歌う綿毛と寂しがりや

mari

歌う綿毛と寂しがりや


 空の奥には、本当に。宇宙が拡がっているのかな。


 さきは細い腕を天にぐう、と延ばしてぽつり。と洩らした。

 真っ白なワンピースからは、棒のような二つの脚が生えている。その後ろ姿は、灰色雲の下では、まるで光のように。


 さあ、NASAにでも聞きなよ。


 黄と黒の縞々に背を預ける、その電柱は布地の上からでも冷たさが伝わり、じめりとした空気の中にいる私にとっては、とても気持ちがいい。


 田舎の住宅街は、本当にひっそりとしている。

 今にも降り出しそうな雨に、人々は早々に洗濯物を取り入れて、そう。っと部屋のカーテンを閉める。

 三時になってすらいないのに、塀の向こうには、とぼとぼとした淡い橙が浮かんでいる。


 生ぬるい風に寒気を覚えた私は、肩に羽織っていたショールを折りたたんでマフラー代わりにした。

 白地に、桃色の小さな花柄が首を包む。この春の、トレンド。


 目の前で、だらしないアスファルトの上を、枯木色のニットの靴下がふわり、ふわり。と舞う。

 その、形の整った顔には、穏やかな笑顔が貼りついていて。

 ほんとう、咲はつまんないね。と、同じ音の名前を楽しそうに口にした彼女の甘いソプラノ。

 喩えるなら、そう。軽快に叩いたピアノのような、青い小鳥のような。


 震える唇が、頭を傾げながら、すっと。静かに。弧を描く。

 セミロングの髪の毛は、子供の遊戯のような動きに合わせて、遅れ気味に、ふわり、ふわり。

 泡のような儚げな少女の下睫毛は何故か、少しだけ濡れていて。


(泣けばいいのに)


 咲は知っている。

 さきが、綿毛のようになるのは、かなしいときなんだ。って。


 さきは知らない。

 咲が、少しだけ冷たくなるのは、かなしいときなんだ。って。


 言葉にするのが、億劫で。

 君に、深く入って、傷つけるのが。嫌だから。

 私は、さきの吐きたくなるときを、ひたすら待つの。


 肩を、小雨が叩き始める。

 積乱雲が地球の密度を下げて、息までもを詰まらせる。

 耳に届くのは、猫の囀る歌ひとつだけ。


「さき。ブランコにでも乗ろうよ」

「うん、ブランコ、乗ろう。咲」


 横に交し合った視線は、多分。根幹からずれていて。

 いびつでへたくそな気遣いをしながら、さきと咲は並んで歩く。


 近づきすぎず、離れすぎず。お互いが、お互いを。欲しながら、畏れながら。


 できたての雨は、鼻につうんときて、あまり好きではない。

 この分なら、暫く降りそうだ。宇宙が果てしなく遠く見えるくらいに、銀河がなくなってしまうくらいに、分厚い。あまぐも。


 雨が、もっと。もっともっと強く。激しくなれば、私にも君を泣かせてあげられるのかなあ。


(泣かないっていうのも、ある種の逃避なんだよ)


 その言葉が、言えなくて。ただ、彼女の真似をして、優しい顔で瞳を覗いた。

 不器用なおともだち。私も、君も。似たもの同士ね。


 いっつも白いワンピース。さきには、華やかなフラミンゴピンクも似合うのに。

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歌う綿毛と寂しがりや mari @mitleiden

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