013 女剣士とウェディングドレス
悩める女剣士『ナーヤ・メウェイル』が身につけている白いドレス。
俺が元いた世界のドレスと比べれば、デザインがいくらか古風な印象だ。クラシックな雰囲気である。
もちろん美しいドレスであることには違いない。
そして、背の高い女剣士のスタイルが、より美しく見えるようなデザインのドレスでもあった。
ごく控えめに言っても、彼女によく似合っている。
しかし……。
彼女、赤い衣服に銀色の胸当てを装備していたはずなのだが?
腰に下げていた剣は、いったいどこに消えた?
女剣士のドレス姿をもう一度眺めてみる。
銀色の胸当てをしているときはよくわからなかったけれど、胸がとても大きくて、彼女は全体的になかなかグラマラスな体型だ。
うん……ドレス姿を見て確信したが、この女剣士なんだかエッチな身体をしている。
性格にとてもクセのある女性だけど顔も綺麗だし、やはり見た目だけは美しい人だ。
女剣士・ナーヤは、俺から『お前』呼ばわりされたことは特に気にしていない様子でこう言った。
「競売人よ、私がウェディングドレス姿になったのには、まあ色々とわけがあってだな」
そりゃそうだ。わけもなくウェディングドレス姿になられてたまるか!
――というか彼女、もしかして酔っ払っている?
目の前の女剣士の
顔も耳も、よく見ればほんのりと赤い。
ウェディングドレス姿を人に見られて照れているのかと勘違いしていたが、これは酒に酔っている?
「お前、酒を飲んだのか?」
「少々な。断れなくて」
酔っ払った花嫁だった。
「服を売ってくれたあの家の住人は、とても気のいい女性で40歳くらいだろうか。昔から来客に酒を振る舞うことにしているらしくてな。断るのも失礼かと思って、つい何杯か……」
「ほう」
「コンチータ
んっ? なんか妙な話になってきたぞ?
こいつのウェディングドレスと何か関係があるのか?
「コンチータ殿をお風呂に入れるついでに、私もひとっ風呂浴びてな……。まあ、風呂から出たら、再びお酒が用意されていたんだ。うまい酒だった」
「へえ」
「借りたバスローブを着て私はその酒を飲んでいたのだが、住人が相談があると持ちかけてきてな」
「相談?」
「ああ。なんでも、どこぞの金持ちの結婚式が取りやめになったらしい。それで、あの家の住人が注文を受けてがんばって作ったウェディングドレスが、無駄になってしまったそうだ」
「それが、このドレス?」
俺は彼女のドレスを指差す。
赤髪のポニーテールを揺らしながら、女剣士は「うむ」とうなずく。
「まあ、私はそんなわけで、『ウェディングドレスを一度着てみない?』と住人から持ちかけられてだ」
「着たんだな……」
「うむ。すると近所の人々や住人の親戚なんかが、ぞくぞくと集まってきてな。皆が口々に『似合う、すごく似合っている』と私に言うのだよ。私も自分のドレス姿を鏡で見せてもらったのだが、確かによく似合っていると思う」
「はあ……」
ドレス姿の女剣士は、その場で一度くるりとターンした。
ポニーテールが弾み、スカートがふわりと持ち上がる。
とても美しい光景なのだけど、ただ……彼女は少し酒臭かった。
女剣士はドレスの説明を続ける。
「このドレス、本当は50万ゴールドで買ってもらう予定だったそうだ。だが、制作途中でキャンセルとなった。キャンセル料として半値の25万ゴールドを受け取ったらしい」
「ちゃんとキャンセル料はもらえたんだ」
「うむ。そしてドレスを買う予定だった客は、中止になった結婚式のウェディグドレスなど縁起が悪いので受け取りたくない。そっちで好きにしてくれということになったそうだ」
「なるほど」
「結局、あの家の住人は制作途中だったドレスを最後までしっかりと仕上げた。しかし、売り先がない。そこに、客とよく似た体型のスタイルの良いこの私が、コンチータ殿とともに現れた。住人は『運命』を感じたらしい、ふふっ」
「運命?」
俺は首をかしげる。
「うむ、そうだ。あの家の住人は私に言ったんだ。『このウェディングドレスは、あなたに着てもらいたがっている』と。確かに着てみたら、この通りピッタリだった」
「おう……」
「それから『15万……いや、10万ゴールドでいいですよ?』と、商談を持ちかけられてな。私は酒を飲みながら、よく考えたのだよ」
いや……そこは酒を飲みながら考えてはいけないッスよ……。
そもそもお前、結婚の予定ないだろ?
ウェディングドレスいらないよな?
こいつ、酒に酔わされて、不用になったドレスを売りつけられたのか……。
女剣士は、その大きな胸の下で両腕を組むと話を続ける。
「しかし、競売人よ。召喚された身である私は、あいにく自由に使える金を『1ゴールド』も持っていなかった。杏太郎殿からいくらか金を預かっていたが、あの金はコンチータ殿の洋服代である。だから、勝手に使うわけにはいかない」
「まあな」
「けれどそんなとき『10万ゴールド金貨』を一枚、私にそっと差し出してくれた可愛らしい天使がおって……」
まさか……こいつ……。
女剣士・ナーヤは、コンチータに顔を向けてニコリと微笑むとこう言った。
「コンチータ殿がたまたま10万ゴールド金貨を一枚だけ持っておったのだ。このドレスの代金はそれで支払ってもらった」
あの山賊の男のオークションが終わった後、俺とコンチータは手に入れた20万ゴールドを半分に分けたのだけど……まさか、あのときのお金を?
俺は女剣士に尋ねる。
「おい、お前……13歳の女の子に10万借りたのか?」
「そうだ。いつかきちんと返すからよかろう」
「いつかって、いつだよ?」
「んっ? それはまあ、いつかだ。いつか私が10万ゴールドを手に入れたときだな」
すると、コンチータが俺と女剣士の会話に参加してきた。
新しい服を着てさらに可愛らしくなった青髪の少女は、やはりどこかご機嫌な様子で、黒いリボンを揺らしながら明るい声でこう言った。
「柊次郎様、別にいいんですよ。ナーヤ様には服を選んでいただくときに、とてもお世話になったのです。だから、あの10万ゴールドはそのお礼ですよ。わたしは別に返してもらわなくてもいいんです」
「いや、コンチータさん? 服をちょっと選んでもらったくらいで10万ゴールドは、たぶんお礼として渡し過ぎだと思うよ」
俺は青い服の少女に向かって苦笑いを浮かべる。
元奴隷のこの少女は、おそらく金銭感覚がズレているのかもしれない。
すると俺の隣で、山賊の男・シャンズが、ぼそっとつぶやいた。
「その美しいドレスが10万ゴールドかあ……。ワシなんかオークションで、自分自身を100万ゴールドで売っぱらったが、もしかするとあれはけっこう高く売れた方なのかもしれんな。女剣士さんのその綺麗なドレスが10万ゴールドなら、ワシの身体なんか本当はせいぜい2万ゴールドくらいだったんじゃないか? ご主人様はオークションでワシを、ずいぶんと高く買ってくださった」
シャンズはそう言うと、杏太郎に向かってニコリと微笑む。
ええっ!? うわ……この人……自分の価値を安く見積もりすぎだよ……。
続いて杏太郎が口を挟んできた。
「シュウ、別にいいじゃないか、10万ゴールドくらい。そんな、はした金。一度の食事で10万ゴールド支払うことくらい、ちょくちょくあるぞ」
おい! 金持ちの
話がこじれてくるから、金持ちのお前はちょっと黙ってろ!
女剣士が酒臭い息を吐きながら俺にこう言う。
「競売人よ、本当は50万ゴールドのドレスが、10万ゴールドなのだぞ? さすがにこんなチャンスはめったにない。運命だ。そう思って私は、まあ、結婚相手はまだ見つかっておらんが、先にウェディングドレスだけは買っておきたいと思ったのだよ。そんな私の心を理解してくれんか?」
この異世界に転移してから俺は、まだ一日も過ごしていない。
けれど、もしかすると旅の仲間たちの中で、俺が一番この異世界での金銭感覚がちゃんとしているのではないだろうか?
まだ断言はできないのだけど、そんな予感がする――。
女剣士のウェディングドレスのことで、俺がもやもやしている隣で、杏太郎がコンチータに向かって言った。
「そのぉ……いい服を選んでもらったな、コンチータ。その青い服、お前にすごく似合っていると思うぜ」
杏太郎はそう言うと、顔を少し赤らめてコンチータから視線をそらした。
このピュアボーイ、自分の発言に照れてやがる。
「お、お兄ちゃん様、ありがとうございます」
青髪の少女は顔を赤くしながら、うれしそうに頭を下げた。
うん……なんかこの少年と少女、甘酸っぱいね。
女剣士は、そんな二人の関係をうらやましく思ったのかもしれない。
俺にこう尋ねてくる。
「それで、競売人よ。おぬしは私のドレス姿を目にして、なんか言うことはないのか? うん?」
「はい。よく似合っていると思います」
ドレス購入までの経緯はとりあえず考えないことにして、俺は正直な感想を口にした。
「うむ。おぬしとは、今後もうまくやれそうだ」
大きな胸と赤髪のポニーテールを弾ませながら、女剣士は嬉しそうに微笑んだ。
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