035 【第5章 完】小さな泥人形からの感謝

 シャベルを手に俺は全速力で走り、シャンズが立っている脇を通り過ぎると、単独で狐面の魔物へ突撃をかました。

 狐面の魔物は、カラフルな柱の出現に動揺どうようしていたところに、俺が突撃してきたものだから、完全にきょをつかれたのではないだろうか?

 シャンズに向けて放とうとしていた火の玉を、慌てて俺に向けたのである。


 襲いかかってきたのは、中途半端な火の玉たちだった。

 それまでの火の玉たちと比べたら、数も威力いりょくもなんだかとても残念なものだったのである。やはり、慌てて放ったせいだろう。


 弾除たまよけとして柱を利用しながら前進し、シャベルで火の玉を二、三発弾き飛ばした。

 ほとんどスピードを落とすことなく、俺はすんなりと狐面のすぐそばまでたどりつく。

 至近距離まで近づくと、俺はシャベルを振りかぶった。


 このクソ狐の顔面を、思いっきりぶっ叩いてやる!

 しかし――。


 わなかっ!?


 狐面のすぐそばに踏み込んだ瞬間。俺の足もとが青白く発光する。

 嫌な予感がして、慌てて横っ飛びして回避かいひした。


 地面から青い炎の柱が、猛烈な勢いで吹き上がる。

 地雷じらいのような魔法を、敵は仕掛けてやがったのだ。

 間一髪でかわすことはできた。だけど、俺は着地が上手く出来ずに地面を転がった。シャベルが手を離れ、遠くにすっ飛んでいく。

 常人離れした身体能力を手に入れていなければ、俺は絶対に炎の柱に焼かれていただろう。


 地面に転がった俺に向かって、狐面が右手を伸ばす。

 さらなる攻撃がくるのか!?


 そう覚悟したときだ。巨大な斧が回転しながら空を切り裂き、魔物に向かって飛んでいく。

 シャンズの斧だ!


 斧をかわすために狐面は、俺への攻撃を中断した。

 その間にこちらはすばやく立ち上がる。続いて俺は助走をしてから飛び上がると、狐面の顔に向かって蹴りをかました。

 地面さえ踏まなければ、地雷のような魔法が仕掛けてあったとしても関係ないだろう。そう考えて飛び蹴りを放ったわけである。

 力の調節なんてまったく考えていない全力の『強キック』だ。


 足先が銀髪の魔物の顔に触れる――いや、ぎりぎりでかわされたのかっ!?

 蹴りは狐のお面を少しかすっただけだった。

 やはり俺は、戦いの素人なのである。こちらの攻撃など、強い相手には見切られてしまうのかもしれない。


 それでも――。

 足先が触れたことで、魔物の顔から狐のお面が外れて後ろに飛んでいく。

 そして、常人離れした俺の蹴りが瞬間的に強い風を巻き起こしたようだ。魔物が身につけていた衣服が強風で、はだけた。


 あっ……残念。

 こいつ、男だ。


 灰色の東洋風の着物がはだけると、魔物の胸元がチラリと見えたのである。女性のふくらみのようなものは確認できない。

 次に、お面の外れた魔物の顔を確かめるために視線を上げた。


「えっ? に、人間っ!?」


 そこには、どう見ても人間の顔があった。整った美しい顔だ――。

 美青年が長い銀髪を揺らしながら、切れ長の青い瞳で俺をにらみつけてくる。


 中性的な顔だった。

 衣服からはだけた胸部を目にしていなかったら、男なのか女なのか瞬時には判断できなかったかもしれない。


 おいおい……。

 杏太郎といい、こいつといい、この異世界には男か女か見分けがつきにくい美形野郎が多いのか?


 俺と完全に目が合った銀髪の男は、「くっ……」と小さく声を漏らす。

 続いて男は全身から強烈な青い炎を放った。


 至近距離で強い炎を目にして、俺の目はほんの一瞬くらむ。

 やがて気がつくと、銀髪の男の姿は消え失せていたのだった。


 えっ……焼身自殺っ!?

 い、いや……そうではないようだ。男が立っていた場所には、肉片ひとつ落ちていないのである。


 背後からシャンズの声が聞こえてくる。


「弟さん。どうやらあの狐面の魔物、逃げたようですね」


 シャンズはそれから、自分で投げた巨大な斧を回収する。


「シャンズは、あいつの顔を見たか?」

「いえ、はっきりとは」

「なんだか、人間みたいな奴だった」

「人間に化けた魔物だったんでしょうか? それとも、魔王の配下になった人間なんでしょうか?」


 二人でそんな話をしていると、後方から黒ずきんさんの声が聞こえた。


「二人とも早くこっちに戻ってきて! スーツ太郎が!」


 俺とシャンズは、急いで仲間たちの元へと移動した。




 壁の裏側に到着すると、スーツ太郎の周りにみんなが集まっていた。

 黒ずきんさんの手のひらの上で、小さな泥人形は弱々しい声で言った。


「みんな……オイラは泥人形なのに、きちんと仲間として扱ってくれてありがとう。本当に短い間だったけど、オイラとても楽しかったんだ……」


 最後の力を振り絞って、スーツ太郎は俺たちに感謝を伝えてくれたのである。

 続いてスーツ太郎は、俺がそばにいるかと尋ねてきた。

 もう、視力が失われている様子だった。


「柊次郎、オイラのそばに戻って来てくれたかい?」

「ああ、戻ってきたよ。あの魔物も追っ払ったから安心しろ」

「柊次郎、すごいね。あんなに強そうな相手だったのに」


 スーツ太郎はそれから、小さな手を前に伸ばす。

 手に触れてくれと言われているような気がした。

 俺は地面に膝をついて、親指と人差し指でその小さな手にやさしく触れる。


「ねえ、柊次郎。オイラに素敵な名前を付けてくれてありがとう。名前のお礼をしたくて、柊次郎の役に立とうと頑張ってみたんだけど……オイラ、ちゃんと役に立ったかい?」

「もちろんだ。スーツ太郎のおかげで、みんな助かった。黒ずきんさんだって無事に救えたじゃないか。本当にありがとう、スーツ太郎」

「……よかった」


 その言葉を最後に、スーツ太郎は息を引き取ったようだった。

 愛するカトレアへの別れは、俺が来る前に済ませていたらしい。

 カトレアはしゃべることが出来ないので、スーツ太郎の顔に口づけをしたそうだ。


 仲間たちが悲しんだ。黒ずきんさんは、スーツ太郎を救えなかったことをみんなに謝罪した。

 出会ってからほんの数時間といったところだったけれど、俺は友達を亡くしたような喪失感そうしつかんに襲われる。


 しかし――。

 みんなが静まり返る中、杏太郎の声が響いた。


「おい、みんな耳をますんだ。よく聞け! まだ、戦っている仲間がいるんだぞ!」


 女剣士の剣とツチグマのハンマーがぶつかり合う金属音が、洞窟内に響き続けている。

 赤髪の彼女は、たった一人で強敵と戦い続けているのだ。


「女剣士を助けにいかなくちゃ!」


 そう言って俺は立ち上がり、走り出そうとした。

 だが、杏太郎に止められる。


「待て、シュウ。自分のステータスを確認してくれ」

「はあ?」

「いいから、ステータスを出すんだ。性格の後ろの数字を確認してくれ」


 どうしてこのタイミングで……?


 不思議に思ったが、杏太郎が真剣な表情でこちらを見るので、俺は言われた通りにステータスを確認してみる。

 すると――。


「んっ? 性格の後の数字が(40)になっているっ!? どうしてだ? さっきまで(39)だったのに!?」


 コンチータが、俺の隣にやってきて口を開いた。


「柊次郎様、わたしもです。中立(40)になっています」


 杏太郎が、俺とコンチータに言う。


「ボクの思った通りだ。スーツ太郎はしっかりとした心を持ったゴーレムだった。そのゴーレムが心の底から『ありがとう』と、ボクたちに感謝してくれたんだ」


 杏太郎は黒ずきんさんとイーレカワおじさんをチラリと見てから、話の先を続ける。


「捕まっていた『ゴーレム使い』の二人を助けたとき、感謝されて性格の数字が上がっただろ? だから、さっきスーツ太郎に感謝されたときに、もしやと思ったんだ。まさか、ゴーレムに感謝されて性格の数字が(1)上がるとは……。あのゴーレムは、心から仲間たちに感謝することのできる美しい心を持った素晴らしいゴーレムだったんだな……」


 仲間を失ったこの瞬間に、『性格の数字を確認しよう』なんてことは、普通ならきっと考えない。

 杏太郎のこういうどこかドライな性格のおかげで、窮地きゅうちを脱するようなことがあるかもしれない。俺はそう思った。


 杏太郎がみんなに言った。


「さあ、これであのクマ野郎と、真正面から戦う必要はないぞ。オークションを開催できるようになったんだ。スーツ太郎は亡くなった後も、性格の数字を回復させることでボクたちをまた助けてくれたんだ」


 続いて金髪の美少年は、俺とコンチータに向かって右手をぐぐっと突き出して言う。


「シュウ、コンチータ! 本日最後のオークションを開催してくれ! 魔王軍四天王の一匹を、このボクがオークションで落札してやる!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る