024 牢屋の鍵のオークション

 竸り台で右手を前に出し、俺は心の中で念じた。


木槌きづちと木槌を打ち鳴らすための台をここに――』


 木槌と木製の台がすぐに出現する。

 前回も思ったのだけど、本当に便利な世界だ。


 出現した木製の台を競り台の上にセッティングすると、俺は右手で木槌を握る。

 木槌を打ち鳴らす準備は出来た。


 続いて、会場を見渡す。

 杏太郎の右隣の椅子には、山賊の男・シャンズが座っている。

 女剣士と二体の泥人形は、椅子には座らず会場の後方で立っていた。


 二体のギーガイルたちは、いまだに状況がつかめないようだ。

 混乱して、「ガー! ガー!」と鳴き声を上げていた。


 競り台の脇にはコンチータが静かに立っている。

 俺は彼女に尋ねた。


「こっちの準備は出来たよ。コンチータは、どう?」

「わたしも、いつでも大丈夫です」


 青い髪を揺らしながら少女はうなずく。

 前回のオークションでは奴隷の服を着ていたのだけど、今回は青と白を基調としたフリフリの可愛らしい服装だ。

 オークションハウスに可憐な青い花が咲いている――といった雰囲気である。

 俺はそんなコンチータにお願いする。


「よし。じゃあ、牢屋ろうやの鍵をオークションに出品してもらわなくちゃ。コンチータは心の中で念じてくれるかな。鍵を持っているギーガイルが、その鍵をオークションに出品するようにね」

「はい。柊次郎様」


 コンチータは、牢屋の鍵を首から下げているギーガイルに視線を向ける。続いて、両目の黄色い瞳で、魔物をじっと見つめはじめた。

 心の中で念じているのだろう。


 やがて、見つめられたギーガイルが、「ガー? ガー?」と、戸惑いながら鳴きはじめる。

 ――かと思うと、急にふらりとした足取りで竸り台に向かって歩き出した。

 もう一体のギーガイルが首をかしげる。


「おい、どうした? ガー! ガー!」

「オレは、この牢屋の鍵をオークションに出品しなくてはいけない。ガー? ガー?」

「ガー?」

「ガー? ガー?」

「ガー?」

「この鍵を、出品しなくては! ガー? ガー? ガー?」


 二体とも、とにかく混乱している様子だ。

 客席の杏太郎が、軽く笑いながら魔物たちの会話に口を挟む。


「ふふっ、ギーガイルたちよ。この空間では『オークショニア』と『オークションハウス』には、逆らうことなんかできんぞ。あの二人がオークション会場の支配者なんだ」


 金属アレルギーのギーガイルは、ネックレスのように下げていた鍵束を首から外すと、隣のギーガイルに言った。


「すまん。そういうわけで、オレはこの鍵をオークションに出品してくる。ガー! ガー!」


 金属アレルギーのギーガイルは、競り台の脇まで来ると、鍵の束を両手で掲げた。

 そんな光景を眺めていたもう一体の魔物は、再び首をかしげる。


「いったいどういうことだ? ガー? ガー?」


 戸惑う魔物に、杏太郎が不敵に笑いながら言う。


「くくくっ。あの鍵は今からオークションに出品される。そして、ボクが落札するつもりだ。人間に鍵を奪われて困るのなら、オークションでボクに競り勝つことだな。さあ、オークションに参加するならお前も椅子に座れ」


 あいかわらずこの金髪の美少年、たまに悪役みたいになりますなあ……。


 杏太郎は右手を前に出す。

『1』と数字が書かれたビッドふだが、彼の手に出現する。

 混乱し続けている魔物に、杏太郎が言う。


「さあ、お前もビッド札を出すんだな。ビッド札は魔物でも出せるぜ、くくくっ」


 さて、それではオークションを開始しよう。

 前回同様、とても不思議なことなのだけど、俺は自分がオークションを進行したくてウズウズしているのがわかった。

 オークションを進行し、ハンマーを叩く瞬間の快感に、早くこの身体を震わせたい。

 カンっ――という木槌の乾いた音を、会場に響かせたいのだ。


「それでは、今回のオークションの出品物はこちらの『鍵』です。100ゴールドからはじめましょう! 100ゴールドからスタート! 100ゴールド!」


 競り台で俺がそう声を上げる。

 この異世界の通貨単位は『ゴールド』だ。りんごが一個、100ゴールドほどで買える。

 元いた世界では『円』でオークションを行っていたが、この異世界では『ゴールド』で行う。

 客席の杏太郎が、すぐにビッド札を上げた。


「1番のお客様から100ゴールドのビッド! 他にビッドされるお客様はおられませんか?」


 俺は杏太郎の札を指し示し、そう声を上げる。

 杏太郎が椅子に座りながら言った。


「くくくっ。他の参加者がいないのなら、このまま100ゴールドで、ボクが落札だな」


 ずっと戸惑っていたギーガイルが、慌てて椅子に座る。会場の左後ろの椅子だった。

 続いて魔物は右手を前に出し『2』と数字が書かれたビッド札を出現させると、オークションに参加した。


「200ゴールドだ! その鍵を人間に渡すわけにはいかん! ガー! ガー!」


 競り台の俺は、魔物が上げた『2番』の札を指し示して言った。


「2番のお客様より200ゴールドのビッド!」


 杏太郎と魔物が、本格的に競りはじめる。

 俺は客席で上がる二枚のビッド札を交互に指し示しながら、競りを進行していく。


「続いて1番のお客様より300ゴールドのビッド! 400ゴールドは再び2番のお客様からっ! 500! 600! 700! 800!」


 客席の二枚のビッド札は上がり続ける。

 金額がまたたく間に競り上がっていく――。


「10万ゴールドは1番! 11万ゴールドは2番! 12万! 13万! 14万!」


 杏太郎はビッド札を上げたまま振り返ると、左後ろの席に座るギーガイルに話しかけた。


「なあ、お前。落札できるだけのお金を本当に持っているのか?」

「持っているわけないだろ、ガー! ガー!」

「じゃあ、どうして札を上げている?」

「お前には、なんとなく負けたくないからな! お金は持っていないが、とりあえず札を上げているんだぜ! ガー! ガー!」


 おい……。

 なんか無茶苦茶な参加者が、オークション会場にいるんですけどっ!?


 俺は魔物の言葉に、心の中で苦笑いを浮かべる。

 前回のオークションでもそうだったのだけど、異世界のこのオークションハウスで竸り台に立つと、視力や聴力が異常によくなっている。

 客席の会話が、ここにいてもはっきりと聞こえるのだ。

 参加者の動きや細かい表情の変化さえもしっかりと確認できた。


 杏太郎のドーピングによって俺の身体能力は色々とカンストしている。視力などはそもそもよくなっていた。

 だけどこの競り台に立つと、そこからさらに『人間の限界を超越しているのでは?』というくらいに、自分の感覚がまされている気分になった。

 オークションハウスの中が、オークショニアの領域テリトリーだからだろうか?


 杏太郎がギーガイルに言った。


「お前、落札代金を支払えなかった場合、どうなるのか知っているのか? 落札代金を支払えなかった参加者は、その場で心臓が止まるんだぞ?」

「ガッ!? ガー? ガー?」


 震える手でビッド札を上げながら、客席のギーガイルは戸惑いの鳴き声を漏らす。

 前回、杏太郎は黒ずきんさんに同じような忠告をしていたのだけど、今回もギーガイルに忠告したようだ。


「くくくっ、ボクは忠告したからな。あの鍵の落札に自分の命をかけるべきなのかどうか、お前はそれをよく考えろよ。ボクたちが参加しているこのオークションは、命をかけたデスゲーム的な一面も兼ね備えたオークションなんだからな」


 そして金髪の美少年は前を向き、それまで以上にビッド札を高く上げる。

 ギーガイルも、ビッド札を上げ続けた。魔物は、杏太郎の忠告を受け入れないようだ。


 競り台の俺は、オークションを進行し続けた。

 やがて――。


「100万ゴールドは1番のお客様! 110万ゴールドは2番のお客様からのビッド!」


 客席のギーガイルが、『110万ゴールド』をビッドしたところで、杏太郎が札を下げた。


 んっ? 杏太郎、競りから降りるのか?

 いいの?


 ギーガイルが自分の勝利に鳴き声を上げる。


「ガー! ガー! オレは110万ゴールドも持っていないけど、このオークションは110万ゴールドでオレの勝ちだな! ガー! ガー!」


 なんだか、ものすごく頭の悪い魔物がいるんですけど?

 杏太郎は前を向いたまま半笑いで、後ろの席に座るギーガイルに言った。


「ああ、ボクの負けでいいぜ。ただ、先に忠告しておいたからな。死んでも、ボクを恨むなよ」


 金髪の美少年は、もう完全に札を上げる気はないようだ。

 俺は客席で残った『2番』のビッド札を指し示しながら言った。


「それでは、よろしいですね! 落札します!」


 客席に向かってそう告げると、俺は木槌を振り下ろす。

 カンっ――と乾いた音が、オークションハウスに響く。

 何度耳にしても最高に気持ちの良い音だ。


「こちらの『鍵』は110万ゴールドで、2番のお客様が落札です!」


 客席の杏太郎やシャンズ、そして会場の後方で立っている女剣士が、競り台に向かってパチパチと拍手を鳴らしてくれた。

 二体の泥人形たちまで、小さな手を叩いているのが可愛らしい。


 こうして牢屋の鍵は、客席のギーガイルが『110万ゴールド』で落札したのだった。

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