029 黒ずきんさんを助け、ついでにもう一人助ける
黒いマスクを装着した俺とシャンズは、杏太郎から
通路の途中、
どれも
俺たちは鍵の束を持っているわけだけど、いくつもある独房の鍵も、この鍵の束の中にあるのかもしれない。
まあ、牢屋には誰も入っていないので、特に使う必要もないのだけど。
しばらくすると、先頭を歩くスーツ太郎が足を止めて地面に文字を書く。
《魔物がいる。首から下は泥の中》
俺は首をかしげた。
シャンズが牢屋のひとつを指さしながら、ささやくような小声で言う。
「弟さん、見てください」
「んっ?」
「あの独房の中、地面が泥ですぜ。卵が沈められていた場所みたいに。そこに魔物が1体いるようです」
「本当だ……」
鉄格子の
シャンズが言ったとおり独房の地面は泥々で、ギーガイルの顔が地面から生えている――というか、おそらく首から下を泥の中に埋められているのだろう。
あれ? 似たような光景をどこかで見たような……?
あっ……。町の入口で見た光景だ!
首から下を砂地に埋められていた奇妙な男が、町の入り口にいたじゃないか!
あれの魔物バージョンである。
首から下を泥に埋められたギーガイルを眺めながら、俺は思い出したのだ。
「弟さん。あの魔物、眠っていませんか?」
「確かに。眠る泥の効果が、もうここまで届いているのかな?」
魔物の顔は通路側を向いていた。両目を閉じて眠っているようだ。
俺とシャンズは、黒いマスクをしているため甘い匂いを感じない。けれど周囲にはきっと、『眠くなる泥の香り』が、充満しているのだろう。
音を立てずに俺たちはゆっくりと鉄格子の前を通り過ぎた。
奥に進むには、この独房の前を通り過ぎるしか道がないのだ。
魔物がどういう理由で、首から下を泥に埋められているのかはわからない。
けれど、あいつがもしも目を覚ましていたら?
俺たちの姿を見つけ次第きっと「ガー! ガー!」と鳴き声をあげていたはずだ。
牢屋の鍵を開けて中の魔物を黙らせるのは、たとえこの場に女剣士がいたとしても、ある程度の時間が必要だったと思う。
魔物が鳴く前に処理できていたかどうか……。
そんなわけで、眠る泥のおかげで、俺たちはこの
「スーツ太郎は、どうやってあそこを通り過ぎたんだ? あの魔物はさっきまで起きていたんだろ?」
《ほふく前進》
スーツ太郎は地面にそう書いた後、実際にその場でほふく前進を見せてくれる。
小さな泥人形が、まだ立ち上がれない赤ん坊のように四つ足歩行でハイハイしている姿は、とても可愛らしかった。
牢屋の鉄格子の下辺は、窓のサッシ部分の金属のように厚みがあったので、スーツ太郎はそこに身を隠してほふく前進で通り抜けたのだろう。
身体が小さいからこそ可能なことだ。
俺やシャンズがほふく前進しても、まず見つかっていたと思う。
そして、ついに俺たちは黒ずきんさんが捕まっている牢屋へとたどりついたのだった。
見通しのよい一本道の通路。その先に、ギーガイルたちが2体椅子に座っているのが見えた。
見張りだろう。
魔物たちは椅子に座ったまま、うつむいていた。眠っているのだ。
もし眠っていなかったら?
魔物たちはこの一本道を進んでくる俺とシャンズの姿を見つけた時点で、人質にしている黒ずきんさんの方に移動したかもしれない。
捕らわれている彼女の首筋に武器や鋭い爪なんかを突き付けられていたら、救出はかなり困難になっていた。
そういう状況を想定して、黒ずきんさんが眠る泥を使ったのだとしたら、自分の身を守るナイス判断だ。
眠っている魔物たちの背後には、鉄格子の独房がふたつ見えた。
それぞれに人間らしき姿が一人ずつ確認できる。
片方は女性だ。黒ずきんさんだと思う。
そしてもう片方は……太ったおじさんのように見える。
俺たちは眠っている魔物たちを起こさないよう慎重に近づく。片方の魔物は、鍵の束を首からネックレスのようにして下げていた。背後にある独房の鍵だと思われる。
万が一、魔物が起きてしまったら面倒なので、2体とも縛ることにした。
鎖を使うとジャラジャラとうるさい。だから、ロープを使ってシャンズが魔物たちの手足を手際よく縛る。
続いて俺たちは、魔物が首に下げている鍵の束をいただく。
ちなみに、このギーガイルは金属アレルギーではないようだ。肌が赤くなっていなかった。
鍵を手に入れると、まずは黒ずきんさんがいる牢屋に向かう。
独房にはベッドはなかった。眠っている黒ずきんさんは、うつ伏せになって土の床の上に横たわっている。お尻がこちらを向いていて、スカートが少しめくれ上がっていた。下着は見えないけれど、ふとももがむき出しになっていて色っぽい。
ただ、黒ずきんさんの兄貴が俺の隣にいる。しっかりと眺めることなんてできなかった。残念である。
黒ずきんさんのふとももをチラチラと盗み見しながら、俺は手元の鍵の束から独房の鍵を探した。
カチャリ――と音が鳴って、鉄格子の扉が開く。
シャンズがすぐに飛び込んで、眠っている黒ずきんさんをお姫様抱っこした。
眠りは深いようで彼女は目を開けない。
独房の奥の方の地面が、泥だらけになっていることに俺は気がついた。おそらくそこが眠くなる泥の発生源なのだと思う。
それから、俺たちは隣の独房の前に移動した。
40代後半くらいの太ったおじさんが、あお向けになって土の床の上に横たわっている。
魔法使いが着るようなこげ茶色のローブを身につけているのだけど、
俺は手元の鍵の束から独房の鍵を探しながら考える。
シャンズは黒ずきんさんを抱えている。
だから、この太ったおじさんは……やっぱり俺が、抱きかかえることになるのだろうか?
えーっ……。
えーっ……。
えーっ……。
カチャリ――と音が鳴って、鉄格子の扉が開いた。
もちろんシャンズは独房の中には飛び込まない。彼はおっぱいの大きな可愛い妹をお姫様抱っこしながら、
あいつ……!
もう、俺が行くしかないのである。
眠っているおじさんを俺は、お姫様抱っこした。
口ひげのあるおじさんで、ほっぺたがポヨンポヨンである。魔物に捕まっていたわりには太っている。
黒い短髪でまゆげが太い。鼻毛の手入れをしていないようだ。ボーボーに生えている。2、3本、白い鼻毛があるのが確認できた。
抱きかかえた振動で、おじさんのくちびるの向かって右端から、よだれがだらりと垂れはじめた。
人命救助だけれど……誰か俺も助けてくれ!
こうして俺たちは二人をお姫様抱っこしながら、牢屋を後にしたのである。
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