015 わざと相手を怒らせて情報を引き出す
いったいどのくらいの時間、眠っていたのだろうか?
とりあえず殺されてはいないみたいだ。
気がつくと、縄らしきもので手足を縛られており、俺は冷たい床の上に転がされていた。
布か何かで目隠しをされている。
周囲の様子は何も見えない。
泥の地面ではなく、フローリングみたいな場所に転がされているようだ。
風も吹いていないし、ここは建物の中だろうか?
しかし……あの泥だらけの地面に倒れ込んだせいで、スーツがぐっしょり濡れている。あーあ……。
俺、異世界でこのスーツしか着るものを持っていないんですけど?
「あの……俺、
周囲に人がいるかどうかはわからない。
けれど、試しにそう声を出してみる。
「んっ? 黒ずきんさん? 黒ずきんさんってアタシのこと?」
すぐ近くから、黒ずきんさんの戸惑う声が聞こえてきた。
まあ、『黒ずきんさん』というのは、俺が勝手にそう呼んでいるだけである。だから、きちんとした名前で呼び直してみる。
「えっと……クロエ・ズーキンさんだったっけ? 山賊のシャンズ・ウォークの妹さん」
今度は返事がない。きっと無視する気だ。
まあ、いい。
返事を待たずに俺は、好き勝手しゃべってみることにした。
どうせこの状況では、黒ずきんさんとまともな交渉などできない。
それならば、わざと相手を怒らせて、冷静さを失わせ、少しでも情報を引き出す方法が有効な気がする。
たとえ、黒ずきんさんを怒らせたところで、きっと命まではとられない。
俺を殺すのが目的なら、もうとっくに殺しているはずである。
痛めつけるのが目的だったら、眠っている間に骨くらい折っているだろうしな。
「あの……クロエさん? 俺の着ている服、泥でぐちゃぐちゃみたいなんですけど? 特にズボンがすごく濡れていて。お尻のあたりが泥だらけな気がするんですけど? ねえ、俺に何かしようとした? 一応確認なんだけど、俺が意識を失っている間に、何かエロいことしようとした?」
「はっ……はあ? だ、黙って聞いていれば、あんた、ちょっと何言ってんの?」
黒ずきんさんは、話の内容に動揺して反応してくれた。
目隠しされているので、俺は彼女の表情を確認することができない。せっかくだから怒っている顔を見てみたかったけれど……。
残念である。
とにかく、彼女はすぐ近くで俺の話を聞いている。
そして、『こちらが眠っている間にエロいことをしようとしたんじゃないか?』という
それならば……。
黒ずきんさんの心を、もう少し揺さぶってみよう――。
「ねえ、クロエさん。俺のズボンの尻に泥を塗りつけて、何かエロいことしようとしたんでしょ?」
「あんた、本当に何を言ってるの?」
「眠っている男の身体に泥を塗って何か試そうとした?」
黒ずきんさんの声が、さらに動揺する。
「な、何もしてないわよ! 眠っているあんたを泥人形たちを使って運ばせたから、そのときにズボンが泥だらけになったんでしょ? バカじゃないの? なんでアタシがあんたに、そのぉ……エロいことなんてするのよ? ……ね、ねえ、泥を使って何かエロいことってできるの?」
「それは、クロエさんの方が詳しいんじゃないの?」
「はっ、はあっ!?」
ゴーレムに俺を運ばせたのなら、今も俺の周りには何体かゴーレムを待機させていると考えた方がいいだろう。
しかし、『土人形』じゃなくて、『泥人形』なのか?
女剣士と戦ったゴーレムは土人形だったよな?
他に泥人形というゴーレムも使えるのか? 彼女は最低でも2種類のゴーレムを使える?
「ねえ、クロエさん。土人形と泥人形で違いがあったりするの?」
「どうしてアタシが、あんたの質問に答えなくちゃいけないの?」
「いいじゃん。教えてよ」
「嫌よ。あんた、自分の今の立場わかってるの?」
「わかってるよ。俺は、クロエさんのおもちゃだろ?」
「お、おもちゃ?」
「俺を誘拐して、泥を使って好き勝手エロいことしようと企んでいたんでしょ?」
「だから、泥を使ってするエロいことって何よ? ど、ど、どうやってやるのか、詳しく言ってみなさいよ! 本当にできるかどうか答えてあげるから!」
んっ? あれ?
なんかこの子、泥でするエロいことに少し興味を待ちはじめてない?
「泥でどんなことができるかは、俺は知らないよ。専門家はそっちでしょ?」
「せ、専門家っ!?」
「女の子だってエッチなことにやっぱり興味あるんだろうなあ」
「なっ!?」
「目の前に手足を縛られている男がいてさあ、自分の自由にできるんだ。自分以外、周りにはゴーレムしかいない。今は誰の邪魔も入らない状況なんでしょ? 今ならクロエさんは他人の目なんか気にしないで、俺に自由にエロいことができるんだよね? 誰も見ていないから、俺の尻にこっそり泥を塗ったんじゃないの?」
「誰も見ていないからって、アタシはそんなこと絶対にしていないわよ! お尻に泥を塗ってするエロいことって何よ? いいかげん教えなさいよ!」
なるほど……。この感じだと、黒ずきんさん以外、他に人間はいない気がするなあ。
俺の周囲には彼女とゴーレムだけしかいない。そう考えていいと思う。
他に協力者がいたら
ゴーレムを使って俺を運べば、彼女一人だけでも俺の誘拐は充分可能だ。
それに、黒ずきんさんがこれだけ大声で叫んでいるのに、他に会話に参加してくる人間もいないみたいだしな。
「とにかく、泥人形や土人形相手じゃできないようなエロいことを、眠っている俺を相手にしようとしたんじゃないの? 違う?」
俺のすぐ近くで鈍い金属音が響いた。
目隠しされているので見えなかったが、たぶん黒ずきんさんが、シャベルで床を思いっきり叩いたのではないだろうか?
こちらを
さすがに冗談はこれくらいにしておこう。
少しは情報を引き出せたしな。
「ねえ、クロエさん。殺そうと思えば俺を殺せたはずだろ? なんで殺さなかったの?」
「あんたを人質にして、兄さんを取り戻すのよ」
……まあ、そんなことだろうと思った。
「どうして俺を人質に選んだの?」
「子どもを人質にするのは嫌だったからよ。金髪の生意気なガキと、青髪の女の子は人質にしたくないでしょ? そんな
いやいや……。
人質をとること自体、卑怯な気がするんですけど……。
「あの赤髪の女剣士はアタシより強いから避けたわ。そうなると、あんたしかいないじゃない。あんた、弱そうだし。あと、金髪のガキが、あんたのことはなんか大切にしていたから、きっと人質として価値があるんじゃないかと思って」
俺は地面に転がされたまま、うなずく。
「なるほど。黒ずきんさんなりに、色々と考えているんだ」
「あんたさあ、さっきも言っていたけど、その『黒ずきんさん』って呼び方なんなの? アタシがフード付きの黒いケープを着ているからそう呼ぶの?」
「うん」
「じゃあ、アタシがこれを脱いだらさあ、あんた呼び方に困るんじゃない? 困るでしょ?」
「まあ、そのときは、クロエさんって呼ぶよ。俺、さっきからそう呼んでるだろ?」
「ああ、そっか。ごめん」
んっ? 謝った?
あの山賊の兄貴もどこか抜けているところがあるけれど、妹の方もなのか?
そういえば、あの兄貴は色仕掛けに弱かったよな。
この妹も、家族以外の異性にあまり
『眠っている俺にエロいことしたか?』ってあおってみたら、ものすごく過剰に反応してきたし。
もしも、俺がちょっとエッチな雰囲気で迫ってみたりしたら、彼女どんな反応するんだろう?
黒ずきんさんに色々と試してみたいんだけど……。
まあ、今の俺は手足を縄で縛られているからなあ……。
この縄、なんとかならないかな?
俺は「ふんっ!」と鼻息を荒げて、両手に思いっきり力を込めてみた。すると――。
縄を簡単に引きちぎることができた。
「えっ!?」と、俺は思わず声を漏らす。
「えっ!?」という、黒ずきんさんの声が聞こえる。
ああ……そういえば、杏太郎によるドーピングで俺の
確か、力が『255』で、HPは『999』だったっけ?
あと、他にも色々カンストしているらしいけど……。まあ、これくらいの縄なら、もう自力でなんとかできるのか……。
手足を縄で縛られていたら身動きできない。そんな常識にとらわれていたせいで、縄を引きちぎろうだなんて、なかなか思いつかなかった。
けれど、これからは今までの常識にとらわれないで行動することも大切かもしれない。
ここは異世界なのだ。
自由になった両手で目隠しの布を取る。
足の縄も引きちぎると、俺は立ち上がったのだった。
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