017 【第3章 完】黒ずきんさん、誘拐される

 黒ずきんさんの帰りを待つ間、俺は考えた。

 彼女の魔法でもっとも注意すべきは、例の『眠たくなる泥』だ――と。

 甘い香りがしてきたら、気をつけなくてはいけない。


 やがて、黒ずきんさんが4体の泥人形とともに戻ってくる。


 んっ? また4体?

 さっきも4体だったよな?

 確か、女剣士と戦ったときも4体だった……。

 ああ……たぶん彼女、ゴーレムを4体までしか操れないんだな……。

 念のために確かめてみるか。


 俺はその場で片膝をつくと、「ぐふっ……。はあ……はあ……」と呼吸が乱れている芝居をはじめた。

 肩で息をしている俺に、黒ずきんさんが慌てた様子で話しかけてくる。


「あ、あんた、急にどうしたのっ!?」

「くそ……実は俺、さっきの戦闘でかなり消耗しょうもうしていたんだ」

「えっ? 確かにあんた、ものすごく強かったし! やっぱりあの戦いは、無理をしていたのね!」

「ああ。黒ずきんさんのゴーレムは強敵だからな」

「まあね」

「俺も限界を超えて無理をしていたんだ。だから、もし今、10体くらいのゴーレムが同時に襲いかかってきたら、さすがに負けてしまうかもしれない……。はあ……はあ……」


 俺はつぶやくような小声でそう言った。


「えっ、ホントに! 10体ね!」

「そうだ。10体だ」

「そういうことなら、やってやるわ! アタシだって、無理をすれば10体同時にゴーレムを操れるのよ?」

「くっ……本当に10体同時に襲ってきたら、それはこちらはすごく困る」

「まあ、ものすごい集中力が必要なんだけどね。アタシ、その場で気を失っちゃうかもしれないし、翌日立ち上がれなくなるくらい消耗が激しいんだけどさあ」

「そうなの? 消耗が激しいの?」


 黒ずきんさんは、こくりとうなずく。


「うん。10体じゃなくて、4体同時までだったら消耗も少なく安定して操れるんだけどね。翌日に疲れも残らないし。でも、10体ね! アタシ、無理して10体同時に挑戦してみるわ! あんたのこと嫌いだから、苦しませてやる!」


 なるほど、そういうことか。

 10体なら同時に操れるけど、消耗が激しいからやらないんだな。

 しかし、ここで黒ずきんさんに気を失われたら困る。10体といわず、できるだけたくさんのゴーレムと俺は戦闘訓練をしたいのだ。


「はあ……はあ……10体同時じゃなくても、4体ずつ5回に分けて襲ってこられても、俺は負けるかもしれない……」

「えっ? そうなの?」

「くっ……そうだ。黒ずきんさんは無理せず、4体ずつを5回だ!」

「そうね。そっちの方が、アタシにとっても都合がいいわ! そっちにするわ!」


 よし……これで、ゴーレム20体分の戦闘訓練ができそうだぜ。

 パンチもキックも力の調節をしながら、もう少し練習したいしな。

 それと、この話の流れで『眠たくなる泥』の情報も聞き出してやる。

 黒ずきんさんは、どうしてあれを使ってこないのだろうか?


「はあ……はあ……。あと、実は使われたらものすごく困るのは、あの『眠たくなる泥』だな。あれは、使われたら厄介やっかいだ」

「ああ、あれか……。あれは準備に時間がかかるのよ」

「へえー」

「それと、あの泥は近くにいると、アタシもいっしょに眠っちゃうからさ。敵がいっしょにいるときには、なかなか使えないのよね。あれは、わなとして使う魔法なの」

「罠として?」

「うん。森で仕掛けておいてね、イノシシとかシカを眠らせるのよ」


 イノシシとシカ、この異世界にもいるんだ……。


「食べるため? 狩りに使っているってこと?」

「うん、そうそう。それで、眠った動物をゴーレムを使って回収するの。自分で回収しに行くと、アタシも眠っちゃうから。こういうとき、ゴーレムは便利なのよ」

「なるほど。便利だね」

「うん、便利」


 この子、話の流れで、けっこうなんでもペラペラしゃべってくれるなあ……。

 やっぱり、根は素直でいい子なんだろうなあ……。

 もし今後、兄の山賊みたいに俺たちの仲間になることがあったら、あまりペラペラしゃべらないよう、それとなく注意していかなくてはいけないだろうな。


 とにかく黒ずきんさんが『眠たくなる泥』を使ってこないことが確認できた。

 俺は安心して泥人形たちの相手をすることができるのだ。


『強キック』『中キック』『弱キック』の練習を済ませる。

 それから『弱パンチ』や『弱キック』の練習をさらに続けた。

『弱』でも泥人形が目の前で破裂してしまう威力である。もしも人間相手だったら、なかなかグロい光景になってしまうだろう。

 そこで、『弱弱パンチ』『弱弱弱パンチ』『弱弱弱弱パンチ』など、さらに力加減の練習をしたのだった。


 また、道具を使って戦う練習もした。

 建物の中にあったテーブルを片手で持ち上げると、泥人形を叩き潰してみたり、卓球のラケットで球を打ち返すみたいなイメージで泥人形を吹き飛ばしてみた。

 力を込めすぎるとテーブルは粉々になってしまう。戦闘時に道具を使う場合の力加減も、身につけなくてはいけないのだ。


 しかし、黒ずきんさんには心から感謝しなくてはいけない。

 たまにほめてあげたり、こちらが苦しんでいる芝居をしてやると、うれしそうに次から次へとゴーレムを作ってくれるのだ。

 いやー、本当にありがたい。


 彼女はなんだかんだで結局、100体近くの泥人形を俺の訓練のために作ってくれた。

 けれど黒ずきんさんも、さすがに状況のおかしさに気がついてしまう。


「そのぉ……これはアタシの勘なんだけどさあ……。なんかアタシ、あんたの練習道具にされてない? あんた、アタシの泥人形を利用しているでしょ?」

「してない、してない」


 気付くの遅いな……。


「あのさぁ……アタシ、なんか今日は負け続けなんだけど……。赤髪の女剣士にもすぐに負けたし。今だってもう100体くらい泥人形を壊されているし……」

「お、おう……」

「ねえ、もしかしてアタシって弱いのかな……?」


 どうしよう……やりすぎたか?

 黒ずきんさん、自信を失いはじめちゃったよ。


「もう、今日はアタシの負けでいいよ……。あんた、仲間のとこに帰りなよ」

「えっ?」

「兄さんを取り戻す方法は、また別の方法を考えるからさあ」


 黒ずきんさんは、その場でしゃがみ込んでしまう。

 もう本当に疲れきってしまったという雰囲気だ。

 この子、感情のアップダウンが、わりと激しい……?


「ねえ、黒ずきんさん」

「なによ?」

「もう、俺たちの仲間にならない?」

「えっ?」

「そしたら兄さんともいっしょにいられるんじゃないの?」

「確かにそうなんだけど……こっちにだってプライドがあるでしょ? 簡単に仲間に誘わないでよ! あと、アタシ、あんたのこと嫌いだし!」


 うーん……説得は難しいかな?


「俺はさあ、黒ずきんさんとこうしていっしょに訓練してみてさ、仲間になってくれたらいいなって思ったよ。いっしょにいて、なんか楽しかった」

「やっぱり、アタシのこと利用してたんじゃん!」

「えっ?」

「訓練って言った。アタシのゴーレムたち、訓練の相手なんでしょ?」


 あっ……しまった。


「ごめん」

「うん。もう別にいいよ。途中で薄々気がついていたし。それで、アタシとの訓練は何が楽しかったの?」

「俺が派手に泥を浴びたときとかに、黒ずきんさんが笑っている顔がすごく可愛くて楽しかった」

「なにそれ? やっぱりアタシ、あんたのこと嫌いだわ。どうしても仲間にしたいのなら、オークションでアタシのこと無理やり落札すればいいじゃない。兄さんにやったみたいに」

「いや、黒ずきんさんは、そういう強引な方法じゃなくて、ちゃんと仲間になってほしいなあ……って。個人的にそう思います」

「今は絶対に無理」


 今は? じゃあ、そのうち仲間になってくれたりするのか?

 まあ、とりあえず話題を変えてみるか。

 仲間になってもらう話は、これ以上はしつこい気がするしな。


「ねえ、黒ずきんさん。服についた泥を綺麗にできるって言ってたよね?」

「うん」

「ちょっと、俺の服の泥を綺麗にしてくれませんか? お礼は何か考えるから」

「えっ……じゃあ、1万ゴールド。それで、泥を綺麗にしてあげる」

「1万? そのぉ……高くない?」

「だってアタシ、あんたのこと嫌いだから」


 この子、機嫌が悪いからって、適当な値段で吹っかけてきているだろ?

 オークションでは、自分の兄を『200ゴールド』で落札しようとしたくせに。泥を綺麗にするのは『1万ゴールド』だって?

 まあ、いいか……。

 これだけ戦闘訓練に付き合ってくれたんだ。それも込みということで『1万ゴールド』払うか……。


「わかったよ、黒ずきんさん。俺、払うよ。1万ゴールド」

「えっ!? うそっ!」


 黒ずきんさんは、立ち上がる。

 それから慌てた様子でこう言った。


「や、や、やっぱ、500ゴールドでいいよ。服の泥を綺麗にするくらいで、1万ゴールドは高すぎるから」


 ええっ……いきなり『95%OFF』ですか?

 おいおい……。

 自分で吹っかけておいて、直前で値段にビビるとは……。


「いいよ、黒ずきんさん。1万ゴールド払うから。お世話になったしさあ」

「お世話って?」

「だから、戦闘訓練の相手」

「そうだった。アタシ、あんたのこと、やっぱ嫌いだわ」

「ただ、俺さあ10万ゴールド金貨を一枚しか持っていないんだ」

「えっ……アタシ、9万ゴールドもお釣り持っていないんだけど?」

「じゃあ、どこかお店でこの金貨を使って細かいお金に変えないと。ねえ、お腹すいてない?」


 俺がそう尋ねると、黒ずきんさんは自分のお腹にそっと手を当てた。


「黒ずきんさん、これから二人でどこか食堂に行こうよ。食事もごちそうするから」

「でも、ここすごい町外れだから、お店があるところまでけっこう時間かかるよ?」

「別にいいよ。じゃあ、食堂まで歩きながら、どうやって黒ずきんさんのお兄さんを俺たちから取り戻すか、二人でいっしょに考えよう」

「うーん……。そういうことなら……わかった。しぶしぶだからね。仲良くなったとか勘違いしないでよ?」


 よし! さりげなく食事に誘えたぞ!

 もうこれは、『食事デート』ってことでいいんじゃないか?

 異世界で『女の子とのはじめてのデート』だ!


「じゃあさあ、食堂に行くから俺の服を綺麗にしてもらってもいい?」


 黒ずきんさんは、こくりとうなずいた。

 そして、スーツの泥を魔法で綺麗に取り除いてくれる。


「すごい! 新品みたいに綺麗になった!」

「ふふっ。その服の泥にね、ゴーレムになる魔法をかけたの」


 手のひらに乗せられるくらいの小さなサイズの泥人形が、一体できあがっていた。

 スーツの泥が集まって小さな泥人形となったのだ。それでスーツからは、泥が綺麗に取り除かれたのである。


「なるほど。黒ずきんさん、頭いいね」


 俺は10万ゴールド金貨を黒ずきんさんに渡す。


「えっ? お金、先にもらってもいいの?」

「うん。信用してもらおうと思って。そのかわり、それで食堂の代金を払ってよ。お釣りから黒ずきんさんが1万ゴールド取って、残りは俺に返してね」

「大丈夫なの? アタシ、この金貨持って、今すぐ逃げるかもよ?」

「そしたら俺は、黒ずきんさんのこと追っかけるよ。どこまでも」


 二人でそんな会話をしていると突然――。

 羽の生えた魔物たちが飛来してきた。魔物は開きっぱなしになっていた扉から、建物の中に何匹も飛び込んでくる。


「なんだこれは! おい! 人間ども、よくも倉庫中にう○こをぶちまけやがったな! ガー! ガー!」


 背中にコウモリみたいな羽が生えた猿型の魔物だった。

 なんとなくガーゴイルみたいなイメージの奴らで、体長は大人の男よりも少し大きいくらい。

 2メートル前後だろうか? それぞれ、腰布みたいなものを巻いている。

 そんなガーゴイルらしき魔物が、わらわらと何匹も飛びながら建物の中にやって来たのだ。


 うわあ……。

 魔物なんて、生まれてはじめて見たぜ!


「人間がオレたちの倉庫を、う○こまみれにしやがった! ガー! ガー!」

ひどいことをしやがる! ガー! ガー!」


 魔物たちは壁や床に飛び散っている泥を見て、う○こと勘違いしているようだ。

 確かに色は似ているので間違えるかも!

 それにしても……町外れのこの大きな建物、魔物たちが所有する倉庫だったのか……。


 俺はとりあえず、魔物たちのリーダーっぽいやつに言った。


「いや……これは、う○こじゃなくて泥だ! 色が似ているから誤解しているんだ!」

「なんだ、泥か。よかった! ガー! ガー!」

「アタシが泥属性の魔法を使っていたから、その泥なの」


 黒ずきんさんのその言葉に、魔物たちが過剰かじょうに反応する。


「おい、この人間のメス、泥属性らしいぞ! ガー! ガー!」

「この人間のメスには、利用価値がある! ガー! ガー!」

「確か、卵を孵化ふかさせなくてはいけない時期だった! この人間のメスを利用しよう! ガー! ガー!」


 魔物たちが黒ずきんさんの周囲に「ガー! ガー!」と群がる。

 そして、あっという間に彼女を抱きかかえ、魔物たちの集団は建物の外に飛び出していく。


「しまった!」


 そう声を上げて俺は慌てて外に出る。

 だが、すでに黒ずきんさんは空の上だった。


「ちょっ! 助けて!」


 黒ずきんさんの悲しげな声が、空から聞こえてくる。

 俺を誘拐した人が、誘拐されてしまったのだ。


 すぐさま石を拾い上げると、黒ずきんさんを抱えている魔物に向かって投げようかと考えた。殺人レーザーのような球を投げられる力が俺にはあるのだ。

 しかし……。


 もしも上空でこの石をぶつけて、魔物が空から落下したら?

 あの高さだと、黒ずきんさんもいっしょに落ちて死んでしまうのでは?

 それと、コントロールに自信がない。黒ずきんさんに石を当てて殺してしまう可能性だってある。


 色々と考えた結果、すぐ近くで低空飛行をしていた魔物に向かって石を投げつけた。

 殺人レーザーのように飛んでいった石は、背中のコウモリみたいな羽にズドンと穴を開ける。片方の羽に命中したようだ。


 魔物が一匹、地上に落ちていく。

 低空飛行していたので、落下してもおそらく死にはしないだろう。


 俺は、地上に落ちた魔物を回収しに向かったのだった。

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