019 『抽象画』と『絵画のレアリティ』

 宿屋の裏側にあった人気ひとけのない空き地に、魔物が入った木製のコンテナを運んだ。

 移動しながら俺は、みんなに状況を手早く簡単に説明した。

 それからコンテナの中の魔物を指して言う。


「気絶しているこの魔物を目覚めさせて、住処すみかを聞き出す。そのために、一匹捕まえておいたんだ」


 やっぱり拷問ごうもんして聞き出すのが手っ取り早いだろうか……。

 なかなか気が進まない。

 けれど、黒ずきんさんを一刻も早く助けるためには、やるしかないだろう。


 まあ、コンチータにはあまり見せたくない光景かな。

 杏太郎に、コンチータをここから連れ出してもらおうか。


 俺がそう思っていると、山賊の男・シャンズが言った。


「どうやら、ワシの出番のようですね。ご主人様、こういう感じの厄介事やっかいごとは、今後は遠慮なくワシにすべて任せてください」


 彼は右手を前に出すと、頑丈がんじょうで重そうなくさりを出現させる。

 続いて、気絶している魔物の手足を鎖でがっちりと巻いた。当然、大きな斧も山賊のそばには置いてある。

 彼は他にも様々な道具を出現させながら、俺たちに言った。


「みなさんは、宿でお茶でも飲んで休んでいてください。妹のクロエが連れ去られた場所は、ワシが責任を持ってこの魔物から聞き出しますんで」


 まあ……こういうことは、このワイルド系イケメンくんに、すべて任せてしまった方がいい気がしてきた。

 あきらかに手慣れている様子だし……。


 杏太郎は金髪を揺らしながらうなずくと、シャンズに言った。


「では、後は頼む。ボクたちは少し休憩させてもらいつつ、いつでも出発できるよう準備を整えておく。シャンズの妹の救出にボクも全力を尽くそう」

「ご主人様、ありがとうございます」


 そんなわけで俺たちは、シャンズと魔物をその場に残して、宿へと移動した。

『スーツ太郎』と名付けた小さな泥人形が、俺の後をついてくる。

 俺になついたのだろうか? 可愛い。


「おい、スーツ太郎。お前は可愛いけれど、泥人形だから宿の中には入れられないんだよ。ごめんな」


 スーツ太郎は、俺の言葉を理解しているのか、こくりとうなずく。


「もう少ししたら、お前のご主人様を助けに出かけるからさ。それまで外で待っていてくれよ。お前にも、ちゃんと声をかけて連れていくから」


 スーツ太郎は、もう一度うなずく。それから、宿の外壁の前でじっと直立し続けた。

 あれがスーツ太郎の待機たいきの姿勢なのだろうか?

 出発時に声をかけてもらうのを待っているのだと思う。


 コンチータが、少し興味を持っているような目で、スーツ太郎を眺めていた。


「ねえ、コンチータ。俺、この小さな泥人形を『スーツ太郎』って名付けたんだ。俺の着ているこの服は『スーツ』って言うんだけどさ、こいつはそのスーツに付いていた泥で作られた泥人形だからね」


 コンチータは無言で小さくうなずく。反応に困っているといった様子だ。

 あれ? 泥人形に名前を付けているとか、今の俺ってちょっと気持ち悪い?

 俺は苦笑いを浮かべると、後頭部をポリポリ掻きながら言う。


「えっと……俺は、女剣士の様子でも見に行ってこようかな。部屋の場所、教えてもらえる?」


 そして俺は、コンチータに教えてもらった部屋に移動した。




 部屋は、女剣士とコンチータがいっしょに使う二人部屋らしい。

 片方のベッドで、酔っ払った赤髪の女剣士が眠っていた。

 それも純白のウェディングドレス姿で……。


「なんでまたドレス姿に戻っているんだよ? おい、起きろ! 女剣士!」


 呼びかけても女剣士は、むにゃむにゃ言っているだけで、起きる気配がない。

 絵の中に戻してしまおうかと考えた。

 けれどそれをやると、夜の12時を過ぎるまで彼女を召喚することができなくなる。

 俺が召喚できる絵は一日につき合計『10号』サイズまでだ。女剣士は『6号』サイズの絵なので、今日はもう、残り合計『4号』の絵しか召喚できない。

 絵に一度戻してしまうと、今日は彼女を呼び出すことができなくなる。


「おい、これから魔物退治にいくぞ? 起きてくれ」


 俺はベッドで眠る女剣士の肩を揺すってみた。

 横になっていても充分大きい彼女のバストが、ゆさゆさと揺れる。


 んっ!?

 こ、これは……!?


 それから俺は、しばらく無言で女剣士の肩をゆすり続けた。


 ゆさゆさ……。

 ゆさゆさ……。


 すると突然、コンチータが部屋に入ってくる。


「柊次郎様?」

「わあ!?」

「どうされました?」


 えっと……。

『女剣士の揺れるおっぱいに心を奪われていました』とは言えない。


「お、女剣士が起きなくてさあ? いやー、困るよね」

「そうですか。柊次郎様、宿屋の入り口で、お兄ちゃん様がお呼びですよ」

「杏太郎が?」

「はい。あと、建物の外にいる小さな泥人形のことなんですが……『スーツ太郎』様でしたっけ?」

「ああ、うん。スーツ太郎がどうかした?」

「魔物退治に連れて行くのでしたら、わたしがこのポシェットでスーツ太郎様をお運びしましょうか?」

「んっ?」


 青い服を着たコンチータは、肩から斜め掛けにした可愛らしい茶色のポシェットを俺に見せてくれた。

 彼女は顔を赤らめながら言った。


「スーツ太郎様をじっと眺めていましたら、お兄ちゃん様がこのポシェットをわたしにくださいまして……。特殊な魔法で防水加工されているポシェットらしいのですが」


 杏太郎のやつ、青い服やケータイに続いて、コンチータにまたプレゼントか。いっしょに旅をするだけで、どんどん物をくれるやつだな。


「うん。可愛いポシェットだね。可愛いコンチータに、よく似合っている」

「あ、ありがとうございます。それで、その……スーツ太郎様をこのポシェットに入れて魔物退治に連れていってはどうかと、お兄ちゃん様がおっしゃいまして」


 確かにあいつをどうやって連れていこうかと悩んでいたところだ。

 歩くのは遅い。手で持っていくにしても、泥だらけになってしまう。

 箱にでも入れていこうかと考えていたのだけど……。

 コンチータに任せてしまうか。


「ありがとう。スーツ太郎のことはコンチータにお願いするよ。泥だらけにならないよう、気をつけてね」

「はい」

「じゃあ、泥人形は任せたから、俺の方は……このドロドロに酔っ払っている泥人形みたいな花嫁をなんとか連れていかなくちゃな」


 そう言って俺がベッドに視線を向けると、女剣士が眠りながらニヤニヤ笑っていた。

 何かいい夢でもみているのだろう。


 それから俺は、ひとまず宿屋の入り口に移動して杏太郎と合流した。




「杏太郎、何か用か?」


 金髪の美少年は俺の顔を見てにっこり微笑むと、二枚の小さな絵を俺に差し出してきた。


「シュウ、すぐそこにあった古道具屋で『2号』サイズの絵が二点売っていたんだ。とりあえずふたつとも、買っておいたぞ」

「んっ? これは……抽象画ちゅうしょうが?」


 杏太郎から渡された絵は、『丸』や『三角』や『四角』を使って描かれたよくわからない絵が一枚。

 それと、カラフルな色の絵の具を、そのままキャンバスに無作為むさくいらしただけのような絵が一枚。

 そんな二枚だった。


「へえ。この異世界、こういった感じの『抽象画』がすでにしっかりと存在しているのか。こんなファンタジーRPGみたいな世界観で……なんかすげえな」

「なあ、シュウよ。お前は今日、あと合計『4号』分の絵を召喚できるだろ?」

「ああ」

「念のためにその『2号』サイズの絵も二枚、魔物退治に持っていこう」

「おお、それはありがたい。それで、これは召喚するとどうなる?」

「んっ?」

「丸や三角が出てきて、女剣士みたいに戦ってくれるのか?」


 杏太郎は首を横に振る。


「いや、抽象画は『人物』や『モンスター』を召喚するための絵ではないんだ。ちょっと使い方にクセがあってな?」

「クセ?」


 金髪の少年は、こくりとうなずく。


「ざっくり説明すると、『悩める女剣士』のような『肖像画』なんかは、『いっしょに戦ってくれる仲間』が召喚できる。そして、『風景画』や『静物画』なんかは魔法が発動することが多い。たとえば、『火事の絵』なら炎による攻撃魔法が、『洪水こうずいの絵』なら、水による攻撃魔法とかな。たまに例外もあるけれど」

「へえ」

「しかし、『抽象画』は何が起こるかわからないことが多いんだ。絵を眺めていても、何が起こるか予想できんだろ?」


 俺は『丸』や『三角』や『四角』を使って描かれたよくわからない絵を眺める。


「確かに。これじゃあ、何が起こるかわからん」

「ああ。だから本来は、『抽象画』の場合は、どんな効果があるのかを事前に一度使って調べておく必要があるんだ。しかしシュウは、今日はもう『4号』分しか絵画召喚を使用できない」

「そうだな。じゃあ、効果がわからないこの二枚の抽象画は、魔物との戦闘中にぶっつけ本番で使うしかないのか」

「ああ。それと、抽象画は使うときにも、ちょっとしたクセがあるんだよ」


 俺は小さく首をかしげる。


「クセ?」

「うん。『風景画』や『静物画』は、使えばたいていその場ですぐに魔法が発動する。だから使いやすい。けれど、『抽象画』は効果が発動するまでに『1ターン以上のタメ』が必要なんだ」

「1ターン以上のタメ?」

「まあ、今からボクが、シュウが『抽象画』を使うような感じで演じてやる。だから、よく見て一度で覚えてくれよ」

「はい?」


 こちらの反応など気にせず、金髪の美少年は説明を続ける。


「いいか。まず、こう言うんだ。『俺のターン。ドロー!』そう叫んでからお前は右手を前に出し、あらかじめ収納しておいた『抽象画』をその場に出す」

「えっ……?」

「続いてお前はこう言うんだ! 『抽象画をその場にせて、ターンエンド!』また、それと同時に、抽象画の表面おもてめんを下にして地面に伏せて置く。これを『伏せ絵画』と呼ぶ」

「ターンエンド? 伏せ絵画?」


 杏太郎は力強くうなずく。


「そうだ。そしてオークショニアは1ターン以上待った後、自分の使いたいタイミングで伏せておいた絵画を表に向けながらこう叫ぶんだ! 『抽象画オープン!』そのけ声とともに抽象画の効果が発動される」

「おいおい、嘘だろ?」


 ええっ……?

 どうして抽象画だけ、トレーディングカードゲームみたいな絵画なの?

 クセがあるなあ……。

 こりゃあ、使いやすくて強力な『風景画』か『静物画』を早く手に入れたい!


「シュウ。何か質問はあるか?」

「あのさあ……そもそも『1ターン』ってなんだよ? ゲームじゃなくて実際の戦闘では、どのくらいの時間が1ターンなの?」

「それは、戦闘に参加しているみんなが、だいたい1ターン分の行動を起こし終えたくらいの時間だ」

「ずいぶんとふわふわした情報だな!」

「まあ、戦闘の雰囲気でなんとかつかんでくれ」

「ええっ……」


 俺、大丈夫か……?

 抽象画の効果、上手く発動できるの?


 不安そうにしている俺に杏太郎がこう言った。


「先に言っておくが、その二枚の抽象画にはあまり期待しないでくれよ。町の古道具屋で適当に買った抽象画だからさ」

「強力な効果とかは期待できないのか?」


 杏太郎は胸の前で腕組みをしながら言う。


「うーん、そうだなあ……。ゲームにたとえるなら、『悩める女剣士』が『星5:★★★★★』の貴重な絵とするならば、この抽象画は両方とも『星1:★』くらいの絵だろうな」


 へえ、そうか。

 この二枚の抽象画は、一日一回タダで引ける『無料ガチャ』で簡単に手に入る感じの絵くらいに思っておいた方がいいだろうか。


 それにしても……。

 あの女剣士が『星5:★★★★★』なのっ!?

 今回の抽象画が『N《ノーマル》』だとしたら?



 星1『★』がN《ノーマル》

 星2『★★』がR《レア》

 星3『★★★』がHR《ハイレア》

 星4『★★★★』がSR《スーパーレア》

 星5『★★★★★』がSSR《ダブルスーパーレア》



 こんな感じ?

 あの酔っぱらいの女剣士って『SSR』クラスなのっ!?


 レアリティの設定なんて各ゲームによって変わる。

 それに、あの女剣士が『SSR』とかは、俺の勝手な想像によるレアリティだ。

 けれど、なんとなくこんな印象で把握はあくしていればいいのだろうか?


 まあ、とにかくそんなわけで、俺は二枚の『抽象画』を手に入れたのだった。

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