061 女剣士がくれた最高の勇気
父親は部下らしき人たちといっしょに帰っていった。
杏太郎は父親にはついていかず、今夜は俺たちの宿に残るようだ。すでに宿泊の受付を済ませており、自分が泊まる部屋を確保していた。
夜もかなり遅い時間だった。
けれど、杏太郎もコンチータも、まったく眠たくないといった様子である。
女剣士は酒を飲んで寝ると言って、先に一人で部屋に戻った。
黒ずきんさんが、俺の肩をとんとんと叩いてささやく。
「柊次郎くん、アタシたちも部屋に戻ろっか」
「んっ?」
「あの子たちを二人きりにしてあげようよ。杏太郎くんからコンチータちゃんに、なにか大事な話があるっぽいしね、ふふっ」
杏太郎とコンチータは、二人で見つめ合いながら顔を赤くしている。
ああ……もしかして杏太郎のやつ、プロポーズでもするつもりなのだろうか?
いや、さすがに……オークションが終わってからだろう。
しかし、コンチータが杏太郎を落札できたら、その時点で二人の結婚は決まったようなものだし……。
まだ今はコンチータが14歳だから、きっと15歳になるのを待って結婚なんだろうけど……。
どのみち、愛の告白に近いことをする雰囲気が、杏太郎から漂っていた。
俺と黒ずきんさんは、そんな杏太郎とコンチータに「おやすみ」と言って広間から部屋へと移動する。
廊下で黒ずきんさんが、俺の隣にぴたりと寄り添って歩く。
「ねえ、柊次郎くん」
「んっ?」
「今日、柊次郎くんの部屋に泊めてもらってもいい?」
「えっ?」
「アタシ、なんだか胸がドキドキして、このまますぐには眠れそうにないの」
断る理由もない。
むしろ、たいへん喜ばしい申し出だ!
俺は黒ずきんさんと手をつなぐと、自分の部屋へ向かった。
俺だって今夜は興奮して眠れそうにないのだ。ほぼ間違いなく、『杏太郎の未来をかけたオークション』が、近日中に開催されるのだから。
責任重大で心臓がバクバクしている。
それに……もしかすると黒ずきんさんも、俺との結婚のこととかそろそろ考えてくれているのかもしれない。
だったら俺はすごくうれしい!
そっちの方でも俺は緊張して心が震えているのだ。
まあ、杏太郎とコンチータの結婚の話をみんなでずっと考えていたら、黒ずきんさんだって、そりゃあ自分の結婚のことを意識するだろう。
俺だって、自分と黒ずきんさんとの結婚が何度も頭をよぎった。
ああ……そう考えると……。
あの話し合いの場にいた女剣士も、自分の結婚のことを考えていたのだろうか?
もしかして彼女は今夜、やけ酒を飲んで寝るのかもしれない。
結婚相手が見つからない女剣士が、落ち込んでいないといいのだけれど……。
黒ずきんさんをつれて俺は自分の部屋に入った。
今はまだ、プロポーズはできない。けれど、杏太郎のオークションが終わったら、俺も黒ずきんさんとの結婚を本気で考えたいと思っている。
今、結婚のことを彼女の前で言葉にしたら、なんだか『死亡フラグ』みたいな感じになってしまうだろう。
だから、抱えている問題がすべて片付くまで、俺はけっして口にしないでおこうと考えていた。
そして、『元の世界に戻る方法』を本気で調べるか、それとも『異世界にこのまま残って暮らしていく』のか――。
俺はそれを、黒ずきんさんと結婚する話を進める前に、きちんと決めなくてはいけないと思っている。
* * *
『杏太郎のオークション』の開催日時が決まった。
時間はあっという間に過ぎていき、開催前日となる。
夕方、宿の中庭に設置されていた三人掛けのベンチに一人で座って過ごしていると、女剣士がふらりとやってきた。
「ふふっ、競売人よ。明日のことを考えて、緊張しておるのか?」
「まあね」
「部屋の窓からおぬしの姿が見えたものだから、励ましに来てやったぞ」
「ありがとう女剣士。本当にうれしいよ」
俺がベンチに座るように言うと、女剣士は腰を下ろした。
三人掛けのベンチの端と端に俺と彼女は座った。俺たちの間には一人分の空間が空いている。
女剣士の話によると、黒ずきんさんとコンチータは、二人で大浴場に行っているそうだ。
俺は夕焼け空を眺めながら言った。
「明日のことを考えると、心臓がきゅっと縮こまるよ。だけど、魔王の城で落とし穴に落ちたときと比べたら、明日の方が怖くないかな」
「ああ、あのときか……。何も見えぬ
「いや、100%、お前の力だったろ! お前がいなかったら、俺は確実に死んでいたぞ!」
俺がそう声をあげると、女剣士は「ふふっ」と声を漏らす。
それから二人で、にこっと笑いあった。
女剣士が言った。
「まあ、明日のオークションでは、あのときと違って、私はおぬしの力にはこれっぽっちもなってやれん。戦闘ではなく、オークションだからな。一年前のはじめて出会った日に伝えたと思うが、私は戦うことしかできない女だ。そして、それが最大の悩みでもある。戦い以外のことは何もできぬ。友達も上手くつくれんし、部屋の掃除もできんし、この年齢まで一度も恋をしたことがない。本当に恋愛ってどうやってするのだろうな?」
俺は「あははっ」と笑ってから言った。
「けれど、この一年の冒険で、少なくとも友達はできただろ? 俺はお前に友情を感じているよ」
「ああ、私もだ。競売人に友情を感じておるよ。私を召喚してくれた競売人が本当におぬしでよかったと心の底から思っておる」
「他にも、仲間のみんなもお前のことを友達だと思っているよ」
「ふふっ、私もだ。いつの間に、こんなにも友達が増えたのだろうか」
でも――。
友達がたくさんできた女剣士を、絵から呼び出すことができなくなってしまうかもしれない。
胸が苦しくなる。
「なあ……ごめんな、女剣士。もしかしたら明日、俺は失業しちゃうかもしれない。そしたら、もうお前を絵から呼び出せなくなっちまう……」
「競売人よ。まだ、失業すると決まったわけではないだろう。それに、おぬしたちと会えなくなるのは寂しいが、杏太郎殿とコンチータ殿の二人の結婚のためならば、私は仕方ないと思っておるよ。大好きな相手と結婚できるタイミングが来たら、何が何でも結婚するべきだ。私個人はそう思っておる」
「お前が言うと、何かすごい説得力があるな」
そう言ってから、再び二人で顔を見合わせて笑いあった。
雑談が続き、やがて『女剣士が結婚相手の男に求める条件は?』という話題になった。
「うーむ……。まあ、お互い愛し合えるのなら特に条件はない。だが、どうしてもというのなら、私より剣の腕が優れておる男だと、うれしいかのお?」
「い、いやあ……そりゃ無理だわ、女剣士さん。たぶん、地上にそんな男は存在しないって」
「だから、『どうしても条件をあげろというのなら』という話だ。私だって、本当は結婚相手に剣の腕など求めておらんぞ」
その後も、二人でしばらく雑談を楽しんだ。
女剣士と他愛もない話ができるのも最後かもしれない。
俺は笑い声を何度もあげていたけれど、油断すると涙があふれそうになる。
「さて、競売人よ。それでは、そろそろ戻ろうかのお」
「そうだな」
女剣士は先にベンチから立ち上がると、俺の前に手を差し出してこう言った。
「明日、私は客席には座らず、一番後ろの壁に立っておぬしのカッコいい姿を見物させてもらうぞ、競売人よ」
差し出された彼女の手を握って俺は立ち上がる。
「ああ、会場の一番後ろから競り台の俺を見守っていてくれ。お前の姿がオークション会場にあるだけで、俺はきっと勇気が持てるよ」
女剣士はそのまま俺の手を、きゅっと力強く握りしめてくれた。
魔王の城の暗闇の中で、彼女のこの手のぬくもりに俺は心の底から救われたのだ。
明日のオークションに備えて、俺は女剣士の手から最高の勇気をもらえた気がした。
そして翌日――。
『杏太郎のオークション』が、予定通り開催された。
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