064 【最終話】その後の仲間たち

 そもそも、どうして俺が最後まで『日本円』でオークションをすることを、誰にも打ち明けなかったかというと――。

 やっぱりそれは『ズルい勝ち方』だと思ってしまったからである。


 この異世界では『円』が手に入らない。

 そんなわけで、オークションを開催した時点で、杏太郎の父親が俺たちに勝つ方法は本当にゼロだった。


 平等なオークションではないよなあ……と俺は考えていた。

 オークションが終わったら、きっと性格が『中立からごっそり悪にかたむく』と予想したのである。

 人身売買のオークションだけでも性格の数字が(10)下がる。

 今回の不平等なオークションの開催で、どのくらい数字が下がるのか……まるで予想できなかった。


 でもこれ以外に『元奴隷の少女』を『大陸一の大富豪』に勝たせる方法は思いつかなかった。

 だから、俺も覚悟のうえである。


 コンチータに財布の中身を見せなかったのは、彼女の性格が悪にかたむくのを防ぐためだ。

 あくまでもコンチータは『俺にだまされてオークションに参加した人』ということにしておきたかった。

 そうしておけば、彼女の性格が悪になることを阻止できるのでは?

 俺はそう考えていた。


 コンチータはオークションが開催されるまで、『俺が円でオークションをすること』を知らなかった。

 俺は誰にも『円』でオークションをすることを打ち明けていなかったから、彼女はそれを知る機会もない。

 また、コンチータは財布の中身を見ていなかったから、自分が握りしめていた財布に『円』が入っていることすら知らなかった。


 彼女の失業を、これで阻止できたらいいのだけど……。

 俺は心からそう願った。


『俺たちにオークションで負けたこと』

『大勇者様御一行の説得』

『イリーナの突然の愛の告白』


 それらによって、杏太郎の父親も、イリーナの父親も、さすがにあきらめたのだと思う。

『杏太郎とコンチータの結婚』を、彼ら二人も、その後ろの席に座っている一族たちも受け入れたような雰囲気だった。

 きっと『ユウジーンとイリーナの結婚』も、うまくいくことだろう。


 やがて、オークション会場は落ち着きを取り戻す。

 取り引きを完全に終わらせることになった。

 落札者のコンチータと、落札された杏太郎が握手を交わせば、ユウジーンのオークションハウスが消える。

 このオークションも完全に終わりだ。


 俺は会場の一番うしろの壁に一人でぽつんと立っている女剣士に視線を向けた。

 いつの間にか彼女は、純白のウェディングドレス姿に変身していて、危うく俺は吹き出すところだった。

 たまに、こういうイタズラをかましてくるやつなのだ。

 ドレス姿の女剣士は、赤髪のポニーテールを揺らしながられとした笑顔を浮かべていた。


 そして、杏太郎とコンチータが握手を交わす。

 取り引きが成立し、ユウジーンのオークションハウスが消える。

 俺たちは、イリーナの父親が所有する屋敷のホールへと戻ったのだった。



   * * *



『杏太郎のオークション』から三年は経っただろうか。


 シャンズたち大勇者様御一行は、『大陸一のアイドルグループ』として人々から絶大な人気を獲得していた。

『大勇者』『僧侶』『魔法使い』の三人組が、人々の前で歌って踊り、老兵の『戦士』はマネージャーを務めた。


 杏太郎とユウジーンの二人は、共同で音楽関連の新規事業をたちあげていた。

 杏太郎は『魔法携帯電話』事業に加えて、音楽関連の事業に参入することを、以前からずっと企んでいたのだ。


「CDみたいな記録メディアとそのプレイヤーの開発に成功したんだ。魔王の魔力と知識が、これまで開発でずっと問題になっていた部分を、すべてクリアにしてくれたんだぜ」


 二年くらい前に、杏太郎は俺にそう言って色々と近況きんきょうを教えてくれた。

 魔王は今は人間の姿に化けていて、杏太郎の有能な部下として働いている。人間時の魔王は、40代くらいのダンディーな紳士だった。

 魔王は主に『技術開発系の仕事』における杏太郎の片腕として、その魔力や知識をぞんぶんにふるっていた。

 今度はテレビみたいなものの開発を計画しているらしい。


 ユウジーンは、杏太郎と共同出資している音楽事業の会社で社長を務めている。

 彼は意外にも、作詞作曲の才能があったようだ。

 大勇者様御一行の曲は、すべて彼が提供したものだった。


 CDみたいな記録メディアとそのプレイヤーの発売に合わせて、シャンズたちのデビュー曲『恋をしようよ、勇者様!』も発売されていた。

 まさかとは思っていたが、そのデビュー曲が大陸中で大ヒット!

 シャンズたちはその後も、リリースする曲がすべてこの異世界で面白いようにバカ売れしている。


 人々に恋愛の楽しさを伝える曲が多いのは、シャンズたちが大神殿とタイアップして活動しているからだ。

 大神殿の方針と、シャンズたちの音楽活動の効果もあってか、異世界の人々は以前と比べてかなり恋愛に積極的になってきた気がする。


 イリーナは、ユウジーンと無事に結婚したし、コンチータも杏太郎と結婚していた。

 二組とも幸せな夫婦生活を送っている。

 コンチータは『元奴隷の少女』として、最初は人々から差別されることもあったみたいだ。

 けれど、そんなコンチータの人生を、四天王の『ミズカメ』が絵本にして人間界で出版したことで状況が変わった。

 ミズカメは魔王との戦いが終わったら、クリエイティブなことをやりたいとずっと考えていたらしい。


 病気で死にかけていた元奴隷の少女『コンチータ』が、大富豪の少年と出会い、いっしょに冒険をしながら恋に落ちて結婚する物語――。

 絵本にする際、話の細部はもちろん色々といじっているのだけど、コンチータの物語は、この異世界における『シンデレラストーリー』のようなものとなり、広く大陸中に知れ渡っていった。

『青い髪の元奴隷の少女の物語』は、たくさんの少女たちに夢や希望を与え続けているみたいだ。

 やがて、コンチータのことを差別していた人々も、考えをあらため、徐々にその数を減らしていった。


 ちなみに、絵本作家となったミズカメは、人間の姿に化けるときは優しそうな顔の小太りのおじいさんになった。

 子どもたちを相手にサイン会や朗読会なども開催している。

 ミズカメはお金に執着がないようで、絵本による収益の大部分を恵まれない子どもたちの支援事業に活用しているみたいだ。

 もちろんその支援を受ける子どもたちとは、『人間』の子どもたちだけでなく『魔物』の子どもたちも、きちんと含まれている。


 フェニックスは、大神殿の近くにある山に住んでいるそうだ。大神殿の神獣しんじゅうとして、神のように扱われているみたいである。

 音楽活動で忙しい大勇者様御一行を大神殿にお招きする際には、フェニックスが空を飛んで彼らを迎えに行く。

 まるで、シャンズたちのプライベートジェットのようにも扱われていた。


 狐面の男だが、自分の故郷には帰らなかった。

 彼は、魔物たちが人間を相手に経済活動をすることができる『魔物経済特区』の成立を目指して活動している。

 自分が苦しめてしまった魔物たちに対する、せめてもの罪滅つみほろぼしのようだ。


 魔王に操られていたのだから、狐面の男に罪はない。俺はそう思うのだけど、本人が納得できないらしい。

 近い将来、この『魔物経済特区』を拠点にして、人間と魔物とが仲良くなれることを俺も願っている。

 ツチグマは狐面の男とともに活動しており、魔物側の意見をまとめるリーダーの役割を務めているみたいだ。


 そんな狐面の男の活動を経済的に支えているのは、やはり杏太郎だった。

 杏太郎は海に面したとある広大な土地を購入し、そこに魔物の居住区を作った。その居住区と杏太郎たちが住む商業都市とをつなぐ道の整備までしてくれた。


 俺は、そんな魔物の居住区の入り口付近に、オークションハウスを建設した。

 杏太郎が整備した道を通って人間がこの居住区にやって来たとき、まず俺のオークションハウスが目に入る場所にだ。

 この『魔物経済特区』のランドマーク的な建物となっていた。

 人間界では貴重な『魔物のアイテム』などをオークションで扱うことで、順調に利益をあげ続けている。

 また逆に、魔物たちを集めて、人間界のものをオークションで売ったりもしていた。


 カゼリュウがオークションハウスに住んでいるので、悪い奴らも近づいてこなかった。

 俺はオークションハウスに、カゼリュウの部屋を設けたのだ。

 オークションハウスの最高の警備員である。


 そして、オークショニアだが、俺が務めている。

 だけど、実は……。

『杏太郎のオークション』が終わった後、やはり俺とユウジーンの性格は大きく悪にかたむいた。

 俺の職業はオークショニアではなくなり、ユウジーンはオークションハウスではなくなってしまったのだ。


 オークション後に自分のステータスを確認したら、俺の職業は『お金持ち』に変化していた。

『魔王のオークション』で手に入れた手数料収入の『52億ゴールド』があったので、それだけあれば失業しても無職とはならず、職業が『お金持ち』となるみたいだ。

『お金持ち』って、この異世界では職業らしい。


 ユウジーンだけど、再びオークションハウスになることはできなかった。イリーナと再契約しようとしても、ダメだったみたいだ。

 でも彼は、俺を許してくれた。


「オークションハウスでなくなったことは残念です。でも、イリーナと結婚することができました。杏太郎様だってコンチータ様と結婚できたんですよ。だから柊次郎様、あのときのオークションは何も間違っていません。心から感謝しています」


 ユウジーンは俺と会うたびにそう言って、なぐさめてくれた。

 おかげで、俺の心はずいぶんと救われていた。


 コンチータは性格に変化は起こらず、今も彼女の職業は『オークションハウス』のままだ。

 オークショニアのイリーナがいれば、彼女たちは今でもオークションを開催できる。

 本当によかったと思う。


 それでも、あのオークションの後から、どうしても俺の心を縛り続けていることがひとつだけあった。

 女剣士のことだ――。


 ユウジーンのオークションハウスが消えると同時に、女剣士はその姿を消していた。

 俺がオークショニアではなくなったからだ。

『絵画召喚のスキル』で呼び出されていた彼女は当然、消えてしまったのである。


 俺はオークションスキルを使えなくなってしまった。

 けれど、自分で建てたオークションハウスで、元いた世界のような普通のオークションを開催する分には、オークションスキルは必要ないのである。

 職業『お金持ち』となってしまった今でも、俺は競り台に立ち続け、普通のオークションを開催することができているのだ。


 最後に、黒ずきんさんだけど――。

 あの当時、『オークショニア』じゃなくなったことや、女剣士を失ったことで落ち込んでいた俺のそばに、黒ずきんさんは――『クロエ・ズーキン』は、ずっと寄り添って励まし続けてくれた。

 やがて、『杏太郎のオークション』が終わってから半年後に、俺は彼女にプロポーズをした。

 俺たちは夫婦になったのである。


「柊次郎くん、お帰りなさい」


 オークションハウスから家に帰ると、クロエが笑顔で迎え入れてくれる。

 少しふっくらとしてきた彼女のお腹には、俺と彼女の子どもが宿っている。

 妊娠しているのだ。

 そんな状態でも彼女は、土人形や泥人形を何体も作って、オークションハウスのスタッフとして使わせてくれている。

 もちろん、自分の身の回りの世話なんかも、土人形や泥人形にさせていた。


 元いた世界で暮らしていたら、俺はこんなにも幸せな結婚をすることができただろうか?

 いや、たぶん無理だったと思う。

 そう強く思えるほど、クロエとの夫婦生活は幸せだった。


 俺は、この異世界でずっと暮らしていくと決めていた。

 もう、元の世界に戻ることはないだろう。


 そして、今は職業が『お金持ち』だけれど、自分で建てたオークションハウスで、オークションを開催し続けていれば、いつか職業が『オークショニア』に変化するのではないか?

 そんなことを考えている。


 オークショニアに戻れた日には?

 我が家に飾ってある『悩める女剣士の肖像』から、もう一度彼女を召喚するのだ。




『杏太郎のオークション』で、女剣士が見せてくれた晴れ晴れとした笑顔が、今でも心に焼き付いている。


 悩める女剣士『ナーヤ・メウェイル』との再会――。

 それを俺は夢見ているのだ。


(おしまい)



   * * *



本編はこれで終了です。

この後、『おまけ』のエピソードを1話だけ追加して、『異世界オークション兄弟 ~チート級のオークションスキルで冒険の仲間を買い集める~』は、完結とさせていただきます。

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