032 魔王軍四天王『ツチグマ』と狐面の魔物

 スーツ太郎の話によると――。

 洞窟から外に抜け出すためには『大量の魔物たちが待ち構えているルート』を通るしかないみたいだ。

 こちらの存在が魔物たちにバレて、待ちせされているのだと思う。


 俺と黒ずきんさんは、他の仲間たちに状況を説明する。

『眠くなる泥』を使って魔物たちを全員眠らせてはどうか? そんな案も出された。

 けれど黒ずきんさんは、材料として必要な『特殊な泥』のストックを、すでに使い切ってしまったらしい。その案は不採用となる。


 結局、戦うしかないだろう――ということになった。

 正面突破を試みるのだ。


 身体の動きがまだ回復していないイーレカワおじさんと、彼のゴーレムであるカトレア、そして戦闘力が低いコンチータを守りながら戦おう、という方針で俺たちは洞窟を進んだ。

 杏太郎が戦闘力があるのかどうかはわからない。だけど、「とりあえずボクのことは守らなくて大丈夫だぜ」と、杏太郎自身がそう言ったので、彼は守る対象からは外されたのだった。


 セーブポイントのような泉を離れ、しばらく一本道の通路を進むと、洞窟内でも広い場所にたどり着く。

 そこで、魔物の群れと遭遇そうぐうした。


 20体前後のギーガイルたちが、俺たちの前に立ちはだかった。ギーガイルたちの背後には、あきらかに強そうな2体の魔物がいる。

 目立っているのは、巨大なクマみたいな魔物だ。

 こげ茶色の体毛に覆われた獣人じゅうじんのモンスターが、真っ黒な鎧を身につけて前かがみで立っているのである。

 まっすぐ身体を伸ばせば、体長は3メートルを超えるかもしれない。場所によっては洞窟の天井に頭がついてしまうのではないだろうか。


 そんな巨大なクマは、右手に大きな金属製のハンマーを持っていた。あんなもので叩き潰されたら、普通ならひとたまりもないだろう。

 俺の怪力だったらなんとかなるだろうか?

 いやいや、できれば戦いたくない。


 とにかく、黒い鎧を身につけたその巨大なクマが、どうやら魔物たちのボスのようだった。


 そしてクマの隣には、きつねみたいなデザインの白いお面を装着した銀髪の魔物がいた。

 成人男性くらいの背の高さ。ギーガイルたちよりも背が低い『人型の魔物』である。――というか、本当に人間みたいなやつだ。

 身体は細くて、武器も手にしていない。

 きっと、近接戦闘なんかはしかけてこない魔物だ。

 おそらく、後方支援タイプか魔法使いタイプの厄介やっかいな感じの敵だろう。


 そんな人型の魔物が身につけている灰色の衣服は、俺が元いた世界の東洋風の着物のようなデザインだった。

 魔物の長い銀髪はひもで一本に束ねられており、着物の背中の真ん中あたりまで伸びている。


 狐のお面のせいで顔はわからない。

 オスなのかメスなのかすら断言できない。

 胸のふくらみは確認できないのでオスの可能性が高い。けれど、スレンダーな体型のメスの可能性だって捨てきれない。

 どちらにしろ、お面の下には綺麗な顔が隠されているのではないか――と期待させるミステリアスな魅力のある美形モンスターっぽい雰囲気を全身から漂わせている。


 俺たちの姿を目にすると、20体ほどのギーガイルたちが一斉に「ガー! ガー!」と鳴き声をあげた。

 しかし巨大なクマが、金属製の大きなハンマーで一度だけ地面をドーンと叩くと、ギーガイルたちは一瞬で黙った。

 続いてクマが、中年男性のような低く渋い声で俺たちに言った。


「人間ども、よく聞くがいい。ワガハイは魔王軍四天王の一角、つちの四天王『ツチグマ』だ」


 んっ? なんだよ、魔王軍四天王って……。

 おいおい、RPGだったら、あきらかに冒険の序盤では出会いそうにない魔物なんですけど?

 あと……この異世界って『魔王』がいるの?

 まあ、魔物がいるわけだし、やっぱり魔王くらい存在しているのか……。


 黒い鎧を身につけた巨大なクマは、話を続ける。


「あらたなる『泥属性』の貴重な人間が手に入った――そんな喜ばしい報告を受け、ワガハイは急いでここへやってきた。ギーガイルたちの絶滅が防げるかもしれん。卵を孵化ふかさせる時期が近いのだ」


 それからツチグマと名乗る巨大な魔物は、手にした金属製のハンマーを俺たちに向ける。

 あきらかに威嚇いかくしているのだ。


「人間ども、『泥属性』の人間たちを置いていってもらおうか。この洞窟のギーガイルたちは、魔王軍四天王であるこの『ツチグマ』の支配下にある。ギーガイルたちの生活の邪魔をすることは、魔王軍に逆らうことになるぞ! お前たちに魔王様に逆らう覚悟はあるのか?」


 巨大なクマはそんな問いを投げかけながら、両目でギロリとこちらを睨みつけた。

 仲間たちみんなの視線が、なんとなく金髪の美少年に集まる。

 すると杏太郎は、魔物の言葉には答えずに、俺の方を向いてこう言った。


「おい、聞いたかよ? あの巨大なクマ野郎、魔王軍四天王のうちの一匹だそうだ」

「お、おう……」

「シュウよ、もしオークションで魔物の売買ができたら、ボクはいくら金を払ってでも、絶対にあの魔王軍四天王を落札したんだがなあ……」

「はあっ?」

「ああ、くやしいなあ。あんなにも激レアな魔物が買えるタイミングなのになあ……。四天王なんだぜ? 絶対に珍しい魔物だよな? コレクションしたいなあ……」


 やっぱりお金持ちの考えることはよくわからない。

 杏太郎は魔王軍四天王をオークションで落札したかったようだ。けれど、残念ながら今は人身売買のようなオークションを開催すると、俺とコンチータの性格が『悪』になってしまう。だからできないのだ。


 杏太郎は悔しがっており、ツチグマの話に答えようとしない。――というか、他に誰も何も言わない。仲間たちはみんな、黙ったままである。

 俺たちの視線は金髪の美少年に向けられ続けていた。


 あのさあ……リーダーっぽい存在になっている杏太郎が、ここで何か言わないと、もう誰も何も言わないんじゃないのか?


 20体以上はいるだろうギーガイルたちも誰も鳴き声をあげず、洞窟内はシーンと静まり返っていた。

 クマの隣にいる狐のお面の魔物も、ピクリとも動かない。


 やがて、土の四天王『ツチグマ』は、俺たちから返事がないことに少しあせりを感じたようだ。


「お、おい、人間ども! ワガハイの言っていることはわかっているだろうか? ワガハイの声は届いているだろうか?」


 なんか……土の四天王が、ちょっと気の毒である。

 それでも杏太郎は特に何も答えず、胸の前で両腕を組んで立っていた。もしかすると、なんとかしてオークションを開催して、あのクマを落札する方法を考えているのかもしれない。

 よく聞いてみると金髪の美少年は、ぶつぶつとこんなことをつぶやいていた。


「くそ……。もしゲームだったら、あいつは絶対に『星5』クラスの激レアモンスターだよなあ……。手に入れたいなあ……。落札できないかなあ……」


 仕方なく俺は、杏太郎に話しかける。


「なあ、杏太郎。このままじゃ、なんだか話が進まないんだけど」

「んっ?」

「『泥属性』の二人を見捨てることは絶対にしないよな?」

「ああ、当たり前だ。魔物と戦うぞ」


 杏太郎がそう答えたので、俺は「みんなも、見捨てないよね? 戦うよね?」と言いながら、周りのみんなに順番に視線を向けていった。

 俺と目が合うと、仲間たちは順番にうなずく。

 全員の意見がなんとなくまとまったようなので、俺が代表して土の四天王にこう告げた。


「えっと……こちらは『泥属性』の人間を、そちらに渡す気はないです。戦います」


 なんだよこれ?

 マンガやゲームの主人公だったら、もっと威勢いせいのいい言葉を口にして、カッコつけるところだよな?


「おっ、そうかそうか!」


 ツチグマはそう言って、顔をほころばせる。

 どんな答えにしろ、こちらから返事があったことで土の四天王は、ほっとしている様子だった。

 巨大なクマは、大きなハンマーで地面をドーンっと叩くと言った。


「人間ども! それならば力づくで『泥属性』の人間二人を引き渡してもらうぞ! 行け、ギーガイルたちよ!」


 ギーガイルたちが「ガー! ガー!」と鳴き声をあげながら襲いかかってくる。なんだかちょっとぬるっとした感じで、ようやく戦闘がはじまった。


 女剣士とシャンズが二人で俺たちの先頭に立ち、魔物たちを迎え撃つ。

 黒ずきんさんは、収納していたシャベルを出現させると、足もとの土をざっくざっくと掘りはじめる。そして、あっという間に3体の土人形を作り上げ、ギーガイルたちと戦わせた。

 本来なら彼女は4体までのゴーレムを安定して操れる。けれど、スーツ太郎がいるため土人形は3体だけにしたのだろう。


 俺は地面に落ちている石を拾い上げながら、タイミングをみて投石とうせきでみんなの戦いを援護した。なんて地味なポジションだろうか。

 ただ、俺の怪力によって放たれる投石で、魔物たちはけっこうヒヤヒヤしている様子だった。


 やがて、20体前後いたギーガイルたちを、ほとんど蹴散けちらした。

 しかし――。

 ツチグマが動きはじめると状況が変わる。


「なかなかの強さだな、人間ども。見たところ、お前たちの中で一番強いのは赤い剣士のようだ。まずはワガハイが、赤い剣士を一騎討いっきうちで倒そう。その後に、『泥属性』以外の人間は皆殺しだ」


 巨大なクマはそう言うと、隣に立つ狐のお面をつけた魔物に命令する。


狐面きつねめんよ! ワガハイと赤い剣士の一騎討ちが、他の人間どもに邪魔されぬよう援護しろ」


 やはり魔物の目から見ても、俺たちのエースは女剣士のようだ。

 ただ、別にこちらが相手の一騎討ちを受け入れる理由もないだろう。

 みんなで一斉に襲いかかって、あのクマをボコボコにしてやればいい。

 俺がそう思ったときだった――。


 狐面の魔物の手から、青白い火が放たれる。

 いくつもの青い火の玉が、女剣士をのぞく俺たち全員に襲いかかってきたのだ。

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