第8章 魔王の城に乗り込んで

044 第8章 魔王の城に乗り込んで

『火の鳥・フェニックス』が炎を消してくれたおかげで、魔王の城へと続く道が使えるようになっていた。

 杏太郎が呼び出した元四天王と合流すると、俺たちは魔王の城へ乗り込む。

 城門での魔物たちとの攻防こうぼうは、なかなかタフな戦いだった。

 けれど、ツチグマとミズカメが地上から、そしてフェニックスが空から魔物たちを派手に蹴散けちらしてくれた。


 そんな派手な戦いのどさくさにまぎれて、シャンズたち勇者様御一行の四人が、別ルートからこっそりと城内に侵入していた。

 やがて彼らが、内側から城門を開けることに成功する。

 黒ずきんさんの巨大な泥人形30体からなるゴーレム軍団が、勢いよくそこになだれ込んだ。

 そんなわけで、城門での戦いを制した俺たちは、いよいよ城内へと突入したのだった。


 魔王の城は、俺がこの異世界にやって来てから目にした建物の中で、間違いなくもっとも大きなものだと思う。

 いかにも『西洋風ファンタジーRPGの魔王の城』といったイメージだった。

 まだ昼間にもかかわらず周囲は薄暗い。

 灰色の霧が、城をぐるりと覆っているからだろう。


 大きな塔が四つ、城の東西南北に配置されていた。

 四つの塔は、空に向かって紫がかった光のようなものを飛ばしている。おそらく、空からの侵入者を防ぐ魔法の障壁を、発生させているのだと思う。


 もしもどこかの国のお姫様でも誘拐されていたら?

 四つの塔のどこかに幽閉ゆうへいされていたらファンタジーRPGっぽいではないか。

 だが、そういう情報は特にないので、人質の救出などは気にする必要もなかった。


 魔王が完全には復活していないためだろうか?

 それとも俺たちがこれまでの冒険で、かなりの数の魔物を倒してきたからだろうか?

 城の広さに対して、魔物の数が足りていない様子だった。

 ところどころ守りが手薄な場所があったのである。


 しばらく進むと俺たちは、魔物たちの間で『黒の宮殿』と呼ばれている建物に足を踏み入れた。城の敷地内で、もっとも大きな建物だと思われる。

 杏太郎が俺の肩をポンポンと叩きながら言った。


「シュウよ、ようやくラストダンジョンという雰囲気だな。建物の中には入ったが、この先はまだまだ長そうだ」


 先頭に立っていたツチグマとミズカメは、ここまでの戦いでかなり消耗しょうもうしていた。

 カゼリュウは気まぐれで、あいかわらず本気を出しておらず、まだまだ元気そうだ。

 ただ、天井のある建物の中に入ってしまったので、カゼリュウはこれまでのように空をふらふらと漂うことはできないだろう。


 そしてフェニックスは重要な役割があるため、今後はあまり前に出ないようにしてもらった。

 カゼリュウと同じく、建物の中では空に逃げることができないからだ。

 死んでも何度でも生き返ることができる不死鳥ふしちょうといえど、一度死んでから生き返るためには、ある程度の時間が必要らしい。

『フェニックスの力が必要な場面』で肝心かんじんのフェニックスが死んでいたら困るので、杏太郎やコンチータとともに、後方にいてもらった。


 大広間らしき場所にたどりつくと、ツチグマとミズカメにも後ろに下がって休んでもらった。

 入れ替わりで黒ずきんさんのゴーレム軍団が最前線に並ぶ。

 前日の夜に彼女が言っていた通り、例の『湖の水』と『質の良い泥』で作った30体の巨大な泥人形たちは、過去最高の出来だった。

『魔物が立ち入れない神聖な土地』の水と土を素材にしたのもよかった。城内の魔物たちが使用してくる『闇属性やみぞくせい』の魔法のダメージを、神聖な泥の力で半減しているみたいだ。

 泥人形たちは頑丈がんじょう壁役かべやくとして大活躍していたのである。


 順調に魔王の城を攻略していった。

 しかし……。

 大広間の後半部分で、よりによって俺が罠にかかってしまう。


「なっ!?」


 突然、足下の床に穴が空いたのだ。


「競売人!」


 落とし穴にひっかかった俺を助けようと、女剣士が赤髪のポニーテールを弾ませながら走り込んでくる。

 彼女は俺に向かって手を伸ばしてくれた。

 その手を握りしめる。けれど――。

 俺と女剣士は、二人で穴の底へと落ちてしまったのだった。



   * * *



 それほど深い穴ではなかった。ケガはしていない。

 ただ、落ちてきた穴を利用して元いた場所に戻ることはできそうになかった。上を見上げると、天井の穴がちょうどふさがるところだったのだ。そういう魔法の罠なのだろう。


 やがて、天井の穴から差し込む光がなくなった。

 周囲には明かりなどなく、暗闇が広がっている。

 女剣士の姿は見えない。けれど、すぐそばで声が聞こえた。


「競売人よ、すまない。助けられなかった」

「なんで謝るんだ。罠にかかったのは俺の方なのに」

「競売人を守るのが、私の役目だ。だから、すまない」

「いや、こちらこそ巻き込んで悪かった。本当にごめん。こんな暗闇の中で一人きりだったら、俺は今すぐに泣き出していたかもしれない。いっしょにいてくれて心強いよ」


 とりあえず、光が欲しい。たいまつでもカンテラでも。

 俺は右手を前に出して、何かアイテムを出そうとする。

 だが――。


「んっ? あれ?」

「どうした、競売人?」

「アイテムが出せない」


 仕方なく俺はアイテムをあきらめて、絵画を出そうと考えた。


「アイテムが出せないのなら、絵画を出して誰かを召喚しよう。明かりが出せる魔法使いとか。それと、戦闘が出来るやつを何人か。二人だけじゃ心細いしな」


 俺は右手を前に出して絵画を出そうとする。

 しかし、やはり絵画も出すことができない。


「競売人よ。ひょっとして、絵画も出せないのか?」

「ああ……絵画も出せない。もしかして、俺たちが今いるこの場所は、アイテムが出せない空間なのかもしれない。落とし穴の罠でたどりつくような場所だ。ここは、そういう冒険者に不利になるような魔法の空間とか呪われた場所なのかもな」


 さて――。

 とても困ったことになった。

 この異世界は心の中で念じれば、ほとんどのアイテムが収納できるとても便利な世界である。俺も冒険に必要なアイテムは、ほぼすべて収納しているのだ。

 そのことが裏目に出た。

 今現在、俺たちは明かりを何も持っていないのである。


 回復手段もなくなった。

 俺も女剣士も回復魔法など使えない。回復はアイテムに頼るしかないのだけど、そのアイテムが出せないのだ。


 ずっと便利だと思いながら過ごしてきたこの異世界のアイテム収納方法――。

 そのせいで、ラストダンジョンでまさか、こんなピンチになるとは……。


 暗闇の中、俺は姿の見えない女剣士に言う。


「なあ、回復アイテムも出せないんだ。もしダメージを受けたら、回復する手段は当然ないぞ」

「なるほど。明かりもない。絵画召喚による仲間の追加もできない。回復もできない。なかなかの窮地きゅうちだな、競売人よ」


 その通りである……。

 そして、こんな状況になってようやく俺は、例のファンタジーRPGでこの展開があったことを思い出した。

 主人公の勇者とライバルキャラが二人で落とし穴の罠にかかって、アイテムが使えないこんな暗闇に落とされたイベントがあったのだ。


 ただ……ゲームだと勇者が回復魔法を使えた。

 そのうえ、勇者が攻撃魔法を使って火を起こす演出が入って、地下ダンジョン内に光が灯ったはずだ。


 あのゲームだと、いつまでもこんな暗闇の中にはいなかった気がするんですけど……。

 おいおい……。

 俺と女剣士の二人じゃ、回復魔法も攻撃魔法も使えない。

 ゲームよりも難易度がとんでもなく上がっていませんか?


 俺がそんなことを考えていると、女剣士が言った。


「競売人よ。先ほどから『装備変更』スキルを使おうと思っているのだが使えぬ」

「えっ?」

「装備変更の際に、私は全身から閃光せんこうを放つことができるだろ? それを利用して周囲を照らそうと思ったのだ。しかし、なぜか上手くいかぬな……」


 女剣士は、一瞬で装備を変更するスキルを使用できるのだ。

 そのときにTVアニメなんかで魔法少女が変身するシーンと同じような感じで、女剣士も光り輝きながら装備を変えることができるのである。

 はじめて装備変更スキルを見せてもらったのは一年前だ。

 女剣士が必要のないウェディングドレスを買ったときのことだった。


 ただ、年齢によって光の衰えがあるらしい。

 24歳の女剣士は、変身時に身体から発する光がすでにそこそこ弱い。

 それでも、周囲を照らすくらいの光は出せるはずなのだけど……。


 もしかすると、アイテムを出せないこの空間では、着替えもできないのではないか?

 俺は自分の考えを女剣士に伝える。


「なあ。『アイテム』を出せないこの場所だから着替えられないんじゃないか? 着替えもアイテムだと考えたら、ここでは収納されている着替えが出せない。それで、装備変更スキルが使用できないんだろ?」

「おお、なるほど。競売人よ、そういうことか」


 そんなわけで俺たちには、光が足りなかった。

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