014 食事の後、泥のように眠る

 一通り会話が済むと、杏太郎がみんなに言った。


「それでは、食事にしよう。少し早いが夕食だ。店は予約してある。代金はすべてボクが支払うから、みんな好きなだけ食べるといい」


 女剣士たちと合流する前に見つけておいた町の食堂に、移動することになった。

 食堂までの道で、俺は女剣士に尋ねる。


「なあ、そのドレス姿で食事するつもりなのか? 元の赤い服と銀色の胸当てはどうした? それと腰の剣は?」


 白いドレス姿の女剣士は、ポニーテールを揺らしながら答える。


「ふふっ、競売人よ。私は『一瞬で着替えるスキル』を身につけておる。だから大丈夫だ」

「んっ? 一瞬で着替える?」

「ああ。戦場などで状況に応じて武器や防具などを一瞬で変更することができる。とても便利な『装備変更』スキルだ。もちろんドレス姿から元の装備へも一瞬で戻ることができる」

「へえ」

「ただ、難点がひとつだけあって、装備を変更する際、ほんの一瞬だが全裸になってしまうのだ」

「はっ?」


 全裸になるの?


「心配するな、競売人。ほんの一瞬だ。まあ、実際にその目で見てもらえばわかる。今から元の装備に戻ってみせよう」

「えっ? なんで? ここ町中だよ? お前、町中で全裸になるの?」

「競売人よ。命のやりとりをする戦場で、いちいち裸になることを気にしていたら、装備の変更も満足にできんぞ?」

「いや、戦場ではそうかもしれませんが、ここ町中なんで。裸にならないでください……」

「だからほんの一瞬だけだ。それに、スキルのオプションで、変身時に全身から閃光せんこうを放つこともできる」


 スキルのオプション?


「競売人よ、せっかくだから、光り輝きながら全裸になってやろう。光が邪魔で、おぬしが想像しておるような裸はまったく見えぬぞ。残念だったな、ふふふっ」


 そう言うと女剣士は、一瞬で装備を変更するスキルを使用した。

 ざっくり説明すると、よくある魔法少女の変身シーンみたいなイメージだ。女の子が光り輝きながら魔法少女の衣装にチェンジするけれど、あんな雰囲気で女剣士が白いウェディングドレス姿から元の剣士装備にチェンジしたのである。


 しかし……。

 想像していたよりも女剣士の全身から放たれる光が弱かった。

 それに、すぐ目の前で変身されると、思っていたより裸を確認できた……というか正直、全部見えた。

 おっぱいの形とか大きさとか、丸わかりだった。


 苦笑いを浮かべながら隣を向くと、杏太郎と山賊の男は、女剣士の裸を目にしないよう慌てて両手で顔を覆ったみたいだ。

 美形のピュアボーイズたちは、マジメな奴らである。せっかくだから裸を見とけばいいのに。実にもったいない。


 こういうエロに対して耐性がないことが、いつか弱点にならなきゃいいけど……。

 山賊の男なんかはすでに色仕掛けにやられて、本日泊まる宿を決定したわけだし、ちょっとはエロに耐性をつけたらいいのに……。


「どうだ、競売人。便利だろ? 再びウェディングドレスに戻りたいときは、同じスキルですぐに着替えることができるのだ、ふふふっ」


 赤い衣服に銀色の胸当て、そして腰には剣という元の剣士装備に戻った女剣士が、自慢げに笑った。


「うんうん、確かに便利だな。しかし……身体から出る光って想像していたよりも弱かったな」

「んっ? もしかして私の裸、見えたのか?」

「い、いや、ぎりぎり見えなかった……かな? でも、次から念のために気をつけた方がいいかも」


 俺は嘘をつく。


「そ、そうか。しかし、女の剣士は30歳を過ぎたあたりから、身体から出る光が弱くなるという噂を聞いたことがあるが……」


 なんだよ、その噂……。


「私の身体から出る光、もうおとろえはじめているのか?」

「お前、今いくつなの?」

「24歳だ。もしかすると私、身体から出る光が衰えるのが他の女剣士よりも、ちょっと早いのかもしれんな……。昔から、実年齢よりも年上に見られがちだし」


 徐々に女剣士の表情が曇りはじめる。

 俺は慌ててこう言った。


「ま、まあ、その日の体調とかも関係あるんじゃない? 身体から光がたくさん出る日も、またやって来るって」

「そ、そうだろうか……。そうだといいのだが……」


 んっ? なんで俺、こいつのことなぐさめなきゃならんのだ?

 そうは思いながらも俺は、女剣士を引き続き励ます。


「なあ、身体から出る光が増すような食べ物とかも、探せばあるかもしれないしさ? ほら、今から行く食堂でちょっと聞いてみようぜ」

「食べ物で?」

「そうだよ。玉ねぎを食べたら血液がサラサラになるとか、もずくが腎臓じんぞうに良いとか、そんな感じで身体から出る光が増す食べ物がきっとあるって。だから、落ち込むなよな」


 女剣士がこくりとうなずく。


「ありがとう、競売人。それにしても私は……結婚は他の人よりも遅いのに、身体の光が衰えるのは他の人よりも早いのか……」


 24歳なんて、俺の元いた世界では、まだ結婚していない人がたくさんいる。正直、まったく落ち込むような年齢ではないと思う。

 けれど、この異世界では結婚が遅い方になるのだろうか……。


 恋愛に臆病おくびょうな人が多いこの異世界で、24歳で結婚が遅いとなると……。

 早々に恋愛結婚をあきらめて、親が決めた相手とお見合い結婚したり、恋愛をしないまま、誰かが決めた相手とさっさと結婚するなんて人たちが、この異世界では多いのだろうか?

 ちょっと俺には、その答えはわからないけれど……。




 やがて俺たちは、予約しておいた町の食堂に着いた。

 食堂の人に俺は、『身体から出る光が増すような食べ物がないか』尋ねてみる。


「すみません。料理人にも確認したのですが、そういった食べ物の話は、ちょっと聞いたことないです」


 食事や飲み物を運んでくれた店の女性は、申し訳なさそうにそう答えた。

 女剣士は落ち込んで、酒を飲みはじめる。元から少し酔っていたのだが、彼女の酔いがさらに進む。

 悩める女剣士の悩みが、またひとつ増えてしまった。

 まあ、かける言葉が見つけられないので、今はそっとしておこうという雰囲気が、冒険の仲間たちの間にただよった。


 それと、食事中に気になったことがひとつある。

 運ばれてくる食べ物や飲み物に向かって、杏太郎がいちいち中二病の子どものように右手をさっとかざすのだ。

 俺は金髪の美少年に尋ねる。


「あの……さっきから料理に向かって右手をかざしているみたいだけど、それは何をしているの?」

「ああ、これか? くくくっ、これはみんなの料理に毒が入っていないのか調べるスキルを使っているんだ。冒険の途中で毒殺されるわけにはいかないからな」

「へ、へえ……」


 この異世界、本当にいろんなスキルがあるものだ……。

 金持ちや偉い人なんかだと、毒殺に備えてそういうスキルを身につけているのだろうか?


 とにかく杏太郎のおかげで、安心して食事をすることができるみたいである。

 食事代もすべて出してくれるし、料理に毒が入っていないかも調べてくれる。この美少年といっしょに旅をする限り、俺はなんとか生きていけそうだ。


 そして、異世界の料理だが、なかなかおいしいものだった。

 俺はそもそも、食べ物の好き嫌いがほぼない。昆虫料理とかはさすがに食べられないかもしれないが、元いた世界で町の食堂のメニューにあるような一般的な料理だったら、基本的には何でも食べられる。

 まあ、パクチーを食べると『トイレの芳香剤ほうこうざいみたいな香りだなあ』と思ってしまうことがあるのだけれど、食べられなくはない。


 この食堂の料理は、昆虫料理のようなものがひとつも出てこなかったのは助かった。出された料理はすべて、無事においしくいただくことができたのである。

 ただ、なんだか甘い香りがする食べ物が多かった気がするが……。

 それが料理の香りなのか、そもそもこの店の建物そのものの匂いなのかまではわからなかった。


 酒を飲むのは、女剣士と山賊の男だけだった。

 杏太郎もコンチータも、子どもなので酒は飲まないようだ。

 俺は少し飲んでみようかと考えたのだけど、異世界に来た初日に酔うのはさすがに……と思い、やめておいた。


 やがて女剣士は泥酔して眠りはじめた。

 山賊の男も酔ったみたいだ。


「ワシがこんな少量の酒で酔うことがあるのか? 疲れているのか」


 不思議そうにつぶやくと、山賊の男は腕組みをしながらウトウトしはじめる。


 おいおい……妹捜しをするのに、酒を飲んで寝ていて大丈夫なのかよ……。

 そう思いながら俺は椅子から立ち上がる。

 トイレに行きたくなったのだ。


「ちょっとお手洗いに行ってくる」

「シュウ、気をつけてな」


 だいぶ眠たそうな顔で杏太郎はそう言った。旅の疲れだろうか。

 彼の隣にはコンチータが座っているのだけど、やはり疲れている様子である。青髪の少女は、あくびを必死で我慢しているみたいだ。きっと、あくびをしている姿を杏太郎に見られたくないのだろう。

 そういうところは可愛い女の子である。もう絶対この女の子、杏太郎のこと好きじゃん。


 店のトイレなのだが、建物の外の少し離れた場所にあるとのことだった。店の裏側の人気ひとけのない道の先にあるらしい。

 前日に雨でも降ったのだろうか? 店の裏の地面が、どこも妙に湿っていて、あちこち泥だらけだった。


 この町の他の道は、これほど濡れている地面はなかったのだけど?

 店の裏側の道だし、日当たりが悪いのだろうか?


 やがて、たどりついたトイレで用を済ませると、俺は来た道を戻りはじめる。

 歩きながら、なんだかあくびが止まらない。


「ふあーあ……眠い」


 あれ? 俺も旅の疲れが?

 いや……そんなレベルの眠気じゃないぞ。

 これは……。


 猛烈な眠気に襲われる。俺は店に戻る前に倒れ込んだ。

 倒れ込んだ地面は泥だらけで、奇妙なことに甘い香りが俺の周囲を包み込んでいる。


 んっ!? あの食堂でいでいた甘い香りと同じ?

 地面の泥から甘い香りが?

 なんだ、この奇妙な泥?

 この泥の甘い香りが、食堂の中に流れ込んでいたのか?


 そして、眠気で俺の意識がまどろむ。

 そんな中、聞き覚えのある女の声を聞いた。


「……匂いを嗅いだ対象が『泥のように眠る』泥属性の魔法だ。さあ、ぐっすり眠れ」


 これは、黒ずきんさんの声……か?

 しかし……泥のように眠るって慣用句かんようく、この異世界にもあるのか。

 あの慣用句の『どろ』って『でい』っていう空想上の生き物が語源で、土と水を混ぜる泥とは違うんだっけ……?

 あれ? 本当のところはどうだったかな……?


 最後にそんなどうでもいいことを考えながら俺は、食堂とトイレの間の泥だらけの道で倒れ込み、眠りについたのだった。

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