028 泥のプールと白い卵と黒いマスク

 通路を進むと、泥のプールのようなものが目に飛び込んできた。

 白っぽい何かが、泥の中に沈められているようだ。


「んっ……? 卵?」


 ほんのいくつかだけ、泥の中から上部をのぞかせている卵があったのである。その部分だけを見ても、ダチョウの卵とか、あんな感じのデカいサイズのものだった。


「……これは魔物の卵なのか?」


 俺がそうつぶやくと、杏太郎が泥のプールを指差す。


「そうだろうな。ああやって、いくつかは卵の上部が見えてしまっているが、泥の下には見えていない卵が、もっとたくさん沈んでいるんじゃないのか」


 なんか……ゾッとする話だ。

 ギーガイルは黒ずきんさんを誘拐ゆうかいするときに、『卵を孵化ふかさせなくてはいけない時期だ』と言っていた。

 きっと『泥属性』の黒ずきんさんは、泥のプールに沈んでいる卵の孵化に利用されるのだろう。


 そのぉ……。仲間の誰にも言わなかったのだけれど、黒ずきんさんが身体に魔物の卵を産み付けられているとか、そういうグロい展開もあり得るんじゃ……と想像していたので、ひとまず俺は胸をで下ろした。


 シャンズが指で泥を触った。


「ご主人様、この泥、なんかあったかいですぜ」


 おいおい……。このワイルド系イケメン、こんな得体えたいの知れない泥をよく指で触れるな。

 杏太郎が不敵に笑う。


「くくくっ……卵を孵化させるために、きっと温かい泥が必要なのだろう。こんな卵、本当は今すぐにすべて割ってやりたいが、シャンズの妹の救出が最優先だな」


 俺たちは通路を先へと進んだ。

 途中で見回りのギーガイルが2体いた。しかし、もう当たり前のように女剣士が、音も立てずに処理してくれる。


 あの……。

 一人だけ戦闘レベルが違う『プロフェッショナルな人材』が、俺たちの仲間の中にいるんですけど?


 この異世界でもテロリストのグループとか、過激な武装集団がきっと存在すると思う。この女剣士なんかはそいつらの元に一人で乗り込んでいっても、ケロッとした表情で鎮圧ちんあつしちゃいそうな雰囲気がある。


 山賊の男・シャンズなんかもきっと強いのだろう。けれど、彼の様子を観察している限り、戦闘時は女剣士になんとなく活躍をゆずっている雰囲気だ。

 きっとシャンズは、女剣士ほどスマートに戦闘を処理できないと自覚しているのだと思う。

 得体の知れない泥に、抵抗なく指を入れちゃうような男だし……女剣士のような洗練せんれんされた戦い方はしないような気がする。


 そもそも彼は、移動時に邪魔だということで、あの大きな斧を出現させず収納したままだった。斧を出現させる前に女剣士が、魔物をすべて手際よく処理してしまうのだ。


 慎重に歩き続け、いくつかあった泥のプールを抜けたところで、スーツ太郎が戻ってきた。

 彼は地面にこんなメッセージを書く。



《眠る泥を使った。人間二人、救助求む。クロエより》



 眠る泥……。

 俺たちを食堂で眠らせたあの甘い香りがする泥か!


 スーツ太郎にいくつか質問をして、もう少し状況を確認する。スーツ太郎は、クロエ・ズーキンに――すなわち黒ずきんさんに会うことができたらしい。

『俺たちが救出に来ていること』も、彼女にちゃんと伝えたみたいだ。


「シャンズの妹が、この少し先にいるのだな。そして、人間が二人ということは、もう一人は……」


 杏太郎がそうつぶやくと、コンチータがポシェットの中の小さな泥人形を彼に見せた。


「このカトレア様をお作りになったという、クロエ様とは別の『ゴーレム使い』様でしょうか?」


 スーツ太郎と違ってカトレアは、俊敏しゅんびんには動けない。

 だから、少し前からコンチータのポシェットの中に入ってもらっていたのだ。

 杏太郎はうなずく。


「そうだろうな。二人のゴーレム使いをこれから助けるわけなのだが――」

「杏太郎が気になっているのは、眠る泥だろ? 俺たちを食堂で眠らせたやつを、黒ずきんさんは使ったんだ。あの泥は準備に時間がかかるらしい。まあ、救出されることを信じて用意していたんだろうな」


 俺がそう言うと、杏太郎は微笑む。


「シュウの考えを、もっと聞かせてくれ」

「ああ、うん。黒ずきんさんは、その場にいたら自分も眠ってしまうことを知っているのに、あえてあの泥を使ったんだよ」

「うんうん」

「彼女が捕まっている場所はたぶん、俺たちが踏み込んだ瞬間に、すぐにギーガイルたちにバレてしまうような場所なんじゃないかな? さっきの牢屋の扉があった通路みたいな見通しの良い場所とか?」

「なるほど。とにかくそうした方がいいと思った理由が、彼女の方にはあったのだろう」

「ただ、何か対策をしておかないと。このまま突入したら俺たちも眠ってしまう」


 すると杏太郎が、右手を前に出しアイテムを出現させる。

 マスクが二枚出てきた。覆面ふくめんタイプのマスクではなくて、鼻と口部分を覆うタイプのマスクだ。花粉症やインフルエンザが流行はやっているときに使用するようなやつである。

 ただし、マスクの色は二枚とも黒だった。


「こんな感じのマスク、異世界にもあるんだ……」と、俺はつぶやく。

「ああ、そうだ。実はボクは花粉症でな。金に物を言わせてこのマスクを開発させたんだ」

「えっ? こっちの世界にも花粉症ってあるの?」

「あるぜ。ボクが苦しんでいるのは、スギ花粉だ」


 この異世界にもスギって生息しているんだ……。


「それで、こっちの世界のボクの父親が、カンカンに怒ってしまってな。スギが生息している近隣の土地を可能な限り買い占めて、すべて切り倒そうとしたんだ」

「はあっ? 父親の過保護、すごいッスね……」


 俺は苦笑いを浮かべる。

 お金持ちの考えることはわからん……。


「くくくっ……まあ、さすがにそれは止めたぜ。木を切り倒しまくったら、山崩れだか土砂どしゃ崩れだかが起きそうだしな」

「そりゃ、賢明だ」

「だから、その代わりにマスクを開発させたんだよ。魔法の技術も使用しているから、かなり高性能なんだぜ。おそらく、眠る泥の甘い香りに対しても効果があると思う。ただし、二枚しか持っていないんだ」

「じゃあ、救出に向かうのは二人だけにした方がいいかもな」


 この先へと進むのは、スーツ太郎と人間二人ということになった。

 山賊の男・シャンズが手をあげる。


「ご主人様、ワシに行かせてください。妹をこの手で助けたいんです」

「ああ、頼む。一人はシャンズで決まりだろう」


 そう言うと杏太郎は、黒いマスクをシャンズに手渡す。

 毛皮を身につけたワイルド系イケメンが黒いマスクを顔に装着するとヤンキーっぽさが、うなぎのぼりである。

 喧嘩上等けんかじょうとうって感じだ。


「シュウ。もう一人は誰がいいと思う?」


 当然、俺が行きたい!

 目の前で黒ずきんさんを誘拐されたんだ。彼女をきちんと自分の手で取り返したい。

 それには、杏太郎を説得しなくてはいけないだろう。


「なあ、杏太郎。きっと、眠っている大人の人間を抱えて走ることになると思うんだよ。そうなるともう一人は体格的にも、女剣士か俺が適任だと思うんだけど……ここは俺に行かせてほしい」

「女剣士ではなく、シュウが行くのか?」


 俺は小さくうなずく。


「ああ。牢屋にいるギーガイルたちがすべて眠っているのなら、きっと俺でも大丈夫だ。女剣士よりも俺の方が『ちから』が強いし、『すばやさ』も上だ。眠っている人間を抱えて行動する場合、単純に走るだけなら俺の方が女剣士よりも速い気がする」

「なるほど。そうかもな」

「それに、ここに残った杏太郎たちが、もしも眠っていないギーガイルたちと遭遇そうぐうしてしまったら? 女剣士なら今までどおり上手く処理してくれるだろ? だから女剣士は杏太郎たちとここに残ってもらう」


 杏太郎も納得してくれたようだ。

 俺は受け取った黒いマスクを、顔に装着した。

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