020 お姫様抱っこされた花嫁と夢
二枚の抽象画をしまうと、俺は杏太郎に尋ねた。
「そういえば、この異世界でケータイを開発したって本当か?」
「ああ、うん。この世界では、ボクはとても恵まれた環境で生まれてきてな。前の世界の自分と違って身体も健康だった。そして、生まれた家がとても裕福だったから、色々と好き勝手やらせてもらえたんだ。ケータイの開発なんかも自由にやらせてもらったよ」
「へえ」
「子どもながらにして、金も名誉も手に入れた。ただ、弟だけがどうしても手に入らなかったんだ」
おっ……おう……。
「それで14歳の誕生日である今日、ボクは自分へのプレゼントとして、シュウをこの異世界に召喚したんだ、ふふっ」
ふふっ……じゃねえよ……。
杏太郎は話を続ける。
「前の世界でボクは14歳で死んだ。だから、14歳になった今日……再びこの14歳からシュウのお兄ちゃんをやり直したくてな。そしてボクは……今度こそは生きて楽しく15歳を迎えてみせるぜ。もちろん、その先も16歳、17歳と生きていくつもりさ」
「杏太郎……」
金髪の美少年は、ニコリと微笑むと言った。
「いやあー、誕生日のボクのわがままで、勝手に異世界に召喚してしまって悪かったな。でも、元の世界にいるシュウに、事前に説明する方法もなくてさ」
「まあ、そうだろうな。それで、俺は元の世界に戻れるのか?」
俺がそう尋ねると、杏太郎の声がいくらか小さくなる。
なにやら自信なさげな様子だ。
「ああ、うん……。異世界に召喚された人間が、心の底から本当に元の世界に戻りたいと願っているのなら、『元の世界の元の時間』に、いつかきちんと戻ることができる……はず」
「はず?」
杏太郎は後頭部をポリポリと掻きながら言う。
「実は、シュウの異世界召喚に本当に成功するとは思っていなくてさ……。戻し方の研究は、あまりしていないんだ」
「えっ?」
「召喚は絶対に失敗すると思っていたんだよ。これで失敗したら『弟を手に入れるという夢』に、きっぱりとあきらめがつくかなと思っていて……。そう思っていたんだけど、まあ、成功してラッキー、はははっ」
今度は『ラッキー、はははっ』……じゃねえよ!
「ボクがきちんとした戻し方も調べておく。だが……そもそもシュウの暮らしていた世界からこの異世界への召喚に成功した前例がひとつもないんだよな」
「前例がひとつもない?」
「そうだよ。シュウは、あの世界からこの異世界への召喚に成功した『唯一の存在』だと思うぜ。そしてボクは、あの世界で死んで、この異世界に生まれ変わることができた唯一の存在だと思うんだ。シュウは唯一の異世界『転移者』で、ボクは唯一の異世界『転生者』だ。だから、ボクたちはお互い、この世界ではオンリーワンの存在だな、くくくっ」
なんか……ちょっとイラッとする。
とにかく現時点で俺は、元の世界に戻れそうにない。
この金髪の美少年の研究の成果が待たれる……が、本当にきちんと戻し方を調べてくれるの?
「ああ、それでケータイなんだけどさ。実は、シュウに渡そうと思って用意していたケータイは、コンチータにあげてしまってな」
「ああ、うん」
「シュウの分のケータイは、また今度な。まあ、お前が今すぐにどうしてもケータイがほしいというのなら、コンチータから返してもらうが? どうする?」
いやあ……それは絶対にやめて!
コンチータ、お前からもらったあのケータイを、もう宝物みたいに扱っているんだから!
「バカ! それは、絶対にやめろ! あのケータイは、もうコンチータのものでいい!」
俺が大きな声でそう言い放つと、杏太郎は微笑んだ。
「ふふっ。弟から面と向かってバカと言われるのも楽しいものだな」
「ああ、すまん。つい……バカって言って悪かったよ」
俺は頭を下げる。
「いや、謝らなくてもいいぜ。シュウは昔から、口が悪くなるときがよくあったからな。お兄ちゃんは、もうそれには
「お、おう……」
「こうも金持ちになってしまうとな、面と向かって『バカ』などと言ってくる命知らずな奴も本当に少なくて……『バカ』と呼ばれるのも、それはそれで新鮮なんだよ! くくっ、くくくっ! はははははっ!」
うっ……。
この金持ち、なんか怖いです……。
宿屋の入り口で俺が、杏太郎とそんな会話を続けていると――。
見覚えのある男が道を歩いているのが目に入った。
あれは……?
ああ……首から下を砂地に埋められていた奇妙な男だ。
この町に着いて、俺たちがはじめて会話した人間である。
父親に逆らって埋められていたらしいが、夜には解放されると口にしていた。どうやら本当に解放されたようである。
しかしあの男の存在……なんか心に引っかかるんだよなあ……。
そんなことを考えていると、山賊の男・シャンズが魔物を連れてやってきた。
「ご主人様、お待たせしました。妹の連れ去られた場所が、わかりましたぜ。そこまでこいつに案内させますから」
そう言うとシャンズは、鎖をジャラリと引っ張る。鎖の先は、どうやら魔物の首にしっかりと巻かれているようだ。
鎖につながれた魔物なのだが、ものすごく大きな布を魔法使いのローブのように頭からすっぽりと被っていた。
これなら町の人々に見られても、魔物とはすぐにバレないかもしれない。
ただ、いくら大きな布で身体をすっぽりと覆っていても、2メートル前後の魔物の巨体は、町中でものすごく目立つんだけれど……。
大丈夫だろうか?
町が騒ぎになったりしないか?
行き先が決まると、いよいよ俺たちは黒ずきんさんの救出に向かうことになった。
俺は女剣士を部屋まで迎えに行く。
純白のウェディングドレス姿の彼女は、あいかわらず酔っ払って眠っていた。
「こいつ……。仕方ないか」
俺は酔っ払った花嫁をお姫様抱っこして、移動することにした。酒臭い……。
宿屋の店先に全員集合すると魔物の
先頭を、道案内の魔物と山賊の男が歩いた。
「前かがみになって、できるだけ身体を小さくして歩くんだ」
大きな布を被った魔物に向かって、シャンズはそう言った。
けれど、この巨体で前かがみになって小さくなっても、魔物はやっぱりデカくて目立つ。
その後ろをウェディングドレス姿の女剣士を抱えた俺が歩く。これもまた目立つ。
俺の後ろを、ポシェットに泥人形を入れた青髪の美少女が歩き、その彼女の隣を美少女みたいな美少年が並んで歩いた。
まあ……どうがんばっても目立つ団体である。
夜ではあるが、町の人々はまだけっこう出歩いていた。
中には俺たちに声をかけてくる人々もたくさんいる。
「おお! ご結婚ですか?」
「結婚おめでとう!」
「末永くお幸せに!」
新婚さんだと、完全に勘違いされていた。
「おめでとう! 見てよあの赤髪の花嫁さん。新郎の胸に恥ずかしそうに顔をうずめちゃっているわ!」
……いや、これはたぶん、この花嫁さんがゲロを吐きそうなだけです。
酔っ払って眠っているところを無理やり抱えて歩いているので、歩く振動で気持ち悪くなったのだろう。
女剣士は眠りながらも、俺の胸元で「ううぇ……うぇえ」と、えずいている。
こいつ……。せっかく黒ずきんさんに綺麗にしてもらったスーツに、もしゲロでもしやがったら、地面に叩きつけよう。
そんなわけで、『魔物の存在が町を騒がしくするのでは?』と俺は心配していたのだけど……。
実際に町を騒がせていたのは、この俺とお姫様抱っこされている酔っ払った花嫁だった。
やがて、町外れまでやってきた。
抱えていた女剣士を大きな石の上に座らせたところで、彼女がようやく目を覚ます。
「女剣士、起きたのか?」
「うっ……うう……競売人よ、私は夢をみたんだ」
「んっ?」
「ついに結婚できた夢を、さっきまでずっとみていた。町の人々が私と新郎を祝福してくれたぞ。せめて夢の中だけでも結婚できてよかった……」
ううっ……。
もう……悲しくなるから言わないで。
女剣士の夢の話に、俺は顔をひきつらせたのだった。
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