023 『オークション開催』は戦闘スキル

 セーブポイントのような泉から出ると、洞窟内をしばらく歩いた。

 いよいよ、黒ずきんさんが捕らわれている牢屋ろうやの入り口へと近づく。


 牢屋の番人だろうギーガイルが二体、椅子に座って正面をじっと凝視ぎょうししていた。

 二体の背後には、大きくて頑丈がんじょうそうな金属製の扉がある。

 鉄板てっぱんみたいな扉だ。


 鉄格子てつごうしの扉だったら、奥がどうなっているのか隙間すきまから見えただろう。だが、そういう扉ではないのだ。扉の向こう側がどうなっているのかまったく見えない。


 黒ずきんさんが扉のすぐ奥に捕らわれているのか……。

 それとも、まだまだ通路が続いているのか……。


 俺たちが今いる場所から右折すれば、牢屋の扉へと続く通路に出ることになる。

 しかしそこは、一本道の通路だった。

 扉には正面から近づくしか方法がない。


 正面をじっと監視している番人たちは、たとえ小さな泥人形だろうが、近づいてくる者をけっして見逃さないだろう。

 スーツ太郎も下見に訪れたとき、ここから先に進むことは断念したらしい。


 二体の番人のうち片方だけが、牢屋の鍵と思われる鍵束かぎたばをネックレスのようにして首からぶら下げていた。

 金属アレルギーなのか、首の周りの皮膚が赤い。間違いなく炎症を起こしている。

 例の杏太郎のドーピングのおかげで俺の視力は相当よくなっていた。番人の皮膚の赤みさえも、遠くから確認できたのだ。


 炎症を起こしている皮膚が、やはりかゆいのだろう。魔物はときどき爪を立てて、カリカリと皮膚を掻いていた。

 金属アレルギー持ちにとって、鍵束をネックレスにして身につけなくてはならないその仕事は、とてもつらいはず。


 いっそのこと鍵束を首から下げるのをやめたらいいのに……。

 まあ、俺には関係のないことだ。


 俺は杏太郎に尋ねた。


「さて。どうやって、ここを突破しようか?」

「うーん」

「見通しの良い一本道だから、隠れて魔物に近づくのは無理そうだけど?」

「これまでのように地形を上手く利用して、女剣士に二体の魔物を静かに処理してもらう方法は難しいだろうな」


 杏太郎がそう言うと、女剣士がこくりとうなずく。


「うむ。この一本道で正面から突っ込んでいった場合、二体を倒す前にどちらか片方に『ガー! ガー!』と、大きな鳴き声を上げられる可能性が高いな」


 ……さすがの女剣士でも、やっぱり難しいのか。

 女剣士は申し訳なさそうな表情で話を続ける。


「隠れて近づけさえすれば、鳴き声を上げさせずに二体同時に倒せるのだが……。私の腕がまだまだ未熟みじゅくで、すまん」


 俺は首を横に振って言う。


「いやいや、女剣士が謝ることはないよ。ここまで魔物たちに気づかれずに来られたのは、女剣士の果たした役割が大きいんだ。本当にありがとう」

「こちらこそ、ほめてくれてありがとう、競売人」


 女剣士は、にこりと笑った。

 それから俺は自身のアゴの下に手を当て、眉間みけんにシワを寄せる。


 俺が石でも投げるか?

 しかし、コントロールがなあ……。

 外したときに、あの金属の扉に当たって、大きな音が鳴るだろうし。


「なあ、杏太郎。本当にどうする? 魔物たちに下手に騒がれたら、扉の奥にいるだろう黒ずきんさんが――シャンズの妹が、今よりもさらに危険な状況にさらされるかもしれない。あの扉の奥にもまだ通路があって、別のギーガイルがいる可能性だってあるよな」


 俺の話を聞くと、杏太郎がこんな提案をする。


「今、思いついたんだが、あの牢屋の鍵をボクがオークションで落札してしまうというのはどうだ?」

「えっ?」

「とにかくあいつら二体を、コンチータのオークションハウスの中に強制的に入れてしまえばいいんだ。そうすれば、二体の魔物たちに大声で鳴かれようが、やつらの声はオークションハウスの外にはけっして漏れない」


 オークションハウスに、そんな使い方が?

 杏太郎が話を続ける。


「オークションハウスは、ボクたちが今いる場所とは、空間も時間も分断された完全な密室となっているみたいだからな」


 俺は杏太郎に尋ねた。


「オークションハウスの中に引き入れたら、その時点であの二体の魔物を倒すことはできるのか?」

「いや、オークションハウス内では暴力行為が禁止されていると思う」

「じゃあ、戦闘はできないのか」

「多少の暴言や、ののしり合いくらいは許されているみたいだ。だが、あの空間の中で戦闘行為はできないはず」

「そっか」


 しかし、金髪の美少年にはアイデアがあるみたいだ。

 彼は女剣士に向かって言う。


「売買が成立すると同時に、全員がオークションハウスから解放される。牢屋の扉の前の空間に全員が戻ってくるんだ。女剣士は、オークションハウスから解放されるその瞬間に、二体の魔物のすぐそばに立っていてくれ」

「うむ」

「魔物のすぐそばに立ったままの状態で、女剣士もこの空間に戻ってこられるはず。そして、オークションハウスから解放されたその瞬間。女剣士は自分のそばにいる二体の魔物に対して攻撃が可能になる」


 赤髪のポニーテールを揺らしながら、女剣士はうなずく。


「なるほど。オークションハウスから解放された瞬間に、私があの二体を倒すのだな。鳴き声を上げる時間も与えずに」

「そういうことだ、くくくっ」


 杏太郎が不敵に笑う。

 俺は女剣士の肩をポンポンと叩きながら言った。


「女剣士、頼むな」

「任せておけ、競売人」


 普段はポンコツっぽいけど、戦闘時における女剣士の優秀さはもう充分にわかっている。

 今の彼女は、本当に頼もしい存在だ。

 それから俺は、杏太郎にこんな質問をした。


「なあ、オークションに出品する物を、魔物が持っている牢屋の鍵にするんじゃなくてさ。たとえば『女剣士の持ち物』をオークションに出品して、杏太郎が落札するとか。そんなオークションの開催じゃダメなのか?」


 杏太郎は胸の前で腕組みして答える。


「うーん、それは残念ながらダメだったと思うぜ。少なくともシュウは、ここにいる全員のことを、もう自分の仲間だと認識しているだろ?」

「ああ」

「ボクも全員仲間だと思っている。仲間の持ち物を、仲間内でオークションにかけて、仲間同士で落札して終わるというそんなオークションは、『オークション開催』スキルを使用して行うことはできないみたいなんだ」

「へえ、そうなんだ」


 杏太郎は『オークション開催』スキルについて、もう少し詳しく教えてくれる。


「今、シュウとコンチータが身につけている『オークション開催』スキルなんだが、一応『戦闘スキル』ってことになっているんだぜ」

「えっ、戦闘スキルなの?」

「敵に強制的にオークションをふっかけるスキルなんだ。あくまでも戦闘時に使用する『戦闘用のスキル』ってことで、確か仲間相手には使用できない」

「このスキル、そういう不便な面もあるんだな」


 杏太郎は小さくうなずく。


「まあ、今のところはな。ボクもそこまでめちゃくちゃ詳しいわけではないし、今後オークショニアのレベルが上がると、そのスキルがどう成長していくのかまでは知らない」

「スキルの成長か……」

「ああ。それと、コンチータのレベルがもっと上がれば、オークションハウスの別の使い方ができるようになるはずなんだよ」


 俺は小さく首をかしげる。


「別の使い方?」

「戦闘スキル以外の使い方を習得すれば、たとえばオークションハウスを宿泊施設みたいに使えるようになると思う。今はまだレベルが低いから無理だけど」

「へえ。それは便利そうだ」


 テントを用意したり、宿屋を探さないで済むのか。

 杏太郎は頭をポリポリ掻きながら言う。


「とにかく今回は、魔物が首から下げている牢屋の鍵をオークションで落札するってことでいいんじゃないか? あの鍵は、ボクたちが本当に必要な物だし」

「そうだな。そうしよう」


 杏太郎の意見に賛成した後、俺はさらにこう尋ねた。


「それにしても杏太郎は、どうしてオークション関係のことにそこそこ詳しいんだ?」

「んっ?」

「オークショニアって確かこの異世界じゃ、めちゃくちゃレアな職業だって、前に言っていただろ?」

「別にオークション関係に限らず、ボクは世界の様々なことに、そこそこ詳しいぞ?」

「いや、まあ確かにそうなんだろうけど……」


 俺が納得していないような表情を浮かべたからかもしれない。

 杏太郎はごく短いため息をついてから、こんな過去を打ち明けてくれた。


「ボクは昔、シュウ以外の他のオークショニアと組んでいた時期があったんだよ」

「他のオークショニアと?」

「ごく短い期間だったけどな……。さあ、無駄話はこれくらいにして、さっさとシャンズの妹を助けよう」


 なんとなくだが、そのオークショニアの話を、杏太郎からそれ以上詳しくは聞けそうにない雰囲気だった。

 それに今は、黒ずきんさんの救出である!

 これから開催するオークションのことに集中しなくては!


 金髪の美少年が、コンチータに言う。


「では、コンチータ、頼むぞ。今は『レベル2』で、残念ながらまだそれほど広いオークションハウスを出現させることはできない」

「はい」

「けれど、この場所でオークションハウスを出現させても、扉の前にいるあの二体の魔物だったら、コンチータの敷地内になんとか入っていると思う。さあ、オークション開催だ」

「かしこまりました、お兄ちゃん様」


 コンチータは、こくりとうなずくと、青い髪を揺らしながら地面に手をついて言った。


「オークションハウス・オープン!」


 周囲が青白い閃光せんこうに包まれる。

 次の瞬間――。

 洞窟の中にいたはずの俺たちは、オークションハウスの中に立っていた。


 俺が通っていた高校の教室ほどの広さの部屋だ。

 二体のギーガイルたちも、きちんとオークションハウスの敷地内に入っていたみたいで、強制的に移動させられている。


「なんだここは!? ガー! ガー!」と、金属アレルギーのギーガイルが騒いだ。

「オレたち、どうしてこんな場所に? ガー! ガー!」と、もう一体のギーガイルも騒ぐ。


 大声で「ガーガー」鳴くのだけれど、ギーガイルたちの声はオークションハウスの外には漏れていないはずである。


「本当に、こういう使い方もできるんだ……」


 と、俺はつぶやいた。

 有無うむを言わせず敵を、こちら側のフィールドに引き込んでしまえるなんて……。

『オークション開催』スキルの今後の様々な可能性を考えると、これは『チート級のスキル』なのかもしれない……。


 部屋の四方は完全に白い壁で囲まれていた。窓ひとつなければ、出入りするためのドアもない。

 密室である。

 元いた空間とは完全に切り離された別の空間だ。

 外部から敵の援軍や邪魔が入る心配もない。


 以前と同様、天井にはシンプルなデザインのシャンデリアがいくつか吊るされている。

 オークショニアが立つり台も、きちんと設置されており、その正面の客席には木製の椅子が10脚ほど――いや、15脚並んでいた。


 さっそく杏太郎が、前列中央の――競り台の真正面の椅子に、ひらりと座りながら言う。


「オークションハウスのレベルが2に成長したから、レベル1のときよりも椅子が5脚ほど増えたんだな、くくくっ」


 えっ……それだけ?

 レベルが1つあがっても、椅子がたった5脚増えただけなんですか?


 そう思いながら俺は、自分の居場所である競り台へと移動した。

 さあ、オークションのはじまりである。

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