062 『キヨーテ・ルルウォ』のオークション
客席の最前列の椅子に、コンチータとイリーナが座っている。
コンチータが『2番』のビッド札を持ち、イリーナは『1番』のビッド札を持っている。
青い髪の美少女は、イリーナ側に『1番』を譲ったのだ。
『2番』の札を持ったコンチータの隣には、黒ずきんさんが寄り添うように座っていた。
一方で『1番』の札を持ったイリーナの両隣には、イリーナの父親と杏太郎の父親が座っている。
最前列に座っているのは、その五人だけだ。
残りの人々は、客席の二列目以降にぞろぞろと座っていた。
イリーナ側の一族とか、杏太郎側の一族とか、両家に何か関係のある人々などだろう。
ざっくり言うと客席に座っているのは、コンチータと黒ずきんさん以外は、全員『敵サイド』の人たちである。『杏太郎とイリーナの結婚を望んでいる側』の人たちなのだ。
そして、オークション会場の
競り台に立つ俺を、ずっとまっすぐに見つめている勝利の女神のようなその人物は、もちろん女剣士だ。
ふとした瞬間に、視線の先に女剣士の姿が入るだけで、彼女にきゅっと手を握ってもらえたようなあたたかい気持ちになる。
敵だらけのオークション会場の中にいても、俺は心を落ち着かせていられるのだった。
俺たちは、ユウジーンのオークションハウスの中にいた。
イリーナの父親が所有する屋敷のホールに人々は集まり、時刻が正午になるとユウジーンが、オークションハウスをオープンさせたのである。
ユウジーンのオークションハウスは、前回使わせてもらったときからレベルは上がっていないようだった。やはり、レベル20前後といったところだ。
それでも、客席は100席以上は余裕である。天井も高く、シャンデリアや椅子も充分に豪華なものだった。
俺が立っている競り台だって立派なもので、何の問題もないだろう。
競り台のすぐ脇に、ユウジーンが立っている。
そんな彼の向こうには――。
本日のオークションに自分自身を出品した『杏太郎』が、客席の方を眺めながら静かに立っていた。
客席の二人の花嫁候補は、この金髪の美少年をオークションで落札するために、これから競り合うことになるのだ。
俺に運命を
数日前に、「心配じゃないのか?」と俺が尋ねると、杏太郎はこう答えた。
「正直、緊張はしている。でも、シュウがオークショニアをしてくれるのなら、絶対に大丈夫だ。ボクの弟は今や、『世界で一番のオークショニア』なんだぜ? 魔王のオークションだって成功させたんだ。あちこちの異世界を探しまわったって、魔王のオークションを成功させたオークショニアなど、そう簡単には見つからないだろ? くくくっ……」
『元奴隷の少女が、オークションで大陸一の大富豪に勝つ方法』
俺はその方法を、仲間の誰にも打ち明けずに当日を迎えていた。
仲間たちも俺が打ち明けないのには理由があるのだと、理解してくれている様子だった。
そして、今日の勝利に必要なものは、すでにコンチータに手渡してある。
客席の最前列で青い髪の美少女は、右手で『2番』のビッド札を持ち、左手では俺が渡したものを大切に握りしめていた。
その握りしめているものの中身を、コンチータ自身は知らない。
教えていないのだ。
このオークションハウスに移動する直前に、俺はコンチータにそれを手渡して言った。
「これまでに一度もやったことがないようなオークションを、俺が急にはじめたとしても、コンチータは
青い髪の美少女はすぐに「わかりました。柊次郎様を信じています」と口にして、俺の目を見つめながらうなずいたのである。
俺はさらに、彼女にこんなお願いをしていた。
「それと俺が今、コンチータに渡したそれは、けっして中身を見ないでほしい。オークションが終わるまで中身を確認せずに大切に持っていてもらいたいんだ。そして俺がオークションをはじめたら、竸り台の俺からしっかり見えるような場所でそれを持っていてほしい。それが見えていると、俺も安心してオークションをはじめられる」
コンチータは、もう一度うなずき、必ず俺の言う通りにすると約束してくれたのだった。
ユウジーンのオークションハウスに移動してから、客席の人々が静かになるまでは少し時間がかかった。
今日がはじめてのオークションという人も、たくさんいるのだ。
やがて、女剣士以外の人々が全員、客席の椅子に座ると、俺はオークションについての説明をはじめる。
「オークションを開始させていただく前に、落札手数料と注意事項について説明いたします――」
落札代金とは別に『10%の落札手数料』が発生することを客席に向かって説明し、入札の際はビッド札を出して参加するようお願いした。
そして、落札後に代金が支払えない場合は『命を失う』ということも、きちんと丁寧に説明した。
今回のオークションでは、『命を失う危険性』に関しては、特に念入りに説明しておいたのだ。
この説明が、後になって
客席に座るイリーナの両隣では、父親たちが余裕のある顔でオークションの開始を待っていた。
きっと、杏太郎の父親がたんまりとお金を用意してきたのだろう。
イリーナの父親は腕組みをしており、ときどき後ろの席の人間と言葉を交わしては笑い合っている。
『大陸一の大富豪』が用意できるだろうお金に関しては、杏太郎から事前にこう聞いていた。
「ボクが今現在自由に動かせる金を総動員しても絶対に勝てないくらい、相手は用意しているぞ。そもそもボクは、『魔王のオークション』で『520億ゴールド』と落札手数料を『52億ゴールド』支払っている。自由に使える現金が、もうそれほど残っていないんだ。時間があれば、またいくらか用意できるだろうけど……でも、きっとそれでもボクたちは勝てない」
『魔王のオークション』の落札価格は『520億ゴールド』だった。
だから、俺もコンチータもオークション手数料として10%分の『52億ゴールド』を、それぞれ受け取っている。
杏太郎が今現在、自由に動かせる手持ちのお金に、俺とコンチータが『52億ゴールド』ずつ加えても、父親が用意する金額には勝てないだろうとの予想だった。
杏太郎はさらに、こうも言っていた。
「きっと相手は、この大陸の
金髪の美少年からそう告げられたとき、「やっぱり、こいつは鋭い男だぜ」と俺は思ったものだ。
たぶん杏太郎は、俺が何をしようとしているのか薄々気がついていたのだと思う。
「みなさま、お待たせいたしました。それでは、本日のオークションを開始いたします」
オークションの事前説明が終わると、競り台の俺は、客席にそう告げた。
最前列で座るイリーナの手元が、チラリと視界に入る。『1番』のビッド札を彼女は持っているのだ。
ただ、俺の作戦が成功すれば、イリーナは今日、一度もビッド札をあげることはないだろう。
しかし俺の作戦が、万が一失敗に終わった場合――。
一応『保険』は用意されている。
客席でイリーナが、ビッド札をあげるのを拒否するという『保険』だ。作戦は、そういう二段構えになっている。
だけど……。
イリーナの隣に座っている彼女の父親とか、杏太郎の父親が、イリーナにビッド札を握らせたまま、彼女の腕を強引にあげさせるという状況も、もちろん予想される。
それをやられると、こちらは防げない可能性だってあった。
だから、やはり俺の作戦で決めなくてはいけない。
絶対にこれで決める!
俺は一度だけ小さく咳払いをすると、客席に向かって話しはじめた。
いつものオークションではしない話だ。
「さて――。
『円』は、俺が元いた世界で使用していた通貨だ。
当然、この異世界には存在しない。
俺は競り台の脇に立っている杏太郎に視線を向ける。
杏太郎は、にやりと口元だけで笑っていた。
きっと、勝ちを確信したのだ。
やはりこいつは、俺が何をしようとしていたのか、お見通しだったのだと思う。
俺は再び客席を向き、オークションを進行する。
「それでは、金髪の美少年『キヨーテ・ルルウォ』のオークションです! 『100円』から参りましょう! 100円から、スタート! 100円!」
すぐにコンチータが、右手で高らかと『2番』のビッド札をあげた。
詳しい説明を俺は彼女に何もしていない。それなのに、迷いはないみたいだ。
青髪の少女の隣に座る黒ずきんさんが、競り台の俺をまっすぐに見つめている。
彼女も俺のことを信じてくれているのだろう。
まったく動揺している様子がない。
俺はコンチータがあげたビッド札を、指し示しながら言った。
「100円のビッド! スタート価格の100円は、『2番』のお客様からのビッドです! 現在、『キヨーテ・ルルウォ』は100円! 100円で2番のお客様!」
俺のことを信じてくれた青髪の美少女。
彼女の左手には、このオークションの直前に俺が手渡した
俺が元いた世界で使っていた財布だ。
そして、小銭入れ部分には『10円玉』が11枚以上、確実に入っている。
コンチータに手渡す前に俺は、もう何度も何度も確認したのだ。
イリーナの父親が声を漏らした。
「なっ……!?」
彼は、かなり戸惑っている様子である。
杏太郎の父親は、右手で自身の口を覆っていた。
笑っている?
いや、まさか……。
俺の勘違いでなければ、彼はあっさりと負けを認めているようにも見えた。
もしかすると、心のどこかでは『息子側が勝つこと』を期待していたのだろうか?
イリーナは微笑んでいる。
俺の作戦が成功したからだ。
彼女はもちろん、『1番』のビッド札をあげられない。イリーナの父親も、杏太郎の父親も、彼女のビッド札を強引にあげさせたりしない。
なぜならイリーナ側は誰も、『日本円』なんて持っていないのだ。
ビッド札をあげさせたら、落札代金を支払えなくてイリーナが死んでしまう。
今回のオークションでは事前の説明で、『落札後に代金が支払えない場合は命を失うこと』を、俺は特に念入りに説明しておいた。
だから、イリーナの父親も、杏太郎の父親も、イリーナがビッド札をあげられないことは、ちゃんと理解できているのだ。
競り台の俺は、客席に向かって尋ねる。
「現在、2番のお客様から100円のビッド! 他にビッドされるお客様はおられませんか?」
もちろん、会場でコンチータ以外にビッド札をあげられる参加者はいない。
俺はもう一度、客席に確認する。
「他にビッド札をあげられる方がいなければ、『2番』のお客様の落札とさせていただきます。よろしいでしょうか?」
競り台の脇では、ユウジーンが両目を光らせている。
この空間の支配者は、『オークショニア』の俺と、『オークションハウス』であるユウジーンなのだ。
客席から立ち上がって文句を口にする客がいれば、ユウジーンがその客をじっと見つめ、たちまち大人しくさせてしまうことだろう。
本当にこの異世界のオークションスキルは『チート級のスキル』である。
俺は客席に告げた。
「それでは、落札いたします!」
カンっ――と乾いた音が、オークションハウスに響いた。
いつも最高に気持ちの良い木槌の音だが、今日のその音は『杏太郎とコンチータの二人の未来が開かれた音』である。
彼らの未来が、たとえどんなに困難なものとなろうと、俺や仲間たちが助けになってやる!
続いて俺は、オークションの結果を客席に告げた。
「本日開催させていただいた『キヨーテ・ルルウォ』のオークションは、100円で『2番』のお客様が落札です!」
会場の最後方の壁で、一人ぽつんと立っていた女剣士と目が合った。
俺の勝利の女神は、うれしそうに笑っていた。
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