016 『強パンチ』『中パンチ』『弱パンチ』
「うそっ!? あんた、縄を引きちぎったのっ!?」
黒ずきんさんの声が室内に響いた。
こんな状況でも、彼女の方に助けが来ない。ということは、この誘拐はやはり黒ずきんさん一人で実行したものだろう。
彼女一人をなんとかすることができれば、今の状況は終わるはずだ。
俺は周囲を見渡す。天井の高い建物だった。
体育館ほどの広さはさすがにないけれど、だだっ広い空間である。
石造りの壁に囲まれていて、ホコリをかぶった木製の貨物コンテナらしきものがほんの少しだけ並んでいる。
それ以外に物はほとんどない。テーブルと椅子なら、いくつかあるみたいだけど。
「ねえ、黒ずきんさん。ここって……長い間使われていない倉庫とか、そんな感じの場所?」
「たぶんね。ずっと放置されている倉庫なんじゃない?」
「へえ」
「まあ、かなり町外れにあるからね。あんたのお仲間もここを簡単には見つけられないだろうし、すぐに助けは来ないと思うわ。アタシ、いい隠れ家を見つけたでしょ?」
黒ずきんさんは俺の質問に、なぜかわざわざ親切に答えてくれる。
根はいい子なんだろうな……という気がしないでもない。
そんなクロエ・ズーキンだが、草原で出会ったときと同じ服装だった。
目隠しが取れたので、ようやく彼女の姿が拝めたのだ。
やはり、フード付きの黒いケープを身につけている。童話の赤ずきんちゃんの黒バージョンみたいな雰囲気だった。
しかし、ウエストに黒い革のコルセットを巻いているせいで、彼女の大きなバストがとても強調されており……『黒ずきんちゃん』ではなくやっぱり『黒ずきんさん』と呼びたくなる。
『少女』というよりかは『女性』という印象が強い。
彼女は右手に大きなシャベルを持っているけれど、眠っている俺をそれで叩いたりはしなかったみたいだ。
叩くチャンスはあっただろうけど、そういう暴力はしない主義なのかもしれない。
「ねえ、あんた。この建物、出口は一ヵ所しかないわよ? 出ていきたければ、アタシと泥人形たちを倒すしかないけど? あんたに倒せるかしら?」
出入り口には木製の大きな扉があった。けれど、黒ずきんさんと4体の泥人形たちが、そこをがっちりと塞いでいる。
泥人形たちは成人男性と同じくらいのサイズだ。あいつらと戦えば、大人の男四人を一人で相手するような感じになるのだろう。
建物の上の方を見ると、採光と換気を兼ねていそうな窓がいくつかあった。
窓はどれも狭くて、俺の身体では通り抜けられそうにない。
もっとも、いざとなれば俺の怪力で建物の壁をぶち壊して外に逃げるという方法も可能かもしれないけど……。
まあそれは、追い込まれた場合の非常手段にしておこう。
力の調整がたぶんできない。下手したら俺は建物ごとぶっ壊してしまう。黒ずきんさんと二人で建物の生き埋めになってしまう可能性だって考えられるのだ。
空の色が窓から見えた。今は夕方くらいだろうか?
早めの夕食の途中で俺は誘拐されたわけだけど、この感じだとそれほど時間は経っていないんじゃないか。
泥で濡れた衣服だって、ほとんど乾いていないわけだし……。
さてと……。
一通り周囲の状況を確認すると、俺は自分のスーツが泥だらけなことに、あらためて
「ねえ、黒ずきんさん? これ、どうするの? 服が泥だらけなんですけど?」
「はあ?」
「俺、着るものこれしかないんですよ?」
「だから?」
「泥属性の魔法が得意なんでしょ? 服についた泥を綺麗に取り除く魔法とかないの?」
「えっ……あるけど」
「えっ!? あるのっ!? 黒ずきんさん、すごい!」
そんな便利な魔法があるのかよっ!?
俺は思わず感心してしまった。
黒ずきんさんの方は、俺から『すごい!』と言われたことにちょっと照れたのかもしれない。
顔をほんの少しだけ赤くしながらうなずく。
「うん。まあ、それくらいの泥とか土だったら、アタシけっこう綺麗に取り除けるよ」
「本当に?」
「うん。でも、あんたには使ってあげない!」
「なんで?」
「アタシ、あんたのこと嫌いだから! わざとエッチなこととか言ってくるし! なんか顔を見ていたら、すごくイライラしてきた!」
黒ずきんさんはシャベルを俺に向けると言った。
「行け、ゴーレムたち!」
4体の泥人形たちが襲いかかってきた。
女剣士と戦った土人形のように、泥人形も人間と同じくらい
ゴーレムって、なんとなくのっそり動くようなイメージだったんだけどなあ……。
しかし、ゴーレムを相手に戦うことで都合のいいことだってある。
全力でぶっ倒しても、こちらの心が痛まないことだ。
『
人間相手の戦闘で訓練するとなると、力の加減ができなくて相手を殺してしまうかもしれないだろう。
でも、ゴーレム相手ならぶっ壊してしまってもいい気がする。殺人にはならないだろうから。
「なぜかはわからんが……負ける気がしないなあ……」
飛びかかってきた4体の泥人形たちを眺めながら、俺はそうつぶやいた。
杏太郎のドーピングが原因で色んな能力値がカンストしている。そのおかげか、戦いに集中しはじめた途端、泥人形たちの動きがなんだか止まって見えたのだ。
正確には泥人形たちは動いている。
だけど、それよりも俺のほうがケタ違いにすばやく動けるため、泥人形たちの攻撃を無理なくかわすことができた。
動体視力みたいなものも、おそらく強化されていると思う。
それから俺は、目の前にいた泥人形を1体、試しに全力で殴ってみた。
格闘技を習っていた経験はない。素人のただのパンチである。
しかし――。拳がものすごい風を起こした。
ターゲットにした泥人形が、俺のパンチ一発で綺麗に吹き飛んでしまうくらいの威力だった。
殴った泥人形が建物の壁まで飛んでいく。人形はそのまま壁に叩きつけられて、ぐちゃりと泥が飛び散った。
一方で、突然発生した強風で、泥人形たちの背後に立っていた黒ずきんさんのスカートが派手にめくれていた。
「きゃっ!」
黒ずきんさんの下着が丸見えになった瞬間を俺は見逃さなかった。動体視力が異常に強化されているのだ。
本当にありがとう、杏太郎!
彼女は黒いパンツを穿いていた。なんとなく白を穿いていそうな気がしていたんだけどなあ。
やっぱり黒ずきんさんは、黒が好きなのかもしれない。
まあ、俺は黒いパンツも白いパンツと同じくらい好きだ。
続いて俺は、残りの3体の泥人形を、力を調節しながら殴っていく。
格闘ゲームの『強パンチ』『中パンチ』『弱パンチ』みたいな3段階をイメージしながらだ。
最初に殴ったのを『強パンチ』とするならば、次の一体は『中パンチ』で殴った。
その泥人形も吹き飛んでいき、建物の壁にぶつかって飛び散る。
風は発生したが、先ほどのような強風という感じではなかった。黒ずきんさんのスカートも残念ながらめくれなかった。
次の1体は『弱パンチ』で殴ってみる。これは弱すぎたのか、泥人形は吹き飛ばず、その場で飛び散った。
返り血ならぬ、返り泥が俺にまとわりつく。
「うっ……気持ち悪い」
俺のそんな言葉を聞くと、黒ずきんさんはうれしそうに言った。
「泥人形は土人形と違って、倒されると相手の身体に泥を浴びせるの。倒された後も、敵の足もとに泥がまとわりついて、すばやさを奪うのよね」
「へえ」
「前の2体の泥人形は、吹き飛ばされちゃったから失敗したけど。とにかくそれが、土人形と泥人形の違いね!」
なるほど……。
さっき俺が、『土人形と泥人形の違い』を尋ねたときは教えてくれなかったのになあ。
今はこちらが聞いてもいないのに、彼女は楽しそうに話してくれた。
こういうところが、黒ずきんさんの可愛いところかもしれない。
敵なんだろうけど、なんだか敵という気がしないなあ……。
黒ずきんさんのよろこぶ顔が見たいと思ったので、俺は最後の1体も『弱パンチ』で倒した。
泥人形はその場で飛び散り、返り血ならぬ返り泥が、再び俺にまとわりつく。
「弱パンチだと、1体倒すたびに泥だらけになっちゃうなあ……」
俺が嫌そうにそうつぶやくと、黒ずきんさんが楽しそうに微笑む。俺が返り泥を浴びて汚れることがうれしいのだろう。
彼女はそれから、建物の出入り口の扉を開けた。
「んっ? 黒ずきんさん、どうしたの?」
「全部倒されちゃったけど、泥人形はまだまだ作れるわ! あんた、覚悟しなさいよ。ちょっと外の泥を集めてくるから、そこで待っていなさい!」
そう言い残すと黒ずきんさんは、シャベルを手に建物の外に飛び出していった。
これ……今だったら俺、逃げられるんじゃない?
「まあ、いいか。今度はパンチの練習だけじゃなくて、キックの練習とかもしたいしな」
一人そうつぶやくと、俺は建物の中に残った。
黒ずきんさんが、練習相手の泥人形を連れてきてくれるのを待ったのだ。
まあ、あの子は練習相手になっているつもりはなく、マジメに俺を倒す気でいるのだろうけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます