022 泥人形のカトレア

 待ったのは、ほんの数十分くらいだっただろうか。

 スーツ太郎が俺たちの元に走って戻ってきた。

 同じくらいのサイズの泥人形を、お姫様抱っこしながら――。


「スーツ太郎っ!? 洞窟の中でいったい何があった!?」


 泥人形が2体になって戻ってきたことに、俺は思わず大きな声を出してしまう。

 スーツ太郎は、抱っこしていた泥人形を地面に慎重に寝かせた。

 それから、木の枝を使って地面にこう書く。



《誰か、彼女の手当てを頼む》



 俺たちは全員で顔を見合わせる。


 えっ……どうすればいいの?


 俺はスーツ太郎に聞こえないような小声で山賊の男に尋ねた。彼なら、妹の黒ずきんさんから、泥人形を手当てする方法を聞いているのではと考えたからだ。


「シャンズ……泥人形の手当てって、どうやるんだ?」

「すみません、弟さん。ワシも知らんのです」


 女剣士が小声で会話に参加してくる。


「とりあえず泥でも塗っておけばいいのではないか?」


 杏太郎も小声で口を挟む。


「では、ボクが水筒の水と地面の土を混ぜて、泥を作ろう。それを塗ってやろうじゃないか」


 杏太郎がさっそく地面に水筒の水を垂らすと、コンチータが待ったをかけた。


「お兄ちゃん様、お待ちください。スーツ太郎様が連れていらっしゃった泥人形様なのですが、女性のようですよ。『彼女の手当て』と地面に書いてあります。彼女の身体に泥を塗る役目なのですが、同じ性別のわたしの方がよろしいのではないでしょうか?」


 俺は苦笑いを浮かべる。

 んんっ? もしかしてコンチータは、杏太郎が他の女の子の身体に泥を塗るのが嫌なのだろうか?

 泥人形相手に嫉妬? まさかな……。


 コンチータは、自身の青い服が汚れないように気をつけながら、地面の泥を手ですくって、横たわる泥人形の身体に塗ってやった。

 それを見ていたスーツ太郎が、地面に字を書く。



《ありがとう、青い服のお嬢さん。もう大丈夫だ》



 どうやら、泥人形の手当てはこれで正しかったみたいである。

 しばらくすると、スーツ太郎が連れてきた泥人形が動き出した。コンチータの手当てのおかげだろう。

 レア個体のゴーレムではないようで、動きがスーツ太郎ほど俊敏しゅんびんではなく、字も書けないようだ。

 スーツ太郎が地面に字を書いた。



《彼女の名前は、『カトレア』》



「カトレア?」と俺は声に出す。

 スーツ太郎は、地面に字を書き続ける。


《彼女の美しさは、大輪たいりんの花を咲かせるあのカトレアを連想させる。だからオイラが『カトレア』という名前を彼女に付けた》


 おっと……スーツ太郎、ロマンティック!

 あと、この異世界にはカトレアという名前の花が存在するんだな。

 元いた世界のカトレアと同じ花だろうか?


 カトレアと名付けられた小さな泥人形だが、スーツ太郎の説明によると、黒ずきんさんの手によるゴーレムではないとのことだ。

 洞窟内にクロエ・ズーキンとは別の『泥属性』のゴーレム使いが、もう一人捕まっているのかもしれない。

 そのゴーレム使いが助けを呼ぼうと放った泥人形が『カトレア』なのだろう。

 けれどカトレアは、ダンジョンの途中で動けなくなっていた。それをスーツ太郎が助け、お姫様抱っこして戻ってきたのである。


 スーツ太郎だが、黒ずきんさんと会うことは出来ていないらしい。

 だが、洞窟内のギーガイルたちの会話を盗み聞きして、彼女が捕まっている場所は特定することができたみたいである。


 スーツ太郎の案内で、いよいよ俺たちは洞窟の中に踏み込むことになった。



《安全な道を見つけてある。みんな、ついて来てほしい》



 スーツ太郎は地面にそう書くと、俺たちの先頭に立った。

 彼は一人きりの冒険を終え、ガールフレンドらしき泥人形とも出会い、どこか少し大人になって俺たちの前に戻ってきたのだ。

 彼の隣には、すっかり元気になったカトレアが寄り添う。

 お似合いのカップルのように見える。


 洞窟の出入り口は3ヵ所あるらしいのだが、スーツ太郎の案内でもっとも安全な入り口から奥へと進んだ。


 ちなみに、シャンズが管理していたギーガイルだけど、外に生えていた大きな木に鎖でぐるぐる巻きにして置いてきた。

 目隠しをして、声を出せないよう口に、さるぐつわもほどこしてある。

 すべてが無事に終わったら開放する約束だった。


 さて、異世界に来てはじめてのダンジョンだ。

 ギーガイルたちが住処にしているダンジョンは、山を少し登ったところから洞窟に入り、なだらかな下り坂となっている通路を、下へ下へと歩いていく感じだった。


 たいまつが通路のところどころに設置されている。明かりにはそれほど困らなかった。

 俺が元いた世界の都心の地下街と比較してしまうと、通路は圧倒的に狭い。

 だけど、この人数で探検している限りは、息苦しさを感じるほどの狭さではなかった。


 洞窟の中は想像していたよりも、ずっと静かだった。

 夜だから、魔物たちも眠っているとか?


 スーツ太郎は、洞窟内をものすごいスピードで走って下見を済ませてきたようだけど、小さな泥人形だからこそ可能なことだった。

 俺たちはこの人数で、音を立てずに走って進むことなど難しい。

 できるだけ静かに、慎重に歩いて進んだ。


 洞窟は長く、二方向や三方向に分かれた道や、地下水が溜まった池なんかも存在していた。

 スーツ太郎が選ぶルートが、他のルートと比べて安全かどうか俺たちにはわからない。

 この小さな泥人形を信じるしかないだろう。

 カトレアという泥人形が隣にいる状況で、彼がわざわざ危険なルートを選ぶとは考えにくいし。


 見回りのギーガイルたちとは、道中で二回遭遇した。見回りは二体一組で行動しているみたいだった。

 女剣士が無駄な音を一切立てずに、すべて一瞬で倒してくれた。魔物たちが「ガー! ガー!」と鳴く時間さえ与えなかった。

 彼女は一度ゲロを吐いた後は顔色もすっかり元に戻っており、戦闘となればやはりとんでもなく優秀な剣士だった。

 仮にこの世界がゲームだとしたら、絶対に『SSR』クラスの存在だろう。


 ダンジョン内をしばらく歩くと、んだ美しいき水が溜まっている泉にたどりついた。

 通路よりもいくらか広い場所で、なにやら神様でもまつっているのか、小さなほこらのようなものまであった。

 杏太郎がみんなに言った。


「魔物が入ってこられない神聖な場所のようだな。ここで少し休憩しよう」


 はい? 魔物が入ってこられない神聖な場所?

 なんで、ゲームのセーブポイントみたいな場所が、洞窟内に突然あるの?

 そして魔物たちは、どうして自分たちが近づけないスポットがある洞窟を、わざわざ自分たちの住処に選んだの?

 だって、神聖なスポットが存在する洞窟は、魔物たちが暮らすのに不便だろ?

 それと、こんなセーブポイントみたいなスポットがある洞窟、そのうちに勇者みたいな奴が自分たち魔物を倒しにきそうだと思わないのか?


 まあ……あまり細かいことを考えてはいけないだろう。ゲームなんかでは、よくあることだ。

 俺以外の人間は、この場所の存在に誰も疑問を抱いていない様子だし……。


 ほんの10分ほど、神聖な場所で休憩することになった。

 水を飲んだり、お菓子なんかを口にしたりして、思いおもいに各自で過ごしていた。

 俺はスーツ太郎と二人きりで話をした。


「なあ、スーツ太郎。ずっと後ろから見ていたのだけど……お前、カトレアとずっといい雰囲気だったな」


 俺はそう言って、スーツ太郎をからかった。

 すると、スーツ太郎は地面にこう書いた。



《この戦いが終わったら、オイラ、カトレアに結婚を申し込むつもりなんだ》



 あっ……。

 スーツ太郎さん、それマズイっす……。

 その発言は、完全に死亡フラグっすよ……。


 それと、恋人関係をすっとばしての結婚は、さすがにあせりすぎだと思う。

 あと……この異世界……。

 人間たちは恋愛が苦手みたいだけど、泥人形は恋に対してこんなにもアグレッシブなの?


 スーツ太郎は恥ずかしかったのか、俺以外の人間やカトレアに見られる前に、地面の字を足でこすって消してしまったのだった。

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