第6章 本日最後のオークションと今後について

036 第6章 本日最後のオークションと今後について

 コンチータが出現させた壁の裏側から、俺たちは移動をはじめる。

 女剣士『ナーヤ・メウェイル』と魔王軍四天王『ツチグマ』の戦いの場に向かったのだ。


 ツチグマが一騎討いっきうちを希望したため、生き残っているギーガイルたちも戦いには手出しせず、大人しく見守っている。


 ツチグマは、狐面きつねめんの男が自分を残して逃げたことにおそらく気がついていない。目の前の戦いに夢中なのだ。

 鎧を身につけたこの巨大なクマとあの狐面の男は、それほど上手くいっていない上司と部下の関係なのかもしれない。


 杏太郎きょうたろうがコンチータに指示を出す。


「さあ、コンチータ。オークションを開催してくれ」


 コンチータは、長い髪を揺らしながら地面に手をついて叫んだ。


「オークションハウス・オープン!」


 周囲が青白い閃光せんこうに包まれる。

 俺たちは魔物たちとともに洞窟から別の空間へと移動する。

 もちろん、女剣士とツチグマも武器を構えた状態で、オークションハウスの中に立っていた。

 しかしツチグマは、周囲の変化に気がついていないみたいで、女剣士をにらみ続けている。

 一方で女剣士は、赤髪のポニーテールを揺らしながら目の前の巨大なクマに言った。


「ふむ、おぬしは強い。よく戦った。だが、オークションが開催されるようだ。戦いはここまでだな。きっと、こちら側の勝利なのだろう」


 女剣士はツチグマと違ってとても冷静な様子だ。周囲の変化にもすぐに気がついたようである。

 本当にこの人は……戦闘に関しては、プロフェッショナルなのだと思う。


 ツチグマと比べれば、女剣士はずいぶんと細い身体だ。それなのに彼女は、剣一本だけで巨大な敵と互角に戦い続けていたし、息ひとつ切らしていない。

 なんだか表情も落ち着いているし、もっとずっと長い時間でも戦えたという様子である。

 武芸の達人みたいな雰囲気を、女剣士はその身体から放っていた。


 それに対してツチグマの方は、両目が血走っている。息も荒い。

 周囲の変化にもまるで気がついていないみたいだし、戦闘にのめり込みすぎだ。冷静さを欠いている様子だった。

 もしも、女剣士とツチグマが同じくらいの体格と筋力だったら?

 きっと女剣士が圧勝していたのではないだろうか。


 女剣士の言葉や態度によって、ツチグマも周囲の変化にようやく気がついたみたいだった。

 魔王軍四天王のクマは、あちこちに視線を向けながら騒ぎはじめる。


「なっ!? ここはどこだ! 人間ども、ワガハイをいったいどこに連れてきたんだ!」


 巨大なクマに、女剣士がオークションハウスのことを簡単に説明しはじめた。

 そんな様子を眺めながら、俺はコンチータと二人でり台に向かって歩きはじめる。杏太郎はシャンズとともに客席に座った。

 黒ずきんさんとイーレカワおじさんは、椅子には座らずに会場の後方で立ったままオークションを見守るみたいだ。泥人形のカトレアも、二人といっしょに会場の後方に立っているのだけど、彼女の隣にスーツ太郎の姿がないので、俺は胸がとても苦しくなった。


 でも……今はオークションをしなくてはいけない。

 プロフェッショナルならば、ここは気持ちを一度きちんと切り替えて、自分の役目を果たさなくてはならないのだ。

 女剣士が巨大なクマを相手に頑張ってくれていたように、今度は俺が競り台に立って頑張る番なのである。

 オークションこそが、俺の本来の戦場なのだ。

 移動をしながら周囲をぐるりと見渡すと、俺はコンチータに言った。


「レベル3になったから、オークションハウスがまた少し変化したみたいだね。椅子の数がさらに増えているし、空間が広くなったみたいだ」

「はい。オークションハウスが広くなっていますね。それと、り台も少し変化しているようです」


 コンチータにそう言われて確認する。

 学校の教室の教卓きょうたくみたいだった竸り台が、ひとまわり大きくなっていた。

 そして、木槌きづちを打ち鳴らすための台が、最初から競り台の上に設置されている。ようやく、『競りを行うための備品びひん』らしくなったのである。

 俺は苦笑いを浮かべた。


「木槌を打ち鳴らすための台だけど、本当はレベル1のときから設置しておいてほしいよな。そうじゃないと、競り台としての雰囲気が出ないぜ。以前の竸り台は、学校の教卓みたいだった……」


 そのうち、もっとレベルが上がれば、竸り台がさらに豪華になっていくのだろうか?

 有名なオークション会社みたいに、社名やロゴマークが竸り台の前面に装飾されたりするだろうか?

 まあ……会社ではないので、競り台に社名やロゴマークは必要ないんだけど……。


 競り台に立った俺は、木槌を出現させる。

 それから、隣に立つコンチータに言った。


「じゃあ、オークションをはじめようか」

「はい、柊次郎しゅうじろう様」


 コンチータは魔王軍四天王のツチグマの方を向くと、両目の黄色い瞳でじっと見つめはじめた。

 心の中で念じているのだろう。


 少女から見つめられた巨大なクマは小さく首をかしげると、手にしていた金属製の大きなハンマーを収納した。

 武器をしまった巨大なクマは、ふらりとした足取りで竸り台の脇に向かって歩きはじめる。

 ギーガイルたちが「ガー? ガー?」と、戸惑った様子で鳴き声をあげた。


 真っ黒な鎧に身を包んだこげ茶色の巨大なクマは、客席の方を向いて直立する。

 オークションハウスの天井は高いので、体長3メートルは超えるだろうクマが立っても、頭が天井につくことはなかった。


「それでは、オークションを開始したいと思います。座席がまだ空いておりますので、お客様はどうぞお座りください」


 俺がそう言うと、コンチータがギーガイルたちを順番に見つめていく。

 少女から見つめられたギーガイルたちが、大人しく椅子に座っていく。


「コンチータ、ありがとう」


 そう言って俺は、彼女に向かって微笑む。

 特に事前に相談したわけでもないのに、コンチータ自身がオークションを円滑えんかつに進めようと自主的に考え、ギーガイルたちを椅子に座らせてくれたのだ。そのことが俺はうれしかった。


「いえ、柊次郎様。オークションを運営する側の人間として、わたしに出来ることはなんでもやらせていただきます」

「うん。それは心強いね」


 今回で、三度目のオークションである。

 なにやらコンチータの中にも、『オークションスタッフとしての自覚』が芽生めばえている様子だった。


 この異世界で俺が、オークションを何度することになるのかはわからない。

 けれどコンチータとなら、二人でこの先もオークションを上手に運営していける気がした。

 客席を向くと、俺は言った。


「オークションを開始させていただく前に、落札手数料と注意事項について説明いたします」


 落札代金とは別に『10%の落札手数料』が発生することを説明する。入札の際はビッド札を出して参加するようお願いする。

 そして、落札後に代金が支払えない場合は『命を失う』ということも、きちんと丁寧に説明した。


 前回までのオークションでは、杏太郎がなんとなく参加者に伝えていたことである。

 本来はこうして、オークション進行役の俺が説明するのが当然なのだ。


「それでは、オークションをはじめます。今回出品されておりますのは、魔王軍四天王の一角――土の四天王の『ツチグマ』です。こちらは『100ゴールド』から参りましょう! 100ゴールドからスタート! 落札を希望される方は、ビッド札をお上げください!」


 俺が客席に向かってそう告げると、杏太郎が『1番』のビッド札を上げた。

 競り台の俺は、その札を指し示して言う。


「まずは1番のお客様からの入札! 100ゴールドは1番のお客様!」


 そんなわけでツチグマのオークションがはじまった。

 しかし――。


 客席のギーガイルたちは誰も札を上げない。

 杏太郎の競争相手が現れないのだ。


 競りの前に俺が『命を失う危険性』をきちんと説明したためだろうか。

 自分の身を危険にさらしてまで『ツチグマ』を落札しようというギーガイルは、最後まで一匹も現れなかったのである。


「よろしいでしょうか? 現在、魔王軍四天王の『ツチグマ』はスタート価格の100ゴールド! 現在、100ゴールドで1番のお客様です! 他に札を上げられる方がおられませんでしたら、このまま落札となります!」


 客席に尋ねるが、杏太郎以外の札は上がらない。


「よろしいですね? では、落札とさせていただきます」


 そう告げると、俺は木槌を振り下ろす。

 カンっ――と乾いた音が、オークションハウスに響く。

 いつ耳にしても最高に気持ちの良い音だ。


「魔王軍四天王の『ツチグマ』は、スタート価格の100ゴールドで、1番のお客様が落札です!」


 俺がオークションの結果を客席に伝えると、仲間たちが競り台に向かってパチパチと拍手を送ってくれる。

 杏太郎だけは少し不満そうな表情で、こうつぶやいた。


「うーん。落札価格100ゴールドの競りでは、ほとんどシュウたちの経験値にならないじゃないか……」


 今回は競争相手が出てこなかったのだから仕方ない。

 ギーガイルたちだってみんな戦いで傷つき、疲れているのだろう。そんなときに、命をかけたオークションに参加して、巨大なクマを落札しようとは考えないのではないだろうか。


 こうして魔王軍の『土の四天王』は、りんご1個分の値段と同じ『100ゴールド』で、杏太郎に落札されたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る