034 抽象画の『丸』や『三角』や『四角』

 壁の裏側に到着すると、黒ずきんさんはすぐにスーツ太郎を回復させる作業に入った。

 水筒の水と洞窟の土を使って手早く泥を作り出し、黒焦げになってしまったスーツ太郎の表面に塗っていく。

 あとは黒ずきんさんに任せるしかない……。


 俺は壁を裏側から見上げ、コンチータに言った。


「ありがとう、コンチータ。この壁のおかげで助かったよ。表側から見ていると白い壁なんだけど、裏側から見るとガラスみたいに向こう側がけて見えるんだな」


 杏太郎から説明を受けたとき俺は、『マジックミラー』みたいなものを想像したのだけど、まさにその通りだった。これなら壁の裏側に隠れていても、周囲の状況がよく見える。

 そんな便利な壁を呼び出した青い服の少女が、俺に言う。


「柊次郎様。シャンズ様を、お助けできないでしょうか?」


 シャンズは壁の後ろには退避せず、巨大な斧を盾のように使ってその場で踏みとどまってくれていた。

 ああやって誰かがコンチータの壁よりも前のラインで踏みとどまってくれていないと、狐面の魔物が自由に動けてしまう。

 シャンズが自主的に、『その場にとどまる損な役目』を引き受けているのだ。


 狐面の魔物は、相手と距離をとりながら戦うタイプみたいだ。シャンズがあそこにいる限り、壁の方にはそうそう近づいてこられない。

 コンチータの壁だが、正面からの攻撃ならすべて防げそうである。けれど、真横から攻撃された場合、俺たち全員が壁に身を隠すことは難しくなると思う。

 シャンズが前線に残って、銀髪の魔物が壁の横にまわりこんで来ないよう、動きを牽制けんせいしてくれているのだった。


 一方でシャンズも、狐面に向かって簡単に突撃はできそうにない。

 下手に飛び出して、至近距離で火の玉の集中砲火でも食らったら、斧だけではすべてを防ぎきれずに命を落とすかもしれないだろう。


 やがて、黒ずきんさんの3体の土人形が、シャンズと合流して彼の壁となった。これでシャンズも少しは楽になるはずだ。

 しかし、土人形たちは3体ともすでにボロボロである。崩れ落ちてしまうのも時間の問題だった。


 何か打開策だかいさくを見つけないと……。シャンズが危険である。

 杏太郎が俺に向かって言う。


「シュウよ。うちのエースである女剣士は、あのクマ野郎と一騎討ちの真っ最中だ。魔王軍四天王とたった一人で互角に渡り合ってくれている。こちらに意識を向ける余裕などないだろう」

「そうだな」

「シャンズも踏ん張ってくれているが、きっとそう長くはえられない」


 まあ、金髪の美少年も俺と同じ意見である。


「ああ、わかっているよ。シャンズや女剣士のためにも、俺たちが何か考えなくちゃな」

「そこでだ。町で手に入れた抽象画ちゅうしょうがを使ってみないか?」

「えっ……抽象画?」

「何が起こるかボクにもわからないが、状況が少しは変わるかもしれない」


 すっかり忘れていたのだけど、俺は杏太郎から『2号』サイズの抽象画を二枚もらっていたのだ。

 一枚は『丸』や『三角』や『四角』を使って描かれたよくわからない絵である。

 もう一枚は、カラフルな色の絵の具を、そのままキャンバスに無作為むさくいらしただけのような絵だった。


 迷っている暇はない。

 俺は杏太郎の提案を受け入れる。


 しかし……。

 抽象画の使い方って、確かトレーディングカードゲームみたいだったような。


 いやいや……恥ずかしがっている場合じゃない!

 俺は杏太郎から教えられたことを思い出して実行しはじめる。

 確か、最初はこう叫ぶんだ――。


「俺のターン。ドロー!」


 そう声を出すと右手を前に出し、あらかじめ収納しておいた『抽象画』をその場に出現させる。時間がないので、絵は二枚とも同時に出現させた。

 続いて俺はこう叫ぶ。


「抽象画をその場にせて、ターンエンド!」


 二枚の抽象画の表面おもてめんを下にして地面に伏せて置いた。

 確かこれは『伏せ絵画』と呼ばれる行為らしい。まあ、そういった専門用語っぽいことは今はどうでもいいだろう……。


 杏太郎が俺に言った。


「シュウよ、教えた通りにきちんと出来ているぜ。あとは『1ターン』以上待った後、自分の使いたいタイミングで伏せておいた絵画を表に向けながらこう叫ぶんだ! 『抽象画オープン!』と。け声とともに抽象画の効果が発動される」


 おいおい……。

 だからさあ、こんな実際の戦闘で『1ターン』って、どのくらいの時間なんだよ?


 そんなことを思っていると、狐面がまた青い火の玉を放った。


 まずい!

 さすがにシャンズが危ないっ!


 先ほどまでターゲットにされていた黒ずきんさんは、壁の後ろに隠れている。

 そして狐面の魔物は、『火の玉を壁へ向けて放っても無駄だ』と、二度目の攻撃で理解したみたいだ。

 だから当然、ほぼすべての火の玉がシャンズに向かって襲いかかったのである。


 山賊の男は、巨大な斧を盾のようにして構え、できるだけ身体を小さくしていた。被弾する可能性を減らしているようだ。

 あの大きさの斧を振り回して、火の玉をいくつも連続で打ち返すのは難しいだろう。盾として使った方が賢明である。


 3体の土人形たちが、シャンズの壁になってくれた。

 ただ……さすがに三度目の攻撃だ。

 もともとダメージを受けていた土人形たちは、あっという間に3体とも崩れ落ちる。

 何発かの火の玉が土人形たちの壁を通り抜けてシャンズに襲いかかった。


 斧を使って火の玉を防ぐことで、シャンズは身体への直撃はまぬがれた。

 けれど、いくつかの火の玉が彼の手足をかすめ、軽傷を負わせている。

 土人形たちの壁はもうない。

 次に同じような集中砲火をくらったら、シャンズもさすがに直撃を覚悟しなくてはいけないかもしれない。


 俺はごくりとツバを飲み込むと杏太郎に言った。


「なあ、杏太郎! 先に俺が抽象画をセットして、次に敵の火の玉の攻撃が終わったわけだよな?」

「ああ」

「じゃあ、RPGだったらたぶん『1ターン』経過したことになるんじゃないか?」

「そうだな。きっと1ターン経過している。シュウよ、セットしておいた抽象画を使用して、シャンズを救ってくれ!」


 杏太郎のゴーサインが出た。

 俺は叫ぶ。


「抽象画オープン!」


 それと同時に、まずは一枚を表に向けてみた。

 カラフルな色の絵の具を、そのままキャンバスに無作為むさくいらしただけのような絵だ。


 しかし……。


「んっ? えっ……? 杏太郎……何も起こらないぞ?」


 抽象画は使用してみるまで、その絵がどんな効果を持っているのかわからない。そういった説明は受けていた。

 だけど……。

 何も起こらないのである。


 杏太郎が、少し申し訳なさそうな声で言った。


「あっ……すまん。ボクもすっかり言い忘れていたけれど、オークショニアが絵画召喚スキルを使っても、何も起こらない絵画もたくさん存在するんだった」

「はあ?」

「やっぱりある程度、作者の情熱なり、技術なり、思いのこもったような『クオリティーの高い絵画』じゃないとダメなんだ。どんな絵でも召喚スキルの対象になるわけじゃないんだよ」


 絵画なら、なんでもかんでも召喚できるというわけじゃないのか?

 それなりのクオリティーの作品じゃないと、『絵画召喚スキル』の対象にはならないのかよ……。


「おい、バカ! どうしてそんな大切なことを今まで言い忘れていたんだ! シャンズが危ないんだぞ!」


 この状況では、俺もさすがに腹が立ち、杏太郎をにらんだ。

 金髪の美少年は、引き続き申し訳なさそうな声で言う。


「い、いや……。ボクはお金持ちでさ、これまでたくさんの絵画を見てきたんだよ。だから『目利めきき』だと自分でも思っていたんだ。ボクが今まで選んだ絵画は、ほとんど召喚できる絵画ばかりだったし……。だから、今回も二枚とも召喚できるクオリティーの作品だと思ったんだけどなあ……。本当にすまない。今回に限っては失敗した」

「うーん……」


『自分は目利きだ』という『杏太郎のうぬぼれ』のせいで、今回は失敗に終わるのか?

 うぬぼれていた金髪の美少年が、俺に指示を出す。


「シュウ、絵画はまだもう一枚セットされているだろ? それを試してみてくれ。そっちの抽象画の方が、ボクも自信があるんだ」

「くっ……」


 そう声を漏らすと、俺は怒りを押し殺して再び叫ぶ。


「抽象画オープン!」


 もう一枚残されていた、『丸』や『三角』や『四角』を使って描かれたよくわからない絵を表に向けた。

 その刹那せつな――。


 地響じひびきとともに、様々な色のカラフルな『はしら』が何本も、地面からせり上がってくる。

 柱の形は『丸』や『三角』や『四角』などバラバラで、地面から洞窟の天井に向かって生えていく。


 カラフルな三種類の柱が発生する場所は、ランダムなのだろうか?

 あちらこちらに生えていて、あまり規則性を感じない。

 コンチータが召喚した『白い壁』の柱バージョンみたいな印象なのだけど、柱が出現する場所をこちらは選べないのだ。


 おいおい!? さすが抽象画ということか……?

 ちょっとこの状況の意味がわからないぜ。

 こんなの、もしも自宅で使われたらたまらないだろう。部屋の中がヘンテコな柱だらけになっちまう!


 杏太郎がニコニコしながら言った。


「シュウ、ほら見ろ! ボクはそこそこの目利きだから、二枚のうちの一枚はちゃんと絵画召喚が成功するレベルの作品だっただろ?」


 こ、こいつ……。

 まあ、怒るのは後回しだ。

 それから俺は、周囲を見渡して思いつく。


 おおっ!?

 もしかして、出現したたくさんの柱を、敵の火の玉をよけるための壁代わりとして上手く使えば、狐面の近くまで行けるんじゃないか?


 洞窟内のあちこちに出現した柱なのだが、狐面の近くにも何本かあったのである。

 そんなことを思いついた瞬間――。

 もう俺の身体は動いていた。

 走り出して、まずは近くの地面に落ちていた黒ずきんさんのシャベルを拾いにいく。いざとなれば、こいつで火の玉を打ち返す。

 シャベルを手にした俺は、狐面のいる方向へ猛スピードで駆け出した。


 こちらの考えを敵に悟られる前に行動だ!

 火の玉を集中砲火されたときは、近くの柱に身を隠せばきっと大丈夫!

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