043 【第7章 完】決戦前夜に好きな人と過ごす

 黒ずきんさんと二人で色んな話題を、ぽつりぽつりと口にした後、シャンズたち勇者様御一行の話になった。

 俺は足下の石を拾い上げて湖に投げ込み、広がる波紋はもんを眺めながら言う。


「シャンズたちは、本当に仲が良いね。特に年齢の近い三人なんか、ずっと昔からの親友たちみたいだ」

「兄さんたちにも、早く素敵な恋人が見つかるといいのにね」

「あの三人は、魔王との戦いが終わったら、きっと世界中の人たちからチヤホヤされるよ。世界を救った勇者様御一行なんだから。あとはシャンズたちがその気になれば、みんな恋人なんてすぐに見つかるって」


 あれだけカッコイイのに、三人とも童貞どうていとか、恋愛経験がないとか、もはや世界が悪いとしか思えない!

 時代も悪いし、きっと環境も悪い!

 この異世界は本当に、恋愛に関してはどこか呪われた世界なんじゃないのか?

 これだけ恋愛に対して臆病おくびょうな人々や、劣等感や問題を抱えている人々が多い世界だと、なんだか外的要因がいてきよういんのせいにしたくなる。

 人間が悪いんじゃない!

 世界が悪いんだ!


「アタシは、柊次郎くんが恋人になってくれて本当によかった」


 隣に座っていた黒ずきんさんはそう言うと、俺の肩にそっと頭を乗せて甘えてくる。


 ああ……もう本当に可愛い。

 こんなにも可愛い恋人がいるんだ!

 明日をなんとか乗り越えて、絶対に明後日あさってを迎えてやる!


 こちらに寄り添ってきた黒ずきんさんの腰に手をまわしながら俺は言った。


「いやあ、俺は素敵な恋人が見つけられて本当によかった。がんばって積極的にアタックし続けた甲斐かいがあったよ」

「うん。柊次郎くんに会うまでは、恋愛とかよくわからなかったよ。けど、好きになった人から好きになってもらえると、こんなにも幸せな気持ちになれるってことがわかって本当にびっくりした」


 それから俺と黒ずきんさんはキスをした。

 すると、彼女がポロポロと泣き出す。


「ど、どうしたの?」

「ねえ、柊次郎くん。明日、本当はアタシが兄さんをかばって死ぬはずだったんでしょ?」


 この一年の冒険で、例のファンタジーRPGと同じような展開が起きることが何度かあった。

 ぼんやりとゲームの記憶が残っていた俺は、そのたびにみんなの前で未来を予知していた。ゲームの記憶を完璧に思い出しているわけではないので、すべての未来を予知できたわけではない。だけど、何度か的中させていたので、仲間たちは俺の未来予知を信じていた。


 明日、俺が死ぬ未来もみんなには伝えてある。

 もちろん、そのための対策も同時に伝えてあった。


「柊次郎くん、あのね……。本当はアタシが死ぬはずだったのなら、やっぱり明日はアタシが兄さんをかばって――」


 黒ずきんさんがその先を言わないよう、俺はもう一度彼女の口に短めのキスをした。

 そして彼女の頬を流れる涙を、指でやさしくぬぐいながら言う。


「それは俺の役目だよ。この作戦の立案者りつあんしゃなんだからね。もしも失敗したときに、責任をとって死ぬのはやっぱり俺だと思うんだ。俺の作戦が失敗して、別の誰かが代わりに死ぬのは絶対に嫌なんだよ」


 黒ずきんさんに、「罪悪感を覚える必要はないよ」と伝えると、俺は話の先を続ける。


「なんにも対策を用意できていなかったら、ただ普通に死ぬだけだった。でも、杏太郎がオークションで四天王を落札して仲間にしはじめたから、俺も対策を思いついたんだよ。無事にフェニックスが仲間に加わったし、準備はできているさ」


 それからもう少し散歩しようということになり、黒ずきんさんと手をつないで再び歩き出した。

 すると――。


「あっ……。ねえ、あそこに杏太郎とコンチータがいるよ」


 俺は小声で黒ずきんさんにそう伝える。

 金髪の美少年と、青髪の美少女が二人きりで夜空を眺めていた。

 さっきまでの俺と黒ずきんさんのように、倒れていた木をベンチみたいに使っているのだけど、二人とも木のはしと端に座っている。

 杏太郎とコンチータの間には、まだ二~三人座れそうなくらいの空間があった。

 あれが今の二人の距離なのだろう。

 両想いのくせに、れったいと思ってしまう。


 でも、恋愛に臆病おくびょうな人間の多いこの異世界では、あれでも積極的な方なのだ。

 中学生同士の恋愛よりも、もっとずっとスローペースなのかもしれないけれど、あの二人は無理のないペースできちんと自分たちの恋愛をしているのだと思う。

 俺は二人をじっと眺めてしまう。


 あいつら……最終決戦前の夜だから、さすがにキスくらいするだろうか?


 黒ずきんさんが俺の手をぐっと引っ張った。


「柊次郎くん。あの子たちのことは、そっとしておきましょうよ」


 彼女は「帰りましょう」と言って、来た道を戻ろうとする。

 仕方なく、黒ずきんさんといっしょに杏太郎たちから離れた。

 やがて、オークションハウスの入口に着くと、俺は黒ずきんさんに言った。


「まだ、寝るには少し早い気もするけど『眠くなる泥』をお願いしようかな? 明日は魔王との最終決戦だし、なんだか緊張しちゃって、上手く眠れないかもしれない」


 すると黒ずきんさんが、顔を赤くしながら俺の目を見つめる。


「その……柊次郎くん。あのさあ……コンチータちゃんには、伝えてあるんだ」

「んっ? 何を?」

「アタシ、柊次郎くんの部屋に行くから、もしかしたら朝まで部屋には戻ってこられないかもって……」


 俺は黒ずきんさんを連れて自分の部屋に移動した。

 それから、朝まで二人でいっしょに過ごしたのだった。

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