055 【第9章 完】杏太郎の冒険の終わり

「魔王様が……。完全体が……」と騒いでいた狐面の男も、俺たちや魔王といっしょに、コンチータのオークションハウスに移動していた。

 広い会場の後方では、杏太郎が一人きりで立っている。

 俺は彼に近づいて声をかけた。


「おい……狐面の男も、オークションハウスに来ちゃったぞ? あいつを敷地の外に追い出してから、コンチータに指示を出せばよかったんじゃないのか?」


 オークションハウスをオープンする前に、狐面の男を追っ払っていれば、オークション会場には俺たちの仲間しかいない状況となったはずだ。

 オークションでビッド札をあげる者は杏太郎一人だけとなるから、魔王だろうが何だろうが、スタート価格で落札できるのである。

 俺はたいてい『100ゴールド』からスタートするので、それで終わりだったのだ。


 魔王軍四天王だった『ツチグマ』を『100ゴールド』で落札して仲間にしたときのように、魔王相手でも『チート級のオークションスキル』が『100ゴールド+落札手数料』で、その威力を発揮することが可能だったのである。


 青い貴族服を着た金髪の美少年は、俺の質問に答えた。


「いや、実はわざとだ。わざと狐面の男をここに連れてきた」

「わざと?」

「ああ。ボクはあいつがオークションハウスの敷地内にいるのを確認してから、オークションハウスをオープンするようコンチータにお願いしたんだぜ。コンチータにも前もって言ってあったからな。『その場に魔物がいたら、そいつもいっしょにオークションハウスに移動させるように』って」


 杏太郎と俺がそんな会話をしていると、狐面の男がさらに騒ぎ出す。


「なっ!? お前は死んだはずではっ!? オークショニアが、どうして生きている?」


 俺の顔を指差し、そう声をあげたのだ。

 狐のお面をしているから、彼の顔を見ることはできない。だが、さぞかし驚いた表情をしていると思われる。


 すでにり台の脇に立っていたコンチータが、狐面の男をじっと見つめた。

 その途端とたん、狐面の男は静かになって、会場の最後列さいこうれつにある椅子に大人しく座る。

 これも、この空間の支配者であるオークションハウスの力なのだ。

 俺と杏太郎はもう少しだけ、二人で会話を続けた。


「ほら、杏太郎! あの狐面、うるさそうだぞ? どうして、あんなの連れてきちゃったんだよ」

「くくくっ……ボクの冒険の旅は今日で終わりだ。だから、オークションでボクが高額落札をして、シュウやコンチータの経験値をかせぐチャンスも、今日が最後かもしれない。家に帰れば、ボクはもう自由の身ではなくなるんだ」

「はあ? 俺やコンチータに経験値を与えるために、『魔王のオークション』を、わざと高額にして終わらせるつもりなのかよ?」


 杏太郎は、にやりと笑う。


「一度はオークションの開催を阻止そししたあの狐面のことだ。念のために、オークション対策用の金だって、たんまりと用意しているんじゃないか? オークション対策で用意していた『魔王軍の資金力』が勝つか、それとも『ボクの現在の手持ちの金』が勝つか……楽しみだな。くくくっ……」


 俺は大きくため息をつくと、杏太郎にさらに尋ねる。


「なあ。あと、家に帰ると自由の身じゃなくなるって……お前、なんかされるの?」

「ああ、それか……。ボクは家に帰ると、結婚させられるんだよ。親同士が決めた許嫁いいなずけとな」

「はあ!? 結婚? 許嫁?」

「ボクの生まれ育った国では『15歳』は成人せいじんとみなされるんだ。結婚しても別に不思議じゃないんだぜ?」


 杏太郎の話を聞いてから――少し迷ったが――俺はこの質問をせずにはいられなかった。


「……杏太郎。その結婚のこと、コンチータは知っているのか?」


 少しだけがあってから、杏太郎は答えた。


「知らないと思うぜ。コンチータには何も話していないからな」


 それから杏太郎は、『話はここで終わり』といった雰囲気で、会場の前方に向かって歩き出した。

 こちらを振り向かずに彼は言う。


「さあ、シュウ。ボクの今後のことなど気にせず、今は『魔王のオークション』に集中だ。競り台に立ってオークションをはじめてくれ」


 確かに杏太郎の言うとおりだ。

 今は『魔王のオークション』に集中しなくてはいけない。


 競り台の脇には出品された『魔王』が、じっと大人しく立っている……というか、その場でふわふわと浮いている。

 成長したコンチータの豪華なオークションハウスならば、天井もかなり高いのでこんな巨大な魔王でも直立していられるのだ。

 だが、やはり魔王の身体が大きすぎて圧迫感あっぱくかんがある。

 競り台に立った俺は、隣に立つコンチータに言った。


「ねえ、コンチータ。魔王、デカすぎるよなあ。最初にほこらで見かけたくらいのサイズに戻らないかなあ?」


 俺の言葉を聞くと、コンチータは魔王をじっと見つめた。

 すると、みるみるうちに魔王は小さくなる。

 猫くらいのサイズになった魔王が、ふわふわと宙に浮いていた。


 本当にこれは……。

『オークションスキル』ってチート級のスキルだと思う。

 ラスボスまで、この空間では思いのままなのである。


 きらびやかに輝くシャンデリアの下。

 クッションの良い豪華な客席の椅子には、人間の仲間たちも元四天王たちもそれぞれ好きな場所に座っている。

 コンチータの力で、椅子のサイズや形状は、各々の身体に合わせて変化しているのだ。

 杏太郎はいつもどおり、竸り台の真正面の最前列の椅子に座っている。

 狐面の男は最後方さいこうほうの俺から見て右端の椅子に座っていた。


 ビッド札の番号は、杏太郎が『1番』で、狐面の男が『2番』だ。

 二人しか札を持っていない。

『魔王のオークション』は、最初からこの二人の一騎討いっきうちである。


 竸り台の俺は、客席に向かってオークションの注意事項や落札手数料について説明し終えた。

 続いて、右手の木槌きづちを握り直してから客席に告げる。


「これより、『魔王』のオークションを開始いたします」


 客席は、いつもよりあきらかに静かだった。

 俺だけじゃなく、仲間たちもみな、緊張している。


「こちら、『魔王』のオークションは、100ゴールドからはじめましょう! 100ゴールドからスタート!」


 この異世界のラスボスである魔王を、りんご一個分の値段である『100ゴールド』からスタートしてやったのだ。

 さっそく杏太郎が『1番』の札をあげる。

 狐面の男が参加しなければ、魔王はりんご一個分の値段でこのまま落札である。

 杏太郎の札を指しながら俺は言った。


「まずは『1番』のお客様からのビッド! 1番のお客様、100ゴールドです!」


 即座そくざに、客席の最後方で『2番』の札があがる。

 やはり狐面の男も参加するみたいだ。


「続いて、客席最後方『2番』のお客様から200ゴールドのビッド!」


 すると杏太郎が、こんな声を出しながらビッド札をあげた。


「10億! 10億ゴールド!」


 なっ……!?


 俺はほんの一瞬戸惑うが、すぐに杏太郎の札を指して言う。


「10億ゴールド! 『1番』のお客様より、10億ゴールドのビッドです!」


 おいおい……。

 前回のフェニックスのオークションが『3億2000万ゴールド』だぞ?

 いきなり10億って……。

 杏太郎のやつ、本当に俺とコンチータに経験値を与えるために、こんなことをするのか?


 これで勝負はついた……。

 俺はそう思った。

 しかし――。


「11億ゴールド!」


 客席最後方の右端で、そう声を出し『2番』の札をあげる参加者がいる。

 もちろん、狐面の男だ。

 杏太郎の予想通り、やつはオークション用にきちんと金を用意してきている様子だった。

 そんな二人の一騎討ちで、静かだった会場の空気が徐々じょじょに熱をびはじめる。

 会場の2つの札を指しながら、俺の声にも勢いがつく。


「55億! 55億は『1番』のお客様! 続く60億は『2番』のお客様! 65億! 70億! 75億! 80億! 85億!」


 二人はいったい、いくら金を持っているのだろうか?

 オークションは一向に止まらない。

 やがて、杏太郎が札をあげながら客席で声を出す。


「200億!」


 すかさず狐面の男が、張り合って声をあげる。


「220億!」


 オークション会場に、俺と杏太郎と狐面の男の声が響き続けた。

 価格の上昇が止まらない。


「300億ゴールドは、『2番』のお客様からのビッド! 320! 340!」

「360!」

「380億だ!」

「400!」

「400! 400億ゴールドは『1番』のお客様!」


 とんでもない金額になってきたが、二人はまったく止まる気配がない。

 その金額に当然、客席の仲間たちも戸惑う。

 みんなは競り台の俺の顔を見たり、首や身体を動かして杏太郎を心配そうに見つめたり、後ろを向いて狐面の男の様子をうかがったりした。


 狐面の男だが、お面をかぶっているだけあって、表情がわからない。

 まだ札をあげられるのか?

 それともお金がそろそろ足りなくなるか?

 ……まったくわからない。


 杏太郎の方は、客席の最前列でいつもどおり堂々と札をあげ続ける。

 オークションで彼が弱気になった姿など、俺は一度も目にしたことがない。


 いつまでも続くかと思われた魔王のオークション。

 しかし、勝負が終わる瞬間はやってきた。

 俺は客席の最後方を指さして言った。


「500億! 現在、500億ゴールドは『2番』のお客様!」


 すぐに杏太郎が札をあげて言う。


「520!」


 競り台で俺は声をあげる。


「520! 520億ゴールドは『1番』のお客様!」


 再び俺は、客席最後方に視線を向ける。


 すると――。

 札があがっていない。


『2番』のビッド札が下げられているのだ。

 狐面の男は札をあげることができず、その顔は天をあおいでいた。

 どうやら、魔王軍が用意できた金額は『500億ゴールド』までだったようだ。

 競り台から俺は、客席最後方に向かって尋ねる。


「520億! 現在、『魔王』のオークションは、520億ゴールドで『1番』のお客様です! 520億ゴールド! 札をあげる方は、もうおられませんか? よろしいですね?」


 客席に確認しても、狐面の男は天を仰いだまま、ピクリとも動かない。

 これにて、勝負がついたのである。


 俺は隣に立つコンチータをちらりと眺めた。

 杏太郎のことがとても心配だったのだろう。青い髪の美少女の両目に薄っすらと涙がにじんでいるのがわかった。

 こんなコンチータは、はじめてである。

 それでも彼女は何も声を漏らさず、この空間を支配する責任者の一人として、じっと客席全体を眺めていた。


 さあ――。

 そろそろ、この祭りを終わらせよう。


 俺は客席に告げる。


「それでは、落札いたします!」


 木槌きづちを振り下ろす。

 カンっ――と乾いた音が、オークションハウスに響いた。

 いつもの最高に気持ちの良い音だが、これまでのオークション人生で、もっとも心を揺さぶられた木槌の音だった。


「『魔王』のオークションは、520億ゴールドで『1番』のお客様が落札です!」


 オークションの結果を、俺がそう客席に告げる。

 仲間たちからは拍手とともに大歓声があがった。


 こうして杏太郎は、ラスボスである魔王を落札し、その冒険の旅を終えたのである。

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