063 新しい時代の幕開けにふさわしい結婚

 さあ、落札代金の支払いである。

 コンチータがすぐに、競り台の脇にやってきた。

 俺は彼女が持っている財布を指差して言う。


「コンチータ、もう、その中身を見てもいいよ。茶色いコインを11枚そこから取り出して、ユウジーンに渡してあげてほしい」


 オークションに勝利した青い髪の少女は、財布から『10円玉』を11枚取り出し、オークションハウスであるユウジーンに手渡した。

 落札代金に落札手数料を加えるので、支払い総額は『110円』だった。

 これにて、落札者は無事に落札代金の支払いを済ませたのである。


 ユウジーンが『10円玉』を2枚抜いて、『90円』を杏太郎に手渡した。

 出品手数料の『10円』を抜いた、『90円』が杏太郎の取り分なのだ。

 ユウジーンが微笑みながら10円玉を1枚、俺に手渡す。

 もう1枚は、ユウジーンのものだ。

 一応、事前の話し合いでオークションの手数料収入は、俺と彼とで半分ずつにしようと決めていた。


 あとは、杏太郎とコンチータが、握手をすれば売買成立である。

 杏太郎の所有権は、今後はコンチータのものとなるのだ。

『元奴隷の少女』が、『大陸一の大富豪の息子』を、手に入れる。

 しかし、その前に――。


 客席でパチパチと拍手をしながら立ち上がる一人の女性がいた。

 黒髪のワイルドな印象の美人で、ドレスに毛皮を羽織はおっている。


 いったい誰だ?


 すると、そのワイルドな美人に続いて、三人の女性がパチパチと拍手をしながら立ち上がった。

 女性たちは拍手を続け、客席から競り台に向かって歩いてくる。


 やがて四人の女性は競り台の前で横並びになると、俺にくるりと背を向け、客席の方を向いた。

 その瞬間。青白い閃光せんこうが、四人の全身から放たれる。

 そして――。

 見覚えのあるその後ろ姿は、『勇者』『戦士』『僧侶』『魔法使い』の四人だ。

 勇者様御一行だったのである。


 おそらく彼ら四人は、狐面の男の魔法なんかで『女性の姿』に変身し、ひっそりとオークション会場にまぎれ込んでいたのだろう。

 事前に俺は、何も聞かされていなかった。

 きっと、杏太郎の仕業しわざに違いない。


 しかし、ここまで見事に変身できるのなら、全員が女性の姿になる必要もないような……?

 別の顔の男に変身したり、子どもや老人に変身するやつがいたりしてもよかったのでは?

 きっと、せっかくなら一度、女性の姿になってみようとか、四人はそんなノリだったのだと思う。

 みんな、女性の姿になった自分のおっぱいをんだだろうか?

 いや……絶対、揉んでいるだろう。


 女性の姿から、元の男の姿へと戻った老兵の『戦士』が、低めの渋い声で客席に向かって言った。


「ここにおられる方は、仲間たちとともに魔王との戦いに勝利した救世主! 大勇者シャンズである」


 そういえば、魔王に勝利したことでシャンズは、『勇者』から『大勇者』へと称号しょうごうがランクアップしたと聞いている。

 大神殿から与えられた『伝説の剣』『伝説のよろい』『伝説の盾』『伝説のかぶと』を装備した大勇者が、客席に向かって一歩前に出た。


 オークション会場がどよめく。

 女性たちからは黄色い声があがる。

 男の姿に戻る前の『ワイルドな美人』だったシャンズを、せっかくだからもっとよく観察しておけばよかった。あれは、けっこうな美人だった。

 それにしても勇者様は、男の姿でも女の姿でもカッコいいんだな……。

 シャンズが口を開いた。


「今は『大勇者』として、大神殿より与えられた役目を果たそうと、旅をしています」


 大勢の人の前なので、普段のシャンズとは口調が少し異なっていた。

 客席の女性たちから、再び黄色い声があがる。

 彼女たちはまるで、舞台上の男性アイドルでも眺めているかのような表情だった。


 勇者様……。

 いつの間に、こんなにも女性たちから人気が……。


 シャンズは話を続ける。


「魔王の呪いによって人々はこれまで何百年も、恋愛に臆病おくびょうな時代を過ごしてきました。そんな恋愛の呪いも、今は徐々に解消されつつあります」


 すると僧侶が話に参加する。


「我々は大神殿よりお願いされました。『これまで恋に臆病だった人々が、きちんと恋愛できる世界』を育て、そして守っていってほしいと」


 続いて、魔法使いが口を開く。


「魔王はこれまで、人々の自由な恋愛を邪魔してきた! だから、大神殿は魔王とは逆に、人々の自由な恋愛を増やしていきたいらしい。『生まれ』や、『立場』や、『身分』や、『その他の恋に関する障害』なんかも乗り越えて、前向きな恋愛ができる世界を目指す! これまでとは逆の世界だ!」


 なるほど……。

 大神殿がそういう方針ならば、コンチータと杏太郎の結婚なんかは理想的なケースだろう。

『元奴隷の少女』と『大富豪の少年』の結婚なんて、自由な恋愛すぎて、今後の大神殿の方針とばっちりみ合う気がする。

 新しい時代の幕開けにふさわしい結婚かもしれない。


 突然、客席のイリーナが立ち上がった。


「わたくしも、少しよろしいでしょうか?」


 イリーナは競り台の脇まで来ると、ユウジーンの隣に立つ。

 そして、父親に向かって言った。


「お父様。わたくしは、ユウジーンと愛し合っております!」


 客席が再び、どよめいた。

 勇者シャンズの登場といい、イリーナの愛の告白といい、俺のオークションよりも客席を盛り上げている。

 ちょっと悔しい……。


 イリーナが話を続ける。


「今回のオークションの結果で、杏太郎様とコンチータ様が結ばれた以上、わたくしにはもう許嫁いいなずけはおりません。大勇者様方もこのようにおっしゃられておりますし、大神殿も自由な恋愛ができる世界を目指すとのことです。わたくしも自由な恋愛をしとうございます」


 これも、杏太郎の指示なのだろうか?

 いや……シャンズたちを客席に潜ませていたところまでは杏太郎の指示だろうが、イリーナの行動は彼女自身の独断だと思う。


 きっと杏太郎は、仲の良いイリーナの性格を把握しているのだ。だから、こうなることもたぶん杏太郎の計画のうちだったのではないか。

 俺たちがユウジーンと、この商業都市の近くまで戻ってきたとき、イリーナは馬に乗って一人で会いに来た。そのくらいアクティブな性格のお嬢様だ。

『恋愛に対して臆病になる』という魔王の呪いの力が消滅しつつある今なら、イリーナもかなり積極的に『ユウジーンとの結婚』を勝ち取りにくる――杏太郎はそう予想していたのかもしれない。


 ユウジーンは、客席最前列の椅子に座っているイリーナの父親の前まで歩く。

 そして、父親にひざまずいて言った。


「イリーナお嬢様を、必ず幸せにいたします。どうか、お許しください」


 イリーナの父親が言葉に詰まったところで、勇者様御一行の一人である老兵の『戦士』が、イリーナの父親と、杏太郎の父親に向かって語りかけた。


「お二方ふたかた。今回のオークションによってみのった四人の若者たちの『ふたつの恋』を、どうか大切にしていただけないでしょうか? 大神殿は今、人々の自由な恋愛を応援する立場をとっております。杏太郎殿とイリーナ殿の結婚がまとまらなかったことで、両家の間に亀裂きれつが生じてしまうと、未来ある四人の若者たちがこの先もずっと悲しんでしまうことでしょう。大神殿と我々が両家の間に入り、相談役としてできるだけのことはいたします」


 大神殿には、この異世界の多くの人々が信仰している神がまつられている。

 財力の面でも、政治的な面でも、大神殿はこの世界でかなり大きな権力を持っている。

 大陸一の大富豪である杏太郎の父親も、イリーナの父親も、大神殿に敵対することなく上手く付き合っていきたいと考えているはずだ。


 杏太郎は大勇者シャンズを通して、そんな大神殿の存在を上手く利用したようである。

 俺のオークションでは、杏太郎とコンチータの結婚を勝ち取ることまでを目標としていた。

 けれど杏太郎は、大勇者シャンズと大神殿の存在を利用することで、イリーナとユウジーンの結婚まで同時に勝ち取りに行く『完全勝利』を狙っていたのだ。


 きっと、俺が杏太郎に『最後にどうやってオークションで勝つのか』をずっと秘密にしていたから、杏太郎の方も、オークションで勝った後の流れを、事前に詳しく俺に説明することができなかったのかもしれない。

 お互い隠し事をしていたようだから、まあ今回は、おあいこである。

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