『手』の形を作っていたミリオンの姿は大きく歪み、呪詛の叫びを上げる。叫びは花中の身体を電流の如く流れるほどの存在感を放ち、衝撃のあまり花中は思い描いていた言葉を失念しそうになった。

 だが、花中の目は揺らがない。

 自分と同じ臆病者の気持ちなんて手に取るように理解出来る。何をどう怖がっているのかすぐに分かる。どうすればその不安を取り除いてあげられるかも分かる。

 だから、

「わたしは、寿命以外では絶対に死にませんっ!」

 普段なら決して言えない夢物語を、断言してみせた!

「「「「「は、はぁッ!?」」」」」

「こ、これでも健康には、自信がありますっ! 三食、ちゃんと、と、取っていますし、一日三十品目、食べるように、しています! 間食だって、週に一回だけ、で、その一回も、自分で作った、無添加お菓子、です!」

「「「「「それがどうしたって言うのよ!? いくら健康に気を遣っても、車にでも撥ねられたらそれで終わりよ!」」」」」

「撥ねられませんっ!」

「「「「「なんでよっ!」」」」」

「フィアちゃんがいるから!」

 絶句、したのだろうか。ミリオンの反論が途切れる。

 自分の意見を押し通すのに、今を逃がす手はない。

「フィアちゃんと、一緒なら、あなたみたいな『強敵』にも、か、勝てます! 怪獣みたいなあなたに、勝てたら、もう、普通の事故じゃ、死なないって、証明になる! あなたぐらい強い、生き物が現れて、襲い掛かっても、返り討ちです! だから!」

 もう一度、大きく深呼吸。

「だからあなたを、やっつけちゃいますっ!」

 最後に渾身の、ミリオンの不安を吹き飛ばさんばかりの大声をぶつけた。

「「「「「……ふざけるな……」」」」」

 岩の砕ける音に紛れ、唸るような低音が、響く。

「ふざけてません!」

 その微かな低音に花中は迷いなく言い返す。

「わたしは、決めたんです! みんなと仲良くしたい! だから、あなたとも仲良くしたいんです! あなたが、怖がっているのなら……わたしは、あなたを助けたい!」

「「「「「ふざけるな……ふざけるなフザケルナフザケルナアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」」」」」

 ミリオンの咆哮が花中の身体を揺さぶる。それでも花中は興奮しきった表情を崩さず、乗り出していた身を引いて元のお姫様抱っこされる体勢に戻った。

 妄想レベルの期待を言えば、今の『説得』でミリオンには考えを改めてほしかった。戦う展開は避けたかった。しかしこうなる事は想定内。戦いになる事は予定通り。

 後は、友達にお願いするだけだ。

「という訳で! ミリオンさんを此処で、倒すよっ!」

「合点承知ですっ!」

 勇ましく返事をしたフィアは更に速く洞窟内を駆ける。

 駆けると言っても、フィアは今までの大股走りを止めている。それどころか足を殆ど動かしていない。にも拘わらず、自動車よりも上ではないかと思えるほどの速さを出していた。

 恐らく足の裏部分に水を染み出させ、スケートのように地面を滑る事で高速移動を行っているのだろう。勿論走り方は問題ではない。ある程度の時間ミリオンから逃げ切れるのなら、どんな方法で走ろうが今は構わない。

「今から作戦を、考えるので、なんとか、に、逃げ続けて!」

「了解です! しかしこのスピードを維持するとなると少々揺れが激しくなりますが……」

 気遣うように、フィアが尋ねてくる。確かにフィアが速度を上げてから、花中を襲う揺れは酷くなっている。滑りながらの移動なので地面の起伏がもろに伝わってくるのが原因だろう。

 落ち着いて考え事をするのには向いていない環境だ。

「大丈夫!」

 恐らくフィアはそう思っていたに違いないが、花中の返事は、花中史上最も元気で自信に満ち溢れていた。花中自身自分には不釣り合いだと思う返事は、フィアの表情を僅かに怪訝なものへと変える。

「悩むと、周りが見えなくなるのが、わたしの悪い癖だもん!」

 だからもう一声付け足し、怪訝そうだったフィアを思いっきり笑わせてやった。

 花中は耳を塞ぎ、目を瞑り、意識の全てを自分の内側に向ける。これでもう外の事は分からない。脳を満たすのは不安や恐怖ではなく、単語と映像がごちゃ混ぜになった記憶のスープ。

「(まず、ミリオンさんの本体がなんて生き物か考えよう。正体が分かれば、弱点も分かるかも知れない)」

 目標を決めたら、次は必要なものを選ぶ。

 大きく裂けても容易に再生する身体、触れた物を加熱する能力、自分の遺伝子を細胞から抜き取る宣言、千体の軍勢――――ミリオンから聞いた話、フィアが言っていた言葉、自分が目の当たりにした光景を記憶のスープから取り出す。

 続いて、選んだ光景を頭の中で素早く再生。DVDのお気に入りシーンを繰り返すように、何度も何度も、しつこいほどに確認していく。

 次々と浮かんでくる膨大な情報……その中で一番気になったのは、ミリオンが告げた『細胞から遺伝子を抜き取る』という言葉だった。

 クローンを作成する方法は色々とあるが、どれも高価な薬品、機材、電力等々、一個人では到底揃えきれないものを必要とする。いくら学者と一緒に暮らしていたといっても、クローン作製に必要な物の全てをミリオンが持っているとは考え辛い。

 それにミリオンは花中を連れ込んだあの広間で、すぐにでも遺伝子抽出を始めるつもりだったように思える。あの辺りには、機材どころか道具すら見当たらなかった。一体どうやって花中から遺伝子を抜き取るつもりだったのか。

 ――――まさか、ミリオンは自身の力だけで、細胞から遺伝子を抽出出来るのか?

 疑問の答えを探す中で、ふと脳裏を過った可能性。生物にそんな事が可能なのか? 結論から言えば……可能だ。

 ある『生物』は他の生物の細胞に侵入し、自らの遺伝子を宿主の遺伝子に組み込む事で、他者の細胞に自身の『クローン』を作らせるという方法で繁殖する。これは何も特異な事例ではなく、むしろその『生物』の仲間はこの方法以外では繁殖出来ない。世代を交代するためには欠かせない機能だ。

 では、もしその仕組みを『生物』自身が意図的に制御し、自分の遺伝子ではなく他者の……花中の遺伝子を細胞に組み込めばどうなるのか?

 遺伝子とはあくまでタンパク質合成のための設計図であり、細胞はその設計図が何を意味するのかなど考えない。出来あがったタンパク質が自身の肉体なのかその『生物』なのか、或いは花中なのか。細胞工場には分からないのである。

 身体には様々なセキュリティが存在する。自分以外の遺伝子情報を持った細胞は『異物』と見なされ、免疫細胞によって駆逐されてしまうだろう。しかし最初の、まだ細胞が一つしかない瞬間……受精卵の遺伝子を丸々入れ替えてしまえば、その細胞は入れ替えられた遺伝子を元に身体を作る。免疫細胞すらもその遺伝子によって作ってしまう。そうなれば免疫による排除作用は起こらない。

 入れ替えられた遺伝子によって身体の全てが作られたなら、それは正しくクローンだ。

 勿論本能的に自分の遺伝子を組み込むのと、意図的に他者の遺伝子を組み込むのとでは難度が全く違うだろう。だからこそミリオンの「殆ど失敗する」という言葉がこの推測の正しさを裏付ける。

 またその『生物』がミリオンの正体であるなら、ミリオンが見せた数々の力にも説明が付く。クローンで増殖するという事は、同じ遺伝子を持つ個体が増える事を意味する。『伝達脳波を受け取る個体』のクローンもまた、伝達脳波を受け取れる筈だ。そして知性を持つ個体が集まり、意思を統一させる事が出来れば……それは一つの個体のように振る舞える。そんな塊を千体用意すれば、千人の自分が居るのも同然。小さな生物の集合体なら合体も離散も自由自在だ。

 物を加熱する能力の原理は恐らくはこう。熱とは分子が持つエネルギー。例えば電子レンジは、マイクロ波によって水分子を振動させる事で物体を加熱する。超小型生物なら分子レベルで対象に接触し、事も可能だろう。そして花中が思い描いている『生物』は、細菌どころではない……文字通り分子レベルの小ささを誇る。

 全ての辻褄が合う。自分の推測が間違っているとは思えない。

「……ウイルス」

 だから花中は、思わず答えを呟いてしまった。

「「「「「「っ!?」」」」」」

 瞬間、追い駆けてくるミリオンがざわりと音を鳴らす。例え表情や声がなくとも、その反応が動揺なのは手に取るように分かる。

「おおっ!? ミリオンの奴動揺していますね! 流石花中さんです!」

 フィアも誇らしげに褒めてくれる。

 それでも花中の表情は強張ったままで、身体は震えるだけ。

「「「「「う、くく、くひひひははははははははっ! 流石はなちゃんねぇええ……大正解っ! まさかこんなに早く当てられるなんて! ご褒美にもっと詳しく教えてあげちゃうわっ!」」」」」

 花中の姿が『見』えているのだろうか。指先を眩く光らせる巨大な手ミリオンはけたたましく笑い、吠え、称賛の言葉を花中に送ってくる。動揺はした。

「「「「「私はウイルス! 今までに何億もの人間を殺してきた存在……インフルエンザウイルスのミュータントよっ!」」」」」

 そして、宣言通り己の正体を明かした。

「そん、な、嘘……」

「「「「「嘘じゃないわぁ! ああ、残念ねぇ! 今すぐ殺す必要がなかったらはなちゃんに感染して元がインフルエンザである事を証明出来たのにねぇえええええ!」」」」」

「ふんっ! 勝手に吠えていなさい! 正体が分かった以上すぐにでも花中さんが素敵でミラクルで鮮やかな駆除方法を閃きますよ! 今のうちに逃げる算段を立てておくのですね!」

 寸分も怯えていないミリオンを、フィアは自信満々に挑発する。

 申し訳ないが、花中にはそんなフィアの姿が滑稽に見えてしまう。

 

 ウイルスはタンパク質で出来ていて、増殖もし、どちらか片方とはいえDNAやRNAなどの遺伝子を持っている。しかしウイルスは他の生物なら当然行っている事――――代謝を行っていない。簡単に言えば「ご飯を食べ、消化し、その栄養を使って生きる」事がウイルスには出来ないのである。ちなみに代謝を行なっていない個体の事を、一般的には『死体』と呼ぶ。生命の定義すらも満たしておらず、故にウイルスの学問上の扱いは『非生物』だ。

 生物でないのなら、生きていないのなら……『弱点』など存在しない。

「(も、もしも細菌とかだったら、フィアちゃんの水に抗生物質とかを溶かして、吹きかければ打撃を与えられた……でも、ウイルスだったら薬は何の効果もない! タミフルとかリレンザとか、インフルエンザの特効薬って確かにあるけど、あれは感染力を失わせる薬! ウイルス自体を殺す訳じゃない!)」

 薬を使えばウイルスを『不活性化』……感染力を失わせる事は可能だ。だが、ミリオンの攻撃方法は物理及び熱的なもので、感染性のものではない。それにインフルエンザは高温多湿に弱いウイルスである。この蒸し暑い洞窟内でミリオンが平然と活動している点を考慮すれば、感染力を奪ったところで戦闘や思考に支障は出まい。

 そもそもウイルスは生物ではないのだから、何を以てしてミリオンは『生きている』状態なのかが分からない。薬品をぶちまけるなり高温に晒すなりしてタンパク質を変性させて、それで戦闘不能になるのだろうか? 物理的に破壊すれば機能が停止するのか? いや、それ以前に熱や薬品は通じるのか。加熱能力を持っているのだから、熱への耐性はあると考えるべきだ。熱で変性・分解されてしまうので薬品も効果は期待出来ない。絶対に防げないと断言出来るのは、物理的衝撃による破壊ぐらいか。

 しかし目に見えないほど小さな『物体』を、殴ったり蹴ったりなんて出来ない。その上ウイルスには臓器も血液もないのだから、原型を留めないぐらい潰れても、身体を半分以上失っても平然としている可能性はある。挙句相手は『大軍』。一体何百兆……何百京の個体を破壊せねばならないのか。

 無理だ。絶対に倒せな――――

「倒せます!」

「っ!?」

 耳元で叫ばれた言葉によって、花中のネガティブ思考が吹き飛ぶ。

 それはフィアの言葉。淀みない、真っ直ぐな言葉。

「フィア、ちゃん……?」

 花中が顔を上げると、フィアは花中……ではなく後ろを見ていた。

「「「「「その根拠のない自信は何処から来るのかしらねええええええええっ! アンタの水は私に届かない! 届いたところで群れである私は殺せない! さて一体どうやって私を倒すのかしらああああああああああっ!?」」」」」

「だから花中さんが今ちょーカッコいい作戦を考えているのです! お前なんかには絶対負けませんよーっだ!」

 そしてミリオンと言い争い、と言うよりも口喧嘩をしている。

 どうやら先程の言葉は、花中ではなくミリオンに向けて言われたものだったらしい。花中が思考に没頭している間に口喧嘩が始まっていたようだ。励ましてくれた訳ではないと分かってガッカリ……それが花中の気持ちの約半分。

 残り半分は、今にも諦めようとしていた自分を信じてくれていた嬉しさで満たされた。

「フィアちゃん!」

「え? あっはい。なんですか?」

「ありがとうっ!」

 感謝の気持ちは届かず、フィアは目をパチクリさせる。それで構わない。もう花中に後ろ向きな想いはないのだから。

 花中はもう一度目を閉じ、耳を軽く塞ぎ、考える。

 薬品も高熱も効かない以上、ミリオンを倒す手段は打撃のみである。それも分子レベルの構造物を破壊するのだから殴る蹴る程度の威力では駄目。対策を練られる可能性も考慮すれば、初発で全てのミリオンにダメージを与えられる広域殲滅能力も求められる。

 怪獣のような姿になったミリオンにそんな攻撃を食らわせようというだから、冗談抜きで軍事兵器が必要だ。具体的には、ミサイルのように強烈な衝撃を発生させる兵器が。

 問題は、一体どうやって手に入れれば良いのか。

 正規の兵器を今すぐ手に入れようと思ったら、米軍なり自衛隊なりの施設に潜入して盗み出さねばならない。だが此処は何処かも知れぬ洞窟内。最寄りの軍事施設まで一体何キロ離れているか分かったものではない。運良く近くに施設があったと仮定しても、施設の人達が易々とは侵入させてくれない筈だ。

 それをどうにかこうにか乗り越えたとして、今度はミリオンに策を悟られてしまう問題がある。いくら怒り狂っていても、軍事基に忍び込めばミリオンとて花中達の思惑に気付くだろう。そしてミリオンは多数の個体で構成された群体。広範囲に個体を分散させれば、レーダーのように目標を補足出来るに違いない。指先を光らせながら追い駆けてくるので、『目視』による情報収集も可能なのだろう。ミリオンがミサイルを見付ける事は難しくない。もし目的地ミサイルの前で待ち伏せされたら……

 そもそも洞窟を出ようとする時点で問題大あり。先程フィアに言ったように、無数に分裂したミリオンに追い込まれる光景が目に浮かぶ。

 適当に課題を考えただけでこれだ。屋外に出て武器を探すのはリスクばかり大きくて、しかも成功するビジョンが見えてこない。よって一旦脱出する案は却下。この洞窟内で攻撃手段を用意しなければならない。

 とはいえ今の花中達が持つ武器は『フィアが操る水』だけ。最強の威力を誇る矛だが、無敵の盾の前では鈍らな矛と同程度の価値しかない。二千度という出鱈目な沸点の筈なのに、七千度もの高熱が相手だからか一秒と耐えきれずに蒸発して――――

「(二千度……?)」

 ふと、花中の思考が逸れる。

 何故フィアは二千度までしか沸点を上げられない?

 思い返すと、花中が「沸点を二千度以上に出来ないの?」と尋ねた時、フィアは「出来ない」と答えた後何かを言おうとしていた。絶望のあまり話を切り上げてしまったが、一体あの時、フィアは何を言おうとしていたのだろうか?

 それに、水は確か……

「あの、フィアちゃん」

「はいなんでしょうかっと!」

 返事と共にフィアは身を縮こまらせるや、天井から伸びている鍾乳石によって狭まっている横穴へと跳び込む。跳び込んだ先こそ広々とした道だったが、横穴自体は幅一メートルもない狭さ。しかし操った水を使って採寸したのか、それとも動物的本能による直感のお陰か。人間なら一度は突っ掛かってしまいそうな隙間を、フィアは減速せずに通り抜けてみせた。追手が人間ならこれでかなり距離を稼げた筈だ。

 ――――追っ手が人間なら。

「「「「「ちょこまかとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」

 ミリオンは躊躇なく横穴に体当たり。鍾乳石と周りの岩を吹き飛ばし、ほぼ減速なしで花中達を追い駆けてくる!

「ちっ。これでも距離は開けられませんか……それで一体何を訊きたいのですか?」

「え、あ、あああ……そ、そうでした……えっと、あの」

 いきなりのジャンプとミリオンの破壊行動で嫌な高鳴りをする胸に手を当てながら、花中は数回深呼吸。心と身体を落ち着かせてから改めてフィアに尋ねる。

「あの、温度が、二千度を超えると、フィアちゃんの、操っている、水は、どうなるの?」

「? どうとは?」

「えっと、どうして、二千度以上になった、水、分子は、捕まえられないの、かなって」

「ああそれはですね」

 フィアは僅かに顔を上げ、言葉を選ぶように沈黙。

「何処かに消えてしまうのですよ」

 それから返ってきた答えはあまりにも不可解で――――花中が予想した通りのものだった。

「あ、ありがとう!」

「??? どういたしまして?」

 何故お礼を? と訊きたげなフィアだったが、今はミリオンが居るので答える事が出来ない。

 花中は閃いたのだ。あの強大な『大軍』を、一網打尽にする秘策を。

「フィアちゃん!」

「はい今度はなんでしょうかっ?」

「こ、この洞窟で、水がいっぱい、溜まってて、出来るだけ、深い場所に、行ってくれる!?」

「構いませんよ」

 フィアは優しく微笑みながら答え、

「運の良い事に目当ての場所は『真下』にありますしね」

 その微笑みを意地悪く歪めてから一言付け加えた――――故に花中はフィアにしがみつき、息を大きく吸い込む。また足下の岩盤を砕いて進むのだと思ったがために。

 実際フィアは高く跳び上がった。自身と花中を守るように、『身体』から出した大量の水で自分達を包み込んだ。

 けれども、溢れ出た水は球体を作らない。

 作ったのは地面に先端を向けた長さ凡そ三メートルの円錐形。螺旋を描く溝が入っている、所謂『ドリル』の形態だ。

「行きますよ花中さんっ!」

 フィアの掛け声を境に、花中の内臓が上に引っ張られる。

 水に包まれている花中には見えない。自分達の入っているドリルの表面が高速回転している姿なんて。

 ドリルの底から、大量の水が噴き出している姿なんて!

「うびゃああああああああああああああああああ!?」

 危機を察した身体が本能的な悲鳴を上げると同時に、花中達を包むドリルは地面と激突。岩盤を穿ち、砕けた岩を撒き散らし、重力加速度を凌駕するスピードで直下へと突き進む!

 花中に正常な判断力が残っていればこう叫んだに違いない。

 ――――だからこういう怖い事は、せめて一言訊いてからやってよぉ!?

「今回は花中さんの呼吸にも気を遣い花中さん用のスペースを作っておきました! 定期的に換気が必要ですが五分程度なら問題なく息が出来る筈です!」

「こここここ怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

 自信満々に説明するフィアだったが、悲鳴を上げる花中の耳には届かない。何しろ水越しの映像はとてもクリアで……岩盤をぶち抜いて進んでいく光景がよく見えるのだ。本能に迫る恐怖を、ましてや小心者が、拭うなど出来っこない。

 お陰でフィア曰く力作である花中用スペース ― 花中一人がすっぽり収まるほど広く、床部分の水密度を操作しているのか花中の身体が沈まない ― のありがたみを、花中は全く感じなかった。褒めてもらえなかった事が不服だったのか、水中でも美少女姿を崩さぬフィアが頬を膨らませる。

 ……花中を正気に戻したのは、フィアのそんな、愛らしくも緊張感のない表情だった。

 フィアの表情が、ハッキリと見える。

 いや、ハッキリ見えるだけではない。酷く、という言葉を使いたくなるぐらい魅力的に見えてしまう。作り物である肌の張り艶が触らずとも分かるし、ゆらゆらと揺れる金色の髪など、思わず顔を埋めたくなるほどだ。いくら水中という神秘的空間で絶世の美少女を見ているとは言え、ここまで綺麗に見えるのは不可思議。

 その原因はこの場を照らす光にある。今この場には非常に強い光が満ちていて、フィアを照らしていた。結果フィアはさながら陽光に照らされた宝石の如く煌めきを放ち、普段よりも一層魅力的に見えたのだ。

 ではこの光を出せるのは、一体『誰』?

 その光が、今までよりずっと強くなっているのはどうして?

「っ!?」

 過ぎった本能の警告に従い、花中は天を見上げる。

 そこには、太陽があった。

 全体から眩い白色の光を放ち、フィアが開けた穴を真円にくり抜きながら自分達目掛けて球体の姿は――――太陽としか言えない。

「「「「「ニガスカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」」」」」

 太陽がミリオンだと、この叫びを聞くまで花中には理解出来なかった。

「ちっ! もう追いついてきま……ちょぅえぇえええっ!? ななななんですかアレぇ!?」

「み、みり、ミリオンさんだよ多分!」

「いやいやいや!? だってアレ光ってますよ!? ビカビカ光ってますって! なんで光ってるんですかっ!?」

「お、落ち着い、て!」

 声に反応して振り向き、即座に取り乱したフィアを花中は何とか宥めようとする。

 発光の原理は分かる。それはミリオンが『高温』だからだ。温度が極めて高い物体は、発光して見える性質がある。熱放射という、熱が電磁波の形――――つまり光として運ばれる現象だ。熱した炭やストーブが赤く輝くのもこの現象によるもの。物体によって発光の色合いは多少異なるが、完全黒体という仮定の物質の場合、赤色よりも白色の方が高温となる。勿論自分自身が高温になるとただでは済まないので、ミリオン本人が高温なのではなく、ミリオンに触れた空気や粉塵が発光しているのだろう。

 だが白色の光は六千度以上――――太陽の表面に匹敵する温度でようやく生じる。

 即ち、今のミリオンは見た目通り太陽も同然。触れる事なんて論外……距離を詰められるだけでも不味い!

「み、水のある場所はまだなの!?」

「もうすぐですっ!」

 しても仕方ないと分かってはいるが、急かさずにはいられない。しかしフィアの声にも苛立ちが感じられ、これ以上どうにも出来ない事実を突き付けられてしまう。

 六千度以上 ― 自己申告が正しければ恐らく七千度オーバーだろう ― に達したミリオンは、自身を妨げる全ての物を気化……否、プラズマ化させながら、花中達目掛け真っ直ぐ落ちてきている。あんな高温に接したら花中は即死を通り越してプラズマ化、遺伝子なんて欠片も残らない。だが、我を忘れているのか瞬間的に温度を下げられるのか逃げられる事の方を恐れているのか。障害物を瞬時に消滅させるミリオンのスピードは全く落ちず、それどころか自由落下する事で徐々に加速しながら迫ってくる。対してフィアはドリルの底から水を噴出させて急加速しているが、岩盤をわざわざぶち抜いているため、一時的でもスピードが落ちるのを避けられない。

 目に見えるミリオンのサイズが段々と大きくなる。連れて、じわじわと気温 ― 水温と言うべきかも知れないが ― が上がっている気がする。

 もうこれ以上近付かれるのは本当に――――

「到達ですっ!」

 焦りと熱さで朦朧としてきた花中の意識を、希望の言葉が揺さぶる。下に向けた花中の視線が捉えたのは、とびきり頑丈そうな岩盤が粉々に吹き飛ぶ光景。

 そして、真っ青な景色。

 視界を埋め尽くすほど大きな水溜り……それが地底湖だと花中が理解する前に、水ドリルは豪快に着水。湖の深さは相当なもので、花中とフィアは共に見えない底へと沈んでいく。

 頭上を見上げれば煌々と輝くミリオンが見える。水を通して降り注ぐ光は、まるでダイヤモンドのよう。幻想的な光景に、正直なところ花中は見惚れてしまった。

 尤も太陽が落ちてくるのだから、見惚れている場合ではない。

「ふんぬぁああああああっ!」

 花中の傍を泳いでいたフィアが気合の入った叫びを上げる。併せて湖の水がうねり、流れ、密度を増して花中とフィアの下へと集まってくる。天井近くまであった水位が一気に下がり、見えなかった底は丸見えに。地底湖はものの数秒で横幅市民プール数杯分、高さはビルほどの巨大空洞へと早変わりした。対して花中達を包んでいた水ドリルは十メートル近くまで成長。その後すぐに収縮・変形をして三メートルほどの水球に姿を変えた。

 直後、ミリオンが墜落してくる!

「ぐぅっ!?」

「ひゃあっ!?」

 減速もなにもしない、文字通り墜落してきた衝撃が花中とフィアに襲い掛かる。身体が目一杯揺さぶられ、フィアは水中を回るように、花中は座っていたのに体勢を崩してしまった。

 怯む一人と一匹だったが、ミリオンは容赦なく追撃してくる。己の身体を四方八方に伸ばし、大地を掴む植物の根のようにミリオンは水球を包み込んできた。身体を伸ばし始めたミリオンは末端しか光らせていなかったが、それはミリオンに触れられている物質が七千度に達していないというだけ。花中とフィアを包む水は二千度まで上がり、次々に消滅している事だろう。逃げ出そうにも水球を包み込むミリオンは今や水球表面をびっちりと埋め尽くし、花中の全身はおろか指さえ出せそうにない、網の牢獄と化している。

 逃げ道は何処にもない。完全に捕まった。

「「「「「捕まえたアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」」」」」

 狂気的で、心底はしゃいだ声で、言われずとも分かっている事をミリオンが叫ぶ。もうすぐ願いが叶うからとても嬉しいのか……花中もミリオンの立場なら、小躍りぐらいはするかも知れない。対して捕まった方は、分かりきっている事を指摘されてイライラする。

「花中さん! この後は一体どうすれば!?」

 きっとイライラしているであろうフィアは、次の指示を求めてくる。狼狽した表情の中に、期待が感じ取れる。

「このまま、耐えて」

 感じ取った上で花中は、大凡作戦らしからぬ言葉をフィアに返した。

「……耐える……?」

「此処から動かず、耐え続けるの。逃げられない、し」

「そんなっ!?」

「「「「「……ぷ、ぷくく、くひぃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!」」」」」

 非難のようにも聞こえるフィアの叫びがツボに入ったのか。突如ミリオンの喧しい笑い声が響き渡る。

「何がおかしいのですか!?」

「「「「「何がですって? それはさかなちゃんが一番分かってるんじゃない?」」」」」

「ぅぐ……ぐぐ……!」

 フィアの悔しそうな声が水中を駆け回る。唇を噛み、目付きは鋭くなり、わなわなと震える声が漏れている。

 このままではミリオンに水を全て蒸発させられ、自分は焼き魚に、花中を奪われてしまう……きっとフィアはそう考え、絶望している。確かに状況はこれ以上ないほど絶望的だ。一人では到底耐えられない恐怖だ。

「大丈夫!」

 だから花中は、底抜けに明るく言い切ってみせた。

「……花中さん……?」

「大丈夫。わたしが、言えた事じゃないと、思うけど……でも今は、わたしを信じてっ!」

「――――」

 絶句とも呆気とも取れる沈黙と表情を、フィアは浮かべる。

 それでも花中が楽しげな笑みを崩さずにいれば、フィアの表情は、すぐに屈託のない笑顔へと変わった。

「そうでしたね……友達の言う事はちゃんと信じませんとねっ!」

 明るさを取り戻したフィアは大仰に腕を振るう。舞うように、この絶望的状況を楽しむように。

「水が蒸発する速度から考えてこの水球が持つのは凡そ五分です! それ以上はどうにも出来ませんが大丈夫ですか!?」

「うんっ。わたしの計算通りなら、五分もあれば十分、過ぎるよ!」

 フィアの弱音とも取れる確認に、花中は力強く答える。この言葉は虚勢でもなんでもない。花中の計算通りなら、五分もあれば十分なのだ。作戦にはなんの支障もない。

 しかし、

「「「「「狙いは私の体力切れ、かしら?」」」」」

 たった一言で、自信に満ち溢れていた花中の心臓に、直に握られたような衝撃が走った。

 一瞬にして口の中が渇く。瞳孔が開く。

 そして口が、意思に反して

「な、何を、言って……」

「「「「「目は口ほどに物を言う。目が泳いでいるわよ、はなちゃん?」」」」」

「ち、違……!?」

 花中は咄嗟に取り繕うとするが、出した言葉で如実に物語ってしまう。

 作戦が、ばれた事を。

「「「「「確かに私の能力は、大量のエネルギーを必要とする。そして私はウィルス。ウィルスは代謝を行なわない、つまり、自力ではエネルギーを生み出せない。戦っていればいずれエネルギーが枯渇する。長期戦は、体質的に向いていない」」」」」

「そ……そうです! だから、」

「「「「「だから、降参しろ?」」」」」

 台詞を取られた花中が浮かべたのは、怒りではなく焦りの顔。

 冷静かどうかは別にしても、ミリオンに猛り狂っている様子はない。虚勢を張っているようにも見えず、罠を嵌められても、まるで問題ないと言いたげだ。

 それは当然だった。

「「「「「私、エネルギーは『気温』から得ているの」」」」」

 ミリオンに、花中の『策』は無意味だったのだから。

「き、気温!?」

「「「「「本当はね、私の能力って加熱じゃないの。正しくは『分子の持つ熱エネルギーを吸収する』事……大気中を漂う分子が持つ熱、気温を自らのエネルギー源に出来るというのが私の能力。今まではそうやって得た熱エネルギーを放出していたに過ぎない。そして熱が吸収可能となる温度は二百ケルビン……マイナス七十三度から。気温マイナス七十三度以上なら、私は大気が持つ無尽蔵のエネルギーを扱える。ちなみにこの場の気温は地熱の影響からか約三十五度。私にとってこの場は、莫大なエネルギーが満ちている燃料庫のようなものね」」」」」

「そ、んな……」

「「「「「それからもう一つ。仮にこの場がマイナス七十三度以下だったとして……私って内部に熱を『貯蔵』出来るの。動物が脂肪の形でエネルギーを蓄えるのと同じね。だから、例え無補給でも半年程度なら十分に戦闘は可能なのよ……ところでさかなちゃん? この地底湖って、結構大きいわよね? 大体縦横は五十メートル、高さは十五メートルかしら? だとすると体積は三万七千五百立方メートル……そこに収まる水の量は約三万七千五百トン。この水量を操るだけなら兎も角、非常識な密度を保ちながら蒸発しようとする分子をひっきりなしに捕まえるのは、相当のエネルギーが必要よね? あなたの身体が蓄えている体脂肪やらなんやらだけで、五分も持つのかしらぁっ?」」」」」

 嘲笑交じりの問い掛けと共に、ミリオンが震えるように蠢きだす。

 途端、花中の目に自分達を包んでいる水の『流れ』が映った。突然水球に流れが生じたので花中はフィアに何事かと尋ねようとしたが、慌てふためくフィアの姿を、そして水が流れる先を見たために口を閉じる。

 水は水球の表面を、覆い尽くすミリオンを目指して流れている。

 蒸発した分を補うべく、フィアが一生懸命水球の表面に水を運んでいるのだ。しかしミリオンがこの水球に触れた時から流れは生じていた筈。それが今になって見えるようになったのは、水の流れが急激に速まった以外に考えられない。

 恐らくミリオンは能力の出力を上げた。まだまだ余力がある、というアピールのつもりなのか。本当に大気からエネルギーを吸い取れるのなら、出力をどれだけ上げようとミリオンに疲労など存在しない。そしてフィアは、ミリオンと違って無限のエネルギーを持っていない。能力の出力を上げれば……消耗もまた加速する。

「うぐぅぅぅぅぅ……!」

「ふぃ、フィアちゃん!?」

 不意に、フィアが堪らないと言わんばかりに呻く。花中が呼び掛けてもフィアは強がった笑顔すら浮かべず……人の形が溶け、本体であるフナの姿を露わにした。

「申し訳ありません花中さん……流石にこれだけ大量の水を操り続けるのはしんどくて……あんまりあの可愛い姿を保つ余裕がないのです……ぐっ!」

 フィアは口と鰓を異常なほど早く動かしながら、本体を見せた理由を明かす。口と鰓が早く動いているのは、大量の水を鰓に通すためか。水を操るエネルギーを得るために、たくさん酸素を必要としているのだろう。

 それだけフィアは消耗しているという事。ミリオンが指摘した通り、この調子が五分も続くとは思えない。これ以上能力を使わせたらフィアが死んでしまうかも知れないし、死ななくともなんらかの障害が残るかも知れない。

「み、水は、あとどれぐらい、残ってる!?」

「大凡ですが一万トン程度……地底湖の水で四万トン近くまで増やしたのにあっという間に減ってしまいました……こちらももう長くは持ちません……!」

 訊けば、水の方も底が見え始めているようだ。フィアの体力、水の残量……どちらももう限界。ミリオンにエネルギー切れがない以上、持久戦では絶対に勝ち目がない。

 しかし花中が自らの身を差し出せば、ミリオンは大人しく退いてくれるかも知れない。ミリオンは花中が目当てなのだ。花中が犠牲になれば、フィアは生きて帰れるかも知れない。

「……………」

 花中は考える。自らを犠牲にするか、フィアと共に居るか……どちらの選択が、よりよい未来につながるかを。

 ――――考えた末に、花中は決断する。

「本命の作戦、やるよっ!」

 身を差し出して戦いを治めるのではなく――――フィアと一緒に居たいから、ミリオンを『倒す』と!

「え? 本命……?」

「フィアちゃん! 水で『刃物』を、作って、わたしにちょうだい!」

「はっはいっ!」

 作戦が二つあると聞かされていないフィアは戸惑った返事をするが、注文通りナイフの形をした水を花中の居る空洞内に生やしてくれた。水ナイフは刃と柄がしっかりと作られていて、普通の刃物と同じように扱えそうだ。

 花中はしっかりと水ナイフの柄を掴み、自分の下へ引っ張る。引っ張った刃物は柄の末端からコードのような物が伸び、フィアの操る水と接している状態を保つ。これなら多少乱暴に動かしても『ナイフ』と『水』が千切れてしまう心配はない。

「「「「「そのナイフがどうかしたの? まさか、そんなナイフで私を倒すつもり?」」」」」

 花中がナイフを弄っていると、ミリオンから問い質す声が。その言葉遣いはまるで花中をおちょくるかのよう。

 確かに、こんなちゃちなナイフ一本を手にしたところで、ミリオンをどうこう出来はしないだろう。

 だが、

「……半分正解、です」

「「「「「半分?」」」」」

 我ながら勿体ぶっていると思う花中の台詞に、ミリオンは訝しげに訊き返す。

「こういう、事ですっ!」

 だから花中は力いっぱい答えるやナイフを振るい、

 ――――自らの前髪を、ナイフで切り裂いた。

 バサリ、と、視界を遮っていた前髪が音を立てて落ちる。用無しとなったナイフは投げ捨て、切りきれなかった髪を片手で掻き上げる。

 視界を遮るものは消えた。周りを見渡せば、表情を持たないが驚いているように見えるフィアや、そもそも顔が存在しないが呆気に取られている雰囲気を感じさせるミリオンが網膜に映り込む。前髪越しでも十分世界が見えているつもりだったが、とんだ勘違いだと思えてくる。

 清々しい気分だった。

 閉めていたカーテンを開けて朝日を拝む時よりも、ずっと清々しい!

「これで、わたしの作戦の、準備は、完了、です。逃げるなら、今のうち、ですよ」

「「「「「……はぁ? 何を言っているの? ただ髪を切っただけじゃない」」」」」

「ええ。髪は、その通りです。ただ、切っただけ、です」

 落ちた自分の髪の毛を拾い上げながら、花中は肯定する。嘘でもなんでもない。髪に細工なんかしていないし、そもそも花中は細工なんて何処にも施していない。

 ただ、待っていただけだ。

「肝心なのは、水の、方ですから」

 自分達を守っている水が、ミリオンによって大量に『消滅』させられる時を。

「「「「「水? ……何か薬品でも仕込んだのかしら? 残念だけど私に薬は効かないわよ?」」」」」

「はい。ウィルスに薬は、無意味でしょうし、そもそも、七千度まで、加熱されたら、どんな物質も、プラズマ化、してしまいます。あなたには、どんな物質も、通用しない」

「「「「「なら、尚更解せないわ。はなちゃんは一体何を仕込んだと言うのかしら?」」」」」

「わたしは、何も、していません……仕込みを、したのは、ミリオンさん。あなた自身、です」

「「「「「……何?」」」」」

 ぴたりと、花中達を包む水球の流れが止まる。仕込みをしたのは自分だと言われ、思い当たる節である『攻撃』を止めたのだろう。だがフィアの話では既に大量の……三万トンを超える水がミリオンの手で『二千度』に達している。

 『花中の計算』では十分過ぎる量だ。今更能力を止めても遅い。

「あなたの能力で、わたし達を、覆う水は、二千度まで、加熱されました……知ってますか? 二千度を、超えた水は、んです……分子の形を、維持、出来なく、なるんです。水の化学式は、H2O。壊れた水分子は、水素原子と、酸素原子に、なります。でも、原子単体と、いうのは、非常に不安定、です。だから、すぐに、安定的な形……同じ原子同士が、二つ、くっついた形に、なろうとします」

「「「「「っ!? それって――――」」」」」

「水素分子と、酸素分子……些細な火種で、大爆発を起こす、危険な混合気体の、完成、です」

 水素と酸素の反応は、シンプルながらも膨大なエネルギーを発生させる。どれだけ大きなエネルギーかと言えば、ロケットや人工衛星打ち上げの燃料として使われるほど。その気になれば宇宙にも行けるエネルギーなのだ。

 当然これほどのエネルギーが何らかの形で暴走すれば、凄惨な事故を引き起こす。ロケットの打ち上げシーンを思い起こせば良い。高さ五十メートル重さ五百トンもの物体を浮かび上がらせるため、五分以上もの間吐かれる巨大な炎……あれが一瞬にして解放されるのだ。その威力たるや、事故が起きればロケットだけでなく、搭乗員すら跡形も残らず消滅してしまうほど。

 それほどの爆発力にも関わらず、ロケットの燃料の総重量は四百五十トン程度である。対してこの場に満ちる水素と酸素の量は――――原料である水の総計と等しい三万トン。

 単純計算で、そのエネルギー放出量はロケット事故の六十倍以上だ。

「ところで、ミリオンさんは、爆発の、熱は平気かも、知れませんけど……衝撃には、耐えられるのです、か?」

 自慢気に笑いながら投げ掛けた花中の問いに、ミリオンは答えない。あるのは沈黙だけだ。

 しかしこの期に及んで沈黙すれば、言葉や表情よりも雄弁に物語る。

「「「「「お、おの、おのれえええええええええええええええええええええっ!」」」」」

 分厚い水越しでも耳が痛くなるほどの大声を上げると、ミリオン『達』は一斉に水球から離れた。

 離れたミリオンは光るのを止め、洞窟内に本来の暗闇が戻ってくる。闇に紛れてミリオンの姿は見えなくなったが、消える間際の、僅かな光の軌跡から何処へ向かったのかは分かる。

 ミリオンが逃げたのは、この場所へ来るためにフィアが開けた穴。即ち天へと向かう道。当然だ。逃げ道はそこしかないのだから。

 正に思い通り。

 水素はあらゆる原子の中で最も軽く、空高く昇って行く。分解された水の量は約三万トン。酸素との質量比があるのでざっと計算すると……凡そ三千三百トン以上の水素が発生している。これだけの重量となれば、ミリオンが逃げた先までぎっちり満たされている筈だ。

 ミリオンが逃げた時の事を考え、一番深い場所から仕掛けを用意した甲斐があった。

「うーむ……正直お二人がなんの話をしていたのかサッパリなのですが……とりあえず私は何をすれば良いのでしょうか?」

「わたしが切った髪を、外に捨てて。それで、全部、終わるから」

「了解です。明かりはなくても感触で分かりますからね。すぐに捨てられますよ」

 楽しげに水の中を泳いでいそうなフィアの掛け声と共に、自分達を包む水が揺らめいたのを花中は感じ取る。

 ミリオンが離れたので水はもう加熱されていない。『冷たい』大気に熱を奪われ、表面部分は急速に冷えているだろう。しかし限界値である二千度近くまで上がった以上、多少冷えた今でも千五百度近く、最低でも千度は上回っている筈だ。

 即ち水球表面を潜り抜けた時、髪の表面温度は千度に達する。髪の毛でも千度もあれば燃える。

 故に花中の髪の毛は、空気に触れた瞬間燃え盛る事になる。そしてその炎が周囲に満ちる水素と酸素を刺激し――――大爆発を起こすのだ。

「あ、そうそう。大爆発が起きる、から、ちゃんと、守りも固めてね」

「ちょ……それを早く言ってくださいよ。あーもう結構疲れていてしんどいのですけどねぇ……」

「がんばれっ」

「確かに頑張るしかありませんねまだ死にたくないですし……ところで花中さん。怖くはないのですか?」

 フィアに訊かれ、花中は思わず首を傾げてしまった。ただ、何を言いたいのかはすぐに理解する。

 今までの自分なら、大爆発が起きると聞いただけで怖くて動けなくなっただろう。理論的に起きると分かったなら尚更だ。けれども今の花中は、爆発なんか怖くないし、身体だって強張るどころかむしろリラックスしている。今までとは違う。

 今までとは違うから、

「フィアちゃんと一緒だから、何も、怖くないよ」

 思った事を正直に、微笑みながら言ってしまうのだ。

「そうですか……そうですね。私も花中さんと一緒だから怖くありません」

「うんっ! ……これからも、ずっと、ずっと一緒に居ようね」

「勿論です」

 花中は暗闇の中でフィアの方を見る。フィアもこっちを『向いて』いている。

 顔を合わせた一人と一匹は一緒に、にへっと笑って、

「それでは最後はド派手に祝砲を上げるとしましょうかぁ!」

 そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――昨夜八時頃、泥落山にある尾根の一つが爆炎を上げながら弾けた。

 夜中に起きた爆炎はとても目立ち、まだ人通りのあるこの時刻、多くの人がこの光景を目の当たりにした。爆発により生じた衝撃波は麓にある家々の窓を割り、結果軽傷者数名を出したが、幸い大きな被害にはつながらなかった。

 山の一部が吹き飛ぶという未曽有の大災厄であるが、原因は分かっていない。今後政府の調査チームが派遣されるというが、真相解明には時間が掛かりそうである。

 原因不明の爆発。近隣住民は皆一様に不安を口にする。

 しかし爆発の目撃者達だけは、皆楽しそうに笑いながらこう語った。




 あの時の爆発はまるでクラッカーのように派手だった、と。

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