033 青い火の玉と外壁防御

 様々なステータスがカンストしている俺ならば、魔物が放った青い火を、ひらりとかわすことは可能だった。

 しかし、襲いかかってきた火の玉は、ひとつやふたつではない。

 無数の青い火が、俺だけではなく仲間たちにも降り注ぐ。


「まずいっ!」


 まっ先に心配したのは、後方にいる守らなければいけない仲間たちのことだ。

 杏太郎はともかく、コンチータやイーレカワおじさん、それに泥人形たちが、もしかするとこの火の玉で焼かれて――。


 だが、今回に限っては心配することはなかった。

 背後からコンチータの可愛らしくもたのもしい声が聞こえてきたのだ。


外壁防御がいへきぼうぎょ!」


 少女は青い髪を弾ませながら杏太郎やおじさんの前に飛び出し、地面に右手をついていた。

 次の瞬間、地響じひびきとともに『白い壁』が、地面から一瞬でせり上がってくる。

 あれが、別の空間から呼び出された『オークションハウスの外壁』なのだろう。


 いくつもの青い火の玉たちが、コンチータが召喚した白い壁にぶち当たって次々と消滅しょうめつしていく。

 あの様子なら、壁の後ろに隠れている仲間たちは全員無事だと思う。


「オークションハウスのスキル、すげえ……」


 そうつぶやきながら俺は、シャンズと黒ずきんさんの様子も確認する。

 シャンズは大きな斧を盾のように使って、火の玉を回避したようだ。こいつは強いから大丈夫そうである。


 じゃあ、黒ずきんさんは?

 んっ……なにやら様子がおかしい。


「スーツ太郎! スーツ太郎!」


 黒ずきんさんのそんな声が洞窟内に響く。

 俺は彼女の元に駆けつける。

 すると――。


 地面に、黒焦くろこげになった小さな泥人形がっ!?

 スーツ太郎が横たわっていたのだ。


「えっ? どうしてスーツ太郎がここにいるんだ? 杏太郎たちといっしょに後方に待機していたんじゃ?」


 俺がそう言うと、黒ずきんさんは手にしていたシャベルを地面に落とす。そして黒焦げになったスーツ太郎を両手でそっと持ち上げた。


「スーツ太郎が、アタシを助けてくれたの。アタシの身代わりになって……」


 黒ずきんさんに火の玉が直撃しかけたとき、後方からものすごいスピードでスーツ太郎が飛び込んできたそうだ。彼は火の玉に体当たりしたのだった。

 その身を犠牲ぎせいにして、小さな泥人形は主人を守ったのである。


 俺は黒ずきんさんの周囲を見渡した。

 彼女が操る3体の土人形も、身体のあちこちに被弾して黒焦げになっていた。


「んっ? これは……。もしかして、黒ずきんさんの周囲だけ、集中的に攻撃されていたのか?」


 狐面の魔物は、俺たちに向かってまんべんなく火の玉を放ったように思えた。

 けれど実は、きちんとターゲットをしぼり、黒ずきんさんを狙って攻撃していたみたいである。彼女の周囲だけ、火の玉の攻撃の跡が妙に密集していたのだ。

 俺は小声でつぶやく。


「おいおい……。あいつらは、貴重な『泥属性』の人間が必要なんじゃないのか?」


 泥属性の黒ずきんさんを殺す気かよ?

 狐面の魔物だって、黒ずきんさんが『ゴーレム使い』だということは見ていればわかるだろう。彼女が土人形を操っている時点で、同時に『泥属性』の人間ではないかということだって推測できそうなものだ。


 それなのにあの銀髪の魔物は、容赦ようしゃなく黒ずきんさんを狙ってきやがった。

 四天王のツチグマと違ってあいつは、『ギーガイルの卵』のことなんて大切に思っていないのではないか?


 火の玉の攻撃が、俺たちだけでなくギーガイルたちにも向けられていたことが、その証拠だと思う。

 生き残っていたギーガイルたちの中に、広範囲に放たれた火の玉の攻撃を受けて倒れたやつらがいたのだ。

 狐面は、ギーガイルのことなどまったく考えていないのである。


「くっ……。あの銀髪、敵味方関係なしかよ……」


 クレイジーな魔物だ。

 だが、その銀髪の魔物に命令を出せる立場のツチグマは、女剣士との一騎討ちで周囲の状況に気がついていないようだった。きっと、想像以上に女剣士が強くて余裕などないのだろう。

 女剣士の剣とツチグマのハンマーがぶつかり合う派手な金属音が、洞窟内に響き続けている。

 あそこだけ戦いのレベルが別次元だった。


 そして、目の前の強敵に手一杯なのは女剣士も同じようである。どう見ても彼女は、俺たちを助けに来る余裕なんてなさそうだ。

 あんな強そうな魔物の相手をたった一人で引き受けてくれているだけでも、女剣士には感謝しなくてはいけないのだと思う。


 ならば――。

 こちらのクレイジーな銀髪の魔物は、俺たちだけでなんとかするしかない。


 黒ずきんさんが俺に言った。


「ねえ、見て! スーツ太郎、まだ動けるみたい! よかった!」


 彼女の両手の上で、スーツ太郎が小刻みに動き出したのである。


「黒ずきんさん、スーツ太郎を回復させられる?」

「わからない。でも、あんたはこのレア個体にずいぶんと愛着があるみたいだし、全力でやってみるわ!」


 黒ずきんさんがそう答えたときだった。

 杏太郎の声が洞窟内に響く。


「シュウ! 二度目の攻撃が来るぞ!」


 狐面の魔物に視線を向けると、まさに青い火を放つ瞬間だった。

 俺は、地面に落ちていた黒ずきんさんのシャベルを咄嗟とっさに拾い上げた。

 3体の土人形たちが、俺たちの前に集まる。壁になってくれるようだ。


 狐面は、やはり黒ずきんさんを狙っていた。

 奴からは、はっきりとした殺意を俺は感じる。

 青い火の玉が、集中的にこちらに飛んできた。広範囲に放出されてはいるが、俺と黒ずきんさんに向かってくる火の玉の密度は、周囲とはあきらかに異なるのだ。


 俺一人が回避するだけなら、なんとでもなりそうだった。

 けれど、黒ずきんさんと瀕死ひんしのスーツ太郎を守らなければならない。


 その身を盾にして、俺たちの壁となってくれた3体の土人形たち。彼らには頭が下がる。

 だが、さすがにすべては防ぎきれない様子だった。3体の隙間から抜けてくる青い火の玉を、俺は手にしたシャベルで3発ほど打ち返す。

 背後にいる黒ずきんさんとスーツ太郎に一発だって当たらないよう俺は集中した。


 今なら、たとえば野球場でスピード200キロ以上の人間離れした剛速球を投げられたって、バットで綺麗に打ち返せる自信があった。

 常人以上の力を俺は身につけているのだ。


「よし! なんとか防ぎきれたぜ。黒ずきんさん、そっちは大丈夫?」

「うん。ありがとう」

「とにかく、このままじゃ防戦一方だ。俺たちも、コンチータが呼び出したあの白い壁の後ろに避難ひなんしよう」


 手にしていたシャベルを、コンチータの壁の後ろ辺りを狙って投げる。コントロールが悪いので、狙った場所から少しズレたが、後で回収すればいいだろう。

 それから俺は、黒ずきんさんをお姫様抱っこした。


「えっ!? あんた、ちょっと……?」

「うかうかしていると、三度目の攻撃が飛んでくる。全力で走るから、黒ずきんさんは手で持っているスーツ太郎を絶対に落とさないでね」


 先ほどは、この役目をシャンズに奪われた。けれど、俺だって一度、黒ずきんさんをお姫様抱っこしてみたかったのだ。

 俺は全力で走り出す。そして、あっという間にコンチータが出現させた壁の後ろにたどりついたのだった。


「ふう……。黒ずきんさん、驚かせて悪かったね。とりあえず、壁の後ろにいれば大丈夫だろう」

「う、うん……。ありがとう。アタシが一人で走るより、ずっと速かった」


 俺は黒ずきんさんをゆっくりと下ろした。

 それにしても、洞窟に来る前はウェディングドレス姿の女剣士をお姫様抱っこしたし、今度は黒ずきんさんである。


 一日で女の子を二人もお姫様抱っこするなんて!


 生まれてはじめての経験だった。

 まあ……途中で口ひげの生えた知らないおじさんも一度、お姫様抱っこしているんですけどね……。

 口ひげのおじさんをお姫様抱っこしたのも、生まれてはじめての経験だった。

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