021 女剣士との戦いとゴーレムのレア個体

「ところで競売人よ。ここはどこだ?」


 女剣士は周囲を見渡しながらそう言った。

 もうすっかり暗くて、月明かりと杏太郎が用意していたランタンの灯りが頼りだった。

 異世界に来て、はじめての夜である。

 夜空の月だけど、元いた世界と同じような月だった。


 俺は水の入った水筒を女剣士に差し出しながら言った。


「ここは町外れだ。これから俺たちは魔物の住処すみかに乗り込むんだよ」

「どうしてだ? 酒に酔った勢いで、面白半分で乗り込むのか? ふふっ」

「そんなわけないだろ? シャンズの妹が魔物に捕まったんだ」

「あのゴーレム使いの女が? なるほど。私たちの仲間であるシャンズ殿どのの妹が捕まったのであれば、それは助けに行かねばならんな」


 女剣士は水をガブガブ飲んだ後、座っていた大きな石から立ち上がる。

 俺は彼女から水筒を返してもらうと、こう尋ねた。


「お前、酔っ払っているんだろ? 戦えるのか?」

「魔物退治と聞けば、すぐに酔いもさめよう」


 ウェディングドレス姿の女剣士は、そんなカッコイイセリフを口にすると、俺たちの元から少し遠ざかる。

 続いて彼女はこちらに背中を向け、例の『一瞬で着替えるスキル』を使用した。

 身体から出る閃光せんこうおとろえているので本当に弱い……。一瞬全裸になったときなんか、女剣士の尻が丸見えだった。


 彼女も一応、自分の身体から出る光が衰えていることを知っている。

 だから、俺たちから離れ、背中を向けて着替えたのだろう。


 ふと、杏太郎を見ると、顔を両手で覆っていた。

 シャンズや魔物も、顔を両手で覆っている。

 この異世界……魔物までエロに対して耐性たいせいがないの?


 赤い服に銀色の胸当てという姿に戻った女剣士が、俺を手招てまねきする。


「競売人よ。私が酔って戦えぬかどうか、その身体で確かめてみるがいい」

「んっ?」

「正直、今のお前は私よりも『力』が強く『防御力』も高く、そして『すばやさ』もまさっているだろう」

「まあ、杏太郎のアイテムのおかげで、他にも能力値が色々とカンストしているようだけどな」


 100体ほどの泥人形との戦闘訓練で、力の調節も上手くなったと思う。

 たぶんだけど、今の俺はこの異世界でもかなり強い方なのではないか。


 女剣士は足もとに落ちていた長めの木の枝を一本拾い上げると、剣のようにして構えた。


「競売人よ。身体能力だけを考えれば、おぬしは私よりもはるかに強い。だが……。まあ口で説明するよりかは、経験だな。一度、全力でかかってきてもいいぞ」

「えっ?」

「今から、私と戦うんだ。私が戦える状態かどうか、おぬしは調べたいのだろ?」

「腰の剣は抜かないのか?」

「木の枝で問題なかろう。遠慮せず、全力でかかってくるがいい」


 剣を持った相手と戦うのはまだ怖い。けれどまあ、木の枝なら大丈夫だろう。

 この酔っぱらい……どうしてやろうか……。

 とりあえず、あの木の枝を蹴り飛ばそう。


「本当にいいんだな?」

「ああ、よいぞ。競売人」


 女剣士が構えている木の枝を右足で蹴り上げてしまおうと考え、俺は動き出した。

 そして、俺の右足が地面から離れ、蹴りを繰り出そうとした刹那せつな――。軸足にしていた左足を、木の枝であっさりと払われる。

 足払いをくらった俺は、その場で背中から転倒した。


「なっ!?」


 俺がそう声をあげた瞬間――。

 女剣士は、俺ののどに木の枝の先端をぐぐっと当てていた。

 喉の皮膚ひふが少し痛い……。

 この異世界、いくら防御力がカンストしていても、喉などの『人体の急所』への攻撃はさすがにマズイみたいだ。女剣士がその気になれば、木の枝が俺の喉をつらぬくことだろう。


「私の勝ちだな、競売人。これでも私が戦えぬと思うか?」

「いや、悪かった。大丈夫そうだな」

「ふふっ、競売人よ。おぬしはやさしいから、私の身体に直接攻撃することを躊躇ちゅうちょしたのだろ? まずはこの木の枝を狙ってくると思っておったぞ。そして、身体の向きや視線などで、おぬしが最初に木の枝を右足で蹴り飛ばしてくることはバレバレだった」

「な、なるほど……。素人と達人の戦いだったわけだ。俺が勝てるわけがない」


 さすが『SSR』クラスの女剣士。この強さは『星5:★★★★★』で間違いない。

 泥人形とは違うんだな……。

 たとえこちらのステータスがいくら超人みたいになっていても、プロとアマチュアの違いみたいなものを一瞬で見せつけられてしまったのである。


「競売人よ。おぬしの身体能力は、この世界できっと最上位のものだろう。ただ、戦いというものは、身体能力のみで勝敗が決まるものでもない。今回のように身体能力で劣る方が、ごくごく簡単に勝つことだってよくある」

「お、おう……」


 俺は地面に背中をつけたままうなずく。


「今後のことはわからんが、現段階では近接戦闘に限れば、私はおぬしよりもきっと何十倍も強い。そんな私が、おぬしに一度きちんとした負けを経験させてやるのも役目だと思ったのだ」

「そっか。それは感謝しなくちゃな。俺は急に超人的な力を手に入れたせいで、少し調子に乗っている部分が確かにあった」

「わかってくれたか。手荒なマネをしてすまなかったな、競売人」


 女剣士は地面に横たわる俺に手を差し伸べてくれる。

 俺は彼女の手を握って立ち上がった。


「なるほどな。『ひょっとして俺は、もう相当強いんじゃないか?』なんて少し勘違いしかけていたけど……。お前のおかげで、今の自分の力にうぬぼれることもなくなりそうだ。本当にありがとう、女剣士」

「うむ。競売人よ、この負けでおぬしは今後きっと強くなる。だが、今はまだ弱いのだ」

「ああ」

「しばらくの間、戦闘時は遠慮せずこの私を頼りにするのだ。おぬしを必ず守り抜いてみせよう! 私の背中を見て、強くなるがよい!」


 女剣士はそんなカッコイイセリフを口にした後、突然うつむく。

 そして、その場で思いっきりゲロを吐いた。


「お、おええ……」


 ああ……やっぱり……。

 酔っ払っていたのに、急に戦闘したりするからだ。


 俺は女剣士の背中をさすってやる。

 ゲロを吐いているからだろうか……。今の彼女の背中は、なんて小さくて頼りないのだろう……。

 この背中を見て俺は強くなれるの?


「競売人よ、背中をさすってくれてありがとう。お、おええ……」

「俺はお前に勝てなかったけど、そんなお前でも酒には勝てないんだ。今後はもう、無茶な酒の飲み方はするなよ?」

「う、うむ。すまない。今後は気をつける……」


 女剣士は反省しているのか、震えるような小声でそう言った。


 これだけ強いのに、どこかマヌケな女剣士のそんな姿がなんだか可愛かった。

 俺が中学生の頃だったら、酔っ払ってゲロを吐く大人の女の人なんて、ドン引きだったかもしれない。

 けれど今はもう――。

 人間のそういう弱くて情けない部分なんかも、俺は受け入れることができる。可愛いとさえ思えるようになっているみたいだ。


 それでもやっぱり……。

『ゲロ臭い女の人』は、ちょっと嫌かもだけど……。




 町外れからさらに歩き、俺たちは魔物の住処のすぐ近くまでやってきた。

 山を少し登った辺りに洞窟どうくつがあったのだ。


 山頂さんちょうが住処とかじゃなくて本当によかったぜ……。

 夜間の登山なんて、ごめんだからな。

 俺は山賊の男・シャンズに尋ねた。


「近くの洞窟が、そのガーゴイルみたいな魔物たちの住処なのか?」

「ええ、そうみたいです。あと、弟さん。こいつらは『ギーガイル』と呼ばれている魔物ですぜ」

「ガーゴイルじゃなくて、ギーガイル?」


 あっ……。

 なんか、ちょっとおしい名前だな。


 ギーガイルと呼ばれる魔物は、あいかわらず大きな布を魔法使いのローブのように頭からすっぽりと被せられている。

 そんな魔物が俺に向かって言った。


「オレを捕まえた人間よ! ガーゴイルって名前の魔物は、また別にいるぜ。オレたちは『ギーガイル』だ。二度と間違えるなよ! ガー! ガー!」


 じゃあ、そこはせめて『ガー! ガー!』じゃなくて、『ギー! ギー!』って鳴いとけよ……。

 ギーガイルなら、『ギー』の方を強調しといた方がよくない……?


 シャンズが、ギーガイルの首の鎖をガシャリっと引っ張る。


「おい、コラ! ワシのご主人様の弟さんに向かって、なんて口の聞き方をしてんだ!」

「す、すんません……。ガー! ガー!」

「お前! また、アレをするぞ、コラ!」

「ひっ……ひい! あ、アレだけは、どうかご勘弁かんべんを……。ガー! ガー!」


 アレってなんだ……? 拷問ごうもん

 きっと……知らない方がいいこともあるだろう。


 シャンズが魔物から聞き出した情報では、捕らえてきた人間をぶち込んでおく牢屋ろうやは、洞窟内の数カ所に点在しているらしい。

 黒ずきんさんが洞窟内のどの牢屋に入れられているかは、俺たちが捕らえているギーガイルも本当に知らない様子だった。

 また、洞窟の出入り口は3ヵ所あるそうだ。

 杏太郎がみんなに言った。


「適当な入り口から入って正面突破で大暴れするというのも面白いが、まずはやはり『シャンズの妹の安全を確保すること』を最優先にしたい。洞窟内のどの牢屋にシャンズの妹が捕らわれているのか、それが事前に分かればありがたいのだけどな」


 すると突然、コンチータのポシェットから小さな泥人形が飛び出した。

 青髪の少女が口を開く。


「スーツ太郎様?」


 スーツ太郎は落ちていた木の枝を拾い上げると、地面に字を書きはじめた。



《オイラが、先に一人で行って調べてくる》



 俺は小さな泥人形に尋ねた。


「えっ? スーツ太郎が行くの? あと、お前、字が書けるの!?」


 ……それと、お前の一人称って『オイラ』なの?


 スーツ太郎は、こくりとうなずく。

 それから彼は、ピョンピョン飛び跳ねたり、逆立ちしたりして、ものすごく俊敏しゅんびんに動きはじめた。

 町で目にした動きとは、別次元の動きだった。

『これだけ動けるから、オイラは一人でも大丈夫だよ』と、俺たちを安心させようとしているのかもしれない。


 杏太郎がゴーレムについて説明してくれる。


「ゴーレムの中には、偶然できる『レア個体』というものが存在する。そんな話を聞いたことがあるんだ。『普段とは違った思いなどを込めて特別に作ったゴーレム』などは、レア個体のゴーレムになりやすいらしいのだが……」

「レア個体?」


 俺が首をかしげると、杏太郎は説明を続ける。


「『レア個体』のゴーレムは、自分を作ったゴーレム使いがすぐ近くにいると、かなり精密せいみつな動きをすることができるそうだ。スーツ太郎のこの動き……。この洞窟の中にこいつを作ったゴーレム使いが――つまりシャンズの妹がいると考えて間違いないだろう」

「なるほど。黒ずきんさんが近くにいるから、スーツ太郎の動きが、突然こんなにも精密になったんだな」


 杏太郎は笑い出す。


「くくくっ……しかし、これほどの動きができるレア個体のゴーレムを、たとえ偶然でも作り出したのなら、シャンズの妹はかなり才能のあるゴーレム使いだな。スーツ太郎は小さなゴーレムだが、もしも『巨大サイズのゴーレム』で、このような動きが出来るレア個体を複数作り出せたなら……くくくっ」


 ああ……杏太郎、また中二病みたいになっているぜ。

 亡くなった俺の兄の杏太郎は、ロボットアニメとか好きだったけど、ゴーレムを巨大ロボットと考えたら、もしかしたら今のこいつみたいな反応をしたかもな……。


 結局、なんの手がかりもない段階で、洞窟内に全員で踏み込むのは危険だと俺たちは判断した。

 黒ずきんさんの居場所を特定し、彼女の安全を確保するために、まずはスーツ太郎に洞窟内の偵察ていさつを任せてみることになったのだ。


「スーツ太郎様、お願いします。どうか、お気をつけて」


 コンチータが心配そうにそう言うと、スーツ太郎はその場で一度ぴょこんと飛び上がった。

 その後、小さな泥人形はものすごいスピードで走り出すと、洞窟の中に単独で入っていったのである。

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